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月蝕  作者: 檸檬
1章 幼年期編
7/67

月の導きと加護の宿命7

 The important thing is never to stop questioning.

 大切なのは疑問を持ち続ける事だ。


(魔素はそれ単体では魔法を使う事は出来ん、故に用いられる技術が詠唱と呼ばれる魔法言語、魔術言語などと言われる特殊な言語技術、詠唱方法じゃ。

 これはしゃべる言葉に体内の魔素を混ぜ込み大気中の魔素に呼びかける技法だの。これは優秀な者で1年、普通であれば2年〜3年、不慣れな者ならば難しい魔法行使は一生出来んが、まぁ簡易的な魔法ならば誰にでも使えるであろうて)

(ふぅん、魔法の普及率はどうなんだ?)

(どうかの? その辺りはお主の父か母に聞けば良かろうて、儂の知識も所詮50年程前のもの故な。当時では貴族階級は嗜みとして、後はそうじゃのぅ軍の連中は身体強化魔法は必須であった、また魔法部隊や近衛兵等は最低限中級魔法を使用出来ないと入団すら出来んはずじゃ)

(学べる機会は平等か?)

(いいや、そんな事は無かったのぅ)

(だろうな、まぁ“力”を一部の人間だけで独占しようとするのはどの世界も一緒か。しかし、となると傭兵の連中が使えるのは身内で教え合っているという事か?)

(そうじゃろうな、まぁ、魔法学院に通っていた人間が混じっている可能性も十分にあり得るし、貴族の三男坊や四男坊が傭兵に身を窶すのが無い訳じゃないじゃろ。それと傭兵独自の魔法技術があったりして面白い発見があったりしたものよ。とはいえ構築手順が違うだけで劇的な新発見という訳ではなかったがの)

(そんな簡単に新技術を生み出せるなら宮廷魔法師や、国の税金で仕事している研究者は軒並み首が飛ぶだろうな。しかし、魔法学か、いやはやコレはなんと言うか、用いる技術も方法も、そして結果も違うが根本は実に……)


 ――電子回路に良く似ているじゃないか。


 ○


 カナディル連合王国 クラウシュベルグ メディチ家本邸


 宵の時ゆらゆらと揺らめくロウソクの火のナカで沈痛な顔をして腕を組み、報告に来た男を睨みつけ口を開く。


「どうでした?」

「申し訳ありません、鮮血の行方は未だわかりません。フォールス邸に襲撃した後完全に行方不明ですね」

「領主邸に戻った形跡は?」

「そちらも張り付かせていましたがまったく……。グラン殿の報告を聞く所によると相当な怪我の筈ですが、薬師の所にも治癒魔法師の近辺にも姿を現していません」

「そちらは仕方が無いでしょうね……。3年前のスイル国国境での暴動でかなり暗躍したと聞いていますから。治癒魔法の一つや二つ使えてもおかしく無いでしょうし」


 そして何より、スオウを明確に狙った時点である程度の補給手段を持っていてもおかしく無い、と考え腕を組み報告を聞くカリヴァは独りごちた。


 それはあらかじめ調べ上げたからこその行動だと読めるからだ。

 スオウ相手には有象無象で挑んだ所で正直無駄であるし、なによりその日はグランにアルフロッドも居たのだ。

 中途半端な者を送って捕らえられたら笑えないだろう。


「まずい事になりましたね、まさか本格的に襲撃するとは。そこまで愚かだとは思いませんでした」

「しかし、なぜフォールス家の長男を襲ったのでしょうか? 確かにまさかかの鮮血から逃げ切れる程だとは思いませんでしたが、所詮子供でしょう?」


 その言葉にカリヴァは内心で嘲る。クラウシュベルグの警備兵達もこぞってグランの報告を話半分にしか聞いていなかった。

 さもあらん、一角の暗殺者を商人の息子がほぼ引き分けとも言える様な状況まで持っていける等“異常”だ。

 さらに、意識を取り戻したスオウからも、グランに“助けられた”と報告したため取り敢えずそう言う形で収まっていた。


(知るヒトには撒き餌として実力を知れても構わないが、無用な混乱を産む可能性がある無造作な情報流出は意味が無い、ですか。しかし私としては貴方程の人材を撒き餌で使うのは少々無駄が多すぎるのですが、ね)


 ふむ、と唸りながら先日スオウから言われた言葉を反芻する。

 力を持ちすぎれば敵を増やす、かといって力を全く持たなければ只搾取されるだけの存在となる。それは部分的な資本主義社会的な考えではあるが、あながち間違いでもない。


「恐らくアルフロッド少年に大しての心理的抑圧、あとは親であるグランに対する風評と言った所でしょうね」


 先の部下の質問に答えるカリヴァ。

 そしてその懸念はある意味正しかった、早急に情報規制したとはいえ、それなりに社交的であったスオウの怪我はすぐさま知る所では知る事となり、口の悪いヒトはこそこそとアルフロッドの危険性を謳っていた。


「まずいですねぇ、確かにクラウシュベルグは自治権を有していますが、加護持ちを所持しているのは流石に“やり過ぎ”ですし、国から睨まれるのは他の商家のヒトも難色を示しているのでしょう?」

「はい、特にサヴァン家が相当語気を荒げて国に渡す事を訴えています。まぁ、あそこはそれによって得る対価が目的でしょうが」

「先日領主との会談では明言しませんでしたが、あの男、オロソルは所持したまま交渉する気のようですけどね。おそらく子爵位でも貰おうとしているのでしょう」


 自治都市の領主として国から自治権を認められており、カナディル連合王国として男爵位と同等の立場に居るオロソルも欲を出したのだろう。

 場合によっては隠蔽し叛乱の意思がある、と取れる状況下だというのにそれでも欲を出すのだから盲目とは恐ろしい。


「こちらで抱えないのですか?」

「それも検討していましたが、まぁ“釘”を刺されてしまいましたから別の方法で動きますよ」


 そう言ってくすり、と笑うカリヴァに怪訝な表情を向ける部下。


「別、とは……?」

「クラウシュベルグの北、カナディル連合王国とスイル国の国境と隣接する領地を所有するグリュエル辺境伯とそこに隣接しているサルヴァトーレ子爵、そのお二人と交渉させて頂きましょう」


 部下は深々と頭を下げてそれに答えた。


 ○


 カナディル連合王国 クラウシュベルグ フォールス邸


 シャリシャリと赤く艶のある皮が剥かれ、その薄い皮が覗かれたそこには薄い黄色の身が出てくる。

 切られた部分からじわり、と滲む果汁がその旨味を表しているのだがリンゴそっくりのその食べ物のソレは、正直味もリンゴだった。

 呼び方は違ったのだが。


「はい」


 ニッコリと笑みを浮かべて串の先に刺した果実を目の前に出してくるのは赤い髪の少女。アンナ・ロレンツァだった。


「いや、一人で食べられるんだが」

「いいからいいから、ほらあーん」

「いや、だから……」

「あーん」


 どこかで見た様なシチュエーションだな、と片隅で思いながらはぁ、とため息をついて諦めて口元に突き出されていた果実にかぶりつく。シャク、と心地よい音とともに甘い汁が口内に広がり、じわりと甘みを感じる。同じ果物がこちらでも食べられるとは思わなかったが、よくよく考えてみれば気候が似ているのだ、同じ様な動植物が育って当然だろう。まぁ、こちらは病的とも言える品種改良がされていないため、ものすごく甘いというわけではないのだが、これはこれで美味いと思う。


「お店の方は良いのか?」

「んー、まぁ、ちょっとね」


 僅かに曇る顔、それに不信感を感じる。果たしてここ最近で彼女の生活範囲内で問題となる件はあっただろうか。

 マヨネーズについてはゴーザさんが頑張るだけ出し、冷蔵庫魔素の補充については一日で使い切れるだけの食材で済ませば問題ないだろう。あるいは目の前にいるアンナでも俺程早く効率よくは無いが、出来なくは無い筈だ。


 となると……。


「領主の誘いか?」

「え? あ、ううん、違うよ、大丈夫」

 

 きょとん、といった顔をした後目線を逸らし、首の後ろを掻く様にして苦笑いを浮かべるアンナ。


「また来たのか……」


 その仕草にぽつりと言葉を漏らす。

 ヒトは隠し事をする際、顔に手をやる、目を逸らす、利き腕を隠す、髪を良くいじる、など色々とあるがそれに加えてカマ掛けというのも重要な要素を持つ。


「……はぁ、スオウ君には隠し事が出来ないのかなぁ」


 そして何より、昔からそうやって暴いて来たという実績が多く意味をなす場合もある。

 本人には言わないが。


「でもね、今度はなんかちょっと違って、スオウ君の様子をさりげなく聞いてたの。あ、もちろんお誘いも受けたんだけど……。お父さんに追い払って貰ったから大丈夫。でもとりあえずは暫く一人で外を歩かない様にって」

「む? じゃあ今日は?」

「あ、今日はお父さんの買い出しのついでだよ、帰りはメディチ家のヒトが迎えに来てくれるって。カリヴァさんすっごい親切な人だね、びっくりしちゃった」


 それは外面に騙されているんだよ、と喉元まで出かかったが言わないでおいた。

 そもそも外面を偽っているのは自分も一緒だと思ったのもある。


「父の上司という事“しか”知らないけど、へぇ、そんなに親切な人なんだ。あれだけ大々的に手広くやってるヒトだから結構強引なヒトかと思ってたけど」

「ふふふ、私も私も、ちょっとびっくりしちゃった。あ、そうそうカリヴァさんからスオウ君にお大事にって伝えてくれって言われてたんだった。何回か見舞いに来たんでしょ? 部下の息子のお見舞いにくるなんて凄い丁寧な人だよね」

「あぁ、お土産がちょっと高価な果物で父も母も恐縮してたよ」


 そう言いながらも内心で舌打ちする。

 印象に残ってしまってるじゃないか、と。


「そういえば、アルフロッドはどうしてる?」


 これ以上この会話は問題だろうと考え、思い出したかの様に話題を転換する。


「え、うーん。来てないの? そういえば最近パン屋の方にも来てないなぁ」

「そうか、いや、来ていない訳ではないんだが……」


 アルフロッドは思った以上にショックを受けていた様だ。

 それは襲撃を受けていた事に気がつかなかった事に対してであり、幸運にもアルフロッドが原因で襲撃を受けた可能性があるという所ではない。それだけが唯一の救いではあるが、市井の噂をカリヴァ経由でそれとなく聞いていた状況では下手をすればアルフロッドの耳に入るかもしれない。


 カリヴァからその辺りはグランにも注意する様に言っておいたそうだが、あるいは俺から一言アルフロッドに言って置く事も検討しておいた方が良いかもしれない。


「まぁ、少し気にしてやってくれ。あいつとまともに付き合えるのは家の連中か、アンナの所くらいだからな」

「え……? え、でも、アル君知り合いは多いでしょ? 同年代は確かに少ないけど、それでもメディチ商会の関係で職人さんとも付き合いがあるし」

「いや、まぁそうなんだがな」


 だが、それはメディチ家の人間だ。クラウシュベルグの人間であるというのは少し違う。

 メディチ商会は一種のブランドと化している部分がある、そうであるヒトとそうでないヒトとの温度差があってもおかしくは無い。


「懸念であれば良いが……」

「……?」


 こてん、と頭をひねるアンナ。やはり、懸念であれば良いと思う。

 そして数十分後、アンナは退室していった。


(色々と考え過ぎだと思うがの)

(クラウ、前も言ったと思うが考えすぎる事によって起こり得る弊害より考えないで動く弊害の方が大きい。確かに感情的に行動する事によって得る物が無いとは言えないが、大抵の場合感情的に動いた者は後に後悔する)

(良く言うわ、感情的に動いてずたぼろになっておるのはどこのどいつじゃ。まぁ、考えすぎて動きが遅くなるという可能性を理解しているのならいいがの)

(譲れない物がある場合は別だろう? ヒトは誰しも譲れない物を持っている、それに対する思いはヒトによって差はあるが、な。

 後、動きが遅くなるというのは危機的状況にも関わらず事前の準備を怠った者が、考える時間もないというのにそれを認識していない場合だ。まぁ、大抵の場合時間がないという事を認識していないから思考に陥るのだが……)

(ふん、今はその状況ではないという事かの?)

(と、考えてはいるが、どう思う? 現状動ける手は俺がこの状態だし、精々カリヴァに指示を出すくらいだ。しかし俺が今思いつく様な事はカリヴァとて考えているだろう。あとはアルフロッドに説明する事か? しかしアイツもまだ10歳だ、感情的に動いている部分の方が大きい、余計な混乱は避けるべきだと思う)

(それは儂も同意じゃ、儂が言いたいのはそう言う事ではない。今のお主の仕事は体を休める事じゃ。感情的に動いた事によって後悔してるお主がやることは、の?)

 

 ふん、と鼻で嗤う音が聞こえる。

 酷い話である。


(生憎と後悔はしていないんだがなぁ。まぁ、確かに倒せなかった、という事に対しては後悔してるが……)

(ふぅ、お主はスオウ・フォールスという子供に幻想を抱き過ぎじゃ。ロイドやリーテラを見てみよ、普通の子供と変わらんと思うがな?)


 ため息をついて喋るクラウ、だが、みしり、と腕を包み、握りしめる音が部屋に僅かに響く。

 ぴりぴりと緊張する空間で、壮絶な顔をしたスオウが虚空を睨む。


(クラウシュラ・キシュテイン、貴様が、それを、言うな……)


 ゾ、っとするような低い声。普段朗らかにクラウと話すスオウとは思えないその声。

 殺意どころか呪いすら滲みだしてきそうなその声にクラウは押し黙る。


(……)

(俺はお前に対して折り合いを付けたに過ぎない、そしてお前の立ち位置もわかっている。ある程度の理解も示してやるし、お前の味方で居るし、支えとしているのも自分で理解している。だが、二度とそう言う言い方をするな、消すぞ)


 ぞくり、ともし誰かがその場に居たら鳥肌を立てる程の雰囲気を醸し出すスオウの表情は憤怒の顔で彩られていた。

 クラウも自身で言った事に対して軽卒だと考え謝罪すらする事を控えた、それもまた侮辱であろうと考えたからだ。

 現状スオウがクラウを消す事なんてこの世界がひっくり返っても無理だろうが、それでもクラウは押し黙った、スオウの言わんとする事の意味を理解していたし、自身の失言もまた理解したからだ。


 僅かの時、自身の感情を収め普段のスオウへと戻った所で先ほどの話の続きを“何事も無かったかの様に”続けた。


(国としてはアルフロッドは膝元に置いておきたいだろう。だから絶対何らかの動きを見せるのは間違いない)


 核兵器をそのまま自国内の権限が然程及ばない場所に放置しておく馬鹿は居ないだろうし、と続けるスオウ。


(あの襲撃を領主の仕業と見るか、国の仕業と見るかだが……)

(……領主ではないのか? カリヴァの報告では領主に雇われたと言っていただろうて)

(領主である可能性が高い、という可能性の話だ。それに雇ったのが領主だとして、それが別に国の意思を酌んでいないとは言えないだろう)

(成る程……。むしろ良い顔をしたい領主としては指示に従う可能性もある訳か)

(あるいは良い顔をしておいて裏で何かやってるかもしれんがな。得てして政治の世界ではそんな事は“当たり前”だ)


 それがアンナに対してのアプローチだろうか? しかしそうだとすると俺と彼女の温度差が激しい、あるいは次はアンナに襲撃をかけるつもりだろうか? だがそんな事はカリヴァも予想しているだろう。だからこそ今日の話でも出て来たが送り迎えにメディチ家の人間が出て来ている。気が付かれない様にロレンツァ家の周辺にも数人付けている筈だ。だが――


(アンナ以外の子供も無差別にとなると手に負えないな、やはり仕留め損なったのはまずかった)

(だから引けと言うたろうに……)

(あの場でアルフロッドやグランが出て来たら逃げるのは間違いないだろう? 俺一人だからこそあるいは、と考えたのもあるしな)

(良く言うわい)


 諦めたかの様に言うクラウ、それに僅かに笑みを浮かべて、そして目を瞑った。


 ○


 ガヤガヤと喧噪が広がり、給仕である一人の女性が引っ切りなしにあちらこちらのテーブルへと食べ物やら飲み物やらを運ぶ姿が見える。場所はクラウシュベルグの酒場だ。エールが大量に消費されて、日々の労働を癒す為に日々のストレスを発散させる為に訪れる者が多く、余談ではあるがスオウが考案したいくつかの“居酒屋”らしい食べ物があったりするのだがそれは置いておく事にする。


 そんな喧噪の中で今日の仕事を終えてエールを飲み干している男が二人、少々問題の話題をしていた。


「なぁ、おい聞いたか? これはちっとあんまりでけぇ声じゃ言えねぇ話だけどよ。あの加護持ちの子供、国が金貨で10万枚、しかも真金で支払うから引き渡せって言ったらしいぜ?」

「おいおい、まじかよ。つっても領主に入んだろ? 俺たちには関係ねぇじゃねぇか」

「いや、まてまて、それがよ。領主に対してはまた別に払うらしいぜ? 10万枚の金貨はそっくりそのままクラウシュベルグの民衆で山分けしていいって話だ」

「……まじか? まてまてクラウシュベルグの人口って何人くらいだ?」

「1万ちょいくらいじゃねぇか? メディチの連中がなんか調べてたからよ、たぶん間違いねぇ。つぅことはだ、一人当たり安く見積もっても金貨10枚、銀貨で100枚は手に入るって寸法よ」

「なんでぇ、銀貨100枚かよ。まぁ、美味いかもしれねぇけどよ、でもよ、その加護持ちってまだ10歳なんだろ? さすがにちょっとなぁ……」


 銀貨100枚、一般階級での生活にかかる金額は5人家族で大体1月銀貨で10枚くらいあればそれなりに食べていけると言われている。

 大凡現代で言う所の銀貨1枚が1万円と言った所だろうか。とはいえ物価の違いや、価値の違いもある為一概には言えないのだが。

 つまり銀貨100枚というのはだいたい100万円と言った所だ。


 ちなみに金貨10万枚は銀貨10枚で金貨1枚、金貨1枚の価値が10万なので、凡そ100億である。

 

 銀貨100枚で子供を売るのはいくらなんでも、と嫌悪感を滲ませる男に相手は嫌らしい笑みを浮かべて続きを話した。


「へへ、まぁ、聞けよ。こっからがうめぇ話でよ。この金貨、メディチ家の連中には渡らねぇって話よ」

「あぁ? ……まじかよ? えーとあいつら、って家の連中だけか?」

「んなわけねぇだろ、系列の奴ら全員よ。間違いねぇぜ、領主邸に勤めてる奴から聞いたマジな話だ」

「おいおい、ってことはだ。この町の連中って殆ど系列だろ? ってことは一人当たりの取り分いくつだ? いや、まてその前にメディチ家の連中を抜いた人数ってどんくらいだ?」

「概算でしかねぇけどよ、5千と少し、んで、富裕層にはそんなにいかねぇって話だから考えるのは4千ってとこだな」

「……ってことは?」

「ちっ、自分で計算しやがれってんだよ。一人頭で約銀貨300枚ってわけよ。実際は子供の取り分と大人の取り分でだいぶ変わるだろうからよ、俺たちの手元に入んのは600〜800と見たね」


 ニヤニヤと笑みを浮かべてそう継げた後エールを呷る男。


「800か……、いや、でもよ。さすがに子供を売るのはなぁ」

「へっ、奇麗事言ってんじゃネェよ。まぁ、確かに俺も売る、っていう表現はどうかと思うぜ? でもよ言い繕ってる連中よりマシだと思うがな。お前も知ってんだろ? この自治都市で加護持ちを所持している事に良い顔しねぇ連中が居るって事をよ。俺たちですらここ最近まで知らなかった事だし、その加護持ちとやらもどうせしらねぇ子供だ、関係ねぇだろ。大事になって国軍まで動いて、なんて事になったら俺達にまで被害がくらぁ」

「まぁ、そうだけどよ」

「それにメディチの連中にでかい顔されて黙ってられるかってんだ。あいつらちぃとばかりオツムの出来が違うからって調子に乗りやがって」


 ガン、とエールの入った瓶を叩き付ける。

 このエールの値段が安く手に入るのも、美味いツマミが食えるのもメディチ家のお陰なのだがそう言った所まで考えが及ばない連中というのは得てして何処にでも居るものだ。そも、オツムの出来にしても本人の努力次第であるのにも関わらず努力をしないで他者を羨むというのも良くある話である。


「でもよ、流石に子供を売るってのはよ。こう言っちゃ何だけど、メディチ家のお陰で子供を口減らしの為に売るってのが無くなったばかりじゃないか。あんまり俺はどうかと思う……」

「けっ、まぁ、確かに俺もそいつぁ思うが良いか良く聞けよ。これはな、その加護持ちの為でもあるんだよ。加護持ちっつーのはそりゃすげぇ力があるらしい、その昔の大戦では一騎当千、一騎当万とまで言われて、加護持ち同士の戦いは神々の戦いとまで語り継がれる程だ」

「あ、あぁ。俺も吟遊詩人からそんな話を聞いた事くれぇはあるがよ」

「それでだ、そんなすげぇ力を持ってる奴がこんな場所に居ていいと思うか? 俺は思わないね! カナディル連合王国の重鎮になるべきだと思わないか? そんなすげぇ力を持ってるんだ、きっと偉い立場に立てるだろうよ、ってことは貰える金だってすげぇはずさ。つまりだ、こんな所に居るより首都ヘーゲルに行った方が加護持ちの為ってもんよ」


 大仰な仕草で自分によった様に語る男は自慢げにそれを伝える。そこにアルフロッドの意思などまったく関係していない事に気がつかないまま。

 その言葉に相手の男もどこか、なるほど、と納得したかの様に頷く。


「だからよ、売るんじゃなくてこう考えるのさ。俺たちはアイツの出世の手伝いをしてやったんだってよ。んで俺たちはその御零れをちょいと貰うって訳よ。だろう?」

「ま、まぁたしかにそれなら……」


 そう言って同意を示した男に、ニッ、と笑みを浮かべる。

 そしてまたエールを呷る。


「な、なぁ。じゃあ俺は何をすりゃいいんだ? 何もしねぇで金貰えんのかい?」

「へっ、まぁちぃと耳を貸しな。まずはだな俺たちの仕事はこの話を広める事よ」

「え? そんな事で良いのか?」

「あぁ、けどよ、あんまり派手にやるとメディチの連中に目を付けられっからよ、程々にだぜ」

「あ、あぁ。勿論だ、任せとけ」


 そして互いに笑みを浮かべてガチャン、とエールの瓶を鳴らした。


 ○


 ブン、と剣が振るわれる。

 長さは2メートルにも及ぶ大剣、鉄の塊とでもいえるそれを一心不乱に振り下ろす少年が一人。

 その重さに耐え切れず、足の部分の地面は僅かに陥没しており、そして一度振る度に地面から生える草が道をあけ、空間が震える。


「ふっ――」


 凡そ数万回を超えるであろう回数を一心不乱に振り続ける、ただただ盲目的に、それしか知らないかの様に。

 日が落ち、辺りが暗くなり後ろから声がかかりようやくその単調な動きをする素振りに動きがあった。


「アル、もう止めておけ。いくら加護を持っているって言ってもお前の体自体はまだ10歳の子供なんだ」


 腰に手を当て、あきれた様に息子を見るのは歴戦の戦士、豪腕のグランだ。


「親父……? あぁ、うん……」


 なんとも歯切れの悪い反応をするアルフロッドに眉を顰めるグラン。

 さもあらん、先日のフォールス邸襲撃事件でアルフロッドはグランが庭で怒鳴るまで全く気がつかなかったのだ。

 そういうグランもスオウのあの異常とも言える爆発的な魔素の猛りで目が覚めたのだが。


 加護持ちである、“のにもかかわらず”気がつかなかったのがアルフロッドとしては我慢がならなかったのだろう。

 そして同様に友人を傷つけられた事に対してもアルフロッドは憤りを感じていた。


「なんだよ、ほんと……。こんな力、あった所で役に立ちやしねぇ。なんだよ、ほんと……」


 ぎりぎりと柄を握りしめる、溢れ出る膨大な魔素に周辺に居たのであろう鳥が恐れを成して一斉に飛び立つ。

 バサバサと耳障りな音を聞きながらアルフロッドはまた剣を振り始めようとする。


 だが、上から押さえつける様にグランはその柄を抑えた。


「もうよせ、スオウも別にそんな事望んじゃいない」


 むしろ自業自得だと笑っていたくらいだった。自分の力を過信しすぎた、と言っていた。

 だがグランはそれを聞きながらもそうではないだろう、とも確信していた。

 あれだけ“良く出来た”スオウがそんな事を間違える訳が無い、恐らく何らかの要因があった筈だ、と。

 そしてその理由も普段の仕草から何となく予想はつく。

 しかしそんな事は今のアルフロッドにとっては関係なかった。


「目と鼻の先で、俺は暢気に寝てたんだぞ! なんだよそれっ、何の為の力だよ! それなのに……、大人しくしてる事なんて出来ないっ……」


 それは彼の存在意義でもあった、母を殺して産まれた、母を殺した原因の加護が、加護持ちとして産まれた意味が、全く役に立っていないという事はアルフロッドにとって何よりも苦痛だった。

 存在そのものの否定、では一体母は、何故死んでまで自身を産んだというのか。

 その意味は世界が敵に回るかの様な、唯一の肉親である父の目さえ恐るべきモノの様にさえ見えた。


「アルッ!」

「ほっといてくれよっ!」

 

 思わず語気を荒げるグランだったが、バン、と振るわれた手はその加護持ちの力に相応しく抑えようとした手ごとグランを吹き飛ばした。


「ぐっ」


 ドン、と後ろへ吹き飛ばされながらもさすがと言った所か、グランは瞬間的に身体強化を施して場に留まる。

 だが、それよりも別の問題が起っていた。


「あ……」


 恐怖に彩られた目。

 “自分”の力に恐怖した目、僅かに硬直した時、一瞬で全身を強化したアルフロッドは闇の中に溶ける様に走り逃げていった。


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