12月22日(3) クリスマスだからね
「……くしゅん」
ハイネと別れてしばらくした後、傍らでメールが小さくくしゃみをした。両肩が震えている。フーリエがしゃがんでそばに寄った。
「メール、あなた大丈夫?」
「平気……じゃないかも。ちょっと寒い」
「そりゃ寒いだろ。今は冬だ」名無しは白い息を吐きながら空を見上げる。
「寒い? 冬って寒いの?」
メールからしたら素朴な疑問だったのだが、なぜか名無しは呆れた顔でこちらを見てきた。
「あー、メールってリリアーヌから出たことないから季節感がほとんどないのよねー。わかりやすく言うと、リリアーヌって大陸の南側、つまり赤道近くだったから、年中通してあたたかかったのよね。でもこのエルレ・ガーデンは赤道から離れた内陸部にあるから寒いのよ」
「???」
「あー難しかったか……。ええい、冬ってのはここみたいに寒いのが普通なの。冬も暖かいリリアーヌが特殊なのよ! ほら、とにかくこれ着なさい」
そう言うとフーリエは自分が羽織っていたベージュのコートを脱ぎ、メールに着せてやった。当然ながらサイズははるかに大きいので、裾は膝下まで達していた。腕の部分は、袖を何回も折ることで調節した。
「気休めだけど、これならしばらくは大丈夫でしょう」
「うん、すごくあったかい。でもお姉ちゃんが寒いんじゃない?」
「慣れてるから平気よ。ここよりももっと寒い所に行ったこともあるんだから。何よりメールが風邪を引かないことが優先。早めに宿に行きましょうね」
メールはフーリエに何度もお礼を言った。ありがとう、ありがとうと。
「それにしても、この町ってすごく賑やかだね」
寒さ対策を終えたメールは、町行く人の圧倒的な多さに感嘆の声を漏らした。
「ぶっちゃけた話、リリアーヌより賑わってない町や村なんて、ほとんどないけどね。……でも確かに賑やかね。それに加えて今は、時期的に特に盛り上がっているのよ」
「時期?」
「そう! なんたってクリスマスだからね!」
突然背後から声をかけられてメールはぎょっとした。さらに後ろを振り向いたら、声をかけてきた男の人が、今まで見たこともないようなシュール極まりない格好をしていた物だから、二度ぎょっとした。
「く、クリスマス?」メールはフーリエの後ろに隠れながら尋ねた。
「そうさ。ってことではい、これあげる」
青年は担いでいた大きな白い袋の中から、お菓子を取り出しメールへ差し出した。メールは雰囲気に流され、それを受け取る。
「あ、ありがとうございます。あの、クリスマスってなんですか」
「ありゃ、クリスマスを知らない? ってことは町の外から来たのかい? それは珍しいね」
クリスマスっていうのはね、と青年は丁寧に説明を始めた。
クリスマスというのは十二月二十五日ことを指すらしい。ちなみに二十四日はクリスマス・イブというようだ。
町の子どもたちはクリスマスの少し前に欲しいプレゼントを書いた手紙を窓から吊るしておくという。
二十四日の夜から二十五日の朝にかけて、サンタクロースと呼ばれる老人が子どもたちに希望していたプレゼントを届けにくるというのだ。なぜか扉や窓からではなく、煙突の中を通って。
「で、いま僕が来ているのがサンタクロースの格好ってわけ」
赤と白の服を身につけ、プレゼントを入れた大きな袋を持った青年はそう言った。顔の白いひげは付け髭のつもりなのだろうが、サイズが合っていないために、顎と付け髭の間に隙間ができてしまっていた。
「そうそう、あとサンタクロースはね、トナカイっていう魔物のソリに乗って空を飛ぶんだよ」
「ま、魔物ですか!?」
メールの脳裏に、リリアーヌの近くで遭遇した魔物が思い浮かんだ。ぞくりと背筋に寒気が走る。
メールの不安そうな表情を見て、青年は優しく微笑む。
「大丈夫さ、トナカイはサンタクロースがしっかり手懐けているからね。襲わないよ」
「空、飛ぶんですか」
「その通り。プレゼントを配りながらトナカイと一緒に空を駆け回るんだ。子どもたちのためにね」
メールの瞳がキラキラと輝く。
* * *
「サンタクロースねえ……」
サンタクロースの話に夢中なメールを眺めながらフーリエがぼそりと呟いた。名無しと二人ですっかり蚊帳の外だった。
「初めて聞いたな」名無しは率直な感想を漏らす。
「まじ? あんた一回も、クリスマス文化のある町に来たことないの?」
「ねえよ」
「ま、たとえ来ていたとしても、一年の内のこの時期しかこういうことやってないから、そういう文化のある町に生まれでもしない限り、逆に知ってるほうが珍しいのかもね」
「会ったことあるのか」
フーリエはぷっと吹き出し、バカにしたような視線を名無しに向けてきた。
「あんたねー、常識で考えてみ? 空を飛ぶ魔物? 一晩でこのアールザード王国に住む、大半の子どもにプレゼントを届ける? そんなことがありえると思ってるの?」
フーリエはメールに絶対に聞こえないように細心の注意を払いながら囁く。
「いるわけないでしょう、サンタなんて。親が子どもにプレゼントしているだけよ」
「なら直接あげたらいいだけの話じゃないのか」
「夢がないじゃない。そういうのに憧れるものよ、子どもって」
「――じゃあ、私もお願いしたらサンタさん、プレゼント届けてもらえますか!」
サンタの姿をした青年と話し込んでいたメールが、ひときわ大きな声を上げた。
「ああ、きっと届けてくれるはずだよ」
「やったあ〜」
「……そして、ここにもサンタに憧れる子どもが一人」
メールは青年へ手を振って別れを告げた。名無したちのほうを向いたときのメールの目は眩しいほどに輝いていた。
「サンタさん、この町の人じゃなくてもプレゼントくれるって!」
良かったわね、とフーリエが優しくメールの頭を撫でつけた。
「さて、そろそろ宿を探しましょう。メールもそろそろ冷えてきたでしょう。いくらあたしのコートを着たとはいえ、限度があるわ」
返事をするかのように、「……っくしゅん!」と可愛らしいくしゃみが聞こえてきた。




