儚き幻想血に染まりて地に伏せる10
The harder you fall, the higher you bounce.
激しく落ちる程、高く跳ね上がる。
食堂。それは皆が揃い、食事をとる場所。
食堂。それは喧噪の中に有る至福の時。
食堂。それは、面倒ごとが起る場所。
「最後のはおかしいだろ如何考えても……」
がくっと肩を落としてため息を吐いたのはこの学院で今、現在進行形で注目を浴びているヒトの一人、アルフロッド・ロイルだ。
隣からひしひしと感じる不機嫌な空気に辟易としながらアルフロッドは今、上級生の女性3人に囲まれていた。
「ねぇねぇアル君、今度の祝日遊びにいかない?」
「あ、ちょっとー、セリーナ何言ってるのよ。彼は私とフェルト領に行くのよっ」
「アンタこそ自分の実家に連れてって何するつもりよ、まだ貴族社会の事を全く知らない彼を連れて行くなんて失礼だと思うわ」
やいのやいのとアルフロッドを囲みながら次々に話しかけて、次々に牽制し合う。
アルフロッドはその状況に顔を引きつらせながら、かといって敵対行為をしてくる訳でもない為になぁなぁに言葉を濁しながら受け答えをしていく。同級生であればともかく、相手は上級生だ、下手な事は出来ないな、という思いがアルフロッドの中にあった事は間違いない。
「あ、あの俺そろそろ講義が始まりそうなんでそろそろ……」
「あら? なんの講義かしら、お姉さんが教えてあげるわよ?」
「理論式なら任せなさい、手取り足取り教えてあげる〜」
「馬鹿ね初年度で理論式なんてやるわけないでしょ。魔方陣の構成あたりじゃないのかしら?」
ここでスオウが居ればあるいは暢気なモノだと笑ったかもしれない。
だが生憎と彼はこの場に居ないし、そも、この様に短絡的にくっついてくる連中はスオウから見れば心配する必要すらないのだ。
しかし、その状況に不満を覚える男子生徒はいるであろうし、同様に声をかけにくいと思っている女生徒からも不満は出るのだが。
動かないで後悔するよりは動いて後悔した方が良いというのは何時の時代も同様だ。
だからこそ、積極的にアルフロッドとの接点を持ち、印象づけようとしている彼女達の行動は間違っている訳ではない。
そしてそういう行為まで縛り付けるのは絶対的に不可能だ。たとえライラが傍にいようと限度は有る。そも、アルフロッドは彼女が恋人だと認めていないし、アルフロッドはライラの存在の意味を明確に理解している訳ではない。
同様にライラもその意味を理解している訳ではない、が、この状況はライラにとって機嫌が悪くなるには十分な状況ではあった。
そして数十分、昼ご飯の休憩時間が終わるまで上級生の女生徒と話していたアルフロッド、カーヴァインとロッテ、そしてシュシュが呼びにきてその場は解散となったのだが。
「ぐへぇ……」
食堂で囲まれていたアルフロッドに声をかけた、もとい助けたカーヴァインは疲れた顔をしていた。
アルフロッドに声をかけた瞬間、囲んでいた女性陣からの目線が怖かったのだ。カーヴァインは正直、食堂に来た瞬間はアルフロッドをうらやましいと思ったのだがその気持ちなんて一瞬で飛んでしまった。
『もうそんな時間かー、残念っ。――チッ』
『あーぁ、じゃぁねぇーアル君、まったねー。――うっぜ』
『それではまたねアルフロッド君。――余計な事を』
後者の言葉はぼそり、とカーヴァインの傍を通った時に言われた言葉だ。食器を片付け、こちらに戻ってきたアルフロッドをカーヴァインが無言で殴ったとしても悪くは無いだろう。
「いってぇなっ! なんで俺が殴られるんだよッ」
「……身体強化で本気で殴ってその程度なのかよっ。くそ、理不尽だ! 世の中理不尽だー! ちっきしょーッ、このばーかばーか!」
じんじんと痛む拳を必死で隠しながらアルフロッドを罵倒するカーヴァイン。殴った方が痛いとはこれいかに。
その声に食堂の視線が一気に集まった事に気が付いたロッテとライラは二人を引きずって食堂から出て行く。
「……ばか?」
首を傾げて告げるシュシュ。それは間違っていない。二人とも馬鹿である。
そして講義の時間。
最近は5人揃って行動する事が増えたアルフロッド御一行様、基礎講義の時間、5人横に並び講義を受ける。
少し離れた場所にはスゥイとスオウ、そしてリリス王女にブランシュと言う女性が座っていた。
自分達から少し遅れてチームを組んだスオウは、こちらの予想に反してリリス王女と組んでいた。
これに驚いたのはアルフロッドだけではないのだが、取り敢えず今現在もあまり接点が無い。
アルフロッドがスオウとの接点を避けているのも理由の一つだが、それ以上にリリス王女がアルフロッドに対する敵愾心を消さない事、アルフロッドもまたリリス王女に対して敵意が有る為だ。突然攻撃された身としてはやむを得ないだろう。
其の為教室内はいつも微妙な緊張感が漂うのだが、もはや慣れたものとばかりに生徒達は講義を受けていた。
今日の講義は魔方陣の構築技法についてである。
教壇の上に立つ教師が目の前で実演を含めながら授業を進めていっている。
「魔方陣とはあくまで魔術を用いるのに必要な工程の一つではあります。これらの魔方陣は空間に構築したり、あるいは地面、壁等に直接構築しても構いません。専ら多いのが空間に構築して放つ方法ですがこれは自身の魔素を大気中に流し、組み立てる必要が有りますので少々訓練が必要です。勿論魔方陣の図式をきちんと暗記しておく事も大事ですね」
そう言って教師が目の前でぶつぶつと何かを呟き、自身の目の前に陣を浮かび上がらせる。
「これは簡単な魔方陣なので知っているヒトも多いかと思いますが、この様に常に魔素を配給してやれば消える事はありません。とはいえ――」
ぶん、と教師が手を魔方陣の真ん中を叩き切るように振り払う。すると溶ける様にその陣が消えていく。
「この様に魔素配給を強制的に乱されれば消えてしまいます。これは騎士希望の生徒には必須の知識です。壁、地面に直接書かれた魔方陣はその一部を破壊すれば直ぐに効果をなくしますので覚えておいて下さい。ですが実際の所先ほどの様な簡単な魔術で魔方陣を使う事は殆どありません、最上級レベルか、あるいは複数人でやるような儀式魔法を魔方陣に肩代わりしてもらう事が多いのが実情ですね。あるいは魔法、魔術が苦手な者が補助的方法として用いるか、です。では実際に魔法、魔術を使う際に用いられる方法として何があるでしょうか? えーと、そうですね、そこの貴方、わかりますか?」
ぴっ、と手に持っていた小さな杖で生徒の一人を指す。
指された生徒は席から立ち上がって答える。
「はい、一つは詠唱、次に刻印、そして破棄と……、遅延、も入りますでしょうか?」
「うーん、そうですね、大きな意味では遅延も入ります。まぁこの場合は良いでしょう。正解です」
うんうん、と頷き生徒に座る様に促して話を続ける。
「では先ほど答えて頂いた詠唱、刻印、破棄、それとそうですね遅延もご説明しましょう。
詠唱は言うまでもなく魔術詠唱の事です。魔術を使うにあたって必要な技法の一つです。殆どのヒトはこの方法を使って魔術を使用していますね。体内の魔素の方向性を決めるのに必要な手順です。
そして次は刻印、これは魔術刻印の事を指します。これは何らかの物体できれば魔素との融和度が高い物が良いのですが、それに魔方陣とはまた違う特殊な文字列を刻む事によって指定した衝撃あるいは指示によってその文字列に含まれた魔術が発動するというものですね。
破棄、はこれはそこそこ難しい技術なのですが、詠唱もせず、魔方陣も用いず、シングルアクションで魔法を発動させる方法です。これは行う事が出来ても威力が落ちたり、範囲が狭まったりするのですが、騎士希望にせよ宮廷魔術師希望にせよ、必ず必要になる技術ですので頑張ってくださいね。そうですね、イメージとしてはリリス様よろしいですか?」
指名されたリリス王女は僅かに眉を顰めながら返事を返す。
同時に教室内に僅かに緊張が走るが、教師は気が付いていない様だ。
「折角ですのでシングルアクションの技術をリリス様に見せて頂きましょう。リリス様、私が的を出しますのでそちらを打ち抜いて頂いて宜しいですか?」
「構わない、が……」
どうやら裏も何も無かった様で、むしろ困惑顔のリリス王女。
数秒後、教師の手から大人の顔程度は有る水球が産まれ、そしてふよふよと空中に浮かぶ。
それを確認したリリス王女は教師の合図と同時に手を振り、――閃光。
空気を引きちぎる様な音と同時に水球は弾け、蒸発する。雷撃魔法だ。そして蒸発しきれなかった残りは見事に飛び散り、生徒達にかかってゆく。
霧雨状だったのが救いだろうか。
「水蒸気爆発しないだけよかったな……」
ぼそり、とスオウが呟いたのがスゥイだけに届いたが、果たして教師はそこに気が付いていたかどうか。
少なくともスオウとスゥイ、そしてブランシュの周りに風の盾が出来ていた事に気が付いたのは皆無であった。
生徒達の制服に水がかかってしまった事に対して罰の悪そうな顔をしたリリス王女を席へと戻し、教師はまた説明を続ける。若干苦笑いではあるが。
「先ほどのが破棄、と呼ばれる技術です。リリス様程の威力を求めてはいませんが、簡単な魔術くらいは出来る様になって下さいね。ではでは、こちらに関してはまた別の教師が説明しますので、私の専門の魔方陣に戻りましょうか。
あ、失礼しました遅延、の説明がまだでしたね。遅延は少し特殊な技術です、一度発動手前まで構築しておき、発動せずに維持しておく方法です。たとえば――」
くるり、と杖を回して水球をいくつか浮かべる教師。
「これは水魔法の初期に覚える射出系の攻撃魔法ですが、まだ射出されていません。これを5個程出しておき、そして標的が来たら射出する、といった方法ですね。これであれば予め詠唱しておけば良いので破棄と同等レベルでの発動速度を可能とします。ですが、維持するのにも魔素が必要ですので、その辺りは注意して下さい。簡単に言えば詠唱に分類されるのですが、これもこれで一つの技法です」
そう言ってまた杖を振り、水球を消す。
「では、最初の話に戻りますが、魔方陣、というのは今伝えた技法を強化するもの、と考えて頂ければ簡単です。補助するもの、と捕らえても結構です。例えば先ほど私が出した水球も、魔方陣を用いて発動すればその分威力は上がります。当然使用される魔素も多くなりますが、質を取るか、量を取るか、という話ですね。
で、す、が、ここで注意です。これを話すと混乱される方が多いのですが、実は詠唱でも破棄でも遅延でも魔方陣は実は使われているのです。皆さんが魔術を使用する時に思い浮かべるもの、それがその魔方陣、名を内部魔方陣と言います。イメージで浮かべたその魔方陣は体内で形成され魔術の基礎となります。これを回路の形成と言いますが、これが無くては魔術、魔法は発動しません。
外に作り出す魔方陣、これを外部魔方陣と言いますが、こちらは無くても発動するというのはそこが理由です。そして内部魔方陣が上手く形成できなくても外部魔方陣を作れば発動するというのもこれが理由です。わかりましたか?」
教室を見渡しながら告げる教師。頷く生徒や一心不乱にメモを取る生徒と色々居る中アルフロッドは煮詰まりそうになる頭を必死に働かせ、メモを取る。なんとなく、とか、こんな感じ、とか、やったら出来た、を地で行くアルフロッドにとって理論はどうでもいいと思っていたりするのだが、かといって試験に出る可能性が有る知識、覚えない訳にもいかず、必死にメモを取る。
「だ、大丈夫アル君?」
「あ、あぁ……。まだ、なんとか……」
スオウに詰め込まれた知識量は伊達じゃない。半分おさらいにも近い状態で根を上げる訳にも行かない。
次々と告げられていく魔方陣の図式を一心不乱に取り続けるアルフロッド。そして次回の講義までに全て覚えてこいと言われた時点で若干目の前が白くなったのは言うまでもない。
くそう、と思いながらふと、スオウの方を見れば――
「あの野郎……、あくびしてやがる……」
一度見れば全て覚えるスオウなので当然でもあるのだが、そんな事は知らないアルフロッド。ただ余裕で調子に乗っている様にしか見えない。
そも、先日行った小試験でも満点だったあの男、理不尽にも程があると思いたい所である。
存在自体が理不尽な加護持ちのアルフロッドが言っても説得力皆無であるが。
ちなみにそのスオウの傍に居るスゥイは丁寧にノートを取り、リリスも同様。ブランシュはうんうんと唸りながら途中途中スオウに教えてもらって進めている。
流石のブランシュも自分が通えるとは思っても居なかった学院に通っているのだ。講義くらいは真面目に受けるようである。いや、監視も彼女的には真面目にやっていたのだが……。
ちなみに休み時間になるとふやけて溶けそうなくらいだらける。もう机の上に上半身を投げ出して寝だすくらいにだらける。間延びした応答にだらけた締まりのない姿。その姿は有る意味Aクラスのマスコットになりかけていた。逆に言えばその仕草が敵としてみられない、脅威としてみられない、侮られる、下に見られる、あるいは哀れまれる、だろうか?
「むーん、むーん、こーこはー?」
アルフロッドが必死に頭に構築式を叩き込んでいる中。
変な声を出しながら頭をふらふらとさせ、その紫の髪を揺らしながら隣に座るスオウへとブランシュは問う。
「構築陣が間違ってる。ここはこっちだ、記号が違う。そこから書き始めるよりはこっちからの方が構築が早いぞ。それとこの術式は火系統に分類するからこの初級構築陣を覚えてからやった方が良い。基礎は一緒だから流用できる」
「んー、そーれはぁ、覚えてるぅー……。うぅ? あー、んぅ? あーそっかーわかったー」
にへら、と笑いまた書き始めるブランシュ。女性としてあるまじき姿を見られはした彼女だが、いつまでも落ち込んではいられないと、気丈にも立ったブランシュ。果たして彼女の性格的に気丈という言葉が適しているかどうかは別として。
しかしながら、今現在一番良い意味でスオウを有効活用しているのはブランシュだった。生憎と裏事情を知っているのはスゥイとリリスだけなので、アルフロッドにとってはスオウが殆ど接点のなかった女性相手にあそこまで親切なのがどこか薄気味悪く思っていたりするのだが。実際クラウシュベルグではそれなりに親切な子供で通っていたので、別段おかしくも何ともないのだが、いかにコンフェデルスの印象が強かったのかを理解できる所だ。
しかし、アルフロッドの懸念も正しいとも言える。貴族相手であればスオウも計算して付き合うからだ。が、ブランシュの事に関しては別である。まさか夜中に襲いかかって彼女の腹を蹴り上げて地面へと押し倒し、髪の毛を切り落とした挙げ句首筋に剣を突きつけおもらしまでさせたので流石に申し訳なくて色々やってあげてるんです、とは言えないだろう。まさに犯罪者であるが故に。
「スオウ、私も教えて欲しいのですが」
「お前は自力で何とかしろ」
「冷たい男だな、流石は外道」
「お前は飯抜きだな」
「……ッ、貴様! 卑怯だぞ!」
そこ! 五月蝿いですよ! ぼそぼそと喋っていた声から突然響くリリス王女の怒鳴り声。それと同時に教師の声が教室に響く。
釈然としない顔で怒られるスオウ。リリス王女に面と向かって怒る訳にもいかないからか、何かを言い返しそうになっていたスオウだが、軽く頭を振って甘んじて受けている。恐らくメリット、デメリット計算を行ったのだろう。しかし誰かに大人しく怒られ、親切に物事を教えるスオウ、どこか違和感を覚えるアルフロッド。だが――
「ちきしょう、スオウ・フォールスゥゥッ! クール系美少女に天然系美少女、そして王女様を取り揃えているだとっ! 許せん、許せんぞ!」
憤りを隠せない隣のカーヴァインに全てがぶちこわされる。ライラとアルフロッドが冷たい視線を送るがものともしない。シュシュは何を考えているかわからないが少なくともカーヴァインの気持ちと同じではないだろう……。
とはいえアルフロッドはアルフロッドで綺麗所を取り揃えているのだがそこに触れるのは駄目だろう。
だいたいリリス王女はアルフロッドの婚約者であり、ブランシュはリリス王女の監視役件護衛、そしてスゥイは恋人とは名ばかりの共犯者だ。羨ましいかどうかと言われたら微妙ではないだろうか。そんな事はカーヴァインも知らないので仕方が無いかもしれないが。
「そんな事よりカーヴァイン、お前真面目に講義受けないとやばいんじゃないのか? 前回の小試験もいまいちだったんだろ?」
「ぐっ……。アルフ、てめぇにだきゃぁ言われたく無いぜ」
「いや、まぁ、だが俺も一応平均にはなんとか……」
「ギリギリじゃねーかよ。大体Aクラスは8割以上が普通だろう? 平均点じゃ駄目だろうよ……」
「うぐっ……」
ぎち、と手に持った羽ペンがきしみをあげる。
点数がどんなに落ちた所でアルフロッドがAクラスから落ちるかは微妙なのだが。政治的な問題で。
実技試験は良いのだから理由はいくらでも付く。しかしながら既にチーム編成が出来上がった状態なのでカーヴァインは不明だ。
あるいはアルフロッドと同じチームであるという理由で落とされる事は無いかもしれないが、客観的に見れば可能性としては限りなく低い。そして本人の為にも良くは無いだろう。水増しされて困るのは卒業してからの自分達なのだから。
「またスオウに教えてもらうかなー」
「む……」
「なんだよアルフ、同郷なんだろ? お前も教えてもらえばいいじゃねーかよ。アイツの教え方はすげー上手だぜ?」
「いや、俺はいい」
「ハァ、わーったよ」
複雑な心境を押し殺して告げるアルフロッド。それにため息を吐いてカーヴァインは答える。
ちなみにシュシュとライラにははなから誘うつもりは無い。シュシュは露骨に嫌な顔をするし、ライラは苦笑いを浮かべて断るからだ。
専らロッテと二人で教わる事があるのだが、シュシュがあまり良い顔をしないのでわからない所だけ重点的にと言った形に過ぎない。
カーヴァインはそれが恐らく故郷、クラウシュベルグでなんかあったんだろうな、とは予測していたがあまり深くは聞かなかった。
ライラは兎も角、アルフロッドは事有るごとにシュシュがスオウに対しての忌避感を告げるとそれに庇うか反論するからだ。故にアルフロッドはスオウを嫌っている訳ではない、というのは理解できる。
そしてライラも同様だ、あまり話したがらないがスオウ個人に対して苦手意識があるのだろうとカーヴァインは考えていた。
確かにスオウ・フォールスと言う男は優しさだけではない。かなりの現実主義者で自分に不必要な者に対しての切り分けが早い。
さらに入学初日の件から他者を傷つける事に対しての忌避感は殆どないのだろう。
そう言う点から苦手な者も出てくるだろう事は想像できる。
其の為カーヴァイン自身もあまり深く関わりすぎるのはまずいかもしれない、程度には思っていた。が、それとこれとは話は別。
露骨に避けたり、敵視する必要は無いだろう、というのがカーヴァインの考えだった。
「んじゃ、わかんねーとこ纏めとけよ。俺が聞いて来てやっからよ」
にっ、と笑うカーヴァインにアルフロッドは僅かに肩の力を抜き、力なく笑った。
○
「どうかしたのかジル?」
講義が終わり所変わって学院の一角。憂鬱げな顔で1枚の手紙を睨みつける様に見ているジルベールへと声をかけたのはロイクだ。
取り敢えずは表面上落ち着いていると言える学院内にて二人は今の所とくにこれといった行動を起こさないで状況を静観していた。
正直な所それはロイクの提案であったのだが。
「見ろ、父上からだ」
ふん、と煩わしげに手紙から視線を外し、ロイクへと放るジルベール。
言われてその文面に目を走らせるロイクだが、読むに連れてどんどんと視線が厳しくなっていく事がわかる。
「どうやら父上の領地経営が上手く行っていない様だ。領民に重税を掛けているが芳しく無い、とな」
手紙の内容は簡単だ、まず最初にリリス王女と関係が結べなかった事に対しての叱責。そしてアルフロッドに対しても同様。
だが、これはまだ良い、それよりもカリヴァ・メディチ・クラウシュベルグ男爵に対する罵詈雑言が多かったと言えよう。
蒸気機関車の線路を引く事に対して難色を示したバルトン伯爵であったが、それが原因で商人の出入りがここ1年でめっきりと減り、物流の流れが悪くなり、税収が減ったというのだ。結局の所自業自得なのだが、それらを全てカリヴァ男爵のせいだ、と責め立てているという文面。そして、
「クラウシュベルグ領に対して、ねぇ……」
ため息を吐かんばかりに呟くロイクは胡乱気な表情だ。
ジルベールの父からの指示は単純だ。
現在暫定的ではあるが、宙に浮いている加護持ち、アルフロッドはクラウシュベルグ領預かりの様な形になっている。責任を曖昧にした為、出身地に関連したと言う所だろうか。とはいえカリヴァ男爵にその使用権は無いのだが、それでも名目はそうだ。
故にジルベールの父親、バルトン伯爵はそこに目をつけた。
アルフロッド・ロイルの責はクラウシュベルグが負うべきであろう、と。
直接カリヴァ男爵に対して何か言う事は今現在は出来ない、辺境伯が付いている事もそうだが、元々は自分が難色を示したせいなのだから。(伯爵はそれを認めようとはしていないが)
だから学院でなんとかしてアルフロッドに不祥事を起こさせろ、という内容。簡単に言えばそこに集約されていた。
当然ジルベールとロイクの二人は渋い顔だ。
アルフロッドに不祥事を起こさせる事は兎も角として、この策に対しての不信感を覚えたからだ。
確かにクラウシュベルグ領に対して、カリヴァ男爵に対して有る程度の損害を与える事が出来るかもしれない。
カリヴァ男爵によって被害を受けた貴族は多い、多勢に無勢、流石の辺境伯も庇える限界というものが存在している。
何より、それを理由に加護持ちの権限を明確にし、自身の下へと付けようとも考えるだろう。
だがしかし、
「父上が、そこまで考えて策を練るか……?」
ジルベールの疑問はそこに集約される。そこまで考えられる者ならば、そも線路の設置料等という料金など取ろうとはしない。
長い目で見れば明らかに利益に繋がるというのに、だ。
「リリス王女やらアルフロッドの件まだ報告してなかったよな? 学院に監視者でも居るって事か?」
「……ッチ、確かにそうだ。十分にあり得るな、となると動かない訳にも行かないか」
忌々しげにロイクの持つ手紙を睨みつけながら呟くジルベール。
「丁度良い具合に関係が悪い奴も居る事だし、良いんじゃねぇか?」
「ふん、なるほどな。同じクラウシュベルグ領同士だ、仲違いしてくれれば問題ない」
頭に浮かんだのは一人の男、スオウ・フォールス。
上手く行きあの男も排除できるのであれば言う事は無い。
不審点は残るが、確かに動くメリットも十分にあると考えたジルベールは行動を起こす事にした。




