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月蝕  作者: 檸檬
3章 加護と加護
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虚構の世界に立つ夢幻3

「ふっふーん、ふんふん、ふふーん」


 軽やかなステップを踏みながら石畳の上を歩く女性が一人。

 口から漏れる言葉は言葉となっていないが、何かの曲を口ずさんでいる程度はわかる。

 彼女は口の中に広がる甘さに頬を緩めながら舌の上で飴玉を一つ転がせていた。飴玉一つで上機嫌になるのならば軽い女であるのだが、その飴はそれなりに高級品であり、そして今この世界ではとある場所でしか手に入らない物だった。


「へぇ、こいつは珍しい奴にあったな」

「うげ」


 上機嫌だった顔が急転直下、一気に不機嫌になる。女性の前に現れたのは一人の男。アッシュブロンドの髪を後ろで一つに纏め、黒い軽装を身に纏った軽薄な表情を浮かべるその男は、不機嫌な顔をした女性、魔弦のツェツィーアに対して気にしたそぶりも見せず皮肉な笑みを浮かべた。


「任務失敗したらしいじゃねぇか、魔弦様ともあろう者が何やってんだぁ?」

「うるせぇーッス、だいたいなんでお前がここにいるんスか」


 目の前の男は現在精霊国ニアルにて作戦行動中のはずだ。ニアルが落ちたという話しは聞いていないし、何より帝国の加護持ちが出端っていない以上帝国も本腰を入れている訳ではないという話しでもあるのだが。


「ニアルは暫く放置だとよ、カナディルででけぇ仕事があるんだとさ、“白蛇”にもそのうち話しが行くだろうさ」


 にやにやと告げる男に苛立ちを隠そうともしないツェツィーアは、舌打ちを抑えながら睨む。

 白蛇(帝国情報局)、ツェツィーアが所属しているその部隊に先に情報が来ていないでこの男、カール・ブラハルムが動いているという事は、そういう“仕事”なのだろう。


「そいつは良かったッスね。忙しいんで失礼するッスよ」


 ギロ、と睨んだ視線を外しカールの横を歩き去る。どうせ報告はフランクから来る事だろうし、これ以上この男と話していたく無かったというのも有る。

 だが――キシ、という音を鳴らしツェツィーアは手を振った。カールの横を過ぎ去ると同時に薙ぎ払うかの様に振り払った手、その指先からは魔素にて作り上げた弦が舞い、壁面を僅かに削りながら甲高い音を鳴らすと同時にその勢いは留まった。


「おいおいツェツィーア、室内で暴れるなって言われなかったのか?」

「チッ……。血生くせぇんスよアンタら。用が済んだらさっさと失せるッス」


 振り返りながら肩を竦めて笑うカール、その視界の先には彼の部隊である帝国特務強襲部隊“黒狼”の象徴でもある黒い鎧を着込んだ二人の男がいた。ぱらぱらと舞落ちる破片の中、その二人の男は剣を垂直に構え、そして弦による一撃を抑えていた。


 その二人の男のうち片方の男が口を開いた。


「ひゅぅー、こえーなぁツェツィーアちゃん。おっかねぇ顔してっと折角の美人が台無しだぜ?」

「おい、ガスパーあんまり魔弦に絡むんじゃねぇ、殺されても俺は知らんぞ」

「隊長そーはいってもよぅ、こんなイイ女目の前にして黙ってる方が無理ってもんだろぉ」


 やれやれとばかりに肩を竦めたカール。舌打ちしたツェツィーアの手に力が篭る。一触即発の雰囲気が辺りに漂うが、その空気は一人の男によって霧散された。


「ツェツィ! 何やってやがる! ……どこに行ったかと思ったらこんな所にいやがったか」

「……フランクッスか」


 学院での失態、だが幸運にも彼、フランクは失脚していなかった。小走りで近づいて来た彼はカールに気が付いたのだろう、やや怪訝な表情を浮かべるものの、剣を構えた二人の黒狼の男を認め、そしてツェツィーアの両手に有る弦と壁面に走る傷を見て何があったかを大凡理解した。


「……いくぞツェツィ、仕事だ」

「了解ッスー」


 感情のこもらぬ目、冷えきった視線だけを残し、ツェツィーアはその場から去っていった。


 ○


 帝国特務強襲部隊、通称”黒狼”。

 彼らは少数精鋭による暗殺、密偵、誘拐、撹乱を主とした部隊である。彼らは他の軍属とくらべ一人当たりの実力が三人分に匹敵すると言われている。だが彼らの任務の過酷さは言うまでもない、その生存率は10%を切ると言われている程だ。

 そんな彼らを構成している人員は元犯罪者、死刑囚、傭兵、そして道を外した殺戮者、実力さえあれば犯罪者であろうと性格がイカレていようと誰であれど受け入れるというのがこの部隊であった。


「ふん、流石は白蛇、嗅覚だけは一流か?」

「わっかんねぇなぁ。戦利品を如何扱おうと問題ないと思うんだけどよ」

「ガスパー、一応俺らは表立って動いてねぇが、軍属だあんまり目立つ事はするんじゃねぇ」

「そいつぁわりい、けどよぉ、ニアルにいるエルフの女はそこらの女とやっぱり違ってなぁ」

「てめぇの腐った性癖なんぞに興味はねぇよ、それより部隊の連中を直ぐに集めておけよ」


 そんな一癖も二癖もあるような連中を束ねている男こそカール・ブラハルム。二双のブラハルムと呼ばれるツェツィーアと同じ二つ名持ちである。

 二双を示すかの様に彼の腰元には二振りの剣が携われていた。

 軽く撫でるかの様にその腰に有る剣を撫でたカールは軽く笑い、ガスパーへと告げる。


「次の仕事先はカナディルだ、馬鹿ミテェにお偉いさんが集まるらしいぜ。そいつら全員皆殺しだ」

「クッハ、そいつは楽しそうだ。って言いたい所だけどよぉ、流石に俺らだけじゃ無理だろ、どうすんだ隊長」

「さぁーてねぇ、そいつをコレから聞きにいく所だ。ま、4位あたりが動くんじゃねぇの?」


 二、と笑ったカール。だがそれを聞いたガスパーと呼ばれた男は一瞬で青ざめた。

 戦利品という名目で捕らえた敵国の兵士を乱暴し、弄び、一般的な観点からすれば目を背けるであろう行為を平然と行うこの男ですら青ざめる程の存在だ。

 銀の髪、透き通る様な透明感の有る肌、赤く光る妖艶な瞳。カスパーの意識はそこまで思い出して頭を抱えた。


「冗談じゃねぇぜ隊長、あんな死神が来たら俺達までぶっころされちまう」

「おいおいガスパー、美人なら何でもいいんじゃねぇのか?」

「勘弁してくれ隊長、加護持ちバケモノと一緒にしないでくれ」


 ぶるり、と震えるガスパーを横目に薄く笑ったカールは呼ばれていた場所へと足を進めた。

 4位、ミーナリフィの加護を持つ死滅のルージュ。恐らく対生物戦における最強の加護持ち。

 今まで動く事の無かった彼女だが、カナディル連合王国の加護持ちが“居る場所”へと動くのだ、こちらも加護持ちを動かすのが妥当。

 黒狼を完全な捨て駒にするのならば別だろうが、もしそうだとしてもカール達には断る事が出来ないため考えるだけ無駄だ。


「ま、それこそスイル国すら平定が上手く行ってないのに今更手出しする意味がわかんねぇけど。俺達兵隊は言われた通りに動くだけさ」


 言われてない所まで責任持つつもりはねぇけどな、と内心で呟いたカールは呼ばれていた会議室の前で立ち止まった。

 近くに来ていた使用人達は彼らの服装を見て怯える様に後ずさり、誰も近くに寄って来ない。

 重厚な扉、それをノックもせずに乱暴に開けたカールは呼び出した男に対して尊大に告げた。


「よぅ、来たぜ」


 バタン、と扉が閉められた。


 ○


 カナディル連合王国 ストムブリート魔術学院


「――であるからして、魔術とは元有る理論を活用した方が圧倒的利便性が高く、魔方陣においても同様である為この理論は完璧に暗記しておいた方が良いでしょう」


 手に持った分厚い本を片手に教壇で次々と告げられていく教師の言葉を必死でノートへと写していく。

 クラウシュベルグ土産だ、という事でスオウから貰っていた万年筆。そのお陰で随分と楽になったブランシュは一段落した所でふぅ、と息を吐いた。


 キラキラと光る万年筆、美しい細工が施されたその持ち手、その流麗なフォルムは一つの芸術品の様に見える。それからしてかなりの金額がするのだろうと思う所だが生憎とスオウは値段を教えてくれなかった。後になって自分で調べてみたら自分の給料の三ヶ月分くらいだったので卒倒しかかったのだが。


 たかがペンにそこまで金をかける考えが理解できないのだが、三ヶ月に匹敵する万年筆だと理解して普通に授業で使っているブランシュも相当である。

 楽なんだもん、と言うのは本人の談ではあるが、どこか違う気がするのは間違いではないだろう。


 ん、と腕を伸ばし隣を見たブランシュ。横にはリリスが座っており、真剣な目で教師の話しを聞いている。

 感性的な部分で魔術を使っているリリスは理論的な点は弱い。とはいえど宮廷で英才教育を“受ける事が出来た”為、その知識水準は高い。現在受けている講義程度のレベルならば既に理解しているはずだ。リリスはどちらかというと一般生徒として講義を受けるという行為に楽しさを感じている部分もあるのだろう。


 そんな事を思いながら視線をずらせばそこにはスオウとスゥイが居た。スゥイは真面目にノートを取り、スオウは……。どちらかというと要点を隣のスゥイに小声で教えている様だ。そんな事ばかりしているから教師に目を付けられるんだとブランシュは思った。


「その理論は中級火系統魔術の下地だからな、覚えておいて損は無いがこちらの術式を流用すれば水属性にも流用できる。要するに反転方式だな」

「成る程……、連立式は?」

「それでもいいが発動時間がかかる。消費量は減るが、試験とかでは使えるかもな。実践だと微妙だろう」


 案の定既にあそこで個人授業が始まっている様だ。教壇に立つ教師はもはや見て見ぬ振りだ、ここ最近数人ではあるがスオウに敵意を向けるヒト達だけではない事が理解できていた。教師に同情するモノ、我関せずを貫くモノ、スオウに教えてもらいたそうにするモノ、だが結局の所貴族が力を持つのは学院の中でも同様であり、貴族組の大半が敵意を持っている以上それを表立って出来ないという所だろう。


「(そういえば伯爵家のジルベール・バルトンが全くこちら側に接触して来なくなった……。むしろ……)」


 ジルベール・バルトンはスオウに近づこうとすらしなくなった。教師陣へとお願いし、Bクラスへと移動したと聞いた彼だったがその後の動きは正確に把握できていない。リリス王女に対して特に問題行動を起こした訳ではないため簡易的な報告で済ませているが、Bクラスへと移動になった事でより簡易的になったのは否めない。


「(まぁ、いっかぁー。スオウ君も他に監視役が居るって言ってたし……。ふんだ、どうせノータリンですよー)」


 ぶすぶす、と頬を膨らませながらノートに書き込みをしていくブランシュ。急に不機嫌になったブランシュにどうしたのかと視線を向けるリリスだが生憎とブランシュはそれに気が付く事は無い。


「(それよりお腹減ったな〜、お昼ご飯はどーしよっかなぁ〜。学食はリリス様が嫌がるからスオウ君の所にまたいこっかなぁ。でもそしたら三連続だよねぇ〜。流石に悪いかなぁ)」


 そんな事を思うブランシュだが、実際に悪いとはあまり思っていない。毒物を混入させる等魔術学院ではまずあり得ない事では有るだろうが、スオウが作ってくれる料理の方が安全である事は間違いない。スオウ本人に対する信頼度は別として。

 リリスに関しては毒物を混入された所で死ぬ事は無いだろうが、ブランシュは別だ、リリスとチームを組んだ事による疎外感や敵意がどう言った形で現れるかはわからない。“今の現状”であれば心配し過ぎであるとも言えるが、安全であり、なにより美味しいのであればそれに越した事は無い。


「(よぉーし、今日もスオウ君にごちそうになるにしよーっと)」


 にしし、と笑ったブランシュ。今度はリリスに怪訝な表情で見られていた事に気が付いていなかった。


「(あれぇ、でも私ほぼ毎日スオウ君にご飯食べさせてもらって、勉強教えてもらって、実戦経験的な訓練相手もしてもらって、そういえば薬草の知識も教えてくれた……。これはもしかして前スオウ君が言っていたヒモと言う奴では……! いやいや、そんな事ないもん、あの男には酷い目にあわされたんだからこのくらいいいんだもん。いや、でもでもでも、流石にこれはいくらなんでも、いや、でも、うぅ〜ん……)」


 むむむむ、と首をひねるブランシュ。


「(私の武器に刻印もしてくれたし、普通にやれば相当お金かかるもんね……。うーん、うーん、でもでも、任務の為だもん、お仕事だもん、大丈夫!)」


 うんうん、と頷くブランシュ。


「(そうだよ、乙女の髪を切り落として、お、お、お漏らしまでさせたんだからッ! 当然問題ないよっ!)」


 スオウが聞けば未だに根に持ってるのか、と言われそうな事を考えながらギュ、と万年筆を握りしめたブランシュ。

 カッ、と開かれた目には決意が見え、そして同時にパカン、と後ろから誰かに叩かれた。


「あたっ、い〜た〜い〜、誰〜?」


 うぅ、と涙目になりながら頭を抑え後ろを振り返るとそこにはスオウが立っていた。


「いつまで座ってる。講義は終わったぞ、昼食を食べにくるんじゃないのか?」

「ふぇ? な、なんてこと〜! ノート、ノート取ってないよぉ〜……」

「何やってるんだ……。後でスゥイのを見せてもらえ、聞いていない所なら俺に聞いてくれればいい」

「うぅ〜、スオウ君ありがとう〜、だいすき〜」

「はいはい、それじゃ行くぞ」


 ひらひらと手を振って教室を出て行くスオウに慌てて付いていく。


「でもでもひどいよ〜、女の子の頭を叩くなんて〜」

「一応声はかけたぞ」

「肩を揺すってくれるとかあるよぉ〜」

「次はそうしよう」


 うぅ、絶対してくれない。とブランシュは思った。完全に話半分で聞いている様子のスオウを半場睨みつける様にしてブランシュは隣を歩く。

 そんな事を思っていた所でやや先に見慣れた金の髪が見え、その女性が振り返ると同時にブランシュは声を上げた。


「あ、リリス様〜」


 あ、じゃないだろお前、とか横で言われているが気にしない。

 リリスもどこか飽きれた顔をしている。あれぇ、何かしただろうか……。そんな事をブランシュが思った所でスオウがぼそり、と呟いた。


「護衛が護衛対象そっちのけでぼけーっとしてる奴があるか……。確かに護衛の必要な奴じゃないが」

「ずいぶんな言い草だなスオウ、別にお前に言われる事じゃないだろう」

「まぁ、そうだが。なんだ随分今日は喧嘩腰だな?」

「ふん、知るか」


 やれやれと肩を竦めたスオウ、失態、と言える程ではないがスオウの言っている事に間違いは無い。

 うぐぅ、と唸ったブランシュだったが直ぐに気持ちを入れ替え、リリスの傍へと小走りで駆け寄り歩き出した彼女と歩幅を合わせた。


「リリス様、今日はお昼スオウ君の所でいいですか〜?」

「む……」


 先ほど喧嘩腰で話した事が理由か僅かに逡巡するリリス。


「既に4人分用意してるから来い、来ないと料理が余る」


 気を使ってくれたのだろう、そう言ったスオウは僅かに苦笑が浮かんでいた。

 その事が更に気に入らなかったのかリリスの眉間に皺が寄るが、それに更に突っかかるのは如何考えても言い掛かりにも程があると理解しているのだろう、むすり、とした顔のまま世話になる、と告げたリリスにブランシュはスオウと同様に軽く苦笑した。


 ○


 むぐ、と喉に詰まらせたのは鶏肉のソテーである。酸味の利いたソースを衣を付けてあげた鶏肉に絡めて食べる、パンに挟んでも抜群に上手いソレを喉に詰まらせたのはブランシュだった。


「んぐ、み、みず……!」


 わたわたと手を動かし水もとい命の危機を訴えた所で目の前に座っていたスオウから水を渡された。

 一気に飲んで一命を取り留める。危ないなんてもんじゃない、本当に死ぬかと思ったとブランシュは思う。

 喉を詰まらせた理由はリリスの発言である、アルフロッドと戦う事になったらしい、ブランシュは頭を抱えた、意味がわからない。


「驚かないんだな、知っていたか?」


 怪訝な表情をスオウへと向けるリリスはやや敵意が見えた。


「いいや、知らなかった。そもそもそれは伝えても良い話しなのか?」


 片眉を上げて告げるスオウの言葉、リリスとアルフロッドが戦うとなれば大事だ。戦力判断としても秘密裏に進めるべき事、本人達にもギリギリで伝えるのがセオリーだろう。


「知っているのは私だけだろう、学院の上層部は知らんがな。昨日姉上から手紙が来た」

「ふぅん、となるとアルフロッドはまだ知らないのか」

「そうだろうな」


 肯定を示したリリスの返事にスオウは思案気にリリスを見つめた後、目を逸らし何かを懸念するかの様に沈黙した。

 隣に座るスゥイもそして発言したリリスもスオウへと視線を向ける。


「心配事でもありましたかスオウ?」

「いや、なぜ俺にそんな事を話したのかと思ってな」

 

 ちらり、とリリスを見るスオウ。


「別に他意は無い、ただ知っているかと思っただけだ。それに……、お前なりの考えも聞けると思ってな」


 挑むかの様に視線を向けるリリスにスオウは少しだけ笑って返事を返す。


「考え、ね」

「……お前の意見が聞きたい、これは、どう言う事だ?」


 疑問、そうだろう、リリスの隣に座るブランシュも同様に不可思議に思っていた。戦力把握であろうとは想像できる、だがしかし何故今なのか、と。

 普通の学生としての生活をリリスに望んでいたであろうルナリアの考えとは一致しない、必要であろう事はわからないでも無いが性急な気はしていた。


「想像でしか過ぎないが、ハイム子爵の件が大きいんだろうさ」

「不満の矛先をずらす、と?」


 答えたのはスゥイだった。


「そうだな、可能性としては、だがな」

「……わからんな、塩山の隠蔽は一家全員死刑が普通だ。家系全部に及んだとは言えどクラウシュベルグ男爵の行為は妥当であろう」

「まぁ、そうだ、行為自体はな」


 かちゃん、とスオウの持っていたフォークが皿へと置かれた。

 塩山、塩の配給は国の利益に直結している。それを隠蔽すればどうなるかなど理解していない筈が無い。だからこそハイム子爵は抵抗したのだろう。クラウシュベルグ男爵を甘く見ていたというのもあるだろうが。


「クラウシュベルグ男爵は貴族家系ではない、商人出身だ。そんな彼が貴族を討った、それもあっさりと、な」

「……む」


 今度はリリスが思案する。スオウの隣に座るスゥイはその意味を理解したのだろう、あぁ、と軽く呟いた後答え合わせをするかの様にスオウへと告げた。


「貴族が持つ権力が弱まっているのではないか、という考えに捕われない為に、絶対的な力を持つ加護持ちが貴族側にあるのだ、という事を示すという事ですか?」


 返事は頷きだった。

 それ以外にも理由はあるだろう、だが大本にはそれが有ると考えられる。


「勿論王家の権力を示す事、セレスタン辺境伯に対する釘を打つ事、現在カナディルが所有している加護持ちの力を確認する事は当然として今の時期にやる、というのはそう言う理由だろう」


 そう言ってスオウは空になった食器を持ち、キッチンへと向かっていった。

 不満げなリリスと困惑気なブランシュを残し、そんな彼女達二人を見ながらスゥイは軽くため息を付いてリリスへと告げた。


「と、なりますとリリス様は絶対に負けられない訳ですが……?」

「……わかっている。そもそもあの様な男に負けるつもりも無い」


 僅かな間、そしてふん、と鼻を鳴らしいまいましげに告げたリリス。彼女は少しだけ宮廷から離れられると思っていたのが所詮幻想に過ぎなかったのだと理解でき、少々不機嫌になっていた。だがそれもやむを得ない事だろう、正直な所王族として生まれた上に加護を持つ彼女に取ってそれは義務だ。それから逃げる事は出来ない、そんな事はわかっていた。


 力を示すという事ならば簡単だ、元々気に入らない相手を叩きのめすのだからより不満は無い。だがしかしリリス自身はこの加護という力に感謝している訳ではない。それは現在も続いている姉の状況からして理解できる様に、どちらかといえば憎んでいるとも言えるのだ。しかし、今この力で姉の役に立てる可能性があるというのならばそこに不満等無い。


 リリスは机の下で軽く手を握りしめた、決意するかの様に。


「(姉上……)」


 目を瞑る、思い出されるのは懐かしい記憶。宮廷にはびこる陰険で醜悪な手から守ってくれていた姉、年齢で言えば今の自分と変わらぬ姉がどれだけの苦労をし、どれだけの辛酸をなめ、どれだけの苦渋を飲み干し自分を守って来てくれたのか。知らなかった、ずっとずっと知らなかった、姉が居るからこそ自分が居るのだと理解できたその時まで、ずっとずっと自分は愚かであり続けたのだから。


「(姉上の為ならば加護の力、存分にッ!)」


 パリ、と紫電が走る。その様子をスゥイはやや目を細め、無感情に見つめていた。


 ○


 リリス・アルナス・カナディルはカナディル連合王国の第三王女であり、加護持ちである。

 加護は5階級、迅雷のロルヴェである。


 カナディル連合王国に生まれながら体に鎖を刻まれなかった特異な存在と言えよう。実際はアルフロッドも同様であるため彼女だけが特異という訳ではないが、アルフロッドと違い、王家に生まれながらもその鎖を付けられなかったという意味でそうであると言えた。


 リリスは知らない事であるが、彼女がその力を制御できるまでに消費した刻印による封印符は数百枚に及び、また数名の使用人が腕に火傷を負い負傷していた。

 とはいえ望まれた加護持ち、さらには王族だ、その事に文句を言える者が居た訳ではないのだが。

 


 そんな状況、リリスが生まれて三ヶ月目、彼女の姉、ルナリアは漸くリリスに会う事が出来た。その体はやせ細っており、顔色も酷かった。当然だルナリアは全身に刻まれた呪刻印により最初の1ヶ月は激痛と傷による発熱によってベットから動けず、次の1ヶ月は消費し尽くした魔素の回復と歩けるまでの体力を戻す事に費やし、そして最後の1ヶ月はリハビリであったのだ。だがそれでもルナリアはここに来た、それはもはや執念にも近かった。


 一番最初にルナリアがやったことは何も知らずに寝ているリリスの首を絞めた事だった。三ヶ月、生まれて三ヶ月に過ぎないリリス、加護持ちとは言えど危険である事には違いない。だがしかし生後間もないとは言えど加護持ちは加護持ちであった。首を絞めた数秒後、リリスはもはや本能とも言える様な反撃で周囲に雷撃を放ちルナリアを吹き飛ばした。腕の皮膚が弾け、頬が焼け、髪が焦げ、壁へと叩き付けられる。それでもルナリアは悲鳴一つ上げなかった。ただ笑っていた、泣きながら笑っていた。


「あぁ、あぁ、リリス、私の愛しい妹」


 ぽたり、ぽたりと血が滴る。床に広がる血、落ちた体力でそのダメージは既に耐えられる物ではなく床へと崩れ落ちるルナリア。

 じわり、と涙が浮かぶ、ぎしり、と噛み締めた唇からは血があふれ、そして漏れ出る様な怨念の声は床に染み込んだ血へと流れた。


「いつか、……いつか殺してやる、こんな国、滅んでしまえばいい!」


 もはや執念だけが篭ったその声は駆けつけた使用人に聞かれる事は無かった。

 リリスとルナリアの不可思議な関係はここから始まる事となる。

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