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月蝕  作者: 檸檬
1章 幼年期編
9/67

月の導きと加護の宿命9

 Be quick, but don't hurry.

 敏捷であれ、しかし慌てるな。

 

 泣き声が聞こえる。

 顔をぐしゃぐしゃに濡らして、鼻水と涙とぐちゃぐちゃにした顔で泣く少女が自分の横にいる。

 リーテラ、可愛い妹。弟のロイドも目をまっ赤にしている、恐らく彼も泣いていたのだろう、兄としての自負かプライドか泣かない様に我慢しているのが手に取る様にわかるのだが、あえて触れないでいてやる事が優しさだろう。


 ぐずぐずといつまでも泣き続けるリーテラの茶色が僅かに入った黒髪を撫でて微笑む。

 だがまた泣かれてしまった、全く以て大変だ。

 女性に泣かれるのは前世も含めてあまり気持ちの良い物ではない。

 別にフェミニストを気取るつもりは無いが、苦手だという事くらいは構わないだろう。


「リーテラ、もう大丈夫だから」


 頬を伝う涙を拭いながらそう告げる。それでも包帯だらけの手を離そうとせず、ずっとくっついている。


「リーテラ?」


 もう一度問いかける、それでも彼女は離さない。困ったな、と言った表情をして顔を上げると苦笑した母と目が合った。


「自業自得よスオウ、暫くリーテラに縛られていなさい」

「……まいったな」


 ぎゅぅ、と握られた腕。治癒魔法によって大きな傷は癒されてはいるが、内部出血等、まだ僅かに残っている“残り”がジン、と痛みを脳に訴えるが我慢出来ない程ではない。先ほど薬師に処方された痛み止めも多少は効いている様だ。味は最悪だったが。


「リーテラ、離してくれないと寝れないんだが」

「……いや」

「参ったな、じゃあ手を繋ぐだけにしよう。腕を放してくれるかな?」

「……いや」

「大丈夫、どこにも行かないから」

「……やだっ」


 ぎゅう、と体全体で握りつぶす様に腕ごと抱きしめられてぴりぴりと痛みが脳に届く。

 僅かに顔を顰めると、それを見たリーテラが慌てて手を離した。


「に、兄さん……ごめんなさい……」

「っつ、あぁ、大丈夫。……ほら」


 また泣きそうになったリーテラに手を伸ばす。おずおずと伸ばすその手、あたたかで小さな手を握りしめて横になる。

 ベットの近くの椅子にそのまま座ったリーテラはスオウの手を体全身で包み込む様に抱きしめた。

 まるで、そこから抜け出させない様に。

 そんな様子のリーテラにサラは苦笑を浮かべながらスオウを見て、そしてちょっと困った顔をして告げた。


「ダールトンさんも相当心配していたんだから、本当に……。本当に無事で良かった……」


 はぁ、とため息をつくサラ。そして安堵したかの様に目を瞑る母を見てスオウは変な錯覚を覚えた。

 こんなあたたかな家族を壊すわけにはいかない、と。そしてーー


 果たして、俺は心配される程の価値を持っていたのだろうか、と……。


 自身の矛盾に気が付くのは、果たして何時の事か。


 ○


 クラウシュベルグ 死霊の森周辺。


 ガチャガチャと金属同士が擦れ合う様な音を鳴らしながら30名程の集団が森の中を抜けていく、移動速度は全員が歩きである為にそれほどではないが、死霊の森の中で魔獣を警戒しないかの様に、木々が無いかの様に走るその姿は異様である、だがその走っている“道”を見れば納得もできるであろう。


 凡そ幅で3mは有るかと思える程の何かが抉られた様な道がそこにあった。

 言うまでもない、ビックピグの通った道である。

 跳ね飛ばされたであろう魔獣がそこかしこに木々に張り付いたオブジェと化しており、同様にビックピグに恐れを成した雑魚は周辺に近づいていない。この状況も後数日すれば改善されるであろうが、今それは大した問題ではなかった。


 とはいえ、ビックピグは別に通路整備の職人という訳ではないので所彼処に踏み抜いたで有ろう大きな足跡や、中途半端に折れた木々が散乱していたりするのだが。


 その集団の先頭を走る男が一人、遠目に僅かな薄暗い光を認めた所で後ろを続く者に手を挙げて停止を求めた。


「止まれ」


 ザン、と軽快な音を立てて止まる一団。

 数名は息も絶え絶えと言った所では有るが、それでも“それなり”に体裁を整えて立っている。

 だが生憎と軍の兵士達の様に一律に止まった訳ではない。

 一人は片足を折れた巨木に乗せて遠くを見る様にしているし、一人は木に寄りかかり次の指示を待っている。

 当然だ、彼らは兵士ではない傭兵なのだから。

 それを知っているリーダー格であろう男も特にそれを咎める事もなく次の指示を出す。


「これより我々はクラウシュベルグに拘束されていると言われているグラン・ロイル、及びアルフロッド・ロイルの救出あるいは接触を試みる。領主からの抵抗がありえるかもしれんが、斥候からの情報では未だ動きは無いとの事だ。今分から動いたとして騎兵隊で一晩は最低でもかかるだろう。だが、絶対ではない、故に迅速な行動を求められる」


 大きすぎず、そして小さすぎず、目立たない程度の音量で話を続ける男。

 その男の会話に頷いている仲間達を横目に、その中の一人の男シュバリス・ウェイは嫌な予感を感じていた。

 アンナの様な鮮やかな赤髪ではない、くすんだ血の様なだがしかし燃える様な赤と言うべきか。その赤い髪と鷹の様な鋭い目付きは盗賊と言われても否定出来ない様な風貌では有るが、装備を見る限りは“それなり”に腕の立ちそうな人間だった。


 実際シュバリスはそれなりに腕に自信を持っており、だからこそ今回の救出作戦に抜擢されたと考えていた。


 クラウシュベルグに加護持ちが拘束されていると聞いたのはつい先週の話である。

 それから直にホームを立ち、途中まで馬で、そして近くまで着たら“偶然”大きな道が死霊の森に出来ており、コレ幸いとそれを利用してクラウシュベルグに近づいた。

 しかし喜ぶ他の仲間達と違い、シュバリスはその時点で更に嫌な予感を募らせていた。

 特に裏付けの情報が有る訳ではない、ただ言うなれば傭兵としての感がそう告げていた。


 しかし、仲間達にはそれを告げるつもりは無かった、作戦自体は順調に進んでいるし、仲間達に余計な水を差すのを嫌ったからだ。

 それ以外にも全てが知っている相手ではなく精々隊長格であるローエンと、木に背を預けてる女性剣士であるフィリス、斧を担いでいるゴルバなど他数名程度だ。全体で言えば3分の1程度の話。故に、余計な混乱を避ける為にもシュバリスは口を噤んでいた。


「今回の件は周辺貴族に配慮した形で我々のみで動く事になっている。不安も多いとは思うが報酬はデカい、皆気を引き締めていくぞ」


 ローエンが告げた言葉にシュバリスは出立時に受けた説明を思い出していた。

 今回問題となっているのは自治都市の自治権である。

 加護持ちを拘束しているとなれば大きな問題では有るが、そう言う訳ではなかった場合、自治権を侵害してまで加護持ち確保に走った場合の他自治都市に対する面子と、加護持ちより国に対して嫌悪感を持たれる可能性を考慮したという話。


 当然、自治都市が加護持ちを有するのは“やり過ぎ”ではあるが、別にそれが法で謳っている訳ではない。だが乱暴に奪えば済む話でもない。 


 まぁ、それ以外に実際はその周辺の貴族が加護持ちによる“恩恵”を手放したく無いが為に、横槍やいちゃもんを付けられる可能性を嫌ったのと確保後の事を考え互いに牽制した貴族連中が誰も手を挙げなかったのが大きいらしい、とは聞いているが。


 故に内密に傭兵による接触となった訳だ。

 一応は表面上拘束されていると“思われる”グラン・ロイルとアルフロッド・ロイルの救助、確保が最優先だが、そうでなかった場合国から君たちは利用されているだけなんだ、という旨を伝える役目も負っている。面倒な話だと思いながらもシュバリスはその話を半信半疑で聞いていた。


 なぜならば、まるで襲撃するかの様な行動手順だったからだ。

 実際に領主の私兵との交戦も視野に入れているというではないか。


 実際私兵軍と戦う事になれば少数精鋭に過ぎない我々なんて直ぐに潰されてしまう事間違いないのだが、ローエンが言うには中に内通者がおり相当な事が無い限りは問題が無い、というのとこちらも大人数だと大事になってしまう可能性があるという事だった。


 確かにわかる、確かに理解出来るのだがどこかしっくりこないシュバリスは眉を顰めながら注意事項を述べているローエンから目を逸らした。


「どうしたい? 気になる事でもあるのかい?」


 そんな所でフィリスから声をかけられた。

 暗闇にまぎれる為に被ったフードから僅かに覗く黒髪と目、猫の様なその目に射抜かれて僅かにシュバリスは固まるが、軽く肩を竦めて返事を返す。


「なぁに、ちょいと町に残して来た女の事を思い出してたのさ。ここんところ完全な日照り状態だからよぉ」

「ハッ、相変わらずだねアンタは。どうせ金で買った女だろ? 直ぐにアンタの事なんか忘れてるさ」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ、あれは俺に惚れてたね。それに俺のテクを味わった女が俺を忘れる訳ねぇだろ? どうだフィリス、今日の夜俺の所にこねぇか? 超絶テクを見せてやるぜ」

「生憎と私の体はアンタみたいな奴には勿体無くてね、どうしてもって言うんなら今回の報酬は全部私にくれるって言うんなら考えてやっても良いよ」


 そう言ってフードの前を僅かに開けて、鎧の隙間から見える谷間を強調するフィリス。

 思わず視線がそちらに行くシュバリスだが、慌てて視線をそらし鼻を鳴らす。


「じょ、冗談じゃねぇ。お前程度で今回の報酬をやれるかよ。高給娼館通いしたって一月は通い続けれるくらいなんだぜ」

「アンタの計算はそれが基準なのかい、男ってやつぁ……」


 はぁ、とまるでゴミを見るかの様な目でシュバリスを見るフィリス。

 周りで見ていた男連中はその話を聞いてクツクツと笑っているが、少数いる女性陣はまるで敵を見るかの様な目でシュバリスを睨む。


「死ねシュバ!」

「私の寝所に来たら丸焼きにしてやるから」

「アンタの粗○○で満足する女がいる訳ないでしょ、馬鹿みたい」


 そして問答無用で罵声を浴びせられる。だが生憎とそんな事でひるむ事の無い男だ、当然言い返す。


「へっ、こっちこそ冗談じゃねぇ、大体てめぇら見たいな奴じゃ立つもんも立たねぇつぅの。だいたい気品と色気ってぇもんがねぇんだよお前らは」


 ふん、と馬鹿にしたかの様に先ほど発言した女性陣を見下ろすシュバリス。

 熱り立つ女性陣、周りの連中は我関せずかもっとやれ、とばかりに騒がしくなりそうになった所で隊長のローエンから低い声で一喝が入った。


「てめぇら、殺すぞ」


 ドンッ、と下腹に響く様な声と同時に地面へと突き刺される剣。

 そして一瞬で場は静まった。


 傭兵を纏めるのに一番重要なのは“力”だ。

 この場で一番強い物が傭兵を現場で纏められる人間だ。

 勿論他の要素も無いとは言わないが、自身の腕力が最後のよりどころである彼らに取ってそれは一つの指針である。

 故に、この場で一番強いローエンの言葉に逆らえる人間はいない。さらにそれが正論であれば、だ。


 こんな状況下でばか騒ぎをした連中が悪いのは一目瞭然、一部の連中は白い目で見ている程だ。

 失敗したな、とシュバリスは内心で呟きながら姿勢を正してローエンへと向き直る。

 先ほど騒いでいた女性陣も借りてきた猫の様に大人しくなっていた。


(たまらないねぇローエン隊長。隊長ならいつ抱かれてもいいねぇ)

(まだどやされるぞフィリス)


 くつくつと隣に立つフィリスが笑い、そして口を噤む。


 筋骨隆々としたまさに傭兵らしい姿であるローエンは全身に見える傷跡の数から見て相当の歴戦の猛者である事がわかる。

 勿論相手は魔獣も当然として、ヒトも含んでいる事だろう。


 スイル国が帝国アールフォードに属国とされた以降、一部では争いが絶えない。

 そう言う場所で傭兵の仕事は多いのだ。勿論、魔獣退治も金にはなるのだが。


「後もう少し近づいたら再度休息を取って朝が明ける前に作戦開始とする。では移動を開始するぞ」


 ズ、と地面に突き刺さった剣を抜き、指示を出すローエン。

 そしてまた一斉に武装した一団は森を駆け抜け始めた。


 ○


 クツクツと醜悪な笑みを浮かべて馬車の中で笑う男が一人。

 夜の闇の中で死霊の森を愉快な者を見るかの様に見つめている。


 僅かにウェーブがかった金の髪と青い目、見た目はそれなりに整っているがその醜悪な笑みを浮かべた顔がその気品を貶めていた。

 だがしかしそんな事は本人にとってはどうでも良いとばかりに、隣に寄り添っていた女性の胸を揉みしだき、そして強引に唇を奪う。


「んっ……んぁっ……」


 されるがまま、といったその女性の首には黒い鎖がつながれており、それが奴隷である事を示していた。

 暗く濁った目のまま男に乱暴に唇を奪われた女性は、嫌がるそぶりも見せず、ただ人形の様にその状況に身を任せるだけだった。


「ふん、おい、予定の時間までどのくらいだ?」


 そんな女を今度は乱暴に振りほどき、馬車の床へと叩き付けた後に御者へと声をかける。

 彼の名はクロイス、クラウシュベルグ領主オロソルの息子である。


「あと2刻と言った所でしょうか? そろそろご準備を、目出度い“初陣”です。重々にご注意ください」


 頭を僅かに下げながら返事を返した御者へと鼻で嗤うクロイス。


「くだらんっ! 最初から決まっている出来レースに何を注意しろと? 我らは傭兵どもを虐殺して終わりだろ!」


 そう言ってまた床に踞る女で遊ぶクロイス。

 ヒトを一方的に嬲り、殺せる機会に興奮しているのか馬車の中だというのに女の服をはぎ、ついには襲いだした。


 その仕草を横目で見ながら御者はため息をついた。

 領主であるオロソルの命によりクロイスに功をあげる為の今回の茶番劇、ただそれだけの為に数人の人間が死んでいく事を思えば憂鬱にもなろう者であった。だがしかし、現在クラウシュベルグではメディチ家の台頭によって領主の評判は右肩下がりで落ちていっている。

 とはいっても一番の原因は息子であるクロイスの女狂いである。

 メディチ家が台頭しなかったとしても結局は同じ事であったろう。

 領主であるオロソルも相当ではあったが、そう言うのを子供の頃から見ているのだ、それ以上になった所で然程不自然な話ではない。


 今回の件は加護持ちを強奪、拘束しようとしたどこぞの貴族がクラウシュベルグを襲撃し、そしてそれを精強なる我らクラウシュベルグの守り神である領主私兵軍によって討伐するという筋書きだ。


 そしてこの後は加護持ちによって民に危険を与えるわけにはいかない、そして加護持ちの為にも首都へと加護持ちをお預けする。と、明言する予定だろう。裏から回した噂によって、金に汚い連中は何も言わない、そしてメディチ家の人間に金が行かない事によって奴らの弱体化も計れると言った所だ。


 更に言うならばメディチ家が加護持ちを拘束していたと思われる為、などといった理由も付けれれば問題は無いのだが流石にそこまでは望めないだろう。メディチ家は少々大きくなりすぎた、それに警戒を抱いている貴族がいない訳ではない、最後のは難しいにしてもそういう感情を抱かせる事は訳は無い。そうすれば以前と同じく領主にただ粛々と従う一商人の出来上がりだ。


 たかが塩の成功程度ででかい顔をしおって、と激昂していた主人であるオロソルを思い出しながら御者である男も僅かに笑みを浮かべた。

 この男もまたメディチ家の台頭によって割を食った男だったからだ。


「そういえば……、クロイス様?」


 ふと思い出したかの様に馬車の中にいるクロイスへと声をかける、そこからは喘ぎ声と艶声が聞こえてくるがそれを無視して話を続ける。


「何故あの連中も連れて来たのですか? 所詮ごろつきでしょう、役に立つのですか?」


 視線の先には数人の男達が馬に乗りながら馬鹿騒ぎをしている、所謂ヤクザ者である。

 その中の数名は数週間前、そして数日前もパン屋の娘、アンナ・ロレンツァに声をかけていた男も含まれていた。


「あぁ? はっ。何言ってんだおい。お前は馬鹿か? こっちに犠牲者が数人いないとあやしまれんだろ?」


 水音を鳴らしながらこちらを睨み、馬鹿にした様な顔で告げるクロイス。

 その答えに納得し頷く御者。


 そうとは知らずに騒ぐ連中を視界の端に納めてあわれだな、と思いつつも御者は話を続ける。

 その連中の話になった為思い出したのも有るが、それ自体が珍しかった為つい聞き出した。


「そういえばあの、アンナと言った少女でしたか? 珍しく諦められたのですか?」

「そんな訳がないだろう? これが終わったらアイツを守る奴はいない、そこを突いて美味しく頂いてやるとするさ。アルフロッドと言ったか? 加護持ちだかなんだかしらんが、首都でよろしくやっていればいい」


 そう言ってハハハハ、と笑うクロイス。

 さすがの御者もこれには眉を顰める。そしてため息をつく、哀れな少女を思いながら。

 だが彼は苦言を告げる事はしない。彼にとっては自分の身が一番なのだから。

 故に、名程度しかしらぬ少女が一人、地獄に堕ちようと知った事ではないのだ。


 そう、今馬車でまるで物の様に扱われている女性の様な事になっても、見なかった事にしてしまえば良いのだ、と。


「ちっ、反応が無くなっちまったな。つまんねぇ、そういやぁ、傭兵の連中には女がいるって話だったな?」


 ごろり、と裸で床に転がる女性を一瞥して悪態をつくクロイス。

 僅かに上下している胸を見るに死んでは居ないとは思うが、相当に無理をさせたのは見て取れる。


「は? え、えぇ。一応そう聞いていますが?」

「へへへ、なら丁度良い、そいつら生かして捕まえろ。あぁ、腕の一本か二本くらいなら構いやしないがな。ただ生かしとけよ生憎と死体とヤる趣味はないんでな」

「は……」


 不承不承と言った形で頭を下げる御者に笑みを浮かべるクロイス。

 彼らが遭遇するまで、後二刻。


 ○


 カナディル連合王国 グリュエル辺境伯領


「宜しかったのですか?」


 煌煌と魔法による照明が部屋を照らす中、白髪を撫付け、執事然とした一人の老人が目の前に座る主人であるグリュエル卿へと問いかける。

 問うている内容は言わずもがな、クラウシュベルグに存在している加護持ちの件だ。


「何がだバートン」


 その問いにグリュエル卿は僅かに目線をあげただけで問いを問いで返す。

 それはこの議題に関して特に話す事は無いとでも言いたげな仕草ではあったが、それでもその執事然とした老人は再度詳細を含めて問いかけた。


「クラウシュベルグの件で御座います旦那様。ガウェイン辺境伯様が動いている様子、これで加護持ちを確保された場合ガウェイン卿の宮廷での評価が変わる可能性があるかと思いますが」


 そう言って静々と頭を下げる老人。

 当然主人であるグリュエルもそんな事はわかっているだろう事は理解しているが、それでも言わずにはいられなかったのだろう。

 幼い頃からグリュエルを知っているからこその心配だったのかもしれないが、その気持ちを汲み取ってグリュエルは僅かに笑みを浮かべ、そして答えた。


「我らは手出しをせん、ウィリアムス卿が静観を決め込んだ以上動くのは得策ではない」

「は……。しかしこのままではガウェイン卿に手柄をみすみす取られる事になりますが……」

「いいや、そんな事は無い。確かにあやつが考えている様に順当に行けば良いが、あの男は勘違いをしている」

「勘違い、でございますか?」

「そうだ、これはまだ対外的には発表していないが、ナンナ王女様のご結婚が決定した」

  

 疑問の顔を浮かべる老人へと告げるグリュエルの答えは何ともズレた答えであった。

 それを聞いた側も困惑気な表情を浮かべながらもとりあえずはそれにたいしての祝辞を述べる。


「それは、おめでたい事です。しかし、それが何の関係が?」

「まぁ、聞け。結婚相手はコンフェデルス連盟の6家が一つローズ家だ」

「ほぅ、となりますとエイヤル様ですかな。たしか28か、29でしたか……」


 皺の入った顎に手を当てて目尻を下げて年齢を思い出す様に頭をひねる老人。

 カナディル連合王国には王女が3人いる。


 一人は長女であるルナリア・アルナス・リ・カナディル。

 そして次女であるナンナ・ポートフォリア・リ・カナディル。

 最後に加護持ちでもある三女、リリス・アルナス・リ・カナディル。


 次女であるナンナはまだ12歳ではあるが、貴族社会では産まれて直ぐに許嫁が出来たり、産まれる前から出来ていたり等良くある話であり、さして珍しい事でもない。


 同盟国であるコンフェデルス連盟との同盟強化を考えればまぁ、無くは無い話ではある。


「今年で29だな。まぁ、それは良い。だが、長女であるルナリア王女を差し置いてという話も出ている。故に少々貴族連中が今騒いでいてな、我が子をと叫ぶ者が多い」

「そう言う事でしたら、むしろガウェイン卿へ手柄を渡すのはまずいのではないでしょうか?」


 どういう形で話が繋がるのかはさておいて、老人は主人へとそう告げる。

 長女であるルナリア王女は今年で15歳、結婚するのであれば適齢期。そして長女である以上直系の血筋であるという事から国内で、なおかつそれなりの立場の者を当てるのが適当だろう。


 であるのならばガウェイン辺境伯は息子が居た筈だ、そこから話を持っていく可能性は高い。


「そうだな、恐らくあの男もその辺の理由もあって介入したのだろうさ。ウィリアムスに対しての反骨心も無いとは言えないだろうが、な」


 そう言って以前宮廷で会ったときの事を思い出すグリュエル。


 この国には三大貴族と呼ばれる存在が有る。

 コンフェデルス連盟との国境を守るガウェイン辺境伯。

 スイル国との国境を守るグリュエル辺境伯。

 そして大陸中央の深遠の森との壁となるセレスタン辺境伯。


 カナディル連合王国はこの3強と中央の王国国立騎兵団団長であり、総司令官でもあるウイリアムス卿によって力を示して来た。

 現在彼らより地位が上の者はもはや国王、あとは宮廷に勤める財務大臣等の大臣系列だろう。

 それとて役職場上であるというだけの話だ。


「だからこそ、“ルナリア”王女が少々動いた」


 ふん、と面白げな笑みを浮かべてそう話すグリュエル、齢15歳に過ぎぬ籠の中の鳥が何をするのか? 大抵の者はそう思うだろう、しかしグリュエルはそうは思わなかった。


「あの時の目をお前にも見せてやりたかった。あれは王女では無い、王だ。誠に女に産まれたのが残念な程の器であった」

「は、はぁ……」


 くつくつと笑みを浮かべ告げるグリュエルに普段の主人と様子が違うその仕草に困惑な表情を隠せずに曖昧な返事を返す老人。

 その態度にグリュエルは特に苦言を告げる事もなく話を続ける。


「先日のカリヴァの提案を受けたのだよ」

「は?」

「先日クラウシュベルグのカリヴァ・メディチが来たろう? その時の提案に我々は乗ったのだ、故にお手並み拝見と言った所。そしてもし失敗したとしても我々は何も問題は無い、何せ我らは“何もしていない”のだからな」


 何もしていないからこそ問題なのではないか? そう告げようとするが老人はその言葉を発する事は出来なかった。

 グリュエルの顔が、笑みが確信に満ちていたからだ。

 つまりそれはどちらに転んでも問題は無いという事だろう。

 そこまで話が出来上がってあるのならばもはや言う事は無いのだろう。そう考えた老人は一人口を噤む、この騒動の先行きを思いながら。


「さて、見せてもらうぞカリヴァ・メディチ。その手腕、精々見せてみよ」


 そう言ってぎしり、と音を立てて椅子の背へと体重をかけて天井を見つめるグリュエル。

 その凡そ数十分後、クラウシュベルグ近郊の森、死霊の森にて死の舞踏が始まる。


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