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月蝕  作者: 檸檬
2章 魔術学院編
34/67

儚き幻想血に染まりて地に伏せる13

 The door of opportunity is opened by pushing.

 チャンスの扉は押す事によって開く。 

 

 アルフロッドが寝泊まりしている所はスオウとは違い、一フロアに数名の生徒が寝泊まりしている。

 とはいえ、加護持ちであるアルフロッド、学院の教師が対応しやすく、尚かつ同フロアにいる者はアルフロッドと同じチームの者で固められていた。


 そも、この寮もアルフロッドがチームを決めてから部屋替えが有った程だ。

 カーヴァインやロッテはその意味を何となくだが推測しており、アルフロッドも流石にココまで露骨にやられれば気が付かない程愚かでもなかった。

 カーヴァイン、ロッテ、そしてシュシュ、入学早々引っ越ししなければならなかった3人に謝罪するアルフロッドだったが

、前の部屋より上等な事も有り、そして彼ら3人はそんな事を気にする様なタイプでもなかった。


 多少の一悶着は有ったものの、取り敢えずは学院生活を全う出来そうだ、と思っていた矢先。先日ライラの暴発騒ぎが起る。


 アルフロッドとて加護持ちである。魔素の揺らぎくらいは解っている。あれが異常な現象だという事も解っている。

 隣を歩くライラに気が付かれない様に、内にふつふつと沸き上がってくる怒りを押しつけライラへとアルフロッドは声をかけた。


「大丈夫か? あまり無理はするなよ?」

「はぁ……、大丈夫だってばアル君。朝から何回目だと思ってるの? 怪我も何も無かったんだから大丈夫だってば」


 そうは言ってもだな、とアルフロッドは喉まで出かかってやめた。

 これ以上は確かにしつこすぎるだろうと思ったのも有るが、見上げてこちらを見てくるライラにやや呆れた色を見たからだ。

 どうやら本当に大丈夫な様だが、昨日の件は本当に肝が冷えた。


 一瞬にして魔素の量が高まり、暴発。何とかライラが地面へ叩き付けられる前に手が届いたからよかったが。


「ごめんね、失敗しちゃって」


 へへ、と笑うライラにアルフロッドは眉を顰める。

 あの後騒然とした広場でひそひそと話している声が聞こえていたのだ。あの程度で失敗するなら私の方が相応しいんじゃないのか、という声。それはアルフロッドの一睨みで静まった事だが、ライラにとってはアルフロッドに助けてもらったという事からまた現実へと引き戻される様な冷たい声だった。


「気にすんな、つーか、俺もできてねーし。出来てたのはシュシュくらいだろ? カーヴァインも、ロッテも駄目だったらしいしよ。これからこれから」

「うん、ありがと」


 力なく笑うライラにアルフロッドは頭を掻いてため息を吐きそうになる。

 何かアドバイスが出来れば良いのかもしれないが、生憎とアルフロッドはその方面に詳しく無い。そして詳しい相手を知ってはいるが……。


「……スオウに、聞いてみるか?」

「え……? う、ううーん……。迷惑じゃないかなぁ」


 僅かに逡巡し、聞いてみる。

 しかし対する彼女は目を合わせず、答える。どこか挙動不審だ。

 有る意味トラウマでもあるスオウ、気持ちは解らないでも無い。むしろ一言目で断らないだけライラもかなり出来なかった事に堪えているのだろう。

 ならば、とアルフロッドは自分の感情だけでスオウと接点を持たないのは問題だろうと考えた。

 そしてライラを安心させる様に笑い、頭に手を置く。


「大丈夫だ、アイツの事だから丁寧に教えてくれるさ。あんま深く考えんな、なんかあっても俺が守ってやるさ」

「……ありがとう」


 俯いて答えるライラの頬が赤く火照っている事にアルフロッドは最後まで気が付かなかった。


 ○


「え? スオウが来てない?」


 基礎講義の時間教室に入って直ぐにリリス、は苦手なのでブランシュへとスオウの場所を聞いたアルフロッドは驚きに目を開いた。

 いや、むしろ今まで距離を取っていたアルフロッドが今日になってスオウの行方を聞いて来たのでブランシュもまた驚き目を開いていたりしたのだが。


「そ、そうか……、いや、すまんありがとう」


 ぽりぽりと頭を掻きながら礼を述べて下がるアルフロッドにブランシュは最後まで不審気な目を向けるが、アルフロッドはそれから逃げる様にして自分の席へと戻る。というより隣に座るリリスの空気がピリピリとして来てそれからも逃げて来たというのも有るが。

 席に戻ると同時に先に座ってるライラへと声をかける。


「なんかスオウ今日休みらしいぞ」

「え、あ、そうなんだ。そっか……」


 どこかほっとした様な表情のライラにアルフロッドも同じ様な気持ちを感じていた。

 よくよく考えてみれば今更何を、という話でもある。

 嫌な方向に考えがよりそうになるのを頭を振って抑え、席へと座る。


「まぁ、しょうがねぇ。カーヴァインとロッテも交えて練習しようぜ、シュシュに見てもらえば多少は、な? 放課後時間有るだろ?」

「うん、大丈夫。ねぇ、カーヴァイン君も大丈夫?」


 そう言ってライラは隣へと座るカーヴァインに声をかけた。ロッテは生憎とBクラスの為後で確認となるが、取り敢えずはカーヴァインに、と思ったに過ぎない。しかしその返事は項垂れた様に、疲れた表情でため息を吐きながら呟くカーヴァインだった。


「あー? けっ、お邪魔じゃなければいいですけどぉー?」

「え、えぇ? な、なに? どう言う事?」

「なんだよカーヴァイン、なんか問題有るのか?」

「……てめぇらは……」

「……そろそろ講義、始まる」


 二人揃って疑問顔で問いかけるその仕草に、ピキピキと青筋を立てそうなカーヴァイン。

 それらを他所にシュシュが告げる。同時に教室に教師が入って来た。


 ○


 講義が終わり、夜も更けた時間。ライラやカーヴァイン、ロッテとシュシュを含めた自己練習を含め終わらせたアルフロッドは、夜の学院の中を歩いていた。ちなみに、結局最後までアルフロッドは出来なかった事をココに追記しておく。


 夜の学院は誰もいないという訳ではない、夜間でしか出来ない魔術も有れば、実験等も盛んに行われているため、あちらこちらの部屋には魔術の明かりが照らされており、現代社会の夜程ではないが、この世界の標準からすれば相当に明るい町並みである。まぁ、現代社会を知らないアルフロッドでは比較しようも無いのだが。


 兎も角その夜の学院、ではあるが現在アルフロッドが歩いている場所は暗闇で満たされていた。

 僅かに窓から入る月の光が廊下を照らし、しん、と静まり返ったその環境はどこか不気味さを漂わせている。


 明るく光る実験棟が有る場所とはまた別のエリア。先日の講義に出ていたものならば知っているであろうこの場所は野外講義の場所へ行く際に通る通路だった。


 トン、とアルフロッドは飛ぶ。ギリ、と廊下の天井の梁に指を引っかけて地面に付かぬ様空中を飛び抜ける。

 たまにやってくる巡回の教師を天井に張り付く様にして何度かやり過ごした後、目的の場所へとたどり着いた。


 実習機材倉庫。


 目の前に立ったその部屋の扉の上に掛けられている看板の名。

 それを再度確認した後、アルフロッドは扉を開けようとする、が残念ながら鍵がかかっていた。


「くそっ、そりゃそうか……。チッ」


 僅かに逡巡したアルフロッドではあるが、今更鍵を探す時間も無ければ手間もかかる、そもそも鍵が手に入るかどうかも不明。故に、アルフロッドは有る意味一番愚かとも言える方法を取った。


 鈍い音が廊下に響く。僅かに身体強化によって発光したアルフロッドの右手、その手は見事にその分厚い扉をぶち破り、蝶番どころか鍵穴ごとへし折っていた。


「よし」


 ギィ、と鈍い音を鳴らしながら扉が開かれる。木の破片が動くと同時にぱらぱらと落ちるが気にしない。するり、と滑り込む様に部屋へと入ったアルフロッドは目的のものを探し始めた。


 入った場所はおよそ30畳あるかないかの部屋。そこには雑多に並べられた杖や木剣、また真剣も当然ながら有り鞘に納められて棚に収納されていた。アルフロッドはそれらを一瞥しただけで目もくれず目的のものを探し出す。そして思っていたより早くその目的のものは見つかった。


 廃棄、と書かれた籠の中に放り投げられる様に入れられていた杖の破片。それは先日ライラが使用した杖の残骸だった。

 本来であれば昨日直ぐにでも来るべきだったのだろうが、アルフロッドはライラに付きっきりであり、それに気が付く事は無かった。

 籠から慎重にその残骸を取り出したアルフロッドは入念にそれを調べあげる。


 月明かりだけでは足りない、と簡単な光の魔法を放ち、視界を確保する。簡易的なものならアルフロッドも使う事が出来る。


「やっぱりかよ」


 破片はどこも異変が無い様に一見見えた。しかしながらよく見ると薄らでは有るがその杖の内側に刻まれている刻印に気が付いた。

 

「魔術刻印を刻んで、貼付けたのか……? くそっ」


 ギチリ、とアルフロッドの手が握りしめられる。刻印の意味まではアルフロッドは知らない、がこんな所に刻まれている理由など予想は付く。

 無差別だったのか? と思うがそう考えるのは早計だとアルフロッド思う。確かに訓練用の杖は無差別に選ばれるが、有る程度絞る事は可能だ、そう言えばあの時ライラは他の杖が見当たらなかったと言っていた。


「ライラを狙ったのか、なんで……ッ」


 疑問が確信に変わる。


「あの時の杖を使用していた奴ら、あいつらの中に隠した奴がいる」


 手の中の破片を一瞥し、そして、


「何だこれは、誰だッ、誰か中に居るのか!」

「(やばいっ)」


 怒鳴り声が廊下から聞こえた。アルフロッドが使った光の魔法が廊下まで漏れており、それを怪しんだ巡回の教師が来たのだ。そして来てみれば破壊されている扉、疑わない方がおかしい。

 廊下から聞こえてくる詠唱、一瞬にしてアルフロッドは手の上に浮かべていた光球を握りつぶし、周囲を見渡す。目に映ったのは窓、まさに疾風のごときスピードで駆け抜けると乱暴にそれを開け、外へと飛び出す。


「待てッ、誰だ貴様!」


 2階で有ったのが功を奏したか、そも6階くらいの高さでも平気に着地できるアルフロッドであれば関係ないかもしれないが、ものすごい勢いでその場から遠ざかる。窓から飛び降りると同時に氷の矢が飛んできていたが全て手で叩き落とした。

 後ろで教師が侵入者だ、と叫んでいるがアルフロッドを捕まえる事は出来ない。案の定、その後騒ぎで集まって来た教師陣にも風の様に闇の中に消えていったアルフロッドを発見する事は出来なかった。

 

 ○


 時は少し遡る。

 ライラの暴発騒ぎが有った日の夜の話だ。

 がたがたと震え、頭を抱えて踞る少女。

 その少女を傍らに、もう一人の少女が対面に立つ男へと怒鳴る。


「は、話が違うわ! あんなに爆発するなんて聞いてないッ、ちょっと怪我する程度だって言ってたじゃないッ!」


 対する男は眉間に指を当て溜め息を吐く。


「結果的に怪我をしなかったんだからいいんじゃないか?」


 大体こちらはそちらがやりたいというから手を貸したに過ぎないだろう。そう続けて告げる男の表情からは何も読み取れずただ淡々と喋るだけだ。下手をすれば命を奪いかねなかったあの暴発事件をただの些事として済ましている。


「ッ、これがバレたら私たちは退学よッ、解ってるの? そうしたらアンタの事全部話してやるから!」

「たかが平民が一人死にかけただけだろう? 何を騒いでいるんだ」

「学院の生徒なのよ! そんな事で済む訳が無いでしょうッ!」

「チッ」


 彼女達はただ唆されただけだった。アルフロッドと加護持ちと組むに相応しいかどうか、試してやれば良いだろう、と。

 ちょっとした悪戯に過ぎないだろうと考えていた彼女達に取って、その結果はとてもではないが受けいられるものではなかった。

 爆発とも言っていい程の衝撃、無傷だったのが奇跡と言える程の結果だ。


「もうやった事はかわらねぇんだ、さっさとやれよ。どうせお前らもアイツの事が気にいらねぇんだろ? そもそも他国の奴がカナディルの加護持ちと一緒にいる時点でおかしいんだよ」

「い、いやよ。私はもうやらないわ、やるならアンタ一人でやりなさいよ」

「ハ、何言ってんだ? 今更逃げられる訳無いだろ。もしお前がやった事がバレればアルフロッドはどう思うかな?」

「……ッ」

「さらに学院からの退学は間違いない、やるしか無いんだよお前は、わかったらさっさとやれ。なぁに、お前はあのライラとかいう女を呼び出すだけで良い。あとは俺がうまくやってやるよ」


 月明かりに照らされるその男の顔は歪んでおり、その笑みは醜悪に染まっている。


「それだけでいいの、ね……。そしたらもう私は関わらないからッ」


 震える少女を守る様に吠えるその声を聞きながら男は頷く。

 それを確認した後、少女は出て行った。

 その約束が本当かどうか等関係はないのだ、彼女達に取ってそれはやらなくてはならない事になってしまった故に。


 ○


 キルフェ・ウェル・ハイムは中央都市ヴァンデルファールから北に数日行った所に有る領土の貴族の子息であり、長男である。

 北に位置している事からグリュエル辺境伯ともそれなりに交流が有ったりするのだが、この場では割愛する。実際に交流が有るのはキルフェではなく、その父親であるが為に。


 キルフェ・ウェル・ハイムは簡単に言えば貴族主義である。少数の特権階級や優れた人物だけが政治や文化にかかわる資格が有ると考えるヒトの事を言うが、キルフェ・ウェル・ハイムはまさにそれであった。カナディル連合王国の貴族は割とそう言う者が多い。決して全員とは言わないが、優秀な者によって治められるべきだ。そして貴族とは優秀な者である、という考えが有る事は間違いない。


 そして彼に取って加護持ちとは王族であるリリス王女がそれであり、加護持ちとは特権階級と同等の価値を持つと彼は考えていた。さらにそれでいて王族であるというリリス王女はキルフェにとってまさに崇めるべき対象であり、仕える対象であり、そしてこの国を統治するべき対象だった。


 だからこそ、リリス王女がスオウ・フォールス等という得体の知れない存在とチームを組んだ事に憤りを隠せない。さらにはブランシュ・エリンディレットという没落貴族等と組むという事はキルフェにはとてもではないが許容できる範囲を超えていた。


 が、しかしだ。彼に取ってリリス王女は絶対だ。そのリリス王女が選んだ彼らを否定するという事はリリス王女の判断を否定するという事。其の為彼はスオウ・フォールスに対して粗を探し、欠点を見つけ、そこを突くしか無かった。しかしスオウに目に見えて劣っていると思われる欠点は見当たらなかった。学業が主席、実技も上位に位置し、キルフェにとって責める事が出来るのは商人の息子であるという点だけであった。


「忌々しい、あの餓鬼がッ」


 最近の彼の口癖である。そして煮詰まりつつ有る彼は次第に矛先を変えていく。最初はAクラスの他の者だ。

 そもそもがリリス王女と組めなかったのは他の連中が不甲斐無かった点に有る、とそう考えた。

 そうして矛先がズレると同時にキルフェの視界に入ったのはアルフロッド・ロイルである。

 もう一人の加護持ち、彼に取っては特権階級と言える存在であるアルフロッドは将来この国を背をって立つべき存在であり、民を導く存在でなければならない。


 なのに、だ。


「平民ばかりと組み、さらにコンフェデルスの奴が混ざっている、だと? そういえばリリス王女の方にもコンフェデルスの奴が居た。どう言うつもりだ? 加護持ちが無いから取り入ろうとでもしているのか?」


 コンフェデルス連盟は現在同盟を組んでいる。しかし国同士の同盟が心の底から信じられるものではない事くらいキルフェは知っていた。

 だからキルフェはその二人が加護持ちに接触し、何らかの謀略を巡らしているのではないのかと考えたのだ。

 決して間違った考えではない、十分にあり得る話でもある。しかしながら、それはあまりにも国の首脳陣を馬鹿にしているとも言える考えだった。そんな野心を持った連中をそも、学院とて簡単に近づけさせる訳も無く、更に言えばそれ専用にスオウやそしてスゥイ、ブランシュがいるのだが、キルフェに取ってそんな事は知る由もなかった。


「スゥイ、とか言う奴は駄目だ、スオウ・フォールスが四六時中離れず付いている。あの餓鬼が……」


 キルフェは決して認めようとはしないが、実力で敵う訳も無い事は自覚していた。

 其の為、そのスオウ・フォールスに対する敵愾心がライラ・ノートランドに対して向いていくには然程時間がかからなかった。


 ヒトは自分が敵わない相手に対して何も出来ない事を知るとそのストレスを他者の弱者へとぶつける場合が有る。

 上司に怒られたから部下に怒る、それと同じ様にスオウ・フォールスに敵わないから、友人であるライラ・ノートランドへそれをぶつける。


 ライラからすればたまったものではないのだが、そも、スオウとライラが友人であるかどうかは微妙だ。しかしながら同じクラスではない上級生である彼に取ってそれは知る事の無い情報である。スゥイとライラが友人である、という事とスオウ・フォールスとアルフロッド・ロイルが同郷であるという事から予測しただけに過ぎない。


 そしてそれを実行するにあたって都合の良い同クラスの女性を使った。

 不満等有って当然、お近づきになりたい女性は多く、結婚できれば将来は安泰と言っても良い。貴族の子女として育てられた彼女達はその立場と意味を理解している者は多い。それが何処の誰とも知らない挙げ句に他国の女に取られる等、両親にも許される訳も無く、そしてそう育てられた彼女達に取っては馬鹿にされた様なものだ。


 だから、簡単だった。


 ちょっと突いて、外から手に入れた細工された杖をライラへと渡る様にするだけ。

 ただ、予想外だったのは怪我が一つもなかった事だ。

 それをキルフェはアルフロッドが守ったのだろうと考えた。


「許せん、何故だ、何故だ何故だ何故だッ。加護持ちとは、アルフロッド・ロイルはカナディル連合王国の加護持ちだろう! 何故他国の者を守るのだ!」


 既に、籠絡されているのではないか?

 ギリ、と握りしめられた手、そして目は決意に染まる。


「あの女がいるからだ、我が国の加護持ちを誘惑する下賎な平民風情ッ。ナンナ王女様が嫁がれたからといって調子に乗るなよ貴族のいない下等国風情がッ」


 ボゥ、と辺りに淡い光が点される。

 今キルフェがいるのは学院でも殆どヒトが寄り付かないとされる下水路の傍だ。

 本来ならば閉じられている筈の錠が開けられており、魔術によるトラップも一時的に停止している。

 幸か不幸か、キルフェは魔術学院で有能な方であった。


「へへ、ありがとよ坊ちゃん。アンタが雇い主かい?」


 のそり、と出て来たのは2メートルもあろうかと思われる大男。

 髭面に顔に入った傷は歴戦の戦士を思わせるが、その雰囲気は戦士ではなく、殺し屋である。大男が殺し屋など適していないと思うのだが、それに疑問を覚える者はココにはいない。

 続く様にぞろぞろとヒトが入ってくる。合計5人、全て黒いローブを羽織っており、顔が見えるのは最初の大男だけだった。


「あぁ、そうだ。流石に俺が手を出す訳にも行かないからな、頼んだぞ」

「へへ、まぁいいですがねぇ。金の方はしっかりたのんまぁ、学院の生徒をヤルんだからよぉ」

「前払分は既に渡している筈だ。結果が確認できれば残りも全部払う」

「へっへっへ、あいよぉ、まかせてくれや。っと、俺の名前はブラッドってんだぁ。よろしゅーな、んでアンタは名前はなんつぅんだ?」

「ふん、貴様らに名乗る名などない」

「へっへ、ま、金さえ払ってくれりゃどうでもいいさな」


 くしゃり、と髭をなであげて大男はキルフェを一瞥し、色の篭らぬ目で見た後直ぐに興味を無くしたかの様にそっぽを向いて歩いていく。

 残りの4人も同様にその大男へと続いて歩く。目すら合わせず、同じヒトとは思えぬその不気味さにキルフェは僅かに後ずさるが、


「明日の晩だ、頼んだぞ」


 暗闇へと消えていく様に歩く大男の背に放つ言葉、片手を上げて答えたそれを確認する。そしてキルフェは直ぐに錠を閉じ、魔術の掛け直しをした後、また同様にその場から去っていった。


 ○


 キルフェによって潜入できた魔術学院、本来であれば実行当日に潜入できるのが一番だったのだが、“こちら”の都合で早く潜入したブラッド達は先ほどの下水溝から暫く行った物陰で止まっていた。先ほどまでのふてぶてしい態度は何処へやら、やや怯えた様な表情のブラッドはローブを羽織りながら後ろに付いて来ていた二人の“男女”へと視線を向けた。


「へ、へぇ、こんなんで大丈夫ですかね? うちらはうちらで仕事がありますんで、その姐さんは邪魔しねーでくれるとありがてぇんですが……」


 ぽりぽりと頭を掻きながら腰を低く告げるブラッド、話しかけられた相手はその仕草に少し笑いローブを取る。

 そこから現れたのはふわりと揺れる茶髪の髪、そして先ほどは暗闇でわからなかったが、月明かりの有る今この場所ではローブの上からわかる程の胸が自己主張している。何も知らぬ連中であればそこに目がいくであろうが、生憎とブラッド達はそんな事はしなかった。その彼女の本性を知っているが故に。身構えているブラッド達、しかしながら間の抜けた様な声だけが路地裏に響く。


「ふぃー、あっついッス。ローブってもっと通気性を重視するべきッスよねー」


 フードを取った彼女、ツェツィーアはパタパタと手で顔を扇ぐ様にしてため息を付く。

 やや後ろに控えている男、フランクは今日も今日とて頭痛薬が手放せなさそうな予感を感じていた。


「大丈夫ッスよー。そのライラとかいう少女はどうでもいいッス。ついでにアルフロッド君の戦力も確認してくれると私からボーナス出るッス!」


 ぐっ、と親指を立ててブラッドへと突き出すツェツィーア、しかしながら言われたブラッドは顔面を蒼白にして答える。


「じょ、冗談じゃありませんぜ姐さん。さすがのうちらも加護持ち相手に喧嘩なんか売りませんって」


 当然だろう、加護持ちに喧嘩をたかが3人で売るなんて死にたいとしか思えない。残念ッスーと呟いているツェツィーアを他所に今度はフランクが怪訝な表情をしてブラッドに問うた。生憎とフードを被っているためそれを見れた者はいないが。


「そのライラとかいう少女、アルフロッド・ロイルと親交が有るらしいが?」

「え、えぇまぁ、そうらしいですがね。逃走ルートも含めてしっかりしてますから大丈夫でさぁ、金も相当貰えますからねぇこれが終わればこんなあこぎな商売からは足を洗いますわ。カナディルじゃまずいでしょうから、帝国にでもいきますかねぇ」


 その答えに僅かに目を細めたツェツィーアに気が付かず、へへ、と笑うブラッド。


「了解ッスー。んじゃ私は私で動くッス。帰りは気にしないで良いッスよー」


 ひらり、と手を振ってブラッドから離れ、一瞬で宙へと舞って建物の屋根へと這う様に走る。

 そしてやや離れた場所でツェツィーアは後ろに続いてくるフランクへと話しかけた。


「馬鹿ッスねー。殺し屋は死ぬまで殺し屋、足なんて洗える訳がないッス。殺し屋が殺し屋を辞められる時は殺される時だけッス。そもそも加護持ちの関係者に手を出して敵地で逃げ切れるなんて思ってるんスかねー。ま、そんな事はどうでも良いとしてちゃちゃっと仕事を終わらせるッスよー」

「情報では隣にリリス王女が住んでいるらしい、加護持ちの妨害は厳しいぞ」

「そうは言ってもこのタイミングしかなかったッスからねー。あまり遅くなればカリヴァ・メディチから連絡が入る可能性があるッス。警戒されれば学院に潜入するのはそう簡単ではないッス、暫くは潜伏ッス。あのおっさんが騒ぎを起こせば自然とチャンスは出来るッスー」


 トン、と空へと舞うツェツィーア。ひゅん、と手を振ると同時にその片腕から空を走る様に白い線が走り、月の光を反射してキラリと光る。糸だ、それはやや遠くの鐘楼へとかかり、同時にぐん、とツェツィーアの勢いが増す。遅れない様に、とフランクの襟首を掴みながらだが。


「ちょ、てめぇっ。なんて持ちかたしやがる! 首っ、首が締まるっ!」

「うるさいッスー。もう夜なんスよー? 近所迷惑を考えるッスー」

「ぐぇっ、ま、ちょ、極ってる。うぐ、ぐぉっ、ツェツィッッ、〜〜極ってッ、るっ!」

「我が侭な男ッスー。スオウ・フォールスに会えるのは明日が最短ッスかねー。愛人希望のツェツィが会いに行くッスよー。待っててッスー!」


 ぺろり、と唇を舐め、微笑むツェツィーア。ぎゅん、と飛ぶ様に舞う彼女はそのまま学院のどこかへと消えていった。

 フランクがどうなったかは知らない。

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