昼下がりの出来事
最近、面白いことがないな……。
と洋は思った。
上司からは営業成績が伸び悩んでいると叱られるし、昼休みに外食しようと外に出ればどこも店はいっぱい。
結局今日の昼ご飯はコンビニのサンドイッチで済ませた。
妻の直美が
「お弁当を持って行く?」
と言うけれど通勤電車の中で毎朝揉みくちゃにされることを考えるとこれ以上荷物を増やしたくなかった。
サンドイッチだけでは満たされなかった昼休みを終え、洋は外回りに出かけた。
今日は朝から暑い。
まだ5月だというのに強い陽射しが照りつけている。
思わず上着を脱いでしまいたくなる衝動にかられた。
ええい、目的地に着くまではワイシャツだけでいいだろう。
と上着を脱いだ瞬間、ふいに背後から肩を叩かれてびっくりした洋は振り向いた。
「落ちましたよ。」
そこには見覚えのない手帳を持った女性が立っていた。
「えっ?僕のではありませんが……。」
洋は相手をまっすぐに見て答えた。
「でも、確かにあなたの上着のポケットから落ちたわ。」
銀行の制服姿の女性ははっきりとそう言い、洋の手に手帳を押し付けて足早に立ち去っていった。
「こんな手帳、入れてきただろうか?」
洋は独り言を言いながらその手帳を眺めた。
手帳は特に変わったところもない黒皮の手帳である。
最近ではスマホでスケジュール管理をするようになっていた洋には、手帳を持ち歩く習慣がなくなっていた。
何気なく最後のページをめくると
何とそこには見慣れた筆跡で自分自身の名前や住所が書かれているではないか。
洋にとって全く見覚えのない手帳ではあるが、どうも自分のものであるらしい。
とりあえず今日のスケジュールはどうなっているか見てみようと思い、5月17日のページを開いた。
驚くことにそこには死んだはずの両親に会うと書かれていた。
午後3時に上野公園内の喫茶店で両親と会うらしい。
「馬鹿な……。そんなことがあるはずがない。」
動揺した洋はそう呟いた後、しばらく路上に立ちつくしていたが、不審そうにこちらを見ている人たちに気がつき再び歩き出した。
もう少し歩くとJRの新橋駅に着く。
得意先には特にアポイントをとっているわけではない。
自然と洋の足は新橋駅の改札口に向いていた。
上野駅に行ってみよう……何があるのか自分のこの目で確かめてこよう。
洋の手には黒皮の手帳が握りしめられていた。
改札の自動改札機を通り越して階段を上るとちょうど電車がホームに滑り込んできた。
はやる胸の鼓動をおさえながら洋は電車に乗った。
その時いったい自分の身にこれから何が起こるのか彼には全くわからなかった。