密室は未完成のまま (回答編)
必ず問題編を先にお読み下さい。
内容の薄さは申し訳ありません。
すこしでも考えて頂けたら幸いです。
旅行の朝の目覚めとしては、良くないのだろう。
「うわー。これ絶対顔色最悪だ」
顔にかかる乱れた自分の髪と、全身のけだるい感覚と、胃の重さと。
完全に飲みすぎた翌日の感覚だ。
それでもまあ、きちんと朝になったら起きられてしまうのは、学生時代との違いだろうか。
同室の久美子はまだ眠っているようだ。
昔は、久美子の方が絶対に早く起きて来ていたのだが、昨日は主賓だけあって飲みまくって
いたから、その反動かもしれない。
「うーん。あのメンバー相手に、そんなに頑張る必要ないけど。一応身だしなみはしないと」
誰に聴かせるでもないけど、口に出して行動する。
シーツと掛け布団を足で蹴飛ばして、洗面所へ向かう。
顔を洗って、髪を梳かしてとにかく見られる位までは調整しておかないと。
ぼーっとした頭で、水道の蛇口を捻る。
鏡に映る想像した通りのぼやーっとした顔を冷たい水で引き締める。
数回顔を洗った所で、ようやく意識が覚醒して来た。
ふぅ。取りあえず、時計を見ると。既に7時を回っている。
確か、7時半には朝食のために食堂に集合する話になっていた。もろもろ、準備を考えるなら、
久美子も起こしておいた方がいいだろう。
こうして、私は慌ただしい朝を迎えた。
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「それじゃあ、賢治君は起きてこなかったんだ?」
亜希と、久美子が食堂に着いた時、既に亮介と直樹が食事をしていた。
5分遅れだったので、既に食べ始めてしまったのだろう。
朝は、ホテルの定番とでも言うかビュッフェスタイルだった。
お客さんによっては時間帯をずらし易い、夕食と違って朝は一斉に取るからこっちの方が良いのだろう。
お爺さんお婆さんの二人組や、小学校に上がらない位の家族を連れた夫婦など、多くの人が食事をしている。
久美子と私は慌てて自分の分の食事を確保して席に付く。
御飯とお味噌汁と卵焼きと納豆、焼き鮭。地味でも朝食は和食と決めているのだ。
対照的に久美子の方は、パンとサラダとスクランブルエッグとフルーツと言ったラインナップだ。
あ!あのフルーツは良さそうだから、後で私も取りに行く事にしよう。
そう決めて亜希と久美子は、亮介達と同じ卓に着いた。
「俺と直樹で散々、声かけたし携帯も鳴らしたんだけどね。結構深く眠ってるのかも」
自然と話題は、今不在である賢治君の話題となった。
亮介君の言葉に直樹君が続ける。
「周りのお客さんもあるから、そんなに大きく声はかけられなかったけどさ。ひどく酔ってるのかもな。昨日はかなり飲んでたし」
「珍しいね、あいつがそんなに潰れるの」
久美子が合わせる。確かに、と亜希も思う。
学生時代から酒を水のように飲んでいて、下手をすると、授業の合間に飲んで、そのまま実験まで危なげなくこなしていた位だ。
二日酔いで頭が痛いと言った姿は、思い浮かばない。あいつの肝臓は、炭素繊維でできているに違いないと噂したものだ。
「まぁ、この美味しい御飯が食べられないのは自分のせいだとして、後で起こしにいきますかね。
そしたら、二日酔いで、『もう酒なんてみたくねぇ』って言ってるレアな賢治が見れるかもよ」
久美子の声真似がそっくりで、全員ひとしきり笑った後、亜希は違和感を感じた。
アレ?
「他のお客さんがいるから声をかけられなかったって事は、部屋の外から声かけたんだよね。携帯っても言ってたし、賢治君と亮介君が同室なんじゃなかったけ?」
昨日の記憶では、確か賢治君と亮介君の部屋にみんなで集まったはずだ。
流石に荷物を漁ったり、持ち物をネタにしてイジったりしたわけでは無いから、確実な記憶では無いけどそう言う話だったと思う。
一瞬亮介君の動きが気まずそうに止まったけど、すぐにスラスラっとしゃべりだす。
「ああ、あの部屋で最後は俺と、賢治の二人で片付けしながら飲んだんだけど。何かの用があって、直樹の所行こうとしたらそのまま、そこで寝ちゃったんだよ。
で、朝起きてから部屋に戻ろうと思ったら鍵が掛かってたってわけ。多分、俺がいつまでも戻らないから、そのまま寝たんだろうな」
そこまで、一息で言って亮介君はゆっくり息を吸った。
なんだか妙な感じがして、私は押し黙ってしまった。
「まあ、何にしても御飯が終わったら起こしてみよう。それより、今日の予定ってどうだっけ?」
空気を察したのか直樹君が、話を切ったおかげで私と、亮介君の間の変な雰囲気も吹き飛ばされた。
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30分後に、朝食を終えた私達は部屋の前に戻って来た。
欲張って、フルーツのおかわりまでしたので、朝から体が重い。うん。今日の登山で痩せる予定だから問題は無い。
まずは、私達も亮介君達も自分の部屋へと戻る。私が持っていた鍵で、部屋を開けたタイミングで、
亮介君も自分達の部屋の鍵を開けた。いや、あちらの部屋は正確には直樹君の部屋だから、亮介君の部屋では無いか。
部屋を明けて直ぐなのに、亮介君は今度は賢治君と亮介君の部屋の前に立ってドアをノックし始めた。
それはそうか。あの部屋には自分の荷物も無いのだから。
「おーい、賢治!起きろよー。そこに俺の荷物もあるんだから、起きてくれないと困るんだよ」
大声を出さずに、かつ中で眠っている賢治君は起こすように、絶妙な調子で声かけを続ける亮介君に口の形で頑張ってと告げて、
私達は部屋に入った。
さて、賢治君の事は亮介君に任せて自分の荷物を何とかしないと。
「あ~眠い~。もう二度寝したい。けど、したら絶対だめだよね」
「だめだめ、寝たいのは分かるけど、絶対起きられなくなる」
私も本調子では無いし、眠い気持ちは本当に良く分かる。
イモムシみたいに、掛け布団に抱きついてゴロゴロしている久美子が本当は羨ましい。
「あーあ。美味しい朝ごはんは、良かったけど。賢治みたいに寝てる選択も良かったかもしれない」
ぐずぐずとしている久美子を置いて。私は自分の荷物を片付け始めた。
こう言う時、人の性格が結構出る。
私は心配症なので、早め早めに行動したいタイプだ。それに対して久美子は、ギリギリまでやらなくて、
最後に猛ダッシュするタイプだ。それで、こっちより結果が良かったりするから複雑な気持ちになるけど、
あの猛ダッシュは真似できないから、釈然としないままでも自分のスタイルは崩せない。
「ぎりぎりじゃなくて先に準備しようよ」
言うことは聞くはず無いが一応そういいながら、手は順調に物を仕舞って行く。
一晩だけ泊まっただけなので、広げた量も少ないし、手早くやれば直ぐに終わる。
荷物をまとめ終わると亜希は、賢治の部屋を確認するために廊下に出た。
「あれ?まだやってるの?」
部屋の前では、まだ亮介君がドアの前で頑張っていた。
直樹君の方はもう準備を済ませたようで、外出バッチリの格好に切り替えが済んでいる。
一方の亮介君は、先ほど別れた時と全く様子が変わってない。
「全く反応なしなんだよ。賢治のやつ、ホントどうなってんだか。
なあ、直樹。隣りの部屋から窓伝いで侵入できないか?」
「やめときなよ。普通にここ3階だから落ちたら死ぬかも」
冷静に突っ込む直樹君に、亮介君の焦りは、どんどん増して行くようだ。
「つって、もじゃあどうすりゃいいんだ。なあ、亜希は、ピッキングとかできるタイプ?」
「どんなタイプよそれ、しかもこのホテル結構いいホテルだから流石に、針金で簡単にとか空きそうにないよ」
「じゃあ、直樹はできるか?」
「できる・・・・・・・わけないだろ。焦りすぎだよ。バカ」
亮介のつまらない冗談が余計に焦りを強調する。
「お待たせ~、ふ、ふーん。ジャスト、8時半。どうよ?」
くだらない話をしている間に、久美子まで合流して来た。
昨日あれだけ飲んだというのに、元気な顔だし化粧もバッチリだ。
くそう、女子力で負けてる気がする。
「まだ起きないの?しょうがないから、ホテルの人に頼んで合鍵か何かないか聞いてみよう」
言うが早いが、エレベータに向かって歩き出す久美子。
こう言う時の、判断の速さは流石。
「ついでに、この部屋の鍵も返しちゃうわね。そっちの部屋ももう、チェックアウトしちゃったら?」
久美子は提案しながら、亮介のお尻のポケットから、部屋の鍵を抜き取った。
「ちょっと、待ってよ。俺と・・・賢治の準備がこれからだと、部屋が空いてからもしばらく掛かるよ。
その間部屋で待つだろうから、まだ返さない方がいいって」
亮介は、久美子の持つ鍵を取り返すと、輪っかの部分を指に引っ掛けてくるくると回す。
それもそうか、と納得して、久美子は荷物を部屋の入口に置くとフロントへと急いだ。
待っていても手持ち無沙汰なので、私もついていった。
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オートロックでも無いのに、鍵が開かないなんて、
変な事態なのに、ホテルマンは顔色一つ変えずに応対してくれた。
それは、大変でしたね。なんて、微笑を浮かべるほどだ。
見る人によっては、こっちは焦ってるんだ、と怒鳴りたくなるほどの落ち着き具合だったが、
私達にはプラスに働いたようで、焦りが緩和された気がする。
上手い微笑みを浮かべられる事は、接客業の王道なのだろう。
すぐさま、部屋の前にたどり着いた私達は、
部屋の前でじりじりしている亮介君と、直樹君に退いてもらう。
「この部屋ですね。直ぐにお開けします」
微笑みを浮かべる、ホテルマンの態度に焦っていた亮介君たちも姿勢を直して、
すみません、お願いしますと頭を下げる。
あの微笑みは同性にも有効みたいだ。
スペアのキーを使いて手早く鍵を回すと、
カチャリと音がして、扉はあっさりと開いた。まあ、それは当然だけどなんとも呆気ない。
すっと音もなく、ドアを引くホテルマンは流石に洗練された動きだ。
そのままドアを開けた状態で、待っているので、亮介君が飛び込んだ。
直樹君もそれに続く。
私と、久美子はホテルマンに頭を下げた。
彼はでは、とまた微笑みを浮かべて立ち去ろうとした。
「おい、賢治しっかりしろ!」
中から叫びとも、悲鳴ともつかない声が聞こえたのは、その時だ!
私達とホテルマンは、一緒に部屋に入るとその異様な光景を目にした。
部屋の中ほどにある梁に、は巨大なテルテル坊主のような格好がある。
「賢治君!」「賢治!」
私と久美子と、どちらの声が先だったのか、その異様な状況の前に、
私達は、立ち尽くす事しかできなかった。
この時は焦っていて夢にも思わなかったのだけれど
今思えばこの時に密室としては、始めて完成したのだろう。
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回答編
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救急車が去った後も、辺りは騒然としていた。
警察は一応来て調べてはいるものの、完全に密室だったあの部屋で起きた事件だから、
自殺としか結果はありえないのだろう。
私達の感情として、彼が自殺するはずが無いと思っている事と、自殺の一番の証拠とも言うべき、
遺書が残っていない事が唯一の難点という所だろう。
もっとも、彼の血液や胃から未分解のアルコールが検出された事で、
飲酒による酩酊状態に突発的に思いついた自殺として見る向きが強くなっているのだろう。
どうにしたって、自殺以外の結論が無いのだから、捜査も緊迫感が無く。
刑事の中には、あくびをする人までいた。
もちろんキツイ視線を浴びせたので、直ぐに真面目な顔で勤務に戻ってはいたけれど。
私達は、当然ホテルからも動けないため、余っていた部屋を一室借り。
そこに全員が集められていた。
「大変お疲れの所申し訳ありませんが、もう少しお付き合い下さい」
そう前置きして担当の刑事さんが話し始めた。
「部屋の状態、彼の遺体の状態ともに不審な点はありませんでした。
自殺したと考える事が妥当でしょう。まだ捜査は継続されますが、
今日の所は、一度帰宅していただいて結構です。皆さんの荷物は、まだ返却されませんので
後日取りに来て頂く形となります」
すっと、空気が締まる。
分かっていた結果とは言え、警察の口から結論を聞くとまた違う。
一気に現実を受け入れる準備が出来た気がした。
「刑事さん。不審な点は、全く無かったのですか?」
うなだれた亮介が訪ねた。最後まで一緒に飲んでいたのは、亮介君だ。責任を感じているのかもしれない。
「ええ、何も。首の跡が少々乱れていましたが、その位で。それに、現場は間違いなく密室でしたから、
貴方が開錠した鍵は、ずっとフロントにありましたし、本物の鍵は部屋の内部、
テーブルの上に放り出される形で見つかっています。間違いなく密室ですよ」
中年の刑事が、自身満々に答える。
その態度には、イラッとする物があるが、今は言わないでおいた。
「そうですか。鍵もきっちり、賢治の手でかけられた物だったんですね」
亮介君が再度確認する。
「部屋の鍵のツマミの指紋は不鮮明でしたが、ほぼ間違いないでしょう。
窓の鍵は、被害者の指紋は出ませんでしたが、昨日は窓を閉めたいたという事ですから、問題ありません。
スペアキーは間違いなくフロントにあった事が確認されているし、本物の鍵は、部屋のテーブルの上にありましたからね。
部屋の鍵の指紋は、男性の皆さんと久美子さんの分が検出されていますし間違い無く、密室ですよ」
刑事さんの言葉に電撃が走った。
彼は、今何と言った?
もしかして、もしかしたら。密室を崩す事も可能じゃないだろうか?
もちろん、今の情報だけでは足りない。それでも、あと一つ分かれば事足りる。
「刑事さん。ついでに教えて下さい。直樹君の部屋と、私達部屋の鍵からは、指紋が出たのでしょうか?」
「?妙な事をお聞きになりますね。それぞれの部屋の鍵からは、部屋の使用者の指紋が出ていましたね。
それから、全ての鍵には亮介さんの指紋があったようですが、これは初めに受け取って全員に配ったからですかね。
こちらも特に問題がある結果ではありません」
亜希はそれを聞くと軽く頭を下げ黙ってしまった。
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「やっと開放されたね」
ぽつりと告げる久美子の少し不謹慎な言葉を前に、亜希は笑って。
そうだね。と返した。
「ごめん。ちょっと用があるからさ、亮介君来てくれない」
亜希は真剣な顔で亮介に迫った。
「亮介君。どうして、殺したの?」
二人きりで、ホテルの駐車場から少し入った先の小路を進み、
誰にも会話を聞かれない位置まできたところで亜希は訪ねた。
「どうして気づいた?」
言い逃れする気が無いのか、亮介は素直に認めた。
「怪しいと思ったのは、鍵の指紋。私達が、ホテルの人に頼んで、部屋を開ける前に、
確か久美子が、直樹君たちの部屋の鍵を持っていこうとしたはず」
久美子が気を効かせたのを亮介が慌てて止めたのだ。一瞬ではあるが、久美子は間違いなく
鍵を掴んでいたはず。それなのに、指紋が出ていないという事は、
「なのに、直樹君の部屋の鍵からは久美子の指紋は出ないで、賢治君の部屋の鍵からは
指紋が出た。これって、もしかして、朝亮介君が持っていた鍵は、本当は直樹君の部屋の鍵じゃなくて、
賢治君の部屋の鍵で、密室の振りをしてたんじゃないかって思ったの。
あの時、一番に部屋に飛び込んだ亮介君には鍵をすり替える時間は十分にあった。それに、
眠りが深い直樹君じゃなく亮介君が鍵を管理するのは、ある意味当然の結果。
どう考えても、それができたのは亮介君しかいない」
亮介は、近くの紫陽花の葉を一枚毟ると、地面に投げ捨てた。
「上手くやったつもりだけど、やっぱり無理があったな。衝動的だったんだよ。
今となっては、どうしてあいつをあんなに憎めたのかも分からない。
殺しておいて何だが、死んだやつはいいやつになるって事かもしれない」
自分の落とした、葉っぱを見つめる。その目には何も映らない。
亮介は、あえて動機は何も語らなかった。
そんな亮介に何か気遣いを感じたのかもしれない。
亜希は一言だけ言った。
「逃げてもいいよ。でも、私はそんな事望んでいないからね」




