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月蝕  作者: 檸檬
2章 魔術学院編
45/67

幕間 温もりを求める道化は今日も薄氷の上で踊る①

ご迷惑をおかけ致しました。

修正版アップです。内容は劇的に変わっている訳ではありませんが、エーヴェログとかの襲撃時間は無しで、視点もスオウではなくスゥイになってます。

最初の方はそのままなんですっとばしでもおけーですよ。


 Vision without action is daydream. Action without vision is nightmare.

 行動のともなわないビジョンは、ただの白日夢。ビジョンのない行動は、ただの悪夢。


 幻星歴1040年 冬


 抜ける様な青空、しかしその気温は低く、暖房でもある暖炉に焼べる炭によって各々の屋根の煙突から煙が上がっている。

 当然学院の寮も含め、研究施設でも同様であるが、この魔術学院はそれらを一部魔術で補っているため、一般的な町並みよりはその煙は少ないだろう。


 そんな学院から出る馬車が一つあった。


 出る際に大分揉めに揉めたがどうにか落とし所を見つけたとも言えるその一行、いや二人はスオウ・フォールスとスゥイ・エルメロイの二人だった。


「……」


 不機嫌、という訳ではないが複雑な心境の為、学院を出て来たスオウは馬車に乗ったっきり黙りだ。手元に有る本を読み続けているが、果たして頭に入っているかは定かではない。帰省の馬車、学院が冬期の休みに入った為、各自帰省する者は帰省していた中、スオウは学院に残るつもりだった。


 尚、リリスはルナリアの元へ、ブランシュは報告へ、アルフロッドとライラは滞在を選び、シュシュやカーヴァイン、ロッテも同様。

 そも、この時代帰省だけでも相当な額が掛かるのだ。そう簡単にほいほい帰れるものでもない。当然その疲労も含めて。


「思ったより学院側の対応も緩かったですね」

「……カリヴァがハイム領を落としたからな。正式に“そういう事”になった。文句も言い用が無いだろう」


 僅かに遅れて返す返答。

 危険人物認定された事には間違いなく、都度都度監視らしき教師が視界に入る事が多い。スオウもスゥイも寮に居る以外は図書館か、講義室程度であり、後は食料の買い出しが精々な所、監視者にとってとてもやりやすい相手とも言えるだろう。


 リリス王女は表面には出して来ては居ないが、確実に疑っており、毎日食事に来るという名目で探っている。ブランシュも同様だろうか、表面上だけの歪な付き合い、そんな状況に僅かに自嘲が浮かんだ。


 単に、他に居場所が無い、という可能性も無いとは言えないが……。

 年頃の女性、お姫様扱いされる事に嫌悪感を覚えるのだろうか。姉の犠牲のもとで成り立っている自分の力、それを崇められる事に嫌悪感を覚えているか。哀れな少女と言うべきか、はたして……。


 思考が横道へと逸れた所でスゥイが問いかけて来た。


「退学という可能性も考えたのですが」

「魔弦が確認できた、理由が出来た以上大事にはしたく無いだろうさ」


 まぁ、既に大事と言えば大事ではあるが、との言葉は押し殺す。


「結局は逃げられましたけどね」


 死者こそゼロではあったが、魔弦を追走した教師陣は全て倒された。スゥイが宝石を打ち込んだフランクと名乗った男も同様に逃げ切られた様で学院としては顔に泥を塗られたも等しい。その状況でキルフェ・ハイムに責任を擦り付けられそうなのだ、態々蒸し返す筈も無い。


 なんせ、追い払ったスゥイ一人より、学院側の方が弱いという事を認める様な物だから。


「アルフロッドも相当疑っていましたが、どうするのですか?」

「さぁ、どうするかね」

「加護持ちの揉め事には割り込めませんので」

「元から期待していないさ」


 苦笑を浮かべ本から視線を外し外を見る。

 紅葉の時は過ぎ、枯れ葉が街路に落ちている。今年は雪が降るかどうか、肌を刺す様な冷たい風で意識が覚醒する。ガタガタと揺れる馬車の中、同じ様に揺れる視界の中で思考に沈む。


 カリヴァ・メディチ・クラウシュベルグが用いた銃は“思ったより”波紋を呼ばなかった。それが良い事か悪い事かは別として、当然カリヴァに直接交渉、あるいは探ろうと潜入した者は相当居た様だが、総合的に見ると予想より少なかった。それはこの世界に蔓延している魔術主義とも言える考え方だろう。


 魔術程利便性の高い物は無く、それ以外の技術は劣っている。コンフェデルス連盟に真っ向から喧嘩を売っている様な話だが、コンフェデルス連盟とて純粋な科学技術は無かった、どこかに魔術技術を用いているのは明白なのだから。

 蒸気機関でさえ揉めている現状ではその程度のモノなのかもしれないな、と内心ごちたスオウは目をやや伏せた。


「(敵国にさえ伝わらなければ有る程度は良いだろう。この世界では銃とて万能ではない)」


 上位の騎士や傭兵、冒険者になれば所詮火縄銃に毛が生えた程度のミニエー銃では下手をすれば身体強化だけで弾かれる可能性すら有る。勿論生身ではなく鎧を着込んででの話だが。アリイアに至っては下手をすれば弾を切り捨てるかもしれない、人外魔境ここに極まれりである。


「(アンチマテリアルライフルでも作らないと加護持ち相手であれば勝負にすらならないな)」


 それでも果たして勝負になるかどうか不明では有るが……。


 戦争は数だ、物量こそが勝利を左右する最大の要点だ。しかしそれを覆すのが加護持ち、この世界にはそれがある。

 加護持ちの存在が有るからこそ、銃に対する注目度が低かったのかもしれない。が、しかしだ、一般兵を殺戮できる武器というのは有用だ、国を動かしているのは加護持ちではなく普通のヒトなのだから、武器としては十分。しかし……、


「(帝国のトップは加護持ちで占められている、さてはて、どうしたものか……)」


 思考をやめ、本へと視線を戻した。現状では情報が足りなすぎる、故に結論を出すのも早すぎる。

 どちらにせよ科学的なアプローチだけでは限界が見えているのだ、その為それ以外のアプローチ方法を持つ者を欲した、その者は既にクラウシュベルグへと軟禁済み。カリヴァが居ない間に交渉と言う名の強奪を済ませてしまった方が良いだろう。


 ハイム元子爵領の領地整備で大変であろうカリヴァを思い笑う。その笑みにスゥイが気付いたか、怪訝な表情で声をかけて来た。


「何が面白いのですか?」

「……いや、他人の不幸は蜜の味、という言葉を、な」

「貴方らしい言葉ですね」


 冷ややかな視線を向けられたが気が付かぬ振りをして視線を逸らす。

 女心と秋の空、もはや外は冬の寒空では有るが、コロコロと変わるスゥイの態度に付き合っていたら身が持たない。その理由を大凡理解していたとしてもスオウは特に干渉するつもりもなかった。それは自分の考えが予想に過ぎないという事から来る考えなのだが。しかしそれがまたスゥイにとっては苛立たしい理由の一つともなっていた。


「……貴方の母親に会うのが楽しみです」

「……」


 やり返した、とばかりに笑みを浮かべるスゥイにスオウは苦虫をかみつぶした様な顔になる。

 スゥイが自分の家に帰りたがらないであろう事は予想していた。今までの付き合いから、そもそも最初にスオウが選択を与えた時に付いて来た時点で、現状がとても生きやすい場所ではなかったのだと理解できるが為に。


 そしてスオウは実家に帰るつもりは無かった、帰省するつもりは無かった。大事な事なので繰り返す事になるが、スオウは帰るつもりは無かったのである。

 理由は言うまでもなく、後ろめたい事が有りすぎて隠し切れない可能性が高すぎる為だ。矛盾した自分の行動、両親を大事に思いながら、スオウ・フォールスとしての孝行を望みながら、●●●●のしていることは危険な綱渡り。


 しかしそれが悪い結果ばかりではない事はスオウ自身も自覚している。


 例えばカリヴァ・メディチと組んだ事。


 それによって常に安穏とした生活からは遠く果てしない場所へと立ち、魑魅魍魎が跋扈する世界へと片足を踏み込んだ。

 しかしながら、カリヴァ・メディチが力を持っていなければ、カリヴァ・メディチが力を持ち、当時の領主、オロソルの発言権が高まっていなければクラウシュベルグはどこぞの貴族に擂り潰されていただろう。加護持ちを独占しているという適当な理由を付けて。


 たら、ればの話に過ぎないが、それでもスオウは自分を正当化させていた。

 それが自己弁護に過ぎない事を理解して自分自身に自嘲の笑みを浮かべながら。


 ――兎も角。


 以前はそれなりに理由はあった、が、しかし学院で起った事は少々趣が異なる。

 禁書エリアを望んだ事、キルフェ・ハイムを殺した事、そして……アイリーン・レイトラを攫った事。

 どれもがスオウの、●●●●の意思を色濃く示した行動だ。


 だからこそスオウは少々、いや大分自身の母親、自分の家族に会う事に拒否感を覚えていた。


 ――自身が揺らぐのを嫌ったが為に。


 だがそれでいてスゥイに対して温もりを知らせたかったという感情も有った。

 得体の知れぬ子供スオウに対して温もりを与えてくれた両親であったからこそ。


 家族を教えてあげたかった。

 暖かさを教えてあげたかった。


 同情か、あるいは贖罪か……、せめてもの逃げ道を作りたかったのか。

 下らなすぎるその感情に蓋をして、錠をかけて、しかし僅かに漏れ出た言葉、スオウはぽつり、と呟いてしまった。


「お前が行きたいのなら、まぁ考える」と。


 後から考えれば馬鹿らしいにも程が有る。子供じゃあるまいし、何を言っているのかと。

 言った瞬間苦々しげな表情で視線を逸らしたスオウ。だがスゥイはそれに応じた。


 苦々しげな表情を浮かべたスオウに対抗する為か、単に気まぐれか、あるいは嫌がらせをしたいだけか、予想はいくつも有るがどうせ考えた所で当たる筈も無い事。スゥイの返事にスオウは軽く目を伏せて「そうか」とだけ答えた。


 結局の所、それでよかったのではないかという思いも有り……。――しかし、中途半端なのには変わりが無いのにな、と思いながらも。


 そんな訳で、複雑な心境とともにスゥイが同じ馬車の中に居るという訳である。


「そういえば」


 回顧の最中、スゥイが呟いた。僅かに視線をずらしてスゥイを追う。彼女は幌の隙間から外を見ていた様でこちらを向いて喋った訳ではなかった様だ。

 スオウがスゥイを向いた事に気が付いたか、外に向けていた視線をスオウへと向け、問うて来た。


「私はなんて紹介されるのですか?」

「……まぁ、恋人、か?」


 片眉が僅かに歪んだのをスオウは自覚した。同時にスゥイは冷たい笑みを浮かべる。


「では私もそう振る舞えば良いので?」

「学友か友人でもいいぞ」


 今度は吐き捨てる様に言った。


「いいえ、恋人でお願いします。是非に」

「何か企んでいないだろうな」

「そんな事は有りません。とても優しくて頼りがいの有る恋人だと貴方の母親に紹介すれば良いのでしょう? むしろ私程度が隣に居て本当に良いのか心配です、えぇ、本当に」

「……好きにしてくれ」


 その言葉、対する彼女は手の甲を口に当てて笑った。我慢が出来ないとばかりに。

 珍しく声を出して笑う彼女を怪訝な表情で見るスオウだが、直にやめた、いい加減倍以上年が離れている女性に振り回されるのは勘弁して欲しいのだ、と。

 額に手を当て溜め息を吐く、いつもの仕草だ。読めない事はいくつも有るが、女心だけはわからん。予測は出来てもその程度。


 はぁ、ともう一度スオウは溜め息を吐いた。

 スゥイはまだ笑い続けていた。


 ○


 馬車に揺られる事数日、たどり着いた場所は“駅”だった。物々しい警備のヒトか闊歩するその最中、裕福そうな貴族のヒトや、成功を収めたのであろう商人等がその駅の中へと入って行く。そんな中歩いている子供二人、スオウとスゥイ。物珍しいのだろう、不躾な視線を感じながらもスゥイはその光景にやや驚きを持って周囲を見渡していた。

 レンガ造りの駅の構内は、極東の駅であるが為か、それほど大きいという訳ではない。だがしかし“現在”の終点でもあるこの駅は中継点の駅に比べれば大きい。未だ工事中の所も有る為、一部白い布(泥や埃で裾が汚れてしまってはいるが)で覆われているけれどもそんな事が気にならない程度にこの場所は活気に溢れ、目新しいものが目についた。

 まだ新しいカウンターへと貨幣を数枚スオウが投げた。交換で切符が出て来る。何処から何処まで、を記載されたその切符をスゥイはスオウから受け取り、そのやや硬めの厚い小さな紙切れをしげしげと見つめた。


「以前思ったのですが、複製される可能性もあるのではないですか?」

「あぁ、まぁ無いとは言わないがその辺の刑罰は周知させるようにしてるし、何よりこの紙切れ一枚作るのより乗車賃を払った方が安い」


 ひらひらと切符を振りながら告げるスオウの横顔をちらりと見てその意味を理解する。大量に生産し、配布しているからこそできる事であり、個人で一枚二枚作る程度では採算が合わないという事だろう。切符自体には右下と中央に特殊な文様が描かれており、それすべてを毎回チェックしている訳ではないだろうが刑罰のリスクを考えれば妥当な所なのかもしれない。

 

 ルナリア王女が開発した蒸気機関車、この蒸気機関車は国営である。故に、この切符を偽装する行為は脱税と同等なのだ。いくら乗車賃が高いからと言えどそのリスクをおってまでする事ではない。無いとは言わない、というスオウの言葉は有る意味皮肉も入っているのかもしれないとスゥイは一人嘲笑した。


 列車は木造と一部鉄を使用したもの。緑と赤のラインが外装に引かれ、カナディル連合王国の紋章が一車両ごとに記載されている。国営であるという事を国民に訴えているのか、自国の物であるという虚栄心の現れか。どちらでもいいか、とスゥイは乗車口から中へと入った。金属の手すりを持ち、ややひやりとしたその感触を味わった後、切符へと記載された席へと向かう。自由席、と呼ばれる席が決まっていなく好きな所に座れる切符と指定席と呼ばれる決められた席へと座れる切符があるのだが、今回スオウが買ったのは後者だった。帰省のため混雑するこの時期、指定されたヒトしかその車両に入れない指定席の切符、有り難い事は間違いない。

 金は使う為にある、というスオウが告げた言葉の通り言うまでもなく後者の方が圧倒的に高いのだが、自分の金ではないのに偉そうに言うスオウにやや苛立ちを感じた事は間違いない。


 指定席の車両へと着くと入り口に警備のヒトが一人、それぞれの切符を拝見し中へと入れていた。中には既に数名座っている乗客が見え、ここでも子供二人が入って来た事にやや驚きの表情を持って出迎えられた。警備のヒトを見習って欲しい物だ、彼は眉一つ動かさず職務を全うしたというのに。そもそもが基本的にスオウと行動していた時、学院以外ではアリイアさんが同行していた為にヒトの視線は自然と集まって来ていた。自分自身もそれなりに見れた容姿であるがためにその辺りは理解している。

 自分で言うのもなんだが美人二人を侍らして、という殺意の視線も有っただろう。ただ、隣でやや目を細めて大きな鞄を肩に背負っている男にはそんな事はどうでもよく、利用できるかできないか、その二点でしか世界を見ていないのだろうが。


「(自分も同じか)」


 ふ、とスゥイは笑った。その笑顔がとても美しく、スオウとスゥイを怪訝な表情で見ていた他の客がその顔に目を奪われる事となるのだがスオウは兎も角スゥイは気が付いていなかった。


「ここか」


 スオウの声で我に返る。止まった場所は二人掛けの椅子。この車両は二人掛けの椅子が等間隔に置かれており、その幅はとても広い。これが自由席になると両端に二人掛けの椅子が置かれ、さらに前との隙間もこの半分以下だというのだから驚きだ。だがその金額の差は半分ではない、これは貴族に対する配慮とも言える。一般庶民と同じ所に乗れるか、という感情。スオウに言わせてみれば金儲けの理由を向こうが作ってくれているのだから最大限活用しようじゃないか、という物。


「(がめつい……)」


 思っても口には出さない。それを言うと本人は少し笑って、「そうだな、狡猾と言ってくれ」と告げるのだ。その時の顔が笑みを浮かべた表情で意地でも言ってやらないと決意するには十分な物だった。


 列車は数駅挟んでクラウシュベルグへと向かう。将来的には中央都市ヴァンデルファールへ繋げる予定との事だが首都まで接続するという話は聞いていない。ルナリア王女はどうやらそれを望んでいる様だが、スオウの考えは別に有る様でその話になると自然と話が移り変わる。その辺りの話術は見事な物で、だが同時にその秀逸さが故にルナリア王女には何かが有るのは読まれているのだろう。スオウの事だからそれすらも予定のうちなのかもしれないが。


 ハイリスク、ハイリターンが好きなスオウの事だ、どうせろくでもない事を考えているに違いない。


「どうしようもありませんね」

「どうした?」

「いえ……」


 まさか自分もそれを楽しんでいるなんて事は、言えない。

 眉を顰め、スオウの視線から逃れる。窓から見える景色は馬車から見る景色とは圧倒的に速度が違う。スオウが言うには3倍以上だとの事だが、これは襲撃に備えている事も有る為で実際はもっと速度が出るとか。さらに将来的にはより速い速度を目指しているらしい。

 速度速度とは言うが、それ以外にも対処しなければ行けない事はあるだろう。まず蒸気機関車のダイヤは良く乱れる。最近はそうでもなくなった様だが普及当初はその遅延の為苦情が多かった様だ。直に対策されたその対応は非道とも言える襲撃者の晒しでもあったが、迷惑を被った商人、貴族はそれを嬉々として歓迎した。

 狭い車内での鬱憤、動けない事に対する不満、襲撃者も誰かに雇われただけであろうにその末路は哀れな物だった。一時前までは襲撃の多い駅でその首が晒されていた程なのだからその対応は想像に容易く無い。


 二つ目の領地を超えて蒸気機関車は進む、途中途中で車内のヒトは入れ替わり、立ち替わり、だがスオウとスゥイは変わらずその場所に座る。クラウシュベルグは遠い、最西端なのだから当然でもあるのだが、それにしたって遠い。途中気分転換に一度停車時間が長い駅で車両を降り、空気を入れ替え、食事をとり、としていたがそれでも時間はかかる。学院から持って来た本を読みながらスオウを見た。

 スオウは本を読んでいた、彼は本を読んでいる事が多い。というより四六時中本を読んでいる。しかも読んでいる本が毎日変わるという謎の現象まで起っている。あの分厚い本をなぜ一日で読めるのかという疑問も当然だが、その内容を理解している、記憶しているスオウには毎回舌を巻く。それを表に出す事は無いが。

 

 知識が有るだけでそれを活用できなければ意味が無い、知識量に対しての活用レベルだけでみればスゥイには負ける。とスオウは以前言っていたが果たしてどう言う意味だったのか、謀では年齢以上の物を、単純な戦力でもスオウはアリイアさんに拮抗する。異常だ、まともなヒトでは無い。着やせするためかやや細身のその姿は実際は引き締まった筋肉であり、その腕から繰り出される一撃はヒトの脳髄を軽々と砕き、散らす。

 そう言えばジルベール・バルトンの従者だった男も軽々と担いでいた。魔素による身体強化をしていただろう事は間違いないとはいえ、さらに食材までもっていた。


 スゥイの眉間にまた皺が寄った。体調が悪い所を強引に巻き込まれたのを思い出したのだ。あれとてリスクの高い勝負だった。帝国の間者。しかもスオウからは捕らえなくて良いと言われ、時間稼ぎだけで十分だと言われ、挙げ句に血まで吸わされて。


 ぱらり、と紙が擦れる音が聞こえた。

 隣のスオウから聞こえた音だ、やや恨みがましげな視線を送り、自分の持つ本へと視線を戻す。全然頭に入っていない。


 ストムブリート魔術学院の対応は監視で済んだ。スオウにルナリア王女との繋がりが有る事を知っている学院長としてはそれ以上の事は出来ない。スオウがリリス王女とアルフロッドの監視役である可能性も考慮してだ。現にブランシュ・エリンディレットと同行し、そして入学当初から同行しているスゥイは戦力面でツェツィーア・ハルトベル、魔弦を退ける程。予想を付けた所でおかしくは無い。そこで貴族側の失態と言う学院側としては降って湧いた様な事実、ハイム領が落ちた後その立場はより顕著になったとも言える。


「(リリス王女とブランシュもそうですが……。教師陣から向けられるピリピリとした視線だけは勘弁してもらいたい所なのですが、ね)」


 ふぅ、と自然と溜息が漏れた。

 だめだ、内容が頭に入らない。


 パタン、と持っていた本を閉じた。『魔素活用術の視点から見る魔術変換理論』、表紙に書かれたそれを一瞥したスゥイは本を鞄へと戻す。

 外を見た、寒空の外、日が落ちて茜色に染まるその景色はどこか優雅で優美で、そして悲しげであった。クラウシュベルグには明日の昼前には着くだろう。スゥイは夕食の時間まですこし眠る事にした。


 ○


 カナディル連合王国 クラウシュベルグ駅構内


 ぶるり、と身を震わせてスゥイは列車の車両から身を乗り出した。

 冷たい風が襟元から入ってくるのを避ける様に襟を両手で立て、腰までの長さの黒い厚手のコートを身を守る様に掴む。

 同時にふわり、と後ろから何かを掛けられた事に気が付いた。怪訝な表情で後ろを見ればスオウが居た。首にはやや淡い灰色のマフラーがかけられていた。


「……ありがとうございます」

「どういたしまして」


 とん、とタラップを颯爽と降りて行くスオウ。茶色のジャケットを着込み、おそらく付けていたであろうマフラーは既に自分の首に巻かれている。少しだけそのマフラーを見て、直に視線を外した。


「昼はどうするのですか?」

「自宅で食べようかとも思ったが、昼過ぎになる可能性も高かったから昼はいらないと連絡しておいた。どこか適当な所で取ろう」


 幸運にも襲撃が無く、魔獣との遭遇も無かった為予定通りの時間で着いた蒸気機関車。まれに見る幸運と取るべきか、それとも今までの犠牲の上に成り立った必然と取るべきか。今までの駅にくらべ一回りも二回りも大きな駅構内でスゥイは思う。外で立っている警備員、もとい駅員に切符を渡し、同時にその出発点の文字を見てやや驚きの表情を浮かべた男を一瞥してスゥイは先へと進む。これだけの長い距離を移動するヒトは珍しかったのだろう。だがそれを表情に出すのはどうだろうか、最初の警備のヒトを見習って欲しい物だと切に思う。


 駅から出るとそこは別世界だった。石畳の道路では無く、アスファルトがしかれ、道幅も大きく、そして等間隔に街灯が置かれている。

 ガス灯でもあるそれは夜の時間になるとそれ専任のヒトが一つ一つ確認しながら点灯していく。魔術学院の魔術光を使用して照らされる街灯も別世界を感じたが、ここもここで見慣れない物が多く有る。さすがに宙に浮いた建物は無いため、クラウシュベルグの方がまだまともかもしれない。


「少し歩くぞ」

「予定でも?」

「昼を食べると言っただろう? 丁度幼馴染みがやっている所が有る」


 そう告げて先へと進むスオウ。人ごみをすり抜ける様に歩くその仕草はどこかアリイアさんの動きを彷彿させる。同様にヒトの合間を縫って歩く。

 これが私でなければ人ごみに流されて大変な事になるだろうにそれに気が付いていないのだろうか、いや気が付いているだろう。むしろそうでないから放置しているとも言える。


 く、と口角が僅かに釣り上がった事を自覚した。少しだけ歩く速度を速め、先に歩くスオウの手、ポケットに突っ込まれていたそれを強引に引っ張りだし握りしめる。


「……なんだ?」

「迷子になったら困るでしょう? 貴方が」

「……」


 ギリギリと握りしめる掌、無言で訴えて来るスオウの視線を真っ向から睨み上げ、やや数秒スオウが溜め息を吐いた。

 軽く頭を振ったスオウはそのまま歩きを再開した。引っ張られる様に後を追う、そして同時に嫌悪感が襲った。何をしているのだろうか、と。

 後ろを着いて歩きながら目を強く瞑り、そして開く。既に思考はクリアになっていた。


 手は、握られたままだった。


 数分歩いたその先は木造の建物でがやがやと騒がしく、だが同時に良い匂いが外まで漂って来ておりその反響の理由がよくわかる。

 カラン、と小気味良い音を鳴らして扉を開けるスオウ。中はテーブル席が6席とカウンター席が10と少しある、少し小さめな食事所と言った所だろう。ストムブリート魔術学院に行く前に短期に寄ったときは来なかった場所だ。あの時は入学の忙しさとアルフロッドの件で何か色々と動いていたスオウの事務処理の手伝いばかりであまり動けなかった事を思い出す。


「お二人ですか?」


 思案に沈んでいるとやや年齢が上の女性に声をかけられた。給仕の女性だ。綺麗なエプロンを付け、髪を纏めて縛っているその姿は野暮ったくはあるものの仕事のできる女を思わせる表情。


「あぁ、そうだ」

「カウンター席でいいですか?」

「構わない。ありがとう」

「ではご案内しまーす。店長! お二人さん入ります!」


 大きな声、同時に厨房から野太い怒鳴り声が帰って来た。明らかに客商売に適した態度とは言えない。だがその声に隣のスオウが苦笑する。


「相変わらずだなぁ」


 クツクツと笑うスオウは機嫌が良さそうで、まさか声の主が幼馴染みなのだろうかと一瞬思うが声からして年齢は倍以上上だろう。そんな事は無いと考え直す。

 案内されたカウンター席へと座ると同時にメニューをスオウが投げて来た。


「スオウは?」

「もう決まっている。ちなみにお勧めはパン類だな。元々パン屋だったんだここは」

「それはまた随分と変わったのですね」

「まぁ元々軽食もだしてたからな、けれど忙しさは前の比ではないだろうどうやら新しい子も雇ったみたいだし」


 貴方の年齢で彼女を子扱いはどうかと思うのですが、とは声には出さない。


「スゥイの好みからすればフィッシュエルブのサンドウィッチはどうだ? 茶葉も良いのが入って来ているからミルクティーも悪く無いぞ」

「メニューくらい好きに選ばせて下さい。というか黙ってて下さい」


 ギロ、と睨んで黙らせた。苦笑を浮かべるスオウに腹が立つ。

 数秒悩んだ後、決まりましたとスオウに告げて店員を呼ぶ。


「どうぞ」


 手で先を促される。チ、と舌打ちしなかった自分を褒め称えたいくらいだ。


「……フィッシュエルブのサンドウィッチと、……ミルクティーを」

「マカロニグラタンとレモンティーを。ティーは食後で良い」

「……そう言えばグラタンもクラウシュベルグは発祥でしたね」

「あぁ、まぁそうだったな」

「……」

「……」

「……なんか言って下さい」

「笑ったら怒るだろ」

「当然です」


 まったくもって悔しい事に食事はとてもおいしかった。好み的な意味合いでも。


「久しぶりスオウ君、帰省かな〜?」

「あぁ、久しぶり。以前は殆ど滞在できなかったからね。年末はこっちでゆっくり過ごそうと思って」


 食後のミルクティーを楽しんでいた所でスオウがカウンターから声をかけられていた。赤髪の女性だ、女性らしい体形で顔もかわいいではなく綺麗系と言えるだろう。片手に恐らく食後であろう汚れた食器を持ちながら、いや今奥の調理場へと渡したから既に持っていないがにこやかな表情を浮かべてスオウの傍へと来る。

 同時にそれは自分の傍へ来ると同義でもあるのだが、その赤髪の彼女は自分と視線が合うとにんまりと笑みを作り、スオウの耳へと口を近づけ何事かを囁いている。それを聞いたスオウは笑い、「さぁ?」と答えた。


「スオウ、紹介をして頂けると助かるのですが」


 視線にやや刺が入ったのはやむを得ないだろう。この状況で話された内容等推測する事は簡単だ。そしてそれを否定しないスオウを予想する事も簡単だ。


「あぁ、彼女がさっき伝えた幼馴染みだよ。この店の一人娘でもあるアイナ姉さんだ。アイナ姉さん、彼女はスゥイ、スゥイ・エルメロイ。学院の同期だよ」

「初めまして、スゥイ・エルメロイと申します」

「初めまして、ご紹介におあずかりましたアイナ・ロレンツァです」


 椅子に座りながらであるが、軽く会釈をして挨拶を交わす。柔らかな印象を与える女性だ、スオウも彼女の様なヒトが好みなのだろうか。いや、この男そもそも近づいて来る女性全てがハニートラップだとでも思ってそうだ、そういう観点から物事を考えていない様な気がしなくも無い。そもそもそれを理解して利用するだろう。


「スオウ君リーテラちゃんとロイド君には会った?」

「いや、まだだけれども」

「早めに会っておいた方が良いわよー。ロイド君はともかく、リーテラちゃんは何時帰ってくるのか毎日の様に聞いてたみたいだから」

「……母さんには悪い事をしたな」

「そう思ったらこんな所で油売ってないで早く帰りなさい」

「そうするとしよう」


 丁度ミルクティーも無くなったタイミングだった。恐らくそれとなく見ながら話を調節したのだろう。流石は客商売だと僅かに感心するスゥイ。

 チャリン、とカウンターの上に硬貨が置かれ席を後にする。


「スオウ支払いは」

「構わないさ、全部俺が出す。そもそも」

「俺の金じゃない、ですか?」


 返答は苦笑だった。とはいえ恐らくスオウ自身が稼いでいる金も入っているだろう。スオウが作る刻印武具等の道具類は高く売れる。その秀逸さと華美でないながらも堅実な作りはそこそこ学院で人気を取っている。スオウが作者であるというのは誰も知らないだろうが。


「デートの時くらい奢らせてくれ」

「貴方の金では無いのでは?」

「そこはほら、見なかった事にしてくれれば良いさ」


 ひらり、と手を差し出される。

 怪訝な表情でスオウを見た。


「迷子になったら、困るだろう。俺が」

「そうですね、迷子になったら困ります。貴方が」


 手を握った。

 今度は握りつぶさんばかりに握りしめる事は無かったが、軽く添えるだけのそれはどこか暖かさを感じる。

 微笑ましげに見て来る通行人、人ごみをまた縫う様に歩き、そして見えて来たのは邸宅だった。フォールス邸、クラウシュベルグでも有数な商家の一つ。


 クラウシュベルグ男爵傘下の一つの家。


 門の前に立つ警備の男へと声をかけるスオウ、ややあって奥から黒髪の女性と緑色の髪の女性、そして10歳程の小さな女の子が走って近づいて来る。

 微笑ましげに見るスオウは少しだけ早く歩いていた。恐らく本人は気付いていないのだろう。


 手は既に離れていた。

 けれど、マフラーはそのままだった。

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