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月蝕  作者: 檸檬
2章 魔術学院編
25/67

儚き幻想血に染まりて地に伏せる4

 Success is never permanent, and failure is never final.

 成功は常ならざる、失敗は終局ならざる。


 良くも無く、悪くも無く。いやむしろ互いの関係を考慮すれば最悪ともいえるが、御し得る相手だと解った事は幸運か。だが同時に予測できない行動をとる可能性を孕む駒である事も理解した。全く以て人生とは予想通りには上手く行かない物だ。


 くすくす、と笑うルナリア。

 先ほど退室して行ったアルフロッドの表情を思い出して笑う。

 まるでこの世の終わりの様な顔をしていた彼ではあったが、それはリリスが言った事を理解して、では無いだろう。自分がやってしまった事に対してどうしよう、という事だ。結局の所彼は自分の事しか考えていないともいえる。それも仕方が無いだろう、彼はまだ13歳、その年齢の子供に流石に酷、だがしかし彼は加護持ちなのだから年齢を理由に逃げる事も出来ない。


「加護なんて欲しく無かった、ね」

「姉上、あの男の話はやめて下さい。これから4年間も同級生だと思うだけで最悪の気分です」

「ふふ、でも理解できる所もあったんじゃないリリス」

「……それは」


 きゅ、と唇を噛むリリス。形の良い唇が歪み、そして眉間に皺が寄る。

 理解できる所もある。その意味、加護なんて欲しく無かった、それは昔リリスも言った事が有る言葉だったから。


「加護持ちは親殺しをして産まれてきます。そして加護持ちとして生きる事を強いられます。けれど、それを否定してしまえば何の為に母は私を産んでくれたのか解りません。ただ、国の為に犠牲になった、ただの生け贄になってしまいます。私は、私として、リリス・アルナス・リ・カナディルとして加護持ちと向き合い生きて行かなければなりません。ただの加護持ちではなく、加護持ちのリリスとして生きなければなりません」


 朗々と呟く様に告げるリリス。その真意は明確。

 でなければ、母は何の為に死んだというのか。一体母は何だったというのか、と。


「あの男は現実逃避しているだけに過ぎません。あの男の母親も浮かばれないでしょう、ただの犬死にです」

「リリス、駄目よ。そういった言い方は、相手の神経を逆撫でするわよ?」

「構いません、あの程度同じ加護持ちとして恥ずかしい。捻り潰してくれます」

「ふぅ……。まぁあまり校舎を壊さないでね、程度を過ぎれば王宮に請求が来る、そうすれば財務大臣辺りが五月蝿いわ」

「……わかっています」

「まぁいいわ。多少は好きにしなさい、私はルナリア王女として貴方に求める事は多く有るけど、一人の姉としては純粋に学院生活を送って欲しいのよ。友人というのは貴重よ、そして王宮の者の顔色を伺う必要も無いわ、辺境伯の影響も少ないし、そう言った意味ではアルフロッド・ロイルに感謝なさい、あの少年のお陰でこの学院に入れたのだから」


 そういって微笑むルナリア。

 実際はアルフロッドのお陰ではなく、スオウのお陰なのだが、原因となった事件はアルフロッドが起因となっているのであながち間違いではない。


「……わかりました」


 むす、と僅かに頬を膨らませたリリスだったが、渋々と頷く。

 彼女も思う所が有るのだろう。その仕草にまた笑みを深めるルナリア。


「さて、と。そろそろかしら? 思ったよりアルフロッドとの話し合いが早く終わってしまったから時間が余ってしまったわ」

「? 何ですか姉上、まだなにか?」

「ええ、私の客人が来る予定なのよ。それよりリリス、そろそろ入学式が始まるでしょうから行ってきなさい。あまり無茶をしない事、そしてこの時から貴方は王族ではなく一学生よ。4年間長い様だけれど短い時間、好きに生きなさい」

「……はい、姉上」


 ルナリアに頭を撫でられて告げられたリリスは恥ずかしげに身を捩るが、その言葉に僅かに目を閉じ、自信の中で反芻していた。

 この為に姉がどれだけ動いてくれたかを知っている。

 どれだけ無茶をしたか知っている。


「では、いってきます姉上」


 恐らく姉に直接会えるのも暫く先。入学式が終わる前にはここを出ると言っていた為だ。

 誰も知らない場所、味方の居ない場所、けれど、リリスは仮初めとはいえど、籠から解き放たれる事となる。


「ええ、いってらっしゃいリリス」


 微笑んだルナリア、その顔は王女の顔ではなく、ただ一人の姉の顔であった。


 ○


 眠い。

 僅かに重い頭を揺らしながらスオウがまず思ったのはそれだ。

 昨日夜遅くまで魔術書を読んでいたのも原因だが、中庭で予定の時間まで寝ようとしていたというのに邪魔が入った事が原因である。

 隣を歩くスゥイは自業自得だと言ってくるが、正直な話悪いのは相手であって俺ではないと思いたい。


 そも、入学式初日で喧嘩をふっかけてくる方がおかしい。

 しかも入学試験の結果をどう言う手を使ったかは知らないが、知ったのだろう。不正がどうの、貴族でもない奴がどうの、とめんどくさいことこの上無い。まぁ、ある程度予想していたにせよ、学院の生徒とは思えない程品が無かった。


 あげくに無難に返事を返して濁して去ろうと思っていたのに今度はスゥイへと突っかかると来たものだ。

 お陰で無駄に切り札を切ってしまった。まったくもってやってられない。


「何用だ、ここから先は関係者以外立ち入り禁止だ」


 考え事をしていた為前を見ていなかったので、目の前に出てきた鎧の男の声に驚き視線をあげるとそこには怪訝な表情をした兵士が一人。どうやら目的の場所の近くまで来ていたようだ。スゥイも言ってくれれば良いものを。

 そう思いながら横を見れば呆れた顔をしている。どうやら声はかけてくれていた様だ。


「なんだ、文句が有りそうだな」

「無駄話している暇があるのですか」

「……まぁ、そうだな」

「一体何だお前ら、良いからさっさと去れ」


 目の前で話しだした子供二人。うっとおしそうに手を振り下がらせようとするのは当然だろう。

 その兵士に向かって少年の一人、スオウが首にかけていた首飾りを服の中から出して相手へと見せる。


「……ッ、こ、これは失礼しました。どうぞお通りください」


 首飾りの先についていたのは王家の紋章、それもこの先にいるルナリア王女の物。この国では5番目に力を持つ紋章だ。

 あまりちらつかせるつもりも無かったスオウだが、ここで揉め事を起こす必要性も無い。


 敬礼し、直立不動となった兵士の横を抜けて先へと進む。

 扉の前にはまた二人の兵士、近づいてきた子供二人に先ほどの兵士と同じ様に怪訝な表情と同時に、手に持っている槍を構えようとするが、それより早く紋章を提示する。


「失礼しました。どういったご用件でしょうか」

「ルナリア王女様にお目通り願いたい。西の愚者が会いにきた、とお伝え願えるだろうか」

「ハッ、少々お待ちください」


 ほれぼれする様な敬礼。そして後ろにある扉を開けておそらく中に居ると思われる兵士へと伝言を伝える。

 中の兵士はまたその中の侍女へと伝え、そしてルナリア王女からの返事をもらうのだろう。


 僅かな時間、その返答は返ってきた。


「お待たせ致しました。直ぐにお会いするとの事です。念の為こちらで武器を預かりますのでご了承ください」


 言葉と同時にもう一人の兵士が近づいてくる。その兵士へ腰に釣っている剣と懐に忍ばしている暗器、刻印が刻まれた鉄杭、指輪、腕輪を外して渡す。一方スゥイは短刀一本である。当然とも言えるであろう、スオウが武器を持ち過ぎなのである。


「確かにお預かり致しました、お帰りの際お渡し致します」


 兵士の言葉に簡易の敬礼を返して扉の先へと進む。

 中にはやはり軽装備の兵士が数名、その中の一人が扉をノックする。そうすると中から扉が開かれ、20歳半場ほどの麗しい侍女が迎え入れてくれた。


 部屋に入ると同時に視線が合う、金の髪、その独特な髪型は片半分は髪留めで、そして片半分は下へとおろし、垂らしている。

 視線が合うと同時に笑みを浮かべるルナリア王女が其所に居た。彼女から視線で座る様に言われ、スゥイと連れ立ち対面の椅子へと座る。

 その行為に対して周りの侍女は僅かに顔を歪めるが、主人が何も言っていないのならば言う訳にもいかない、と無言を貫き。スゥイはスゥイで僅かに呆れた目をスオウへと送りながら、スオウが座った斜め後ろへと立ち控える。


「ご無沙汰しておりますルナリア王女様、お忙しい所お時間頂き誠にありがとう御座います。本日もご機嫌麗しく――」

「面倒な前置きはどうでもいいわ。報告して頂戴」

「……形式は大事かと思いますが?」

「ふふふ、形式を無視して入室した挙げ句に、現在も形式上大切な入学式をさぼっている者の言葉とは思えないわね。必要な時は、でしょうスオウ? 今は時間の無駄よ、それとも無駄な時間を私に過ごさせるのかしら?」

「困りました、随分と辛辣ですね王女様。これまでの貢献具合は相当な物かと思っていたのですが」

「あら、残念貴方との思い出は冷たい鉄の刃しか無いのだけれど」

「それは悲しい事です、次はきちんと暖めてから差し出す事にします」


 互いの会話に眉間に皺を寄せる侍女達を他所にルナリアは薄く笑う。

 スオウの言葉に敬意を感じる事は出来ない、だがそれでいて苛立を感じる程ではない。

 ルナリアが甘いのか、スオウの纏う雰囲気が独特な為なのかは解らないが、少なくともルナリアはこの様な会話を嫌っては居なかった。


「相変わらずで安心したわスオウ、先ほどアルフロッド・ロイルと会ったのだけれど予想以上に酷かったわよ。教育係の立場が無いんじゃないかしら?」

「いつから教育係に、――あぁ、そう言う事ですか。それは、そうですね何とも……。彼の自主性を伸ばそうと努力したのですが。しかし途中から結局の所それも押し付けに過ぎないのではないかと思いまして」


 同じ加護持ち、国に縛られる事を否とし、彼の意思を尊重し、そして世界の事を教え、物事の裏を知らせようと思ったのだが。だが結局それも所詮は自己満足に過ぎず、結局誰かを導く等傲慢にも程が有るのだと。そう、スゥイを傍において思い知らされた。

 

 故に――


「それでアルフロッドが離れる事に対して何も言わなかった、と?」

「締め付けるのは性に合わない物で」

「それで国が傾いたら笑えないのよスオウ」

「ええ、理解しています。一応学院に入学させるという名目は果たしましたし、在学中は私の方である程度は処理しますので。アイツはまぁ、明確な敵を用意してやれば問題ないでしょう」

「そう、まぁ……、血はあまり流さない様にね」

「そればかりは相手次第かと思います。ご心配なく、後処理もきちんとやりますので」


 ならいいわ、と返すルナリア。

 それは自分に迷惑がかからない限りは好きにしても良い、という意味だ。あくまで国益の為ならば、が付くのだろうけれども。


「一応こちらでも何人か紛れさせているから上手くやりなさい。で、そちらの綺麗なお嬢さんは報告、いいえ、紹介してくれないのかしらスオウ?」

「失礼しました、スゥイ」


 机の上へと肘を置き、サラサラと流れる金の髪を手櫛で梳きながら流し目でスオウを見て、スゥイへと視線を送るルナリア。

 それに対してスオウは軽く頭を下げ、視線を彼女、スゥイへと向け声をかける。

 声をかけられたスゥイは僅かに前に出て跪き、深々と頭を下げ、名を名乗る。


「お初お目にかかります。コンフェデルス連盟より参りましたスゥイ・エルメロイと申します。この度はこの様な場にお招き頂き大変恐縮でございます。我が主人、スオウ・フォールス様の護衛をしております」


 いつもの貼付けた笑みはどこへやら。主人、という言葉を発したと同時にめんどくさそうな顔になり、そして様付けで呼ばれた途端疲れ切った顔になるスオウ。

 面白いくらいに顔色が変わる様相にルナリアは思わず声を上げて笑う。これだけで一つの寸劇が出来るのではないか、と。


「可哀想に鮮血は解任かしら? 報われないわね彼女も」

「何を勘違いされているかは存じませんが、学院の中に彼女を堂々と正面から入れる訳にもいかないでしょう。表立ってはいませんが一応カナディルでもお尋ね者なのですから」

「そう? 貴方ならどうとでもしそうな気がするけれど。首にするときは言って頂戴、私が貰うわ」

「ニールロッドが泣きますよ」

「側に置くならむさい男より綺麗な女性の方が良いでしょう? 歳も同じくらいでしょうし」


 寝首をかかれなければ良いけどな。と内心で毒付くスオウ。というかむさいと言われているニールロッドに僅かながら同情しないでもない。というかそもそも渡すつもりも無い。

 そんな事を思っている所で目の前のルナリアが悪戯気に笑い、スゥイへと声をかける。


「スゥイ・エルメロイ」

「はっ」 

「まぁ、頑張りなさい」

「は、はぁ……?」

 

 いつもの無表情顔が僅かに歪む。

 流石にその言葉は予想していなかったのだろう。一体何に頑張れというのか、とスゥイは内心で呟くが答えをくれる者が居る訳でも無し、自分の中に答えが有る訳でも無し、取り敢えず曖昧に返事を返すしか無かった。


 続けて座りなさい、と促してくるルナリア王女に対して逡巡すると座っているスオウが横の椅子を椅子に座りながら引く。

 座りやすくしてくれたのは解るのだが、礼儀どころの騒ぎではなく、失礼にも程が有る。ふとスゥイは周りの侍女を見るが、こめかみに青筋を立てていそうな顔をしている者を数名認めた。主人が何も言わないのであれば顔にも出さないのが一流だが、流石に暴挙しすぎたのだろう。

 そんな彼女達に僅かながら同情を感じるスゥイだが、大人しく座る事にする。

 

 座ると同時に横から流れる様に出てくる紅茶のソーサとカップ。高い物を使っているのだろう、芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。スオウも手に入れようと思えばいくらでも手に入れれるのだろうが、彼は割と安っぽい味を好む。そう言ったら庶民的だ、と言ってくれと言われたが。

 いんすたんとらーめんが食べたいとたまに呟いているのだが、美味しいのだろうか。そんな事を不満に思われながらも丁寧に淹れられた紅茶を飲みながら思うスゥイ。そしてスゥイが落ち着いた所で本題を、とばかりにスオウが話しだした。


「では、真面目な話を。蒸気船に関しましてはほぼ予定通りとの事です。今年度には国に2隻納品が可能となります。これで合計5隻ですね。それと同時に他の貴族を黙らせて頂けると助かると。私にもよこせ、と馬鹿が多い様で。後でリストをお渡しします」

「わかったわ。そこはグリュエル辺境伯とも相談してやっておきましょう。一番良いのは国経由でしょうけど、グリュエル辺境伯経由の方が“私”としてはいいのだけれど……」

「その辺りはご判断お願い致します。蒸気機関車に関しましては、カリヴァ男爵よりやはり通行料とレール設置代を要求してくる貴族が多い様です。故にどうしても北回りで配置せざるを得ない状況です。其の為来年度予定の中央都市ヴァンデルファールへの設置は見送りとなりました。当面はグリュエル辺境伯の領地とその間の数カ所、そしてクラウシュベルグ領です。南経由のルートも模索中では有りますが現在交渉中との事です。ですがこちらは迂回ルートとなる為無駄が多いですから、将来首都連結も含めて考えるとあまり効率的では有りません。まぁ、国土全てを覆うという目的からすれば全く無駄とは言いませんが……。」

「……愚かにも程が有るわね、腐ってるわ」

「新しい物を嫌うヒトや難癖付けて金を取ろうとするヒトは何処の時代にも居ますから。さらにカリヴァ男爵はここ最近急成長していますのでやっかみもあります。仕方が有りません。一応男爵と相談の上、輸送ルートを絞りますので2、3年もすれば彼らは干上がるかと思いますが」

「2、3年も待てる訳が無いでしょう。首都側も財務大臣の馬鹿が首を縦に振らないせいで見送りになってるわ。安全性がどうの、と難癖付けているのよ。どうにかしないといけないわね」


 ギリ、と爪を噛むルナリア。

 どうでも良い事だがそんなだらしが無いとも言える仕草すら様になってるので誰も何も言えない。言わない。


「首都の方はともかく、最悪中央都市との連結はなんとかしたい所です。一応この学院にも数名その問題貴族の子息がいますので利用できそうならば上手く使おうと考えています」

「あまり派手にやらない様に、一応学院との密約に触れるわ」

「生徒同士のお願い、で済ます様努力します」


 その言葉に努力では困るのだけれど、とルナリアは思うが、先のアルフロッド・ロイルに関する話と同様、自分の不始末を自分で片付けられない男ではない、と思い直し頷き了承する。


「塩の専売と香辛料の栽培はどうかしら?」

「そちらも順調です。香辛料に関しましてはコンフェデルス、帝国、リメルカ、後勿論スイルより仕入れた物の栽培も含めほぼ問題有りません。ニアルに生息している物も将来的には採取、栽培したい所ですが、現状伝手が有りませんので後回しですね」

「そう、まぁニアルに関しては仕方が無いわ。それより知らない香辛料も有るらしいわね、楽しみにしているわよ」

「ターメリックやコリアンダー、フェンネルですか。試験的な物ですので長期的な影響を含めた毒味まではしていませんから王女様の口に入るのはまだまだ先かと思われますが」


 ルナリアの言葉にふむ、と思案してから答えるスオウ。

 あくまで前の世界、その世界で見た事が有る香辛料と同じ形、同じ味だったから、というだけで採用したに過ぎない。あるいはまったく同等ではなく、毒素が含まれているという可能性が無い訳ではないのだ。魔素がどういった影響を及ぼしているかは不明。現在まで食べた果物、野菜を考えれば恐らく問題ないとは思えるのだが。

 兎にも角にも香辛料に限らずクラウシュラが持っていた栽培の知識は重宝できる。ネットサーフィンも馬鹿にはできないな、とスオウはその時思ったそうな。


「貴方は食べたの?」

「え? あぁ、はい。何人かの毒味役を通してでは有りますが」

「そう、じゃあ問題ないわね。今度それを使った料理を振る舞いなさい。そうね、半年くらい先あたりなら時間が取れると思うわ」

「……それは、いや、まぁ……、構いませんが。できれば半月前には連絡を頂ければ助かります」

「ええ、楽しみにしておくわ」


 頬に手を当てて、微笑み答えるルナリアへため息をつきそうになるスオウだが、クラウシュベルグへ帰省後、コンフェデルスへ戻るついでにと首都へも寄り、カリヴァからの報告を伝える為に何度か会っていたが、相も変わらず、と言った所。内心を悟らせない為かと思っていたが、どうやらこれが素の性格なのではないだろうかと思い始めている。別に嫌いじゃないから良いのだが、と思っているが。しかしながら振り回されるのは好きと言う訳ではない。


「そうそう、コンフェデルスで大分やらかしたらしいわね」

「そちら側へ何らかの影響がありましたか?」

「いいえ、大事にすればあちらの管理問題にも影響するでしょうし、何も言ってこなかったわ。それを見越していたのでしょう?」

「ええ、まぁ。そういえばその件でベルフェモッド家から蒸気船と蒸気機関車の交渉が有りましたが」

「……あぁ、ソレ。もう既に基本概念と図面は全て渡ってるわよ。蒸気機関車の方だけだけれどね。蒸気船は何とか抑えたけれど、国に収めた分の船で解る範囲での情報は渡ってるわ」

「……は?」

「これに関しては本当に申し訳ないと思うけれど、国王の独断よ。あぁ、まったくもう、言っとくけれど最高機密よ。コンフェデルスも2年間は作らないと約束させたわ。むしろソレが限界だった、実際はもう裏で造ってるでしょうけどね」


 ……馬鹿なのか。と言いそうになるのを喉元で堪えてルナリアを見るスオウ。

 苦虫をかみつぶした様な表情のルナリア、それから推測するに本意では無かったのだろう。当然だ、自国で誇れる技術を他国に売り渡す。それも戦略兵器になりえる存在をだ。同盟国とはいえどやり過ぎである。対価に何を貰ったにもよるのかもしれないが。

 そんな内心を読み取ったかルナリアはため息を一つ付いてスオウへと話す。


「一応相当な金銭は貰ったみたいだけれどね。どうせ表立っての交渉じゃない、表面に出せるお金じゃないわ。どう言った使われ方をするのかは解らないけれど、まぁ国軍の増強に使われるのであれば多少はマシかしらね」

「相も変わらず、か」

「そうよ、相も変わらず、よ」


 互いにため息をつく。予想の範疇とも言える事だったが、正直外れて欲しかった事でもある。

 ルナリアから聞かされた話、そして裏で流れている噂。カナディル連合王国の国王は第一王女と第三王女を愛していない、という噂。

 第二王妃の妻を愛し、そしてその娘のみ愛しているのだと。

 娘が嫁いだコンフェデルスへの貢ぎ物と言った所だと考えられる。


「お陰でグリュエル辺境伯の味方が増えた事は喜ばしい事だけれどね。宮廷の不満もそれなりよ」

「ルナリア王女の味方、ではないのですか?」

「表立って私の味方なんて言う訳に行かないでしょう。宮廷が割れるわ」


 そうはいってもグリュエル辺境伯の味方をしているだけで問題が有るのだが。

 辺境伯が表面上だけかもしれないが、国王に従っている事から問題としていないのか、あるいはその力を恐れて手を出せないのか。となると国軍の増強は十分に考えられる。その為に金を欲したか、あり得ない話でもない。


 思案に沈んでいたスオウだが、軽く首を振ってこの話は取り敢えず終わりよ。と告げたルナリアの声で視線をあげる。

 憂鬱な表情は鳴りを潜め、いつも通り優雅な姿でやや冷めてきた紅茶を飲むルナリア。

 ゆっくりとカップを傾け、そして一口。


「リリスの事も頼むわねスオウ、貴方の提案なんだからね」

「流石に加護持ちと接点を持てるとは思いませんが。所詮は一学生ですので」

「リリスも一学生よ。多少性格に難はあるけれど、可愛い妹よ」

「得体の知れないヒトに関わらない方が良いと思いますけれどね。悪影響を与えて利用するかもしれませんよ」

「その時は焼死体が一つ出来上がるだけよ。皮膚が焼け焦げるだけの雷撃はそうそう見れる物じゃないわよ?」

「……、仕方が有りませんね。出来る範囲で気をつけましょう」

 

 ふ、と笑うルナリア。

 その答えに満足した、という訳でもなさそうな表情であったが、スオウも特に何も言わなかった。

 互いに利用する関係に過ぎない間柄では有るが、その関係は互いのメリットが大きいが為の関係。多少の無茶程度ならば聞いて関係の持続を計るべきであるというのが両者の考えだ。


 そして、そろそろ話す事も終わったし、帰るか。とスオウが考え席を立ち上がろうとした所でルナリアが手でそれを制した。


「まだ少し話が有るわスオウ。入学式が終わるまでは時間があるのでしょう」

「個人的には入学式が終わってからでも構いませんが、ルナリア王女がここを出る時間が無くなるのでは」

「問題ないわ、私が帰った後で入学式が終わる様になっているのよ」

「成る程、まぁそれでしたら構いませんが。それでなにか?」

「そうね、一応貴方にも話しておこうと思って。それで――」


 話しかけながらスゥイの方を向くルナリア。その目には退室をお願いできるかしら、と言わんばかりに告げており。その目に僅かに目を細めたスゥイだが、隣に座るスオウもそれを認め、了承した事から渋々とまではいかないが、それでも僅かに不満気に眉を顰め、深々と頭を下げ、退室して行った。


「貴方達も退室してくれるかしら」


 そして続けたのは侍女に対して。一瞬何を言われたか理解できなかった侍女達であったが、直に理解し反論の声をあげる。


「ひ、姫様? なにを!?」

「私の言う事が聞けないのかしら?」

「で、ですが」

「二度は言わないわ」

「……た、直ちに。何か有りましたら直ぐにお声がけ下さい」


 引きつった顔で退室して行く侍女達。ものすごい形相で睨まれるスオウだがどこ吹く風とばかりに淹れてくれた紅茶を飲む。

 最後の一人が深々と頭を下げ、そしてギロリ、とスオウを睨んで扉を閉めた所でスオウが口を開く。


「要らない所でヒトの恨みを買った気がするなぁ」


 然も有らん、何処の馬の骨とも知らない男と完全に二人切り。あげくに密室環境。

 外のスゥイが侍女達に嫌がらせされてないと良いけど、とスオウはどこか他人事の様に思っていたりするが、あるいは互いに意気投合して自分の悪口を言い合っているかもしれないなと思い直す。


「今更一人二人増えた所で大差ないのではなくて?」

「不必要な所で増える事を良しとした訳では有りませんが……。まぁいいです、それで話とは?」

「あら、せっかちな男性は嫌われるわよ」

「時間がそれほどある訳では無いかと思いますが」


 無意味に待たされる新入生と教師達を思えば予定通り、時間通りに入学式を終わらせてやるべきだろう、と言外に含み告げる。


「そうなのだけれど。……私もそれなりに覚悟がいるのよ、まぁいいわ」


 額に手を当て、そしてそう言ったルナリアは席から立ち上がり、そしてその手を腰の後ろへと、そして直に首の後ろへと回す。

 しゅるしゅるという音と同時に彼女の背と首の部分にあった紐が外れ、意匠の凝らされたドレスがはだけ、地面へとするりと落ちる。


「……ちょっと、待ってくれ」

「あら? 貴方も人並みに動揺するのかしら。これは面白い物を見れたわね」

「(クラウシュラ……、交感神経の興奮抑制。あと下腹部への血流抑制操作)」

(そんな事に使われる魔法じゃなかったと思うのじゃが)

「(うるさい、さっさとやれ)」


 スオウの内心の葛藤を他所に、くすくすと笑いながら今度は肌着になったルナリアがその肌着を脱ぐ。陶磁器の様に美しい肌が露になり、形の良い乳房とうっすらと生えた髪の色と同じアンダーヘアが僅かに見え、だが――


「なんだ、それ……」


 そんな箇所を見るよりも、それよりも意識を取られる場所。

 一糸まとわぬ姿になったルナリア、くるり、と背を向ける様にして立つその彼女の背中にはびっしりと魔術刻印が刻まれており、背一面、二の腕を覆い、そして足のふくらはぎを僅かにかかるまでその刻印は刻まれていた。


「光栄に思いなさい。この姿を見るのは貴方が3人目よ。父上と宮廷魔術師長と、そして貴方。ああ、一部だけ、という事ならリリスも入ってるかしら。あとは入浴の時に手伝いをする私の本当の側近くらい。男性だけで言えば貴方が3人目ね」

「……なんだそれは」


 18歳の女性の肌に刻む物とは到底思えないその代物。

 それはまるで鎖の様で、全身を蝕む呪いの様で。つぅ、と手を上げてその刻印をなぞりながら遠くを見つめるルナリアは、その美しさと相まってどこか幻想的な雰囲気を持つ。


「あら、これほどの美女が裸で居るのだからそれ以外の言葉は無いのかしら? 国の王女が一糸まとわぬ姿で居るのよ?」

「――ッ、美しい、とでも言えば良いのか? もう言われ慣れてる言葉だろう」

「そうね、そんな陳腐な言葉はもう聞き飽きてるわ。貴方なら多少気の利いた言葉が出てくると思ったのだけれど」

「14歳の餓鬼にそんな事を期待されても困るな、それで? それはなんだ?」


 指を指して示す先、全身を覆う刻印を指して再度問うスオウ。

 自分を抱きしめる様に、乳房を僅かに隠し、背を向けるルナリアは先ほどまで微笑んでいた顔を隠し、一切の無表情になる。その様相にスオウはぞくり、と肌を泡立たせる。それほどまでにその感情の抜け落ち具合は唯事ではなかった。そしてその形の良い口から怨とも言える様な、僅かにかすれた声が耳に届く。


「呪いよ」


 ――と。


「本来これは加護持ちに刻まれるもの。ヒトの身に余る強大な力を個人が持つ事を許さない、それは抑えが利かない事で暴走を避けるため。数百年前に完成させた加護持ちに対する首輪。正式な名称は無いのだけれど、私は呪怨刻印と呼んでいるわ。発動と同時に全身を蝕む激痛に、一切の魔法行使を抑制されるわ。加護持ち相手のレベルで発動するから、私の場合はきっと激痛で即死ね」


 ふ、と自嘲する様に笑うルナリア。対するスオウは予想外の情報で頭を抱えた。

 片手で額を抑え、眉間に皺を寄せ、舌を打つ。


(クラウシュラッ!)

(知らぬ、恐らく王族にしか知らぬ秘術だろうて。産まれた瞬間に刻むのならば加護持ちの抵抗も無い、ありえん話では無いの。この数百年で開発でもしたのじゃろうて)

(ッ、くそが)


 ギリ、と唇を噛む。

 ルナリアが言いたいのは明白だ、アルフロッドが言う事を聞かなければこれを刻まれる、と。

 本人であれば最適だろうが、それは難しい。となれば近い者の誰か、そうライラがその可能性が一番高い。

 あるいはライラを人質に刻め、と迫る可能性もある。

 先のルナリアの話からそれを知っているのは国王と宮廷魔術師長だけである可能性が高い。国のトップあるいは辺境伯あたりも知っているかもしれないが、これまでそういったアクションが無い事からそれほど優先される方法では無いという事である可能性が高い。


 だがしかし――


「何故、ルナリア王女にその刻印が?」


 当然の疑問、本来であればおそらくリリス王女に刻まれるべき刻印がなぜかルナリア王女へと刻まれている。

 思わず自身の二の腕、左腕の二の腕を掴む。魔術刻印を刻むのは相当な激痛が伴う。

 それは魔術刻印を発動するにあたって自身の魔素と連結していなければならないからだ。其の為感覚が曖昧になる麻酔を用いる事は出来ず、そして刻印を刻む際に使用するのは宝石や魔石が基本となるが、魔術によって溶かされ、凡そ数百度にもなるその高温の液体を皮膚の中へと溶かし込むのだ。その激痛は生半可な者ではない。


 自分も、“二の腕”に刻んでいるからこそそれが解る。全身に刻まれている彼女は、ルナリア王女はどれほどの苦痛だったのか。間違いなく数回、数十回は激痛で意識を飛ばしている事は間違いない。


「身代わりになったのよ、産まれたばかりの妹にそれを刻もうとする父上に反抗してね。それはもう尋常じゃない痛さだったわ。やられて数秒で後悔したわよ。今では良かったと思ってるけれど」


 そういって儚く笑うルナリア。産まれたばかり、その言葉から推測するに当時の年齢で言えばまだ4歳の筈だ。

 4歳の少女がそれを願う事もそうだが、それを刻む方も刻む方だ。どうかしている。

 だがしかし、姉に刻んだからといえど加護持ちの危険性が無くなる訳ではない。恐るべきはその胆力と交渉力だろうか。

 あるいは国王に、あるいは宮廷魔術師長に何らかの思惑があったか、それとも僅かばかりの情でもあったか。


 感情のこもらぬ目で自身に刻まれている刻印をゆっくりと撫でていくルナリア。

 その手は愛おしいものを撫でる様な手付き、だがしかしその目は冷えきっており、なにも読み取る事は出来ない。

 そうして数秒、撫で続けていたルナリアが唐突にぽつり、と呟く。


「ねぇスオウ。私は母上を殺し、私にこんな刻印を刻ませたリリスが憎いわスオウ。これ以上無い程憎くて憎くてたまらないわスオウ。今直ぐにでも殺してしまいたいくらいに。あの笑顔も、あの姿も、歳を追うごとに似てくる母上の面影も、全て全て全て憎くてたまらないわ。

 けれど、私の唯一の妹、世界でただ“一人”の愛おしい家族。誰よりも愛して愛して愛おしくてたまらない。この国の悪意から守ってあげたい程に。この身に刻まれた刻印すらも彼女を守れるのならば苦ではない程に。――だから、リリスを頼むわねスオウ」


 ふ、っと儚げに笑う彼女はどこか歪んでいる様にも見えた。

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