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月蝕  作者: 檸檬
3章 加護と加護
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虚構の世界に立つ夢幻7

 ワイバーンが飛んでいた。


 ワイバーンはヒトが飼育し、ヒトが乗れる生き物としてこの世界ではそれなりに認知されている存在だ。しかしながら、その飼育の難しさと単体の価格の高さから王国の航空部隊やそれなりに上流級の貴族が所持しているだけで(カリヴァ・メディチの様に金に物を言わせて揃える場合もあるが)、それほど数が多い訳ではない。


 ワイバーンは単体だと最高速で300kを出せる程だ、しかしながらヒトが乗る事を考え、飼育されているワイバーンは速度を落として飛行する。

 だが、今ここで飛んでいるワイバーンは300kに近い速度で飛んでいた。


「指定作戦範囲数刻、離脱準備開始」


 言葉に返事は無かった。その声を発したのは銀だった。

 その異常とも言える速度を出すワイバーンの上で片膝を付き、ワイバーンの背に付けられるように特異な形状をした鞍を掴んでいた。


 銀の髪が僅かに揺れる、向かう風を”殺し”、高速で移動する銀の女性。

 美しいまでのストレートな銀の髪、腰程も有るその髪は僅かに揺れて、その赤い瞳は虚空を見つめる。無表情のその顔はまるで人形のようで、機械の様で、――死神の様で。


「命令実行」


 視界の先、見えて来たのは集団。そして強大な魔素と魔素がぶつかり合う場所。

 同族の気配を感じ、その女性、4階級死滅のミーナリフィの加護を持つ者、フィーア・ルージュはその整った口を開いた。


「殺戮開始」 

 

 そして上空を飛ぶその高速のワイバーンからまるで階段を下りるかの様に、まるでそこが空の上ではないかの様に、何の躊躇いも無くフィーア・ルージュは飛び降りた。


 ○


 焼け焦げた匂いが鼻腔を突く、頭を過るのは燃え盛る森と焼ける肉の匂い。場所も違う、時も違う、過去の話でしかないそれだがアルフロッドにとっては大きな出来事の一つだ。コンフェデルスでも嗅いだ血の匂いは嘔吐感だけしか出て来ない嫌悪すべきものだ。


 争いが嫌いとまでは言わない、自分の守るべき物を守る為に力を行使する事に否定はしない。そして現にそれを行なっている。

 アルフロッドはその矛盾した行為を受け入れつつあった。そして同時に、あの時から押し込めていたその加護という力を最大限振るえるこの状況に、喜びすら感じていた。その感情に嫌悪感を自分自身抱きながら、それでいてその力を解放する事に一種の快楽すら感じていたのだ。


 加護持ちの宿業か、それとも力持つ者の業か、向かい合う両者、アルフロッドとリリスは互いに笑みを浮かべている事に気が付いていた。


 ちりちりと大気が焦げて一拍の後に放たれる雷光、抉れた地面の上でアルフロッドは疾走し、剣を振るう。

 リリスの一撃はアルフロッドに一ミリの傷すら与えず、周囲を覆う膜によって弾かれる。だがリリスとてアルフロッドの剣に触れる事は無い。

 加護持ち特有の膨大な魔素を利用した馬鹿げた踏み込みと、斬撃によって旋風どころか台風の如き衝撃をリリスはひらりと避けて“消える”。疾風迅雷、雷の如きスピードで動くリリスをアルフロッドは捕らえる事が出来ない。瞬きする間にリリスはバチ、と音を鳴らし瞬間移動してるかの様に位置を移動するのだ。


 一般的観点から見てアルフロッドの速度は異常だ、だがしかしリリスはその上を行く、単純な速度に於いて迅雷のロルヴェの上を行く者は居ない。

 だが、守護のアーノルドの鉄壁を突破する火力は無い。“今は”まだ。


 猪突猛進の如くリリスが現れた先へと疾走し剣を振り下ろすアルフロッド、バチバチと音を鳴らしながら周囲を転移するかの如く移動して雷撃を放つリリス、しかしながらその一撃はアルフロッドの周囲を覆う薄い膜によって散らされる。その様相はまさに千日手。このままでは終わりが見える事は無い、そう思ったのだろう、攻撃の手を休めリリスは移動を一旦やめた。

 そしてぷらぷらと先ほどまで雷撃を放っていた手を振りながら、つい数秒前に自分が居た場所へと剣を振り払っていたアルフロッドを見た。


 その隙を逃すアルフロッドでは無い、肩に背負った剣を振りかぶり、リリスへと振り下ろした。


「ハァッ」


 ダン、と踏みならした足、弾ける地面。その音が耳に届くか届かないかそれよりも早いくらいに剣がリリスへと振り下ろされた。

 刃が潰されていたとしてもその力によって死ぬ事は間違いない様な一撃だ、それを何らためらい無く振り下ろすアルフロッドは力を振るえる事に酔っているとも言えるだろう。あるいは同士でもあるリリスを信用しているとも言えるか。

 恐らく当たる事は無いだろう、とアルフロッドは考え、そして振り下ろされた剣。だがしかしリリスが避ける事は無かった。振り下ろされた剣は何の抵抗も無くリリスの体を両断し、地面へと突き刺さり亀裂を作った。


 一瞬何が起ったのかわからなかった。一拍、そして目の前には変わらぬ現実、驚愕に染まるアルフロッドは目を限界まで見開き、殺してしまった、という感情が吹き出して吐き気を催した。

 ガタガタと震えだす手、そして体、青ざめた顔で見上げたその先には――つまらなそうな者を見るリリスの半分に別れた顔があった。


「つまらぬ、所詮は7階級か、ヒトの域に収まっていると喜べば良いのかもしれんか」

「な……」


 別れた口から出た言葉にアルフロッドは肌が泡立つのを感じた。

 バチ、と音が鳴る。リリスの体が雷光となり切断された体が元に戻る。


「うそ、だろ……」

「我は雷神、迅雷のロルヴェ。この身は雷の化身だ、物理攻撃など効かぬ。刻印すら刻まれておらぬ鉄のかたまり程度で効果があるとでも思ったか?」


 ふん、と鼻を鳴らしたリリスは地面へと突き刺さったままの剣を乱雑に掴み、そして言った。


「その膜、あらゆる攻撃を通さぬ様だが、お主に直接触れているこの剣なら、果たしてどうかな?」

「ッ!」


 バチン、と空気が弾けた。


 ○


 雷光が鳴り、閃光が走る、土煙とともに轟音が空気を揺らし、ビリビリとした魔素のうねりが押し寄せる。

 攻撃の度にびくり、と震える周囲の傭兵に僅かながら苦笑を浮かべたルナリアは用意された椅子の上、肘掛けにゆったりともたれ掛かりながら首をこてり、と倒した。


「予想通りリリス王女の勝ちで終わりですかねぇ」


 声はやや後ろから聞こえた、ちらりと見ればニールロッドがアルフロッドとリリスを遠目に見ながら感慨深気に告げていた。


「当たり前でしょう、でなければ態々こんな茶番劇を開かないわ」

「とはいえもう少し頑張ってもらわにゃぁ、使えないすわな。っと、まだやる様ですねぇ」

「そうね、さて、どうするのかしら?」


 そも、アルフロッドは加護持ちとしての鍛錬が低い。加護持ちとしての英才教育を施されているリリスとは下地が違うのだ。階級そのものもあるが、鍛錬という意味でその差は歴然である。しかしながら、全く敵わないと言う状況では困るのだ。

 同様にその戦場を眺めているゴドラウに視線をずらす。隣に立つ宮廷魔術師に何かを指示しているのが見えるがアルフロッドの実力不足を問題視している様には見えない。


「……ニールロッド、ライラ・ノートランドはどうしているかしら?」

「一応二人張り付かせてますがねぇ、今んところ学院で大人しくしているみたいですぜ。どうにもおかしい、ゴドラウ師長が接触した形跡はねぇですし、宮廷魔術師の連中が数名近づいてましたが特に何をした訳でもねぇですわ」

「何を考えているのかしら、特に動かない事等無いでしょうし。……まぁいいわ、変わらず目を付けておきなさい。後リリス、いえ、”スオウ”に付けた目の方は何か有るかしら?」

「部下からの報告では寮の部屋に居るみたいですがねぇ……。あの餓鬼を見逃したんで落ち込んでるんじゃねぇんですかい」

「そ、別にあの子にはそんな事は望んでいなかったからどちらでもいいのだけど。そっちも一応目を通しておきなさい」


 あの子……、ブランシュ・エリンディレッドの役割はリリス王女の護衛である、というのは建前だ。

 ハニートラップにも言える事だが、本命の人物と関係を結ぶのに有用な者として一つ、実行者がそうであると理解していないで行なう事だ。

 情報の漏洩も実行者が漏洩だと気が付かなければそれは本人の心情や行動に制限を掛けない。であるならばバレる可能性とて低い。本人がそうであると理解していないのだから当然だ。そしてブランシュは、その意味の通り、本当に目としての役割をしていた。そこに彼女のプライベートなど無い。


 轟音が届く、ルナリアは顎に手を当てた。


 今この場に生徒は皆無だ、それも当然だろう。国外から留学という名目で来ている生徒もいるのだ、見せないに越した事は無い。

 そうするとルナリアの護衛についている傭兵はどうなんだ、という話にもなるが、彼らは傭兵であるがニールロッドの部下でもある。喋るベき事と喋るべきでない事の区別は付くだろう。


「そもそもが意味の無い事なのだけれど」


 情報漏洩が確定している以上そんな事は意味の無い事だ。視線を戦いの場へと戻す。

 恐らく痺れたのであろう手を振りながらリリスから距離をとるアルフロッド、その動きはあり得ない程の距離を一足で稼ぐが、バチ、と音が鳴る度に姿が掻き消え、眼前へと現れるリリスから逃れる程ではない。


「宮廷にも置かれていた書物通り、防衛能力が非常に優れている様ね。あれで手が痺れる程度とは」

「単純に膨大な魔素を用いた身体強化で防いだ可能性も有りますがねぇ。しっかし相変わらず同じヒトとは思えませんなぁ。まるでバケモノですわ」

「何度も言うけど……、口には気をつけた方が良いわよニールロッド?」


 ルナリアの言葉にニールロッドは頭を下げた。

 その様相にルナリアは僅かに眉を顰めたが特に何を言うでもなく、軽く首を振った。


 そして視線はリリスとアルフロッドへと戻る。


 アルフロッドの加護、7階級、守護のアーノルド。


 守護のアーノルドは他者に力を分ける事が出来る。それは以前のリッチの騒ぎで確認出来ていた。アルフロッド・ロイルは単体で活用するよりは複数を付けた形で運用するのが一番だろう。果たしてどのくらいまで力を分けられるのかはアルフロッド次第であるのだろうが。


 リリスとの戦いを見ている限りでもルナリアはその考えを強くした。


「話に聞く先々代は100人に守護の加護を与えられたそうだけど、さてはてアルフロッド君は何処までかしらね」


 そう言ってルナリアは僅かに笑った。


 ○


 やべぇ。


 アルフロッドは剣を引きながら全身を覆う痺れと共に眉を顰めた。

 そもそもの速度が違う、一般的観点から見れば両者とも速度は異常であるのだが、アルフロッドの速度が残像だとするならば、リリスの速度は点滅だ。攻撃する為の動作の為一瞬停止するからこそ視界に映るが、それすら無くなるとすると果たして視界に収められるかどうか。


 くそ、とアルフロッドは悪態をついた。

 そもそもがさして乗り気でもなかった模擬戦である、それが一方的にやられている状況に苛立ちを感じない訳では無い。

 力を示せ、この戦いの意味だ。であるならばもう十分であろうと言いたいが、生憎と相手は止めるつもりは無い様だ。


「ぐっ」

 

 ピリピリと痺れる腕を強引に動かして剣を円の内へと収める。同時に雷光、膜の周りを這う様に紫電が走り、地面を削って弾け飛んだ。


「くそ」


 悪態が自然と口から漏れる。自分の力に奢りがあったと言えばその通りなのだろう、周囲に自分の力で倒せない相手は居なかった、真っ向勝負で叩き伏せれない相手は居なかった。それが成す術無く一方的に翻弄されているのだ。自分の力、守護の加護のお陰で均衡を保っているが、魔素が尽きれば負けは見えている。相手も相当量の魔素を消費していると思うが、攻撃が届かないのと攻撃が効かないのでは意味が違う。


「反則だろッ!」


 剣が通じないのは卑怯だ、であるならば最初から刻印が刻まれた剣を持って来た。

 それで切ればリリスに傷の一つでも付ける事は出来ただろう。この様な一方的な状況にはなっていなかったはずだ。


 アルフロッドはヒトを傷つける事を嫌がっているのにも関わらず、そう考えていた。

 矛盾した思い、それは相手が同類である加護持ちであるからだろうか? いいや違う、飲まれているのだ力に。

 それはヒトとして当たり前の感情であり行動だ。ヒトは力を持つとその力を行使したくなる。その力を示したくなる。

 顕示欲、征服欲、傲慢とも言えるその感情はヒトがヒトである証左だ。だからこそヒトは発展し、成長して行くのだから。


 そもそも、攻撃を一方的に受けていて相手に対して悪意を抱かないのは正直異常だが。

 そう言う意味ではアルフロッドは真っ当とも言えるだろうか。


「殻に閉じこもるか」


 ――黙れ。

 

 挑発、リリスの声がアルフロッドに届いた。

 その声に苛立ちを感じるが、だがしかし状況が打開される訳でもない。はぁはぁと肺は懸命に酸素を取り入れようとし、掌を覆う痺れを手を振って振り払う。


「どうした? 来ないのか? コンフェデルスでは魔獣相手に一方的に叩きのめしたそうじゃ無いか。一方的にやられるのは好かんか?」

「うるせぇよ、お前こそ偉そうに言うなら”加護これ”を抜いてみろよ」


 ギ、と剣の柄を握り、言葉を返すアルフロッド。

 絶対の防壁、知っているのではない。感じているのだ、これは自分の力であり、絶対の防壁であると。

 バチ、と紫電が走る、丸い膜を這う様に雷が流れ、アルフロッドは僅かに笑みが浮かんだ。


「何がおかしい?」


 その顔を見られたか、リリスが不機嫌そうな顔をさらに歪めて告げて来た。


「別に、よく考えてみればそもそもがやりたく無かった事だ。このまま引きこもらせて貰う」


 そう言ってアルフロッドは剣を地面へと突き刺した。

 リリスの攻撃を全く受けない、という事であれば力を示したとも言えるだろう。文句は言わせない、別に倒せとも言われていないし、やられるのも癪だ。


 地面に刺した剣に寄りかかる様にしてアルフロッドは笑みを浮かべた。

 有る意味平和的な方法とも言えるだろうか、そもそもが子供同士が大人の都合で喧嘩を行なう事自体がおかしな話しだ。

 

 しかし、リリスにとってはこれは姉の願いであり、そしてこの行為は国にとって、王家にとって必須である事を理解していた。

 リリスの手が握りしめられた。真っ白になるほど強く強く、そしてアルフロッドを見た。その目は感情がこもっていなかった、半目で睨む様にアルフロッドを見たリリスは一つゆっくりとため息を付いて――


「そうか……」


 そう呟いた。それは諦めの色が出ていた。


 そして異変が起った。最初に届いたのは音だ、ざりざりとした音。地面から響くその音は鉄と鉄を摺り合わせたかの様な気味の悪い音。

 アルフロッドは眉を顰めた、この中は絶対安全である、であるならば問題等無い筈だ。


「その膜、丸い円を描いているそうだな。地面すら透過して円を描く。己の守るべき者を中心とし、害意のみを除外する。”膜”が除外する、のかな?」

「何?」

「試してやろう、左手の法則とやらは知っているか?」


 言葉と同時にリリスは嘲笑し、そしてクン、と指が動いた。跳ね上げるかの様に下から上へ振り上げた手と天を指し示すかの様に伸びた指。その動きに目をとられたアルフロッド、その意味は灼熱の様な腕の痛みで結果を示した。


「がぁッ」


 ぶしゅ、と血が舞う。身体強化していなければ腕一つ飛んでいただろう。表皮を削り取られたかの様な痛みと同時に驚愕、そして視線を逸らした先には平べったい黒い塊が回転しながら宙を舞っていた。


「な、んだ」


 思わずその場から飛び退く、その黒い塊は害意であると判断されアルフロッドの膜に触れた途端吹き飛ばされるかの様に外へと弾かれた。


「ふん、遅い!」


 当然それで終わる筈もなく、今度は横薙ぎにリリスは腕を振るった。今度はアルフロッドにも状況が見えた、地面から集まるかの様に黒い粒が浮き出し、それが集まり回転しだしたのだ。


「あの男に感謝等したくは無いが、この場だけは感謝してやるとしようッ!」


 リリスが操ったのはローレンツ力だ。この世界にローレンツ力等という言葉がある訳ではない、つまり教えたのは言うまでもなくスオウだ。

 リリスはスオウに助言を受け、電気を用いて磁力を操る事を知った。そして今砂鉄を用い磁力を発生させ、高速で回転させているのだ。生半可な技術で出来る事ではない、だが、姉の為力を付ける事に半場狂気的な物を持つリリスにとってそれは苦でも何でも無かった。


 ――スオウに言われたという事だけが不満であったであろうが。


 そしてその攻撃と同時にリリスはアルフロッドの膜の効果を把握した。あの膜は絶対的な防御を誇るが、飽く迄も膜がその効果を果たし、その内部に関しては効果を及ぼしていない。一方的に全てを弾くのであれば酸素も通さなければ声も通さない。だがしかしその様相は見受けられない。ではなにで判断しているのか、恐らくアルフロッドの個人的な主観に置ける判断で膜は害意を弾いているのだ。故に、攻撃であると理解されていない地面に潜む砂鉄にリリスの力の影響を与える事が出来た。だがしかし――


「ぐッ」


 害意、という内訳に入ったのだろう。高速で回転していた砂鉄が空中で霧散した事でそれを理解した。攻撃ではないとされていたリリスの電力が攻撃だとアルフロッドに判断されたのだ。


「ハァッ」


 一瞬の間、剣の”あった場所”から離れたアルフロッドは血の流れた腕を抑えながら、片膝を付く。さすがと言える所は加護の膜を維持している所だろうか、だがリリスにとってそんな事はどうでも良かった。

 

 金の髪がふわり、と浮かび、毛先から放電が起る。全身から電撃を放つかの様に全身がスパークを起こし、軽い明滅を行なった。

 睨み上げる様に上を見たアルフロッドは治癒力を強化し、血を止めた。膨大な魔素を用いた強引な方法だ、そして一気にリリスから距離をとった。それは勘だった、その数秒後、アルフロッドが居た場所に細かい紫電が走る。その電撃はアルフロッドの膜を打ち抜くとは思えなかったが、結果としてアルフロッドは危機から脱した。

 

 リリスは周囲の空気を焼いたのだ、一気に低下した酸素濃度はそれだけでヒトの命を脅かす。

 通常の酸素濃度は約21%だが、半分になったそれを”吸うだけ”で意識不明になる可能性が有る。


 空気を害意として判断していないアルフロッドにとって一撃で勝負が決する方法だ。危機一髪逃れたアルフロッドを忌々し気に睨んだリリスは問答無用で次の手を振り抜こうとした、――が、その手を強引に止め、リリスは一瞬でアルフロッドから距離をとり、そしてその動作に眉を顰めたアルフロッドとリリスの丁度中央に轟音が鳴った。


 ――その中央に、銀が舞っていた。


 ○


 がたがたと震える少年が一人、教室の隅で踞っていた。ぶつぶつと呟くその様相は異常としか言い様が無い。

 幸か不幸かその少年が誰かに見つけられる事は無かった。それは少年がそう言う場所を選んだというのもあるのだが、それ以上に今この少年が居る学院では王国の姫君が到着し、さらには雲の上の存在である宮廷魔術師による講義が始まっているからだ。


 査察という名目を果たす為の講義に過ぎないが、生徒達にとってはそんな事はどうでも良い事だろう。

 教師陣は嬉しい反面忌々しい、と言った所か。


 だがそんな事は今この場で踞る少年にとってはどうでも良かった。


「悪く無い、悪く無い、僕は僕は、僕は悪く無い」


 呟く声は虚空に消えて震える手は頭を抱え、踞る様に部屋の隅に留まる。

 だが、それも長くは続かなかった。王国の王女が来ているこの状況で警備体制が強化されていない訳も無く、そしてニールロッドが”そう言う者”を潜入させていない訳も無く。そして幸か不幸か少年を見つけたのは後者だった。


「おい、誰か居るのか?」

「ヒッ」


 悲鳴が上がった、怪訝な顔をして室内へと入って来た大人に少年は怯えを強くする。

 ガタガタと震える手は拒絶するかの様に前へと出して状況を拒否する。


「おい、大丈夫か?」


 その様子を端から見れば異常だと思うだろう。真っ青に染まった顔と血走った目は明らかに何かが有った後だ。


「違うっ! 違うんだ、僕は僕はただ、悪く無い、悪く無いんだ! 僕は何もしていない!」

「おい、落ち着け! 一体どうした!」

「出来心だったんだ、ちょっと嫌がらせ出来れば良かったんだ。あ、あんな男に関わりたくは無かったんだ、でも、でもおかしいじゃないか! 僕は、僕は貴族だぞ! 兄は宮廷魔術師なんだぞ! なのに何であんな男がッ!」


 支離滅裂のその状況に少年に声をかけた男は眉を顰め、手を強く握る。


「名前は言えるか? しっかりしろ! 何があった」

「違うんだ、僕は、リリス王女様に何かしようと思ったんじゃなかったんだ、なのにこんな事になるなんて、なんで、どうして……」


 少年はいつぞや、机を汚した犯人だった。”机の記憶”を読み取ったスオウによって不幸にも利用された少年だった。


「僕は紹介しただけなんだ、兄さんを紹介してくれればそれだけで黙ってくれるって言ってたんだ、言ってたんだ。でも、兄さんは、なんで、どうして、あったばかりは知らない相手だったのに、でもなんで急にッ、あの男は宮廷魔術師なんかじゃないのにッ!」


 がたがたと震える、それは信じられないものを見た様な、恐ろしいものを見たかの様な。


「おいッ!」


 男は叫んだ、異常とも言えるその状況に。だが、少年はまるで何かから逃げるかの様に叫んだ。


「おかしいんだ、おかしいんだッ、思い出せないんだ! なんでだ、なんでだよ、僕は確かに紹介したんだ、あの男を、でも男が誰かわからないんだ、わからないんだよ! なんでだよ、なんだよ。僕は、僕はただ、ただリリス様許して下さい、ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったんです、違うんです、うう、うぁぁぁ……」


 そうして踞り泣き出してしまった少年に男は嫌な汗をかいていた。おかしい、何か異常な事が起っていると。

 騒ぎを聞きつけたか、自分の同僚が部屋に入って来た。それを認めた男は直に指示を出す。


「おい、お前は直ぐに隊長ニールロッドに状況を報告しに行け。俺はもう少し彼から話を聞く、お前は学院に潜伏者が居ないかどうか調べろ、早急にだ!」

「し、しかし我々以外にも裏で動いている者がいるかと思いますが、その選別は」

「選別はしなくても構わん! 全員怪しければその場で拘束しろ! 姫様に危害が及ぶ方が危険だッ、同時にこの少年の兄とやらを当たれ、怪しい奴が接触した可能性がある!」

「りょ、了解しました」


 バタバタと部屋から出て行く同僚を見届けた後、再度少年の方を向き直る。

 泣き出してしまった少年は踞り、懺悔の言葉を繰り返す。端的な情報ではあるが、どうやらリリス王女に何らかの問題を起こし、それを黙っておく代わりに何か取引を持ちかけられたのだろう。何かした事を知られた、という事は学院の生徒か? 外部の者とは考えにくい。


「よし、一度この部屋から出るぞ、記憶系の魔術ならば回復出来る者がいる」


 少年の手を掴み、強引に立たせて男は告げた。幸運にも今魔術の最高峰とも言える場所で働く宮廷魔術師が大量に居るのだ。

 記憶系、精神系に作用する魔術を掛けられていたのだとしても自分には無理だが、誰か解除出来る者が居るだろうと判断した結果だ。

 

「い、いやだ、駄目だ、僕は行かない、行かないぞ!」

「何を言ってるんだ、良いから行くぞ、色々と聞きたい事も有るんだ」


 そう言って引きずる。大人と子供、力の差は歴然、それに男はニールロッドの部下だ、荒事にも精通している。鍛えてるのだからその攻防は戦いにすらならない事はわかり切っていた。

 ずりずりと引きずられる少年はまるで恐怖から逃げる様に掴まれた腕を振り、部屋から出ようとしない。


「違うんだ、違うんだよ、僕は、違うんだ! やめてくれ!」


 叫び声、男はため息を付きたくなった。


「いいから来い! 治癒してやるって言っているだろ!」

「違うんだ、違うんだよ。ここを出ちゃいけないんだ、約束なんだ、全部終わるまでの約束なんだ。大人しくしてたら大丈夫なんだ!」

「何を言っている! 一体誰と約束したって言うんだ」

「わ、わからない、わからないけど、駄目なんだ!」


 埒があかない、男はため息を付いた。間違いなく錯乱系の魔術だろう。

 トン、と少年の首の後ろを叩き、気絶させると同時に男は少年を肩に担いだ。


「よし、悪いな。さて直に報告に戻らなくては……」


 そう言って男は走り出した、そして部屋から出た瞬間、ピン、という乾いた音が耳に届いた。

 嫌な予感がして男は後ろを振り向く、その眼前に複数の短剣が迫っていた。両手が開いていれば問題なかったかもしれない、だがしかし、不幸にも男は片腕が塞がっていた。


 懸命に振り払った片腕、しかしたたき落とせた短剣は一部にしか過ぎず――

 そして全身に突き刺さる短剣、混濁する意識。


「毒……、馬鹿……、な……」


 ごぼり、と口から血を大量に噴き出した男は、血の海に倒れ伏した。

あの銀髪さんですが、ラウナとライラで名前が似ているので、名前を変えました。知っている人は知っている話ですが、知らない人は知らないままで問題ないです。

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