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名無しの手紙  作者: 山本良磨
第2話 エルレ・ガーデン編
19/72

12月24日(1) サンタクロースと手紙屋

 空の旅。名無しが体験したものは、そんなロマンチックな言葉で語れるようなものではなかった。

 ただでさえ寒い冬なのに、遥か上空を馬鹿げた速度で飛んでいくのだ。コートなんてまったく役に立たない。『寒い』という感覚すらなくなってしまいそうなほどだった。

 加えて、当たり前だがソリが地面についていないため、ソリ全体に安定感がない。常時フワフワした浮遊感に襲われ、何かの拍子で急降下してしまうのではないかと気が気でなかった。

 そんな拷問ともとれる時間が過ぎ、トナカイとソリはエルレ・ガーデンの遥か北にある、雪の積もる場所へ降り立った。

「どうじゃったかの、はじめての空の旅は?」

(……生きた心地がしなかったよ)

 名無しは心の中で吐き捨てた。

 そこはどこかの町や村ではなかった。町から町への道から外れた場所にポツンと一つ、どこか古ぼけた感じのするレンガ造りの一軒家が建っていた。

「こんなところに建てて、魔物に襲われないのか?」

 名無しは訊ねた。町の中にない以上、家のすぐ外は魔物が闊歩する危険地帯、ひょっとすると寝ている間に襲われてしまうかもしれないのだ。

 質問に対し、サンタクロースはホッホと笑った。

「大丈夫じゃよ。トナカイがいてくれるからの。魔物はこの家を襲ってこんわい」

 家の周囲にはバリケードのように、簡素な柵がぐるりと一周して囲んでいる。その柵の中で、何匹かのトナカイが放し飼いされていた。ソリを引っ張っていた四匹のトナカイもほどなくその中へ戻っていった。

 一見、ひ弱そうだが、サンタ曰く、このトナカイたちのおかげで家は魔物に襲われないという。

(お前ら、ホントは強いのか?)

 柵の中でぶるぶると身震いしたトナカイに名無しが囁いた問いは、そっぽを向かれ無視された。

「さあ、冷えるじゃろうから早う中へ入りなさい」

 招かれるままに家の中へ入っていく。玄関から一番近い部屋が居間だった。床にはカーペットが敷かれ、その上には小さなテーブル。その周りを囲うようにぐるりとソファが並べられている。部屋の壁には暖炉がついていて、パキパキと炎で薪の割れる音が聞こえてくる。どうやらサンタ不在の間もずっと火がついていたようで、部屋の中は温められた空気で満たされていた。

「せっかくじゃ、プレゼントも見ていくか?」

 眠気覚ましのつもりでついてきた名無しにとっては、特に興味はなかったのだが、サンタが一人で奥に向かったので、それに続くことにした。

 サンタが向かった部屋は、先ほどの居間とは比べ物にならないほど広かった。部屋中にいくつも天井に触れそうなくらい大きな棚が置かれている。まるで小さな図書館のようだった。

 棚はすべて同じ大きさで区切られていて、その一つ一つに大小様々なプレゼントが入っていた。それぞれの棚のラベルには一つ一つ丁寧に手書きで名前が書かれていた。おそらくプレゼントを配る子どもの名前だろう。

「どうじゃ、すごかろう? 誰にも見せたことがないんじゃ、お前さんは運がいいのう」

 サンタクロースは胸を張り、鼻高々に自慢した。名無しは黙って部屋の中を歩き続けた。

 たくさんある棚を通り過ぎた部屋の隅に、小さな机が置いてあった。その机の上には筆記用具や裁縫道具など、様々な道具が無造作に散らばっていた。そばには居間ほどではないが小さな暖炉もある。

「ここでプレゼントを作るんじゃ。さて、あの女の子のプレゼントは……む?」

 サンタクロースは服のポケットをまさぐっていたが、次第に上から下まで服全体をさするように手を動かす。

「……しまった。手紙を落とした」

「…………」

「お、お前さんが悪いんじゃ! 宿の部屋でわしを銃で脅すからじゃ! 多分あのときに落として回収し忘れてしまったんじゃ!」

 サンタの主張は一理あったが、言い方がまるで言いがかりをつけるかのようだったので、名無しは少しムッとした。とりあえずだんまりを決め込んでいたら、

「……まあよい。何が欲しいのかは知っとる、確かコートじゃな。向こうで手紙を読んでおいてよかったわい、まったく」

 勝手に自己解決したようだった。

「居間に戻ろうかの。あっちの方があたたかいし、コートであればあっちでも作れるからの」


          *     *     *


「さて、と。ようやくひと心地つくことができそうじゃの」

 居間に戻ったサンタクロースは、ソファに腰掛け、大きく息を吐いた。名無しもサンタの向かいのソファに座る。

「ジジイの一人暮らしともなると、毎日が退屈での。ちょうど話し相手が欲しかったのじゃ」

「別に俺じゃなくてもいいだろうが」

「しかし、お前さんに話した通り、あまりたくさんの人に見られるのはよくないんじゃよ。それに、一度話してみたかったんじゃよ、手紙屋と」

「……気付いてたのか、俺が手紙屋だと」

「ジジイの観察力を舐めたらいかんぞ。お前さんのいた部屋に、手紙屋の鞄があったわい。それも二つ。いびき掻いて寝てた女の人も手紙屋かの?」

 名無しは首肯した。

「わしは一年のうちでクリスマスの時期だけ、手紙屋は一年中、贈り物を届ける。わしは数ヶ月だけでもしんどいと思うのじゃが、それを一年ずっととなると……。いやはや大変じゃな」

「仕事の密度が違うだろうが。俺からしたら明らかにそっちのほうがしんどそうだ」

「うむ。しかしサンタクロースと手紙屋、ここまでそっくりな職業があるとはな。つまりわしとお前さんは同業者というわけじゃ」

「違う」

 ぽつりと呟いた言葉に、サンタは首をかしげた。

「あんたと俺たち手紙屋は決定的に違う。サンタはプレゼントを運ぶ。善人だ。悪人だと思う奴なんていないだろう。でも俺たちは違う。手紙屋は、相手が不幸になるとわかりきっているものでも届けなくてはならない」

 それからしばらく、名無しはサンタクロースととりとめのない話をした。ほとんどはサンタの話題に一言二言返すという程度だったが。やがてサンタクロースはふと目を窓の外に向けた。

「む、もうすぐ夜が明けるか?」

 サンタの視線につられて、名無しも窓の外を見た。確かに東の空がわずかに白みはじめていた。

 名無しは黙って立ち上がり、

「帰るぞ」

 とだけ告げた。サンタは少し残念そうな顔をしたが、引き止めはしなかった。

「では、もう一度トナカイのソリでエルレ・ガーデンまで送ろうかの」

 もう一度あの地獄を体験するのか、と考えると名無しは少しだけうんざりした。


          *     *     *


 一度は経験したといっても二度目はすぐ慣れる、というわけにはいかなかった。

 サンタの家からエルレ・ガーデンのそばまで、再び超高速飛行を終えた。

 名無しはすっかり冷えた体を動かし、ソリから降りる。

(…………?)

 その瞬間、名無しは激しいめまいに襲われた。体がふらつき、思わずソリにもたれる形になった。その姿を見たサンタは眉をひそめた。

「どうかしたかの?」

「……いや、なんでもない」

 めまいが治まるのにそう時間もかからなかった。ただの立ちくらみ、名無しはそう結論づけた。

「じゃ、俺は行くぞ」

「おう、なんかよくわからんが気をつけるんじゃぞ」

「……サンタクロース」

「ん、なんじゃ?」

「メールへのプレゼント、ちゃんと届けろよ」

「もちろんじゃ、必ず届ける」

 直後、トナカイへ鞭を打つ音が聞こえた。名無しが振り返ると、もう既にサンタも、トナカイも、ソリも、跡形もなく消えてしまっていた。


挿絵(By みてみん)

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