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月蝕  作者: 檸檬
1章 幼年期編
3/67

月の導きと加護の宿命3

 It requires more courage to suffer than to die.

 死ぬ事より苦しむ事の方が勇気が居る。


 カリヴァ・メディチ。

 クラウシュベルグ出身の商人であり、ここ4年程で急激に発展した商家のトップ。

 根幹となった一つにクラウシュベルグ産の塩がある。流下式塩田方式と言われる独自の技術を用いて大量の塩の生産に成功した。

 塩は国家での取引基準が有り、国が管理する一つの利益であるのだが、自治都市としての立場を利用し国の支援を受け、特価での取引で落ち着いている。

 それ以外にもコンクリートと言われる特殊な建築に使われる材料を生み出し、カナディル連合王国に存在する4商と言われる名家の一角に食い込んでいるのではと評価される程である。


 とはいえ、急激に育つ芽、出る杭は打たれる。その分敵が多く苦労は絶えないようではあるのだが。

 

 ○


 とある過去の話。


「君がスオウ・フォールス君かい? 裏で色々と知恵を出しているようだけど、おじさんにも教えてくれないかな?」

「……カリヴァ・メディチ、メディチ家の4代目にして一族最大の裏切り者。両親、祖父ともに“不審死”によって亡くなり5年前に実権を握る、か? まぁどうやら両親と祖父は本当に事故だったようだけど、実権を握る際に相当無理をしたみたいだね」

「……おいおいおい、気味が悪いねぇ。どうやって調べたのかな?」

「言うまでもないさ、この町で“利益”と“不利益”を計算できる人間を把握していただけに過ぎない。

 君の様なヒトを待っていた。交渉といこうかカリヴァ・メディチ。俺には、いや俺たちには時間がいくらあっても足りないのだから」


 はったりも時には大事だという話。


 ○


 カナディル連合王国 クラウシュベルク メディチ邸


「報告を聞こう」


 払ったとはいえよく見ると土埃がまだ付いている上着を、メディチ商会本店の会議室に取り付けられている上着掛けのいびつな形状をした突起に引っ掛けた後スオウはそう言った。右手には先ほどアイナからもらったパンを持ちメディチ家の使用人が入れて持って来てくれた紅茶を、机に置く前に礼を言って貰い飲みながら食べだす。残りは家への土産だ、朝の騒動の話がおそらく両親にも届いているだろうから小言を言われる前に帰った方が良いのだが、それ以上にカリヴァが話があると言ったのだ、であればそちらを優先する必要がある。無駄な報告はしない男だ。


 右手にパン左手に紅茶を持ち、どさり、と設置されていたソファーに乱暴に座った後、後に続いていたカリヴァに視線を向ける。


「だらしがないとサラお母様にお小言を貰いますよ?」

 

 お母様を厭みたらしく述べた後、くく、と笑いながらカリヴァは奥に設置してある執務机の上に重ねられていた書類の一つを取り、同じくソファーへと座った後スオウへとその書類を渡す。

 軽く目を通したスオウは、少しだけ眉をしかめた。


「アルフロッドの事がバレたか」

「一応グラン・ロイル氏には連絡済みです、それと別に部下がスオウ様の両親にも連絡を入れている所でしょう」

 

 私は各有力者に報告を、丁度その帰りだったのですよ、と伝えるカリヴァ。


「なるほど、まぁ10年間隠し通せていた方が奇跡に近かったからな。だが急に動く事は無いだろう? 領主に圧力をかける可能性はあるがアルフロッドに悪印象を与える様な愚行は起こさないはずだ」

「そうでしょうね、とはいえ良い所数ヶ月、最長でも半年がリミットでしょう。クラウシュベルグの税収が上がった事から周辺の貴族もあまり良い顔をしていません。やはり国王直轄地として貰うのが無難でしょうかね? このまま自治都市の権利を得たままでも構いませんがあの領主に過剰な戦力を持たせるのは危険ですし、それは国も嫌がるでしょう」


 その言葉に頷き返すスオウ。ほぼ同様の考えだからだ。

 金と女と権力で縛れる男は楽だ、だがそれは自身の身の丈にあったレベルで満足しているのならの話に過ぎない。

 この町の領主は駄目だ、愚図ではない、そこそこの力はあるが今のクラウシュベルグの上がった税収によって力を得た領主は自身の制御できるレベルを超えてしまっている。故に勘違いを起こし始めている。


「いい加減領主を変えたい所だな」

「そうですねぇ、まぁ去年から言ってる話ではありますが」


 誰かに聞かれたら叛逆罪で投獄されてもおかしく無い事を平気で嘯く二人。ナカでクラウが苦笑しているのが聞こえるが気にしない。


「しばらくは首都の動きを見るだけにとどめておくか、国外への情報流出はされていないんだろう?」

「ええ、今の所は。国の上層部も他国を刺激したくは無いでしょうし……それに」

「もしバレたとしても自治都市が勝手に隠蔽していただけだから、と領主一人の首が飛ぶだけで済むから、か?」


 国の利益に直結する加護持ちの隠蔽は間違いなく死刑だ、例外もあるだろうが。

 隠蔽した張本人であるグラン・ロイルは難しいだろう、アルフロッドに対する感情的な問題で死刑には出来ない可能性はあるが、最低でも国軍に縛り付けるだろう。下手をすれば適当な討伐を任せて事故死させるという可能性もあるがそこまで上が腐っているとは思いたく無い。

 いまだ幼いアルフロッドを考えると人質という意味合いも含め生かし一緒に扱うのが適当だろう。しかしそうなると犯罪を起こした人間に対する罰が少なすぎる。

 つまり落とし所としてはその場所の管理者である領主か、あるいは唆したであろう、と思われるヒトをでっち上げて生け贄に捧げるか。


 恐らく領主の能力を鑑みると最近調子に乗っている事だし、と周りの連中も特に庇う事もないだろう。

 故に、それこそ文字通り領主の首がトンで話は終わりと言った所か。


「問題はそうなると察した領主、いえオロソルが加護持ちを売った場合ですね。それはそれで国としては加護持ちを保護したという体裁を取れますし……」

「そうだな、だが10年だ、さすがに10年目で気がつきました、というのは己の無能を証明する様な者だ。自尊心の塊の様な奴がそんな事をするか? それに今アイツは調子に乗っている、加護持ちを所持している事であわよくば、と考える可能性の方が高いな」

「確かにそうですね」


 そう言って少し乾いてしまったのだろう喉を潤す為に紅茶を飲むカリヴァ。

 そしてカップをテーブルに戻した所でカリヴァがふと思い出したように別の話題へと移る。


「そういえば蒸気船の方はどうですか? 試験船が来年には出来上がりそうだとの事ですが」

「ずいぶんと耳が早いな」


 む、と内心で眉をしかめる。

 情報統制を厳密にやっていた訳ではないが、それでも機密情報だ。

 造船会社でもあるフォールス家でメディチ家の支援を得て共同で開発している次世代の船。

 この世界では大陸が全て陸続きである事も関係しているのか船は帆船が殆どであった。だが空を飛ぶ飛竜や翼竜と言われる爬虫類系の魔獣や、天空城と言われる空を飛ぶ城もあるくらいなのだから何処かおかしいにも程がある。


 まぁ、前者の飛竜や翼竜は乗れる人数はごく少数に限るし、天空城は移動が徒歩並みの速度である。

 インフラの整備、そして流通の高速化として使うにしてはあまりにも凡庸性が低いだろう。故に蒸気船である。


「一応支援者ですから、情報は自然と入ってくるのですよ。それに情報こそ重要視するべきだと話したのはスオウ様ではないですか」

「おかしな話だな、支援は全てにおいてこちらに任せるという前提の元で行ったと思うが?」

「そう言われましても勝手に入ってくる情報までは遮断できません故」

「ほぅ、という事はお前の意思でやったわけではない、と?」

「困りましたね、ですから勝手に入ってくる分には……」

「クリストファーにシラス、だったか? 最近職場に雇った二人らしいんだが、変な動きが多いらしくてな?」

 

 トン、と机の上に指を置く、トントン、とゆっくりと叩く。

 目を細め、僅かに揺らぐ殺気とともにカリヴァを睨む。その姿はとても10歳児ではない、妖艶に立ち上る魔素は臨戦態勢でもある事を示している。


「カリヴァ、契約違反はどうだった?」

「……ふぅ、さすがはスオウ様ですね。バレバレでしたか」


 肩を竦めてそう言うカリヴァ、反省の色は見えないがどうやら言い逃れするつもりも無いようだ。


「いいや、別にバレてないさ。身元が“完璧”過ぎた奴でここ最近それなりの立場に付いた奴を上げたまでの話だ」

「いやぁ、参りましたね。これでも相当修羅場を潜っているつもりなんですが?」

「俺の知恵を元手に稼いだ金とはいえ持ち主はお前だ、融資をする相手の情報を得ようとするのは“当然”の話だ。だが契約で謳っている以上“建前”は必要だと思うがな?」

「……失礼しました、少々情報収集が芳しく無かったようで少し引き出せればと思ったのですがやぶ蛇でしたね」


 言外に余計な事をするな、と告げるスオウにばつの悪そうな顔で詫びを述べるカリヴァ。

 完成すれば報告もするし、当然それなりの見返りもある。自身の家よりも小さなフォールス家が大きな力を持つ可能性を憂慮するのはわかるが、あからさますぎるのも問題だ。


「契約違反の代償はそのうち取り立てるからな?」

「まぁ、仕方がありませんね。とはいえ元から言いくるめられそうだったので大人しく諦めましょう」

「別に商売の種は船だけじゃないさ」

「ええ、期待しないで待っていますよ」


 そう言って笑うカリヴァに胡散臭そうな表情を隠そうともしないスオウ。


「それで進捗状況はどうでしょうか?」

「……お前」


 はぁ、とため息をつくスオウ。違反に違反を重ねても今回の違反条件では重ねる事による不利益が増える訳ではないと開き直ったのだろう。この面の皮の厚さはまさに商人だな、とスオウはどこか感心しつつ殴り飛ばす為に拳に力を入れるのであった。


 ○


 夜のクラウシュベルグは警察機構の発展した近代日本とは比べ物にならない程に危険である。

 カリヴァ・メディチの台頭によってメディチ家の力が増し、“まっとうな”商家である彼の力もあってここ最近はずいぶんと平和にはなったのだが。

 しかし、光あれば闇もある、それはどの時代でもどの世界でも同じだ。

 ヒトがヒトである以上、向上心を持ち、そして優越感を持ち、そして……嫉妬心を持つ以上は避けて通れぬ道でもあり、得てして起こりえる事である。


「なんじゃ貴様ら、それでおめおめと帰って来たと言うのか?」


 カナディル連合王国 クラウシュベルグの北に位置する場所に一際大きな建物が存在している。

 周りは柵で囲まれており、正門には槍を持った兵士が鎮座して警備に当たっている。

 中に入った庭先にも数名の警備員らしき者達が闊歩している事から余程重要な人物が中に居るのだとわからせる。


 その男の名はオロソル・エデュナ・クラウシュベルグ。

 クラウシュベルグ自治都市領を与えられた、カナディル連合王国男爵位の地位と同等の立場に立つ男である。


 日々の裕福な食事のせいか、それとも鍛錬不足かは不明だが、一般成人男性に比べたら裕福なその体に貴族らしい高級そうな服装を身にまとって報告に来た男を睨み上げる。


「申し訳ございません。ですがメディチ家と事を構えるのは些か分が悪いかと」

「ふん、所詮商人ごとき儂の障害にすらならんわ、儂が連れてこいと言ったら連れてくればよい!」


 手に持っていたワイン、飲みかけだったそれを一気に煽りながら告げるその言葉に眉を顰める報告に来た男。

 早朝アイナに頭を下げてこの目の前に立つ男、クラウシュベルグ領主オロソルの伝言を伝えた男だ。


「は……。差し出がましいようではございますが、現状あの少女にそれほどの価値があるとは思えませんが。民衆の反応も宜しくは無いようですし、態々町中でやる必要性が御座いますか?」


 問いかける様なその仕草に顔を真っ赤にして男を睨みつけるオロソル。


「黙れっ! 貴様らは儂の指示に従っていれば良い!」


 部屋に響く怒声。ダン、と乱暴にテーブルへとグラスを置きこれで話は終わりだと椅子へと座り直す。

 もはやこれ以上言っても無駄だと思った男はそのまま礼をして、部屋から退室していった。


 ○


 ゆらり、と指を動かす。

 体内の魔素と大気中に漂う魔素を感じながら体全体に纏わり付かせるように操りそして紡いでいく。


 魔素の使い方はクラウシュラに習った。

 この世界に連れてこられることとなった原因、あるいは元凶、あるいはなんらかを知っているであろう相手ではあるが、その持っている知識は少なくとも有用だった。

 無駄に喚く時間で日々を費やすくらいならばその知識を少しでも自身の糧とするように動くのは当然の話であり、そのまま燻っていても何も変わらない事など小学生でも理解できる現実だ。


 故に欲したのは力と真実。


 何故ここに居るのか。

 何故ここに産まれたのか。

 加護持ちとは何か。

 頭上に浮かぶ二つの月はなにか。

 魔素とはなにか。

 魔法とはなにか。

 ーークラウシュラ・キシュテインとはなにか。


 謎を謎のまま平凡に平穏に過ごす事も手段の一つではあったであろう。

 ただ喃々と現実を受け入れて、そして死んでいくのも手ではあったのだろう。


 だが生憎とそれほどスオウと言う男は、●●●●と言う男は薄情ではなかった。そして現実を見る事が出来ない夢想家でもなかった。

 

 原因が分からないのに何故安穏と過ごす事が出来る?

 いつ、どこで、この自分が無くなる可能性があるという事を思わない。

 俺が俺でいられるという保証は誰がしてくれるのだ。


 ここに来た理由も原因も不明のまま、なぜそこで安穏と過ごす事が出来るのだ。

 それでなぜ、“殺してしまった”かもしれないスオウ・フォールスという少年を演じられるというのだ。


 それは罪だ。

 罪悪だ。


 世間一般的な勧善懲悪など論じるつもりは毛頭無いが、それでも必要最低限の礼儀と義理人情は持ち合わせているつもりだ。

 ならばこそ、この体に憑依したのか、それともこの体として産まれたのか、はたして俺が居なければスオウ・フォールスという存在が普通に産まれたのか、あるいは、この前世とも言えるべき記憶の集合体そのものがスオウ・フォールスに最初から備わっていたのか。


 考えれば考える程底の無い沼の中に引きずり込まれる様な錯覚に陥る。


 怖いのだ。

 怖くて怖くてたまらないのだ。


 いつ、自分が消えてなくなるのかわからない。

 そもそも自分という存在が本当に存在していたかもわからない。


 ただ、ただ一つ、クラウシュラという存在がナカに居て、俺と同じ知識を有している事だけがただ救いであったのだが。


「ーーはぁっ」


 一瞬で流れるように身体強化へと移す魔素。

 肩から右腕、尺骨と橈骨。上腕二頭筋とそして左足のふくらはぎを身体強化して掌底を放つ。

 パン、という小気味良い音が空気を伝わり耳へと届くと同時に次の動作へと移る。


 回るように動くからだと連動するように強化していく場所も流れるように変えていく。

 中国武術の基本動作である手法・肘法、その中の鳥龍盤打。

 風切り音が空間を漂う魔素を切り裂くように腕が、指先が流れていく。


 別に前世である記憶で中国武術を習った事など無い。これもまたクラウシュラに教えてもらった事だ。


 “番外”13階級 記録のクラウシュラ・キシュテイン。

 異端の加護持ち、膨大な魔素を持たず、ただの記録、記憶ベースとして、世界の記録者としてだけ産まれた加護持ち。

 その存在意義は記録、そして記憶。

 宿主が一度見た事がある者は全てクラウシュラも見る事が出来る。そして決して忘れない、完全記憶能力だ。

 故に、誰にも見つかる事は無かった。

 故に、加護持ちの証明でもある膨大な魔素を所持していなかった事こそが彼を彼としてまだこのクラウシュベルグに住まわせていた。


 現在行っている中国武術も言われてみれば学生の頃どこかのインターネットのホームページあたりで見た様な記憶がある。もしかしたらどっかの街頭テレビで見かけたのかもしれない。

 とはいえ流し見た程度、だがそれすらクラウシュラは覚えていた。


 当然見た事がない物や知る事が無かった知識は覚える事が出来ないが、それでも十分なアドバンテージである。

 こちらに来て数週間散々に文句を言ったが、今は許してやらんでも無い。慣れたのもあるのだろうが。


「はっ!」


 足をふるう、所詮10歳、未だ10歳に過ぎないこの身ではやれる事に限度はあるがそれでもやらないよりはずっとマシである。

 身体強化によって淡く光る全身をゆっくりと動かし、そして急激な動作を時偶取り入れながら演舞は続く。


 いじめ抜く、恐れに押しつぶされぬように、自分が生きている、と存在しているのだと自身に納得させる為に自分の価値を高めていく。


 およそ2時間と少し、クラウシュラから声をかけられるまでその演舞は続いた。


 ○


 短い金の髪が揺れる。身の丈以上の長さ、幅はおよそ60センチにもなろうかという大剣を持ちマスクをした“少年”が一人、一心不乱に剣を振るっていた。


「でりゃっ!」


 ザン、と見事な音を立てて岩が切り裂かれ崩れ落ちる。

 数日前スオウから話を聞いて手伝いに来た岩石場、所謂石切り場だ。どこぞの鍛冶屋や武器屋の主人がこの光景を見たら剣をなんて事に使うんだ、と嘆いたかもしれないが、生憎とこの少年、アルフロッドにとってはこちらの方が早いのだからタチが悪い。


「うおりゃっ」


 次は切り上げ、だんだん楽しくなって来たアルフロッドは、等間隔に岩を切り崩していく。

 当然そんな無茶な行為をしていればーー


「んがっ」


 ガキン、という嫌な音と共に持っていた剣が折れてしまい、つんのめって転びそうになるが必死に耐える。

 ちなみに既に何度か転んでしまい泥だらけになっているのだがそれは気にしない方が良いのだろう。


「おっちゃーん、次の貰えるかー?」


 半ばから折れてしまった剣を降りながらアルフロッドが切り崩した岩をまたさらに細かく砕いている集団に声をかける。

 そうすると奥にあるから持ってってくれー、という返事が聞こえて視線の先には奥にある小屋を指さす男が見えた。


 剣の代金とて馬鹿にはならない、それもかなりの分厚さをもつ、そして切れ味もある剣だ。

 だがそれでもその作業時間の早さと効率を重視すれば微々たる物。

 カリヴァ・メディチの指示により加護持ちの有効活用? として今アルフロッドは働いていた。


 最初は加護持ちになにをやらしているんだ。という思いがここに勤めている男衆にはあったが、どこぞの少年、スオウではあるのだが、常識は打ち崩すものである、とかなんとか言い張って無理矢理押し通したという裏がある。

 表では、まぁメディチ家のご当主の事だし訳の分からん事を始めるのは今更か、と町の皆は思っていたりするのだが。


 この岩山はクラウシュベルグの領内にある資源だが、領主の許可を得て有効活用している。

 塩田の税収によってあまり強く言えないメディチ家に対して仕方が無く飲んだともとれるのだが、一応採取した資源は領主からメディチ家が格安で買い取るという形になっている。


 作業工賃からすべてメディチ家で出しているのでカリヴァとしては色々思う所があるようだが、現状どうしようもないので大人しく使用代といった料金を領主、オロソルに金を払っているという事だ。


「うーん、あと5本か。次の剣を仕入れてもらうようにおっちゃんに言っとくか。おっと、やべやべ忘れる所だった」


 作業小屋として立てられている場所に入っていったアルフロッドは奥に立てかけられている次の剣を持ち、出て行こうとした所で思い出したかのように入り口においてある在庫管理表に持ち出しの記載をした。

 この世界での識字率はそれなりに広まっている。

 魔法言語や、魔術刻印文字、精霊語や古代語ともなると別だが、大陸で一番使用されている言語は中世ヨーロッパと比較すれば多少書き取りが出来る。

 勿論農民や市民も階級の低い者は覚えていないので絶対ではないが、スオウ、いやカリヴァ・メディチの指示により簡単な数字の記載と読み取り程度は教え込む、もとい叩き込んだ。ちなみにこの在庫管理に使われる個数表記として“正”の字が用いられていたりするあたり日本人のスオウの色が出ていたりするのだが。


 ともかくスオウからも口酸っぱく言われていた在庫管理をしっかりと思い出したアルフロッドは必要箇所に必要項目を記載して次の作業へと進むため小屋を出て行った。


 在庫管理の概念がなかったこの世界では横領が平気で行われる様な温床であった。

 勿論全ての人間がそんな事をしている訳ではないのだが、それでも少なく無い数であった。

 昔からそれが標準であったため急激な導入を懸念し、検討していたスオウとカリヴァではあったが余剰分をボーナスとして支払うとした事でほぼ解決された。ずるをした人間が儲けるのはおかしいだろう、と、そう言う話だ。

 厳しくしすぎると問題も起きるだろうが、通常給与とは別に年に1回それなりにまとまったお金が手に入り、そして休日が毎週必ずあるというメディチ家の仕事は良い条件であった。そのため文字の勉強と手間のかかる在庫管理や商品管理など慣れない仕事があったとしても今や成功者の代名詞とでも言える仕事先となっていたのだ。


 ーーまぁ、ボーナスについては余剰分を“全て”給与にまわす等とは言っていないのだけれども。


「ん? おーい、おっちゃんなんか変な層が出て来たぞー?」


 そんな所で仕事を再開していたアルフロッドが急激に軽くなった手応えを見て、不審に思い現場監督のおっちゃんに声をかける。

 腕を組み指示を出していた一人の壮年の男がアルフロッドの声に反応し、そのアルフロッドが指さした者を見て眉をしかめる。


「なんだぁ? 見た事ねぇなぁ。まぁしゃーねぇなカリヴァ様からはわからないのが出て来たら作業を中止しろって言われてるからアルフロッド、お前は今日あがっていいぞ」

「お、まじで? やりぃ、んじゃまた明日なー!」

「おい、ちょっとまて! ちゃんと小屋の終業記録つけていけよー!」

「わかってるってー!」


 ぶんぶんと手を振りながら駆け出していくアルフロッドの後ろ姿にため息を吐いて、手に持ったよくわからない鉱石を持つ現場監督の壮年の男。

 その鉱石は白く、そして所々が茶色く黒ずんでいた。


 ○


「面倒な……。銀か、元素記号Ag、原子番号47は、まぁいいとして。どうしたものか……」


 渡された鉱物を見ながら答えるスオウ。場所はメディチ商会本店の一室だ。

 捨て岩だろう、と判断した現場の人間、現場監督ではなく経験豊富な職人からの話もそこそこにとりあえず指示通り“わからない”鉱物を持って来たその現場監督を褒めたい気分になりながらその鉱石を見つめていた。


「やはり銀ですか、彼らが知らないというのは引っかかりましたが……」

「表面が酸化していたのも理由だろうしカナディルではあまり取れないのも理由だろう。殆どの銀山は国が所有しているし隠し銀山はあるかもしれないが、それにしたって表に出る事は無い」


 眉間に皺を寄せてスオウの対面に座る男、カリヴァ・メディチ。銀は資金に直結する鉱山だ。それこそ国が出はって来るレベルの話である。ただでさえ税収が上がり周辺貴族に睨まれているという状況でコレ。トドメも良い所だろう。しかし、国直轄ならばまだしも周辺貴族の傘下に収まってしまうと余計な出費がかさむだろう、さらに私設兵の問題等頭を押さえつけられる可能性がある。

 

 アルフロッドが居る時点でそのような真似をすれば他の貴族からも睨まれる為そうそう派手な真似はしてこないとは思うのだが。


(カルディナは元々銀山が少ないからの、国に恩を売れば良いのではないかの?)

(恩というのは意味が有る相手に売ってこそ効果があるんだ。現状つての無い王家や国に恩を売った所で意味は無いだろう。まぁ、叛逆罪等で面倒事になるならば話は別だが)


 ぼそり、と呟くクラウを内心で叩いてカリヴァへと視線を戻す。


「しかし銀が取れるとなると、レンガ作成は停滞するな。当然ながらこの鉱石はそういった目的には適していないし、隠蔽する必要が有る」

「まぁ、出て来たのは一部だそうですから他の場所から採取しましょう。街道に使用する舗装用の岩も最悪固くて劣化しなければ良い訳ですし」

「コンクリートで全て作れれば楽なんだがな」

「仕方がありませんポルトランドセメントの量は限られていますし、それこそそれがあそこで出れば良かったのですが」

「そうしたらオロソルが嬉々として口を出してくるだろうよ、銀が出て来た時点でその問題も発生したが。仕方が無い、しばらくは他所から買うしか無いだろう。とりあえず最初に吹っかけた捨て値で買えている訳だろう?」


 その問いに頷くカリヴァ。詐欺同様の話、価値のない物に価値を出して利益を出すのは商売の基本の一つだ。

 利用価値の無かったセメントに価値を出したのだ、ゴミを買ってやっているのだから文句を言われる筋合いは無い、とはいえカリヴァの表情を見るにどうやらネチネチと言われているようではあるが。


(騙される方が悪い、かのぅ)

(いいや、騙す方も騙される方も両方悪いのさ、完全な悪もなければ善だってないが。ただそこにあるのは結果と他者からの感情だけだよ)


 時代が変われば善も正義も変わる、そもそも善と正義はイコールでは無いだろし。


「銀に関しては有用な活用方法をいくつかまとめて後で出すか。サヴァン家を使うか、あるいは周辺貴族に話を持って行くか……。

 どちらにせよある程度の量が取れない事にはどうしようもないからその予想数値が出てからだな」

「そうですね、では次の案件ですがーー」


 そう言って日が落ちるぎりぎりまで二人の話し合いは続いた。

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