12月22日(1) 運河の町 エルレ・ガーデン
リリアーヌからの旅はそれなりに一苦労だった。
リリアーヌは東には海、西には巨大な山脈と、魔物のせいで町と町が孤立しているアールザード王国の中でも特に孤立してしまっている。
他の町に行くためには、南西へ山脈を越えるか、北へ向かいル・ベージュを経由しながら山脈を迂回するかのどちらかしかなかった。
今回名無したちが選択したのは、山脈を越える南西のルートだった。山を越えるだけあってとても険しい道のりだった。慣れている名無しは平気だが、まったく経験のないメールには過酷なものだった。途中の休憩を頻繁に挟むことでなんとか乗り切ることができた。
山を越えた麓には小さな町ミモザがある。ミモザからは馬車が出ている。そこからの移動には名無したちも馬車を利用することにした。
本来であればそこでも手紙を配るのだが、名無しはミモザ宛ての手紙を一通も所持していなかった。ミモザではポストに集められた手紙を回収するだけで仕事は終わった。
馬車が出発するまでの間、メールが町行く人に声をかけながら、時間の限り両親の手がかりを集めていた。しかしめぼしい両親の手がかりは手に入らなかったようだった。町を出るときの彼女の顔は少ししょぼくれていた。
そしてミモザからでた馬車に気が遠くなるほど長い時間乗り続け、十二月二十二日の夕方、彼らはエルレ・ガーデンに到着した。
「うわー、大きな町!」
町に足を踏み入れたとき、メールが率直な感想を漏らした。小さなリリアーヌとミモザしか見たことのない彼女にとっては、とても衝撃的な光景だったのだろう。
エルレ・ガーデンは大陸の中心にある首都アールザードの少し南東に位置する町である。決して大きな町ではないが、小さいわけでもない。王国の中では比較的平凡な規模の町になる。
大陸の中心部は河川が流れていないので水源が不足しがちであるが、エルレ・ガーデンのすぐ近くには湧水地があり、そこから運河をひいているために、付近の町と比べるとやや水や緑が豊かである。
道や建物といった町を構成するものはほとんどがレンガでできている。赤、オレンジ、白で それまでの殺風景な道中から一変し、まるで物語の町にでも迷い込んだかのような気分になってくる。
メールの興奮が冷めやらぬ中、右に左に目移りしながら町の大通りを歩いていく。
「あまり遠くに行くな、他の町にくるのは初めてなんだろ」
名無しの忠告にメールは町をせわしなく眺めながら、はーいとだけ返事をした。ちゃんと聞いているのか、怪しいところである。
「あの子、嬉しそうね。まあ、今までリリアーヌしか知らなかったんだから無理もないけどね」
「…………」
「メールをリリアーヌの外に出すこと、最初は反対だったし……正直、今も賛成とは言いがたいけど、あの子のあんな顔が見れただけでも、少しは価値があったのかもね」
「そうかもな。だがちょっと待て」
一旦会話を区切り、先ほどから会話をしている相手に問いかける。
「なぜお前がここにいる、フーリエ?」
メールの姉は眉根を寄せて、首を傾げた。『この男は何を言っているのかしら』とでも言いたそうだ。
「なんでって、あたしがついてきたらおかしい?」
「ル・ベージュ宛ての手紙を持ってたんじゃないのか」
「別にすぐ届けなくても、またいつか届ければいいだけよ」
まったく悪びれる様子もない。名無しは呆れて何も言えなかった。
「だって、ついてくるのが普通でしょ? 私のかわいいかわいい妹がどこの馬の骨かもわからない、名前なしの男に連れ回されているのよ? いつ毒牙にかかるかって思うと不安でたまったもんじゃないわ。姉として、メールの安全のために同行するに決まってるじゃない」
「……シスター・コンプレックスって言葉知ってるか?」
「うるさいわね、このロリコン野郎」
じろりと睨んでくるフーリエから、めんどくさそうに顔をそらす。話をそらそうとメールを呼び寄せようと考えた矢先、
「あー! あなたは!」
その少女の、驚いた声が聞こえてきた。




