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名無しの手紙  作者: 山本良磨
第2話 エルレ・ガーデン編
23/72

12月25日(1) もう、いらない

 そろそろ日付が変わった頃だろうか。名無しはふとそんなことを考えた。

 エルレ・ガーデンの真夜中は、驚くくらいしんと静まり返っていた。いつもなら大いびきをかいて眠るフーリエが、今夜はなぜか静かに寝ていたのだ。夜がいつもより静かに感じるのはそのせいかもしれない。

 フーリエが寝始めてからも、名無しはずっとソファで銃いじりをしていた。少し気になってので、部屋の窓ごしに外の風景を見渡してみた。

 空には満月がぽっかりと浮かんでいた。ガス灯の光は既に消えていたが、月の優しい光に照らされて、町の輪郭がぼんやりと淡く縁取られている。

(こういう日のことを、絶好のクリスマス日和、とでも言うのだろうか)

 きっと今ごろ、町の子どもたちは、サンタクロースからのプレゼントに期待を膨らませながら夢の中にいることだろう。

 もちろん、すぐそばですやすやと寝付いている少女も。

 名無しは極力音を立てないようにソファのほうへ戻り、立て掛けていた鞄からそっと物を取り出した。

 小さな少女用のコートを。

 ——あたしが二日間、メールをあんたからあえて離してた理由、わからないわけじゃないわよね。

(わからないわけないだろう、あそこまであからさまにされて)

 仕事を押し付けたのは非常に余計だったが。

 自分用ではないコート、しかもあからさまに子供用のものを買うというのは、あまり気乗りはしなかった。

 会計に持っていったら、女性の店員に「包装しますか?」とスマイルで対応された。

 そのとき、名無しは回れ右して店から出て行ってしまいたかったが、すんでのところで我慢した。

(まあ、全部無駄だったわけだがな)

 名無しは内心で過去の自分をあざ笑いながら、コートを手に、そっと歩き出した。向かう先は、部屋の隅にあるゴミ箱だ。

 少女用のコートを購入したのは12月23日の昼、つまりサンタクロースに出会う前のことだった。

 あのときはサンタなんていないと思っていた。

 しかし、今は知っている。サンタクロースが存在して、子どものためにプレゼントを配っていることを。

 そして、メールへプレゼントも届けることも知っている。彼女が手紙に書いてお願いしていた、コートを。

 その事実を知った今となっては、手に持っているものは、ただの布切れでしかなかった。

(……これはもう、いらないな)

 名無しは手を離した。プレゼントはゴミ箱へと吸い込まれていき、ガサリと小さく音を立てた。

 その音を最後に辺りは再び静寂に包まれた。名無しはその場から一歩も動かず、ぼうっと立ち尽くしていた。

 その沈黙と破ったのは、ガンガンと部屋の窓を叩く音だった。名無しはそちらに目を向ける。

昨日の夜に見た赤と白の服、見間違うはずもない。サンタがそこにいた。

 しかし。名無しは眉をひそめた。

(これがプレゼントの配達の仕方なのか……? てっきり昨日みたいに煙突から入るものだと思ってたが)

 力の限り窓の外から窓を叩いている。この方法だと誰かが起きていないと中に入れないではないか。それ以前に音で子どもが起きてしまう。プレゼントを持ってきたにしてはいささか乱暴すぎる。

 名無しは窓の鍵を開けるなり、一言ケチを入れる。

「……子どもが起きるぞ」

「そ、それどころじゃないのじゃ! 力を貸してくれ!」

 サンタはソリの上から腕を伸ばし、名無しの襟首をがっちりと掴んだ。ひどく取り乱していた。自慢の白ひげもボサボサで、なにより顔から流れる脂汗の量は、ただ事ではないことを示していた。

「……何があった」

「プレゼントが、盗まれてしまったのじゃ!」


          *     *     *


「わしはの、プレゼントをそりの上に置いての、トナカイと一緒にプレゼントを届けに行ったんじゃ。いくつかの家でプレゼントを届けた後じゃったが、わしが煙突から登ってきたとき、待ち伏せされとったんじゃ。あれはお前さんより少し年上くらい男じゃった。わしは煙突に手をかけて登っている最中じゃったから身動きがとれんかった。手を離されてしまって煙突の中に落ちてしまったのじゃ。急いでもう一度よじ上ったのじゃがもうそのときにはプレゼントが——」

「……まず落ち着け」

 矢継ぎ早に口から飛び出すサンタの言葉にうんざりして、名無しは片手でめんどくさそうに静止した。

「ぷ、プレゼントが盗まれたのじゃぞ! これが落ち着いて——」

「お前が取り乱したら、取り戻せるものも取り戻せなくなる」

 名無しはサンタの瞳を見続けた。最初はあちこち向いていた彼の視線が、次第に動きが遅くなり、名無しの目に焦点が合ってきた。

「……お前さんほど落ち着くというのも至難の業じゃと思うが」

 サンタはため息をついた。ほんの少し平静心が戻ったようだ。サンタは一度深呼吸をしたあと、今度はゆっくりと状況を説明した。

 一通りの話を聞いたあと、名無しはいくつか質問をした。

「プレゼントは、全部盗まれたのか」

「いや、盗まれたのはわしが持っていたもの以外で、ソリに置いてあったものじゃ」

「こいつらは、なんの反応もしないのか」

 名無しは空中を浮遊しているトナカイに目を向けた。サンタの乗るソリを引っぱり、空を飛ぶ魔物。魔物が闊歩する町の外でもサンタの家が襲われないのは、トナカイたちが強いからだと思っていた。

「それも不思議での。普通は得体の知れんやつが近づいてきたら、威嚇したり暴れたりしてプレゼントを守るはずなんじゃが……」

 当の本人たちはというと、さして悪びれる様子も見せず、頭をブルブルと振っている。

(お前ら、本当は弱いのか?)

 名無しの視線も知らんぷりでそっぽを向いた。

「それで……メールのプレゼントは」

「彼女のプレゼントなら、幸い手持ちの中にあったから無事じゃ」

「…………」

 黙り込んだ名無しを見て、サンタは疑り深い目を向けてきた。

「まさか、お前さん。あの子のプレゼントは無事じゃから、協力はしないなどと考えておるのではあるまいな」

「…………」

 実のところ、少しはそう考えた。

「駄目じゃ駄目じゃ! 子どもが心待ちにしているのに、何を考えておるのじゃ! なら言い方を変えようかの。いま盗まれたのは、子どもたちに送る『手紙』じゃ。ほれ、手紙屋なら手紙を取り返して受取人に届けんか」

 言い逃れようとしたら、いくらでも方法はあったが、いくら言葉を連ねてもサンタには通用しない気がした。名無しは折れることにした。

「わかった、捜すよ」

「よし、それでよいのじゃ。あと、もう一人の手紙屋にも頼むことはできんかの? 人手は多いほどいいと思うのじゃが」

(できればそうしたいんだけどな……)

 しかし、昨晩のメールについての一件があった以上、今起こしたら何をされるかわかったものではない。

「俺一人で十分だ」

「そうか、わかった。ではわしはソリに乗って空から捜す。お前さんは地上から捜してくれ。ではな」

 サンタは鞭を打ち、トナカイとともに上空へと飛び上がった。それを見送り、部屋の窓を閉めてから、名無しも捜索を始めた。

 とはいっても、サンタが空から犯人を捜すのであれば、名無しが地上を捜す意味はほとんどない。

(捜すべきところは、上空から見えなくなる場所、もしくはサンタクロースの盲点をつく場所だが……)

 そう考えながらふと横に目を向けると、町の中を流れる運河があった。

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