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名無しの手紙  作者: 山本良磨
第2話 エルレ・ガーデン編
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12月22日(2) ハイネ・クラナッハ

 メールは大通りで先を歩いていた少年の手をとり、声をかけた。

「お久しぶりです! こんなところでまたあえるなんて思ってもみませんでした。嬉しいです!」

 会えたことが嬉しくて、少年の手を握りながらぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。白いシャツに紐のタイを締め、下は動きやすい、ゆったりとしたズボンを履き、サスペンダーで固定しているという、間違いなく以前にあった彼の姿そのものだった。

 しかし呼び止められた少年はというと、メールに怪訝そうな顔を向けていた。

 少年の表情を見ているうちに、だんだんと体の動きが小さくなっていく。

「……もしかして、私のこと覚えてませんか? ほら、リリアーヌで会いましたよね」

 しょんぼりしているメールを見ながら、少年は口元に手をあてて考え込む。やがて目を見開いて、

「ああ! アランさんとシゼルさんの娘さんか! 思い出した」

 少年のその言葉に、メールは一気に元気を取り戻した。

「そうですそうです、思い出してくれましたか?」

「久しぶりだな。しかしどうしてエルレ・ガーデンに? 手紙屋になったわけじゃないんだろ?」

「えへへー。それはですね、名無しさんに連れてきてもらったんです」

「名無しって確か……ってそこにいるのはフー姉じゃねえか!」

 ハイネはメールの背後にいたフーリエに気づいたようだ。フーリエはひらひらと手を振る。

「はろはろー。ハイネ、まさかあんたがメールと顔見知りだったなんてね」

「お姉ちゃんとも知り合いでしたか! すごい巡り合わせです!」

 三人で話が加熱している中、輪っかの外にぽつんと取り残された名無しは息を吐いてぼんやりと冬の寒空を仰いでいた。それに気付いたハイネが「なあ」声をかけた。

「あんたに自己紹介はしたことなかったな。俺はハイネ、よろしく」

「前、リリアーヌでお父さんとお母さんのことを知っている手紙屋さんのことを話しましたよね? ハイネさんのことなんです」

 メールは名無しにそう説明すると、思い出してもらえたようで、「ああ」と納得していた。

 フーリエが、

「あと、史上最年少の十三歳で手紙屋になった天才よー」

 そう付け加えると、メールは瞳をキラキラ輝かせた。

「最年少! すごいですハイネさん! 十三歳って、今の私と同い年じゃないですか! じゃあ私も、その気になれば、今すぐにでも手紙屋に……」

「無理だ」と、名無しが否定して、

「無理ね」と、フーリエが続いた。

「そんな即答しなくても……」

 二人に否定されて、メールはふくれっ面になってそっぽを向いた。ハイネがそれとなくなだめてくれながら、

「で、どうしてメールがここにいるんだ?」


          *     *     *


「……へえ、考えたな。『手紙』として、アランさんとシゼルさんに会いに行くのか。で、名無しが届けると」

 一通りの説明をしたあと、ハイネはそんな感想を告げた。

「なるほどな、だから姉のフーリエじゃなくて、名無しについていくんだな。納得したよ」

「え、どういうことですか?」

「だって名無しって、ア――」

 ハイネが何か言う前に、フーリエがガシッとハイネの首に腕をかけた。ぐえっと蛙のような声が漏れた。

「っ! 何すんだよフー姉!」

「ふふん、今のをとっさに避けられないようじゃ、まだまだ私は超えられないわね」

 結局ハイネが何を言おうとしたのかは聞けずじまいだった。しかしどうも名無しに関係のある話のようだった。

「名無しさん?」

 メールは名無しの顔を覗き込んだ。しかし、名無しはメールの声を無視した。

(ああ、ダメだ。何も言ってくれなさそう)

 メールは小さくため息をついて肩を落とす。この話題を追求することは諦めることにした。

「ったく、なんなんだ……。まあいい、それじゃ俺はもう行くぜ」

「え、もう行くんですか?」

「そうだよ、俺は今日までこのエルレ・ガーデンで仕事してたんだから。みんなとちょうどすれ違いってわけだ。それじゃあな」

 ハイネは三人に背中を向けて、町の入り口へ歩き出した。フーリエが、

「そう、元気でね」

 と声をかけた。名無しは黙ってハイネを凝視していた。多分、彼なりの見送りなのだろう。

 しかし、途中で止まり、「そうそう」と言って振り返る。

「お前たちは聞いているのか?」

「何がよ」「何をですか?」「なんだ」

 異口同音に三人から同じ質問が発せられた。

「マークさんが殺されたって話だよ」

「マークさん……?」「ちょ、冗談でしょう!」「…………」

 三人からはそれぞれ異なった反応が帰ってきた。しかし、殺されたという時点でただ事ではなさそうだった。メールはおそるおそる尋ねる。

「あの、マークさんって誰ですか?」

「マーカス・クリント」メールの質問に答えたのはフーリエだった。「手紙屋よ、凄腕の」

「え、手紙屋さんが殺されたってことですか?」

「そうだ」うなずいたのは名無しだった。

「誰に、誰にですか!」

「それはわからない」そう答えたのはハイネだ。「最近、手紙屋が殺されたって報告が後を絶たない。被害者は全員鋭利な刃物で切り裂かれた痕がある。俺たちは同一人物の犯行と考えて、犯人のことを『手紙屋殺し』と呼んでいる」

 フーリエが、

「それでも、マークさんよ? あの人の強さはハイネだって聞いたことくらいあるでしょう? なのに……」

「事実だ。そりゃ俺だって信じたくない」

「そんな……」

 フーリエは言葉をなくし、力なくその場にうなだれた。

「……そういえば、フーリエが新人の頃、師事してた手紙屋がマークさんだったな……。悪い、酷な報告しちゃったな」

 ハイネの謝罪に、フーリエは首を横に振る。

「いや、いいの。気にしないで、いつかは知ることよ」

「お姉ちゃん……」

「メール、あたしは大丈夫、心配無用よ」

「それよりも手紙屋殺しって……」

 そんなの知らなかった。三人とも、私の知らないところで危険にさらされてたんだ。言いたいことはたくさんあるが口から言葉が出てこなかった。

 それでもメールが言いたいことは三人の手紙屋にはしっかりと伝わったようだった。フーリエが、

「それも大丈夫。メールはあたしの強さ、知ってるでしょ? それにこいつの強さも」

 指をさされた名無しはむすっとして目を逸らす。

「それにこのハイネだって。メールとそう変わらない年なのに、手紙屋になれたってことは、それだけ大人顔負けの強さをもってるってことよ。……ま、あたしよりは弱いけど」

「一言多いって」

 ハイネが反論するもその声は小さい。本人も否定できないことのようだ。

「ま、いいや。とりあえず伝えといたからな。気をつけろよ」

「ハイネさんも――」

 メールはそっとハイネの手を握る。不意打ちだったようで、ハイネは一瞬体をびくりと強張らせた。

「――気をつけてくださいね。またお父さんとお母さんの話を聞かせてくださいね」

「ああ、メールも二人に会えたらいいな」

 最後にフーリエと名無しに目配せをして「それじゃ」とハイネはエルレ・ガーデンをあとにした。

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