12月25日(2) 泥棒兄弟
エルレ・ガーデンを流れている運河。その水源はエルレ・ガーデンから少し離れた場所にある。
その湧水地へ続く川の途中、四足歩行の魔物のソリと一緒に男が立っていた。少し気の良さそうな、オドオドした印象だった。落ち着かないようで手をせわしなくいじったり、ソリの近くを行ったり来たりしていた。
ソリにつながっていた魔物が、耳を立てて川に顔を向けた。それからほどなくして、一人の男が川の中から顔を出した。
「ぷはあ」
「兄貴!」
そわそわしていた男は一気に表情が明るくなり、兄と呼んだ男に手を伸ばした。
「俺はいい、それよりこっちの方を頼む」
そういって兄は水の中から白い大きな袋を引きずり出した。弟はあわててそれをつかむ。ずっしりとした重みでよろめく。
「わ、わ、わ」
「腰に力入れろ! おいお前らも手伝ってやってくれ」
兄貴が呼びかけたのはソリに結ばれた魔物たちだった。魔物はとくにためらうことなく、すっと弟と並び、口で袋をくわえ、一緒に引っぱりあげた。
「やったね兄貴」
「おう、ざっとこんなもんさ。手に入ったぜ、サンタクロースのプレゼント」
兄は自慢げにサンタクロースのプレゼント袋を叩いた。弟は戦利品を一目見ようと袋の中を覗き込んだ。
「でも、プレゼント濡れちまったね。服とかは使い物にならなそう」
「水に濡れて使えなくなるものなんて一部だけだ。他は乾かせば売れるさ」
そう、これこそが兄の考えた作戦だった。
サンタクロースはプレゼントを子どもに配る以上、そのプレゼントを丁重に扱っているはずである。
プレゼントを水中に入れるなんて考えは、思いつきもしなかっただろう。
しかも運河に潜っている間は、水流のおかげでプレゼントを運びやすくもなるのだ。
逆に運河を出てしまうと、プレゼントが水を吸い、重くなってしまうが、町を出てしまえばこちらのもの、兄が率いる魔物に協力してもらえばいいのだ。
川から上がった兄貴と一緒にプレゼントを持ち、ソリの上に乗せる。
「でもサンタクロースなんて本当にいたんだね。オイラ半信半疑だったよ。サンタのプレゼントを盗むって兄貴が言い出したときは、どうしようかと思ったよ」
「サンタクロースは七不思議の一つに数えられているくらいだからな、普通は信じられなくて当然だ。ハッ! だがどうだ、サンタはいた! 俺を信じてよかったろ?」
作戦の成功を確信した兄弟は満面の笑みで、魔物のソリに乗り込む。
そのとき、銃声が響いた。
キャンと小さな悲鳴を上げてソリにつながれていた魔物が一匹倒れ込んだ。血が飛び散る。
「誰だ!」
兄の叫びに対して、ひと呼吸置いてから、暗闇から姿を見せたのは白髪黒服の男だった。
「あ、兄貴……」
弟は兄の顔をうかがった。兄は体を震わせていた。しかしそれは恐怖ではない、怒りだ。
「てめえ……よくもツヴァイを」
撃たれた魔物の名前を呼びながら涙をこぼす。雄叫びをあげながら兄は猛然と男に突っ込む。
横からうなり声が聞こえた。ソリにつながれた魔物たちも怒りをあらわにしていた。自分たちでロープを切り離し、男に向かって飛びかかった。
兄は大声で魔物に指示を出す。統制された魔物たちの動きはどこにも隙がない。人間一人にどうこうできるものではなかった。
一瞬の隙をつき、魔物の一匹が青年のコートに噛み付いた。青年はすんでのところでコートを脱ぎ、体をかまれるのは回避したが、羽織っていたコートは、魔物たちに引き裂かれていった。
「よし、いける!」弟はガッツポーズをした。
しかし、言った直後、弟は我が目を疑った。先ほど攻撃を受けたのに、これだけの魔物たちがいるのに、男は怯えることも、息一つ乱す様子もない。
そこからの戦いはあまりに一方的で、一瞬だった。一匹銃で撃たれ、次は蹴飛ばされ、その次は殴られ。そうやって兄が手懐けていた魔物の群れは、男に一掃されてしまった。最初の劣勢はフリだったのかとさえ思えてきた。
「そんなバカな……」
さすがの兄も開いた口が塞がらないようだった。
男が一言告げる。
「…………お前も、魔物と意思疎通ができるんだな」
そう、兄はなぜか、生まれつき魔物をはじめとした動物と会話し、手懐けることができた。凶暴といわれるサンタのトナカイを出し抜けたのも、兄の不思議な力があるからこそだった。
「だが、相手が悪かったな」
男が徐々に接近してくる。そして弟は見た、彼の鞄についている手紙屋のマークを。弟は愕然とする。
「ダメだよ、兄貴! 相手は手紙屋、大人が十人、束になっても勝てないって噂のイカれた連中だ! 逃げよう!」
しかし兄は聞いていない。魔物を傷つけられたことで、完全に我を忘れていた。金切り声をあげながら、猛然と飛びかかる。
「…………」
手紙屋はめんどくさそうに、ひょいとそれをかわし、首筋を銃のグリップで叩いた。兄は気絶しその場に崩れ落ちた。
手紙屋は次に弟を睨んだ。
「ひっ……!」
頭の中で警報が鳴り響く。逃げなければ、そう思っていても足がガクガクと震えて思い通りに動かない。
あっという間に足もとをすくわれて地面に叩き付けられる。片足で弟の体を押さえつけながら、銃のリボルバーに弾を装填していた。
(もう、ダメだ)
しかし名無しは銃を弟ではなく空に向け、撃った。弾は光を放ちながら上昇していく。
「あ、え、は?」
「騒ぐな、ただの発光弾だ。もうすぐサンタクロースがくる。おとなしくしてろ」
その一言にへなへなと力が抜けた。もう抵抗はしなかった。




