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名無しの手紙  作者: 山本良磨
第1話 リリアーヌ編
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私を届けてください

 村の人たちと協力して、おばさんを家に帰してから、三人はようやく帰路についた。その道中で、フーリエはメールに語りかけていた。

「わかったメール? 外には危険がいっぱいなの。それに手紙を届けたところで喜ばれるかなんてわからない。ほとんどの場合、ハイリスクノーリターンなのよ。体の弱いあなたができる仕事じゃない。もう諦めなさい。心配しなくたってお父さんとお母さんはあたしが――」

「うん、そうだね。でも私諦めない」

 フーリエは振り返った。メールは立ち止まり、胸をギュッと握りしめる。

「本当に外は怖いところだった。あたしなんかじゃ何もできなかったし、お姉ちゃんと名無しさんが来てくれなかったら、多分死んでた。それに手紙を届けたところで絶対に喜ばれるとは限らないこともわかった。お姉ちゃんが言うみたいにいいことなんて少ないのかもしれない」

 でもね、とメールは顔を上げた。フーリエの目をしっかりと見据えた。

「それでも私は、やっぱり手紙屋になりたい。手紙屋のいいところと悪いところを知って、それでもなりたいって思うの。私、強くなるから。頑張るから。だからお姉ちゃん、お願い。私を王都アールザードに――」

「わがままもいい加減にしなさい!」

 メールはその場に立ちつくした。フーリエの肩が震えていた。

「お姉ちゃん……」

 メールはそれ以上何も言わずに歩き出した。フーリエの脇を通り過ぎるときに小さく、「朝ご飯、作ってるね」とだけ言い、とぼとぼと静かに家へと向かった。


          *     *     *


 名無しは肩を落として家へ帰っていくメールの後ろ姿を見送った。やがて姿が見えなくなったあと、ずっと肩を震わせて立ち尽くしているフーリエを見てため息をついた。

「……本当にわがままなのはどっちだ」

「うるさいわね!」フーリエはうつむいたまま、こちらを見ようともしない。

「メールだけは、あの子だけは手紙屋にさせたくない。危険にさらさせたくない。どうしてそれがわかってくれないのよ!」

 今日の昼には出発するわ、と言い残し、フーリエもメールと同じ道をたどって家に帰っていった。

 容易に想像できるこれからの険悪な場面に辟易としながら、名無しもメールたちの家へと向かった。


          *     *     *


「じゃあ……。あたし行くから」

「うん。……行ってらっしゃい」

 無言の朝ご飯を終えて、三人は村の入り口に立っていた。太陽がギラギラと地面と海に照りつける。村はいつも通りの賑わいを見せ始めていた。子どもたちは元気よく村の中を走り回り、遠くからは漁へ行く意気込みを大声で語る男の声が聞こえてくる。

 メールはフーリエの顔を見ることができなかった。あの言葉はメールの安全を思って言ってくれている。そんなことは重々承知だった。でも、どうしても心の中で受け入れることができなかった。

「名無しさんも、お元気で」

 結局、何も変わらなかった。変われると信じていた。でも、その思いは一晩で空しく消え去ってしまった。

 多分、これから何も変わらない毎日が待っているのだろう。村で朝を迎えて、夜を過ごす。たまに姉や名無しのような他の手紙屋がやってきて、話をする。そうやっていつ帰ってくるのかもわからない両親を待ち続けるだけの毎日が。

「お姉ちゃん、お父さんとお母さんへの手紙を書いたから。せめてこれだけでも持っていって」

 そういってメールは一通の手紙を差し出した。朝食の片付けを終えてから見送りにくるまでに時間の限り書いた、彼女なりに思いを詰め込んだ手紙だった。

「わかった。必ず届けるわ」

 フーリエは確かにそれを受け取り、

「しっかし、今の鞄に入るかねえー? いつになったらこのパンパンな鞄も軽くなるんだか」

 はち切れんばかりに膨れた手紙屋の鞄を見てぼやいた。なんとか入れようと奮闘している姉のをぼんやり見ていた。

 そのとき、メールは頭で、昨日のフーリエとの会話を思い出していた。

「……お姉ちゃん、手紙屋って本当になんでも届けるの?」

「ん? そうよー。基本的に頼まれた物はどんなものでも届けるわよー」

 小さな閃きは、次第に大きく、具体的なアイデアとなって頭の中を支配していった。

(どうしよう。でも、きっとコレはお姉ちゃんには通じない。だったら――)

 メールは名無しの方を向いた。意を決して告げる。

「名無しさん! 私を『手紙』として、お父さんとお母さんに届けてください!」

「ちょ」フーリエがびっくりしてメールの顔を見た。

「ちょっと、メール! 何言って――」

「……わかった」名無しがフーリエの言葉を遮って答えた。

「あんたもねえ、ふざけてないで――」

 フーリエの顔が凍りついた。メールも自分の目を疑ってしまった。

 名無しがフーリエの顔に銃口を向けていたのだ。

「な、なんのつもりよ」フーリエが問う。

「悪いな、これも仕事だ。俺はこれからこいつを――」メールの頭にポンと手を乗せた。「――両親に届けなくちゃいけない。手紙を『盗む』ってんなら容赦はしない」

「ぬ、盗むってねえ……」

 メールははらはらしながら二人の顔を交互に見た。フーリエは舌打ちして苦悶の表情を浮かべている。

 対して名無しは眉一つ動かさず、冷静そのものだった。そもそもメールは彼の無表情以外の表情を見たことがないが。

 しばらくのあいだ、フーリエは頭を抱えてしゃがみこみ、苦しそうなうめき声を上げていた。

 やがて、大きく息を吐き、肩を落とした。

「……あたしが一本取られたってことかしら?」

(やった、の?)

 メールはフーリエの顔をそっと覗き込んだ。

「……村のみんなにお別れを言ってきなさい。いきなりいなくなったらみんな心配するでしょう?」

「え、い、いいの?」

「早く行きなさい、あたしの気が変わらないうちに」

「あ。うん、わかった!」

 メールはくるりと踵を返し走り出した。今しがた自分がなし得たことが実感をとなって心の中を満たしていく。

(やった! これでついに村の外に行ける、お父さんとお母さんを探せるんだ!)

 背後でフーリエが名無しに怒鳴っている声が聞こえてきたが、振り返ることはしなかった。

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