誰でもないし、誰でもいい
こことは違う、海に覆われた青い惑星があった。
その北半球、赤道の少し北側に、楕円に似た形の小さな大陸があった。
大陸の上には一つの大きな国家、アールザード王国があった。その南東、赤道に近い場所にある小さな漁村、リリアーヌ。
そこの船着き場である桟橋の上に、メールと呼ばれる一人の少女がいた。桟橋に腰を下ろし、打ち寄せる波の音を聴いていた。桟橋から投げ出した足を前後にぷらぷらと揺らす度に、身にまとったワンピースの裾がはためく。
今の季節は、暦上は冬ではあるが、リリアーヌ村は赤道に近いために年中蒸し暑い気候となっている。メールも暑さをしのぐために半袖の服を身にまとっている。今日は空に雲もないので、地面に照りつける太陽が暑さにより拍車をかけている。額から頬、首へと汗が流れ落ちていく。
時刻は昼下がり、メールは村の子どもたちと、ひと遊び終えたところだった。メールの年齢も十三歳とまだまだ子どもではあるが、彼女以外の村の子は最年長で八歳なので、年の離れたメールは子どもたちのお姉さんの役回りとなる。
そうやって遊んだあとは家に帰る前にいつもこの桟橋に来る。子どもたちと遊ぶ時間はもちろん楽しい。でもそれと同じくらい、こうして一人でのんびりとする時間も大好きだった。
メールは海の向こうをぼうっと眺める。海の青と空の青の境、水平線の先では男の人たちが村の食料を手に入れるために頑張っている。
(帰ってきたら、いつもありがとうってお礼を言わなきゃ)
帰ってきたら、その言葉を思い浮かべたメールはうーんと伸びをしながら呟いた。
「あーあ、お父さんとお母さんも早く帰ってこないかなー」
風が吹いた。メールの長い髪が風に煽られてふわりと空を舞う。
乱れた髪を整えようとして顔を左右に振ったとき、メールはいつのまにかすぐ後ろに人が立っていることに気づいた。何も言わずに静かにこちらを見下ろしている。
いつからそこにいたのかはわからなかった。男の人だった。村の人であれば一目見ただけで誰なのかすぐにわかるが、メールには誰かがわからない。村の人ではないことは確かだった。
メールはゆっくりと口を開いて、青年に尋ねた。
「あなたは……、誰?」
「俺は誰でもないし、誰でもいい」
首を傾げるメールを気にすることもなく、青年は続けた。
「手紙屋だ。この村に手紙を届けにきた」