幸せな時間
両親との約束の時間は午後1時。
洋は少し早めに家を出た。
最寄り駅近くのラーメン屋でチャーシュー麺を食べた。
幸太郎が一緒ならチャーシューを少し分けてやるところだが、今日は一人で平らげた。
その後電車に揺られて10分ほどで乗り換え駅に到着。
山手線に乗り換えて池袋まであと20分ぐらいだ。
窓の外に目をやると新緑が眩しく映った。
洋が物思いに耽っているうちに
電車は池袋駅に到着し、洋はホームに降り立った。
雑踏の中を歩きながら、両親に会ったら何と声をかけようか、どんな話をしようかと洋は考えていた。
サンシャイン内のプラネタリウムは水族館と同じ階にあった。
昔、洋が友人と遊びに行った時とはだいぶ様子が違っていた。
プラネタリウムの入り口近くで洋がウロウロとしていると……。
母の声が聞こえた。
「洋、遅くなってごめんなさい。」
ひらひらと手を振ってこちらに近付いてくる母の姿と母の後ろをゆっくりと歩く父の姿がそこにはあった。
「すっかり様子が変わっていて驚いちゃった。」
母は弾んだ声で周囲を見回している。
「あのね、洋。お願いがあるんだけれど……。」
「えっ、何?」
洋は元気そうな母を見てちょっと面食らった。
「プラネタリウムの前に水族館を見ていいかしら?」
「いいけど……。」
少女のように興奮気味の母。
「イルカがね。空を飛んでいるように見えるんですって。」
「イルカが……空を飛ぶって?」
洋にはよく話が飲み込めなかったが、母の言うことに従うことにした。
両親に会ったら何て言おうなんて考えていた自分が可笑しくなった。
母はすごく元気で父はそんな母を嬉しそうに傍で見守っていた。
いたって普通な両親たち。
自分が少し緊張し過ぎていたようだ。
洋は二人の後を追って水族館に入っていった。
熱帯魚の水槽の前で
洋が色とりどりの魚たちに見とれていると
母がこっちこっちと
手招きしている。
母の傍に近寄ると
そこはクラゲの水槽だった。
ふわふわと漂うクラゲに光があたって神秘的ともいえる美しさだ。
「すごく綺麗でしょ、驚いたわぁ。」
母はうっとりとしている。
父も
「最近は展示の仕方もなかなか工夫しているな。」
と満足そうだ。
室内の見学が終わると外に出た。
「あぁ、あれが空を飛ぶイルカね。」
母が指差す方向には人だかりができていた。
空中に作られた透明の水槽の中をグルグルとイルカが泳いでいた。
下から見上げると本当にイルカが空を飛んでいるみたいに見える。
「こりゃ、面白いな。」
父も上機嫌だ。
時々、イルカが泳ぐのをやめてしまうとグルグルと回っていた動きが止まり、イルカのお腹だけが見えて妙な感じだが……それもまた、笑いを誘った。
「あいつ、疲れたのかな?」
父が母に可笑しそうに話しかけている。
「そうね。疲れたんじゃない?
グルグル回るのに。
休憩中のイルカも可愛いわぁ。」
母も嬉しそうに父に答えている。
仲の良さそうな両親を見ていると洋も温かな気持ちに包まれた。
あぁ……俺の家族は幸せだったんだな。
洋はそれがわかっただけでも充分だと思えた。
「さぁ、次はペンギンを見ましょう。」
元気すぎる母について歩きながら
洋は明るい母の性格が好きだった昔の自分を思い出していた。
外の水槽もだいたい見終わって喉の渇きを覚えた洋は両親を水族館内のレストランに誘った。
ソフトクリームを頼んだ家族3人。
大人になっても家族で嘗めるソフトクリームはうまいなと洋は感じていた。
「さぁ、次はプラネタリウムね。」
相変わらず母は元気そうだ。
すでに周囲は暗くなりかけていた。
夜の回のプログラムには
ヒーリングプラネタリウムと書かれている。
「アロマの香りもするんですって。」
「アロマの香り?」
思わず父と洋の声が重なった。
「そう。 オーロラも見られるし、フィンランドの森の香りもするんですって。」
「はぁ〜、最近じゃ水族館だけじゃなくてプラネタリウムもずいぶん変わったんだな。」
父はしきりと感心している。
洋もヒーリングプラネタリウムなるものに期待が高まっていた。
いざ、プラネタリウムへ。
3人はプラネタリウムの館内にウキウキしながら入っていった。