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名無しの手紙  作者: 山本良磨
第2話 エルレ・ガーデン編
26/72

12月25日(4) 肩

 名無しはサンタクロースがサンタクロースでいられる所以を垣間見た気がした。

 サンタは子どもたちへ送る手紙を超人的なスピードで書き上げていく。そしてあっという間にエルレ・ガーデン分を終わらせた。

 手紙を書く速さだけでは一概には言えないが、これなら一晩のうちにアールザード王国の大半の子どもたちへプレゼントを届けるという、離れ業もなし得そうだと感じた。

 サンタクロースは今しがたできた手紙の束を名無しに突きつける。

「よし、ではこれを頼むぞ。残りの手紙についてはすべて儂がやる。手紙はソリに乗りながら書く。ではの」

 それだけ告げて、サンタはトナカイとともに空に消えていった。

(ソリに乗りながらって……マジか)

 名無しは昨晩のソリに乗ったときのことを思い出した。あんな最悪な乗り心地の中、いったい何ができるというのか。表情には出さないが、名無しはただ感嘆するばかりだった。

 しかし、名無しもずっとここにいるわけにはいかなかった。手紙を配りにいかなくてはならない。しかし、さすがにサンタが回るアールザード全域と比べるわけではないが、エルレ・ガーデンも十分に広い。

「おい、そこのプレゼント泥棒」

 どさくさに紛れて、退散しようとしていた盗人兄弟はビクッと肩を震わせた。

「な、なんでしょうか……」

「人手が足りん、手伝え」

 右手に銃を持ちながら、名無しは二人に左手に持つ手紙の束を差し出す。兄が小さな声で、

「それはもう頼みじゃなくて脅迫じゃ……」

「…………」名無しは撃鉄を下ろす。

「「やりますやりますやらせていただきます!」」

 盗人兄弟から快諾が得られたそのときだった。

「…………?」

 名無しを二度目のめまいが襲った。体がふらつき、両手で膝をつく。

「ど、どうかしましたか、手紙屋さん?」盗人弟が心配そうに声をかけてきた。

「なんでもない、さっさと行け!」

「ひいぃぃっ!」

 手紙を受け取った兄弟は早々に割り当てられたエリアを確認して、逃げるようにエルレ・ガーデンへと向かっていった。

 主人が消えた魔物たちは一匹一匹が伏せるなり傷口を舐めるなりし始めた。さすがに町に入ることはできないので、その場で待機するようだ。

 名無しは気を取り直し、兄弟に続く形でエルレ・ガーデンへ戻っていった。


          *     *     *


 手紙を配る上で一つ大きな問題があった。どの家に子どもがいるかなんてわかるわけがない、ということだ。

 今更サンタに確認しようもないし、時間もない。名無しは通り過ぎる家という家に、片っ端から手紙を入れていった。

 いつ手紙が底をつくかと思ったが、驚くことにすべての家に配れる量があった。サンタがそこまで考えて、多めに手紙を執筆していたのだろうか。もはや言葉も出なかった。

 名無しが宿屋に帰ったときには、既に日は昇っていたがまだ早朝だった。

 さすがにまだメールもフーリエも眠っているだろう、そう思っていた。

「あ、名無しさん。おはようございます」

 だから、部屋に入ったとたんメールに声をかけられたことは少々意外だった。

「お帰りなさい、になるんですかね? どこに行ってたんですか?」

「ちょっとな……」

 名無しは言葉を濁す。フーリエのベッドの布団は盛り上がっている。彼女はまだ眠っているようだ。

 メールにもきっとサンタから、クリスマス延期の手紙が届いているだろう。今メールはどんな気持ちだろうか。

「あ、そうそう、名無しさん聞いてください。サンタクロースのプレゼントなんですけど」

 そらきた、と名無しは身構える。

「ほら、見てください! ちゃんと届いたんですよ、プレゼントのコート!」

 サイズもピッタリなんです。と満面の笑みを浮かべる。

 名無しは驚いた。一つは手紙ではなく、プレゼントが届いたというメールの言葉に対して。

 そしてもう一つ、メールが嬉々として持っているプレゼントは、まぎれもなく名無しが買ったものだということだった。

(馬鹿な……あれはゴミ箱に)

 名無しは思わず部屋の隅のゴミ箱を覗き込んだ。そこには何もなかった。

「メール、それはどこにあったんだ」

「ふふっ、プレゼントは枕元にあったんですよ。目を開けたらすぐ目の前にあってびっくりして、でも嬉しかったです」

(ああくそ、やられた)

 ひげをさすりながら、自慢げに笑っているサンタの姿が浮かんだ。サンタクロースは全部見切っていたのだ。

(いったいいつから気づいてた? 昨日か? いや、昨日は話しながらコートを作っていた。 じゃあ今日の夜中なのか? プレゼントが盗まれて大変だったときにそれに気づけたっていうのか? いやそれとも……?)

 考えを巡らせる名無しに「あの……」とメールが尋ねてくる。

「なんだ」

「その、どうですか……コート、似合いますか?」

 メールは早速プレゼントのコートを羽織っていた。すこしもじもじしながら返事を待っている。

「ああ、いいんじゃないか……」

 そんな嬉しそうなメールの姿を見ていると、体の力がすっと抜けた。

 もう限界だった。

「名無しさん!?」

 膝をついた名無しにメールが駆け寄る。そっと名無しの目の下に指をあてる。

「ひどいくま……名無しさん寝ていないんですか?」

「……手紙を届けるのが忙しくてな」

「手紙を届ける……って、もしかしてリリアーヌからずっと寝てないなんてことないですよね?」

「…………」

 名無しは何も言わなかった。それをメールは肯定と受け取ったらしい。

「どうしてですか! 仕事が忙しかったらお姉ちゃんに頼めばよかったのに! とにかく休まないと……」

「そう思ってんなら」

 名無しは部屋のソファを指差す。

「そこ、座ってくれ」

「? は、はい」

 意図がつかめない表情をしながらもメールは素直に指示に従う。ほどなく名無しもメールの隣に腰掛ける。

 そしてメールの肩に頭を乗せた。

「え? ええ? ええええっ!? ちょっと名無しさ——」

「こっちは眠いんだ、肩くらい貸してくれ」

 慌てふためくメールを一言で静かにさせて、そのまま名無しは目を閉じた。


          *     *     *


 メールはそれからしばらく微動だにせず、正しい姿勢の座り方を維持していた。

 名無しの行動の意図がメールにはよくわからなかった。眠いならベッドで横になればいいのに、どうしてわざわざ私の肩に頭を乗せたのだろうか。

 メールは顔を横に向けた。すやすやと寝息を立てている名無しの顔が目と鼻の先にある。とても気持ち良さそうな寝顔だった。

 嫌な気はまったくしなかった。

「お疲れさまでした、名無しさん。ゆっくり休んでください……」

 結局、目を覚ましたフーリエが、怒り狂いながら名無しを殴り飛ばすまで、メールはずっと動かずに名無しの枕代わりとなっていた。

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