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月蝕  作者: 檸檬
2章 魔術学院編
30/67

儚き幻想血に染まりて地に伏せる9

 There is always a better way.

 よりよい方法という物は、常に存在する物である。


 コンフェデルス連盟 南部都市レルトローエン


 コンフェデルスの首都から馬車に揺られて3日間、 南へと進んだ先にその街は有る。その街の僅か数キロ手前で一つの馬車が止まる。

 その馬車から降りたのは男が3人と、女が2人。言うまでもない、スオウ・フォールスの私兵である。


 そのうちの一人、赤髪の男シュバリスが馬車から降りると同時にコキコキと首や背を鳴らしながら腕を伸ばし、


「くぁー、ついたついたぁ。なっげぇ旅だったなぁ、漸く一息つけるぜ」

「アンタ首都で一息ついたでしょ、3日程度で何言ってんのよ」


 答えたのは片腕黒髪の女性、フィリスだ。不機嫌な顔をしながら注意をするが別に本心からという訳ではない。コンフェデルス首都へ向かうまでは兎も角として、コンフェデルス入国後は慎重に慎重を重ねながら目立たない様に行動していたのだ。それが漸く一息つける、気持ちはよくわかるが実際の所はココからが本番、あまり気を抜きすぎるのも問題である。


 なんせ彼ら5人は正規のルートでコンフェデルス連盟に入国していない。所謂密入国者であったからだ。

 それほど厳密ではない入国管理とはいえど、やっていないわけではなく、それを抜けるにはそれなりに危険なルートを通る必要が有る。其の為シュバリスに限らず、それぞれがどこかしら血や泥で汚れていた。

 

 当然血は魔獣の返り血であるのだが。


「近くの川で血と泥を落とすぞ。それと着替えの後情報収集に入る、俺とエーヴェログは周辺エリアのルート確認。アリイアは変装後、研究施設の警備体制の確認。フィリスとシュバリスは住民の聞き込みだ」


 指示を出したのはアッシュブロンドの男、アインツヴァル。彼とエーヴェログは比較的汚れが少ない、遠距離職の二人であるがためだろう。故に先に動く、と告げて馬車からはなれていく。残されたシュバリスは汚れた鎧を脱ぎ、川へと向かおうとするが。


「ちょっとシュバ、アンタ女性を置いて先に川にいくつもり?」

「あん? 早い者勝ちだろそんなん。なんなら一緒に入ってやっても良いぜ?」


 へっ、と鼻で笑うシュバリスに米神に青筋を立てるフィリス。そんなフィリスの様相に軽く笑ったシュバリスは両手をあげて降参する。


「冗談冗談、鎧を先に川に浸けておこうと思ってよ、こびり付いてるのが取れないだろうしな。その間薪集めに行ってるから終わったら声かけてくれや」


 そしてひらり、と手を振って去っていく。残されたフィリスは僅かに肩を落としため息を付き、事の流れを見ていたアリイアはシュバリスが軽口を叩いた時点で興味を失いさっさと先に川へと向かっていっていた。


 そして夜、シュバリスが集めてきた薪に火をくべて、これまた同様にシュバリスが捕ってきた野兎を捌き、その肉と瓶詰めされた野菜に調味料を足してフィリスが片手で器用に調理する。たまにエーヴェログが手伝っているがその料理は一般的な野営で食べられるような食事とは一線を画していた。

 鍋の中は簡単なシチュー。だが、その出来映えは中々の物。焼いた、煮た、だけの代物ではない。ちなみに余談ではあるが、クラウシュベルグにて缶詰制作も別途行っており、これによってまた傭兵、冒険者の食事事情が変わってくる予定だ、しかしいまだ密封率が悪く品質改善の途中であったりするのだが。


 それは兎も角。


 それぞれに回されたシチューの入った皿、スプーンでそのシチューを掬い、食べる。焚き火を囲み、それぞれがそれぞれ世間話をしながら舌鼓を打つ。そんな中シュバリスがそのシチューを頬張りながらそれを調理したフィリスへと問いかけた。


「なぁ、フィリス。お前何時からこんなに料理できる様になったんだ? いや、助かってるから何も言わなかったけどよ」


 それは当初から思っていた疑問。

 傭兵家業をやっていた時も野宿する事はあったし、その時料理もしたはずだ。しかしながらフィリスの腕前は可もなく不可もなくと言った所で。まぁいうなれば“一般的”な野宿の食事だった。しかし今この目の前に有る料理はそれに比べるのもおこがましい程の出来映えになっている。

 疑問に思うのも当然、そう思いシュバリスは問いかけたのだが、その言葉と同時にフィリスはどんよりとした空気を纏い始めた。


「ハ、ハハハ……。12歳の子供にまずいって言われる。12歳の子供の方が美味い料理を作る、しかもデザートにケーキまで……。女性なのに、私これでも女の子なのに……。哀れまれて教えられたとか言えない、ハハ、言えない」


 片腕である彼女が出来る事を、と色々模索していた時にスオウが提案した事に料理があった。片腕の彼女には確かに難しい事だが、フィリスにとってそれは、荷物になりたく無いという心の片隅で思っていたその感情を満たすには十分な提案だった。だがその代償はそれなりに大きかった様で……。


 ぶつぶつと何事か呟いているがどうやら触れてはいけなかった事の様だとシュバリスは理解する。可哀想なヒトを見る目でフィリスを見るアインツヴァルが視界に入る。どうやらその理由を知っている様な気もするが、やはり触れないでやるのが友としての役目であろう。

 そう自身の中で決着を付けたシュバリスはフィリスを視界の端に収めながら黙々とシチューを食べる作業に専念する事にした。


 そして数刻、それぞれが十分に腹を満たした所でアインツヴァルが報告と通達を始める。


「アリイアからの報告で警備時間と兵の人数に変動は無しだ、情報通りとも言える。中に関しては不明だが中まで同じとは考えない方がいい、一応疑ってかかれ。住民からの報告も同様、やはり数年前より用途不明の馬車が施設へと入っている様だ」


 告げる一言、それにシュバリスとフィリスは元より、それを告げたアインツヴァルも、そしてエーヴェログも表情を変えず淡々とそれを受ける。僅かに微笑んだのはアリイアだ。その真意は兎も角として、どちらにせよやらねばやらないのならやるだけの事に過ぎない。

 可能性として低いというのは重々理解しているため、最悪の場合に過ぎない事では有るのがが、最悪を想定して動くのが作戦行動を行う上で必須の条件、かといってあまりにもネガティブに偏りすぎても問題なのだが。


「予定通り朝が明ける3時間前に作戦を決行する。施設内の職員は全て処理、情報通りの研究であれば……」


 そこで言葉を濁すアインツヴァル。彼の過去、その元凶それに近づく第一歩でもある今回の件、彼とて思う所が無い訳ではない。


「“危険性”の高い物は処理、だ」


 軽く頭を振って言葉を続けた。空気が変わる、それぞれの表情が臨戦態勢へと変わり、そこには5人の殺戮兵器が誕生する。命令には忠実に、目的は迅速に、邪魔する障害は全て殺し始末する。


「そして最重要である、“生体”魔工学の権威アイリーン・レイトラの“保護”。最悪頭が使えれば構わん、それ以外は“生きて”いれば良いとスオウからの伝言だ」


 笑みを深めるアリイア、眉を顰めるフィリス、冷酷に徹するシュバリスとエーヴェログ。保護とは名ばかりの通達が全員に行き渡り、そして狩りの時間が始まる。


 ○


 基本的にヒトは嫉妬するものであり、妬む物であり、それでいて差別化を図ろうとし、誰彼と比べ、その上に立とうとするものである。優越感に浸り、征服欲を見たす。それを抑えるのが理性、という物だが誰にでも完璧に備わっている訳ではない。


 さて、ここでスオウ・フォールスは最高峰の魔術学院で商家の産まれでありながら学年主席となった。

 この時点であらゆる貴族の子息は面子を潰されたに等しい。

 そしてその次に教室内で接点が持てると思っていた加護持ちとのチーム編成を勝手に決定された。

 さらに最後、そのスオウ・フォールスがもう一人の加護持ちとチームを組んだ。


 暴発しない連中が居ないとは思えない。

 

 しかしながら曲がりなりにも彼らは魔術学院に入れる程には学が有る。

 まぁ、無い奴も中に紛れていそうではあるが、事実勉強ができる“だけ”というのも混ざっている。


 が、しかし、スオウ・フォールスは付け入る隙がないと言うべきだろうか。

 口ではまず勝てず、そして実力行使をするにしても流石に二の足を踏む。

 では弱い所から、と言ったとしても彼の交流範囲はスゥイ・エルメロイくらいであり、一緒に行動している為単独になる事は少ない。一緒のチームとなったブランシュ・エリンディレットが隙になるのでは、と思ったがこちらはリリス王女と一緒に行動している。これもまた難しい、むしろこちらの方が難しい。


 誰も彼も加護持ちで王族に喧嘩を売ろうとは思わない。馬鹿でなければ。


 そんな微妙な関係で成り立っている学院生活が楽しいと思えるかどうかは別として、とりあえず今のストムブリート魔術学院は回っていた。


 ――スオウは楽しんでいるのかもしれないが……。


 そしてその当人、スオウではあるが、その様な事になるのは十分に理解した上で彼はチームを組んだ。

 最終的な決定はブランシュ・エリンディレットの件ではあるが、リリス王女が有る程度話せる相手であると理解した時点で候補の一つに入れていたと言えよう。


 理由として大きくあげられるのはルナリア王女の行動である。


 アルフロッドと婚約の宣言をしたルナリア王女だが、正直な所やり方が拙すぎると言える。

 アルフロッドの性格を把握していなかったにせよ、ルナリア王女ならば周りから、外堀から埋めて完全に逃げられなくする事くらいは簡単だった筈だ。しかしながら今回のやりかたはアルフロッドに逃げ道とも思える道を残している。当然アルフロッドに非の有る形としてではあるが。


 では、なぜルナリア王女はそれをしたか。


 彼女はリリス王女との婚約を良しとしていない、という可能性が高い。

 あるいは、周りの連中に求められてやむをえず今回の場を設けた、といった可能性も考えられる。


 加護持ち同士の婚姻は国にとってもベストな選択では有る。古今東西、過去現在、男を女で縛るのは良く有る話。しかし逆に言えば女はリリス王女で無くても良いともいえるのだ。


 呪怨刻印の刻まれていないリリス王女に対するストッパーとして欲したか、あるいは王族と結んで王家の権威を示したかったか、後者の意思の方が強そうではある。


 そうすると今度はルナリア王女の考えが不透明である。


 自国内での加護持ち同士が不仲というのは非常にまずい。

 先日リリス王女には仲直りしておけよ、とは言ったが、正直な所絶対的に表面だけでも仲良くしておくべきなのである。

 加護持ちは国家戦力級、それが仲違いするとなると国が割れる可能性が高い。

 アルフロッドを旗として何かを考えようとする連中が出てくる可能性が非常に高いのだ。

 それがわからないルナリア王女ではない。だがしかしリリス王女の話を聞くにその注意はアルフロッドにしなかったようである。


 と、なると考えられる事は二つ。

 

 一つは国が割れても問題ない、と考えている。


 そしてもう一つは、

 

 リリス王女がアルフロッドと彼を担いだ程度の連中全員相手にしても負ける筈が無い、と思っているか、である。

 全く以て面倒な予感がしてくる話である。


「後者だと学院で一荒れあるな。まぁどちらでもあるにはあるか」

「誰かが背中を押すでしょう、どうしますか? 疑わしきは斬れでしたか?」


 淡々と話すスゥイへ僅かに眉を顰めため息を付くスオウ。が、しかしそれを止めるつもりも無かった。スオウにとってはその方が都合が良かったからだ。


 故に、舞台の上で踊る道化は演目を最大限に演出する事を決めた。が……。


 少々誤算が生じた、それは彼らが14歳であったという事だ。

 それは自分達の立ち位置を明確に理解できている者の少なさを理解できたというべきか。

 しかしこの状況でのそれは、感謝するべき事でもあった。


「おい、お前がスオウ・フォールスか」


 教室の講義の終わり、話しかけられた事はこれが最初ではない。

 じろり、と睨みつけられる様に見下ろされるその図式にスオウは僅かに笑みを浮かべて対応する。


「はい、そうですがなにか御用で?」

「……ッ」


 苛立ちを隠そうともせずに威圧するその男、上級生である彼をスオウは椅子に座りながら見上げる。

 リリス王女とチームを組む事によって起った弊害は先に述べた様に少なく無いのだ。

 自分の“側”である貴族子息子女と組ませたかったと思っている連中は多く、そして誰もが理性的な対応を取る訳ではない。

 だがしかし手を出してくる事は無い、入学式初日の件が響いている様で、衆人環視の前で無様な姿をさらす訳にも行かないのだろう。面子にこだわる貴族らしい考えである。


「あまり、調子に乗るなよ。金の勘定しか出来ない餓鬼が」

「それは失礼致しました。今後は慎ましく行動する様に心がけますので」


 さてはて商人の息子である事に対する揶揄であるかどうかは兎も角として、今日も今日とてこの彼も飽きもせず恫喝に来る上級生であったようだ。さして名前を覚える気もないスオウは適当に返事を返す。

 その対応に更に苛立ちを募らせる上級生、隣に座るスゥイへも矛先を伸ばそうとした所で、


「何をしている」


 声を発したのはリリスだ。

 怪訝な表情をしてこちらに近づき見て来るリリスを確認した上級生は、僅かに罰の悪そうな顔をした後、笑みを浮かべてリリスへと挨拶をする。


「これはリリス王女様、この様な場所でお会いできるとは。私、ハイム子爵の息子であるキルフェと申します」

「……ハイム子爵のか、そうか。それでお主、私の級友に何か用でもあったのか?」

「あぁ、いえ、少々お話を。身の程を弁えぬ者に礼儀作法を教えるのも貴族足る者の勤めと思いまして、リリス王女様の傍に居るには少々場違いかと見受けられましたので」

「……ふん」


 軽く会釈をして流々と話すキルフェと名乗った男は僅かに笑みを浮かべながらも、その目は笑っておらず、スオウとスゥイに対する敵意が見え隠れしている。それに気が付かないリリスではないが、かといってここで揉め事を起こすつもりも無いのだろう。少しだけ眉を顰めただけで言葉を濁す。


「折角お近づきになれた事です、もし宜しければ私に少々お時間を頂けないでしょうか?」


 跪き、リリスへと恭しく手を伸べるキルフェを横にスオウとスゥイはもはやこちらに用はないだろうと席を立つ。

 リリスから恨みがましい視線が送られるがまぁ、頑張れとばかりに二人で軽く手を振って教室を後にした。


「宜しかったのですか?」

「王族ってのは大変だねぇ」


 教室から出るとほぼ同時に問うスゥイ。

 返ってきたスオウの返答は求めていた答えとは違い睨むスゥイだが、対するスオウは何処吹く風だ。

 スゥイが言っている事は彼、先ほどのキルフェと名乗った男の言葉にこそあるのだが、それにスオウが気が付いていない訳も無くそれに対して無反応だった事に疑問を述べたのだ。


「まぁ、取り敢えず今は良いだろうさ」


 僅かに背後の教室に振り返り笑みを浮かべるスオウにスゥイは僅かにため息を吐いた。


 ○


 カナディル連合王国 首都 ルナリア王女私室


 カリカリと何かを書く音だけが部屋の中に響く。

 積み上げられた書類を黙々と処理をしていくその作業は本来であれば彼女の仕事ではない。

 そして彼女がこのような仕事をしているという事はこの場所、王宮の者も殆どは知らないだろう。


 しかし今彼女がやっている事はカナディル連合王国にとって重要度の高い案件でもあった。


 スオウより言われた一つの案件、規格の均一化、である。


 現在のカナディル連合王国、またコンフェデルス連盟も同様だが、明確に共通として決まっている寸法、規格は無い。

 それぞれ職人が自分の感覚で物を造り、それで回ってきていた。

 事実それで問題が起る事も殆ど無かったし、現在もそれに対して問題提起している者はいない。

 しかしながら、近年蒸気機関などといった複雑怪奇な物を作り上げた事によって部品の配給を含め、規格の均一化が急務であると理解したのだ。


 故にルナリアはコンフェデルス連盟と共同で規格の均一化を計っていた。

 それも、カナディル連合王国が主導で、だ。魔工学が盛んなコンフェデルス相手に通常ならばありえない話。


 蒸気機関車のカードは既に渡ってしまっているが、蒸気船のカードはまだこちらにある。

 しかしながら基本概念は一緒、であるならば重要性の高い所で切るべきであろうとルナリアは考えた事からの流れであった。


 スオウより貰った万年筆を使いながら次々に書類へと記載していく。

 必要な所へ必要な情報を、彼女自身に明確な権限が与えられている訳ではないが、王女という肩書きは十分すぎる程の権限を有しているのだから。


 そして数刻、長時間机へと向かい合っていた為か、凝り固まってしまっていた肩をほぐそうと眉を顰め腕を回していたところでルナリア王女の私室、その扉がノックされた。


「失礼しますよー」

「お、お待ちください。ニールロッド様ッ、王女様のお断りが!」


 返事も待たずに入ってきたのはニールロッドだ。

 部屋の前に控えていた兵士が慌ててニールロッドを止めるがどこ吹く風と押しのけて部屋に入ってくる。

 ルナリアは僅かに頭が痛くなるのを感じたが、軽くため息を吐いて兵士へと下がって良い旨を告げる。


「あまりここで軽く行動しないで欲しいわね。巫山戯ているの? ニールロッド」

「いやそんなつもりはありませんよ。直ぐにまたでなけりゃならんので急ぎで先に報告です」


 肩を竦めて返事を返すニールロッド。ルナリアの僅かに浮かぶ怒気に気が付きながらも平然としている。

 ルナリアの懸念も理解できる、あまり王族を低く扱えば彼女の威厳が無くなり、その立ち位置も揺らぐ。

 その程度の事をわかっていないニールロッドではない、故にそれだけ至急の連絡と言った可能性が高い。

 目を細め、ニールロッドを睨む様にして見るルナリアは先を促した。


「一つは西の愚者が障害を突っつきました。文を一つ飛ばした様です、相手はバルトン伯爵。息子は」

「ジルベール、ね? 一度ナンナの婚姻パーティーで顔を合わせた事があるわ。愚者と同い年だったかしら」

「魔術学院側の対応として同クラスにしたようですよ。まぁ1年目は多少融通を聞かせたと言った所でしょうなぁ」

「そう、そちらは引き続き監視だけでいいわ。学院の中はうまくやるでしょう。リリスとチームを組んだのでしょう? それとブランシュ・エリンディレットも取り込んだ様だし十分でしょう」


 既に報告は受けている。それに付いて特に叱責はしなかった。

 半場予想していた事でもあり、だからこそ彼女だけには監視の命しか与えなかった。

 下手に敵対行為、妨害行為でもすればあの男の事だ、気が付いたら学院から消えていたなんて事もあり得る。それは退学ではなく、この世からという意味で。しかしながら流石に入学1ヶ月も経たずというのはルナリアも、そしてニールロッドも予想外だった。

 

「まさかこんなに早くやられるとは思いませんでしたけどねぇ、まぁ多少抜けてる子ではありましたが」


 頬をかきながら告げるニールロッド。

 時間がなかったと言えば言い訳に過ぎず、彼は彼として十分にやれることはやったと自負していた。

 そして彼女自身にも素質はあったのだ、普段の言動を見ているとそうは思えないが。

 しかしながらその風貌も擬態に使えるだろうと思い、最低半年は問題ないだろうと踏んでいたがしかし蓋を開けてみれば、と言う事だ。


 一度腕を駄目にされた相手、過小評価しているつもりは無かったがどうやらまだ評価をあげなければならなかったらしい。


「仕方が無いわ、急造だったのだし十分でしょう。愚者にとって“使える”人材であれば構わないわ」


 僅かに顔を顰めたニールロッドへと告げるルナリア。

 学院の流れは既に手を離れてしまっている。しかし、予想の範囲内に収まっている部分も有る。

 例えばリリスの事。これに関しても組むのが早いと思ってはいるが、リリスがスオウに興味を持つ様に仕向けたのだからあり得る話だった。妹の事、趣味趣向くらい理解している。確率としては半々と見ていたが、どうやらスオウに最後に告げた言葉に意味が出てくれたようでルナリアは十分に満足していた。


「随分と信用されているのですね?」

「利害が一致したに過ぎないわニールロッド」


 さらり、と髪をかき上げて微笑むルナリア。

 バルトン伯爵をつついたという事はこちらの考えも読んでくれた可能性が高いという事。

 故にルナリアは微笑んだ。恐らく彼はうまくやるだろう、という確信の元に。 


 そしてもう一つは? と続きを促す。


「未だ未確認ですが、コンフェデルス連盟に密入国した者がいるとか」

「密入国者なんて別に珍しい者でもないでしょう?」

「いえ、それがその密入国者、愚者の私兵らしいもので」

「……ふぅん」


 僅かに顎に手を当てて思案気に呟くルナリア。

 そしてニールロッドへと聞き返す。


「判断基準は?」

「街道外れの森でウッドトロルの死体を確認したそうです。一撃で首を刎ねています。それも群れで。死体には流れる様に走った三本の剣線、断面の深さからしてかの鮮血が愛用している剣の長さと合う様です。そして眉間や目を狙い一撃で仕留められているシェルウルフが数匹と風魔法を使用された痕跡。鮮血、エーヴェログ、アインツヴァルである可能性が高いでしょうねぇ」


 ウッドトロル、長い年月を経た樹木が魔素を何らかの原因で蓄積し続け魔獣へと変化した生き物。既に木の様相はしておらず、2メートルを超える体に、幹に付いた醜悪な顔と木の腐った様な匂いを撒き散らし、ヒトの、特に女性を好んで食べる習性が有る。その顔と女性を好む性格からトロルと酷似しており、その名が付いた。


 そしてシェルウルフ、こちらは全身を貝の様な鱗で覆われた大型の狼だ。群れで行動する習性があり、小さい群れで10匹、大きい群れで30匹近くになる事が有る。その全身を覆う特殊な貝は生半可な剣では切る事が出来ず、逆に刃こぼれを起こす程。しかしながら顔の前面にはその鱗が無く、視界不良を防ぐ為なのかは不明だが、その部分が弱点とも言える場所だ。


 どちらも駆け出しの傭兵や冒険者では対処するのが難しく、それなりに腕の有る者で徒党を組んでと言った所だろう。

 しかしながら両方の魔獣とも鮮やかに殺されており、かなりの腕利きである事がわかる。


 そして現在その周辺に名の知れた腕利きが居るという情報は無かった。

 故にこの情報はかなり信憑性が高いとも言える。何よりニールロッドがただの想像だけで報告しているとは思えない、だからこそルナリアはそう考えた。


「現在スオウの傍に居ないと思っていたから調べさせたけど。まさか本当に何かしているとはね。何をしにいったのかしら?」

「その辺りは不明です、が。どうしますかねぇ? コンフェデルス側にはまだ知られていませんが、恩を売りますか?」

「そうね……」


 手を組み、目を細めるルナリア、答えは決まっている。


「当然売るわ、“愚者”にね」


 告げられた言葉には僅かにだが艶がある。

 その答えに僅かに何かを言いたげなニールロッドではあったが、軽く頭を下げ部屋を出て行った。そして――


「コンフェデルスで何をするのか知らないけれど、私に利が有る事なんでしょうねスオウ?」


 誰もいなくなった私室でルナリアは嬉しそうに微笑んだ。

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