目立ちたいのね!山田君!! (3)
校庭の桜が完全に散ってしまって、私は5月病のような気だるさに襲われていた。
次の授業は数学か……。素数とか因数分解とか流れで勉強してるけど。将来何に使えるんだろ……。
今月のノルマはこの数字を因数分解した数値だ、とか言われるのかな?……ワケわかんない。
私はチラッ、と隣の席の山田君を見た。いつも同じように淡々としてる山田君だけど、彼にも気だるいとか思う日ってあるのかな?今は何を考えてるんだろ?ずっと黒板を見てるけど……。
山田君の視線を追っていくと、黒板の隅に小さく羊と猫を足して二で割ったような変な生物が描かれていた。……ああ、そうか。数学ってこういう時に使うものだったのね。
私がだらけていると、
「早苗ちゃん。」
と、後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。声がした方に向きなおると、そこには学年一の頭脳の持ち主の丸絵ちゃんが立っていた。
「どうしたの?丸絵ちゃん。」
「……あの、あのね。か、かわいくなるにはどうしたらいいのかな?」
唐突の質問に私は驚いた。丸絵ちゃんは今のままでも十分かわいい。小さくて、きれいな肌は私も羨ましいと思う。眼鏡も似合って清楚な優等生、といった感じだ。
私がキョトン、としていると丸絵ちゃんはあわてて手を左右に振った。
「ち、違うの……。早苗ちゃん、か、可愛いから普段何かしてるのかなって……。ち、違うの、全然そういうのじゃなくて……。」
何も言ってないのに何かを強く否定された私は、可愛いと言われたことに対して二つの意味でさらに困った。このままだと変な空気になってしまいそうだったので、とりあえず私は思ったことを口にした。
「丸絵ちゃんはそのままでも十分可愛いと思うけど。」
「ええっ!そそ、そんなことないよ。わ、わた……、私!」
しまった!なんだか変な感じになってしまった。なんだか私まで焦ってきた。とと、とりあえず何か言わなきゃ。
「そうだなぁ。お化粧してみるっていうのはどう?そんなにきついのじゃなくて、ナチュラルな感じに。」
「……わ、私も興味あるけど、でも校則違反だよ。」
「ばれなきゃ全然大丈夫だよ。」
「だ、駄目だよ。」
丸絵ちゃんは手を左右に振った。……さすが優等生。そこはきっちり守るのね。あとは、そうだな……。
「コンタクトレンズはどうかな?」
「コ、コンタクト?」
「うん、ちょっとメガネ外してみてよ。」
丸絵ちゃんは慣れた手つきで眼鏡をはずした。
「やっぱり!そっちの方がかわいいよ。」
「そ、そうかな?」
丸絵ちゃんは恥ずかしいのか、急いで眼鏡を付け直したが、まんざらでもない様子だった。
「……相談に乗ってくれてありがとう。そろそろ授業も始まるし、私戻るね。」
「うん、頑張ってね。」
そういって丸絵ちゃんは自分の席に戻っていた。
次の日、いつも通り私はカーテンで柔らいだ日の光に当てられ目を覚ました。まだ眠く、ぼんやりするが、今日も学校に行かなければならない……。学生は大変だ。
気だるさを抱えたまま部屋のドアに手をかけたとき、じりりり、とベッドのあたりで目覚まし時計が鳴った。
……しまった、止めるの忘れてた。
教室につくと、相変わらずにぎやかな声が聞こえてきた。みんな元気だなぁ……。
「おはぁ。」
目のついた人達に気の抜けた挨拶をおくり、自分の席まで辿り着く。当然山田君も来ていた。
「山田君、お……。」
言いかけて私はまたしても彼に違和感を感じた。山田君のコバルトブルーの目が私を見つめる……。山田君って外人だったっけ?昨日まで黒目だったような?
「ぐ、ぐっどもーにんぐ?」
慣れない英語で山田君に挨拶をする。それを受けて山田君はこくりとうなずく。通じた!
教室のみんなも山田君のことに気づいてないみたい……。なぜ?こんなに日本人離れした人がいるのに。これだけいつも通りだと、逆に異様な光景だわ。
「ah、みすたーヤマダ。あい、あい。」
私は自分の目を指さし、あい……、の次が続かずに何度かあい、と繰り返した。山田君は無表情のまま首を傾げた。私はあい、あい叫んでいる自分が恥ずかしくなり顔をそむけた。
前から目立ちたいのかなと思ってたけど、まさかここまでやってくるなんて、予想外だわ。それでも、私以外の誰からも気づかれない空気のような存在感。……おそるべし山田君。
山田君はコバルトブルーの瞳に高校生にはとても出せないような哀愁を漂わせている。それはまるで映画に出てくるようなオシャレなバーで、画面の端にチラッとだけ映るカウンター席でカクテルを飲む地味な男性のような……。
「早苗ちゃん!」
私が妄想にふけっていると後ろから声が聞こえてきた。見るとそこにはメガネを外した丸江ちゃんの姿があった。
「昨日早苗ちゃんから言われて、早速コンタクトレンズにしてみたんだけど……、どうか な?」
笑顔で私に話しかける丸絵ちゃんは確かに可愛い。でも、今の私はそのことよりも大きな変化に直面した後で、丸絵ちゃんのコンタクトレンズに変えた事への決断の速さに驚くことはなかった。
「可愛いと思うよ。」
私のその言葉を聞いて、丸絵ちゃんはさらに嬉しそうな顔をした。
「へへ、ありがとう。」
「丸絵ちゃん……、山田くん何か変わったと思わない?」
私は山田君の変化に気づいてもらいたくて、丸絵ちゃんに同意を求めた。
「えっ、山田君?……いつもどおりだと思うけど。」
全く違うじゃん!こみ上げる言葉を喉元でなんとかこらた。
「あ!」
丸絵ちゃんが何かに気づいたように声を上げた。気づいてくれたのかな?
「山田君、いつもより静かかな?」
それはない!私は口からでかかった言葉を舌先でなんとか丸め込んだ。丸絵ちゃん……、まさか見えてないんじゃ?
「あ、授業始まりそうだから私行くね。」
山田くんへの関心のなさが露呈し、裸眼疑惑を残していった丸絵ちゃんは素早く自分の席に戻っていった。
隣の席では山田君が、コバルトブルーの怪しげな瞳を輝かせ、いつものように次の授業の準備を始めていた。
……なんたか、ちょっと怖い。