儚き幻想血に染まりて地に伏せる3
It is much more difficult to judge oneself than to judge others.
他人を裁くより、自分を裁く方がずっと難しい。
カナディル連合王国 クラウシュベルグ商店街
中央都市ヴァンデルファールにて入学式が始まろうとしている時、スオウとアルフロッドの故郷、クラウシュベルグにて二人の男女が商店街を闊歩していた。
一人はふわふわの茶髪のロングヘアで、垂れ下がった目元や人懐っこい笑顔は庇護欲を掻き立てられそうな顔立ちをしている。暑さもあるのか薄着でラフな格好をしており、その胸元の大きく開いた服は胸の谷間がこれでもかと強調されていた。そしてその巨乳具合は前屈みで商店に並ぶ商品を見ている事からわかる。たわわに実ったソレに周りの男連中の視線が一点に集まるのも仕方が無いとも言えよう。ちなみに視線を向けた事によって彼女に足を踏みつぶされている男がその中にいたりするが……。
そしてもう一人の男、同様の茶髪で、耳にかかる程度の髪の長さ。端正な顔立ちではあるが、その顔は苛立一色であり、眉間の皺がこれでもかと刻まれている。その理由は明白で――
「あついッスー! ちょーあついッスー! 夏のカナディルなんて暑いだけッスよー。帰りましょうよー、やってられないッスよー」
パタパタと胸元を広げ、空気を送り込む女性。その度に谷間の見える範囲が広がり、傍の商店の店主の鼻の下がものすごい伸びているが話しかけられた男の方は眉間を手で揉みながら、さらに苛立を深めている様だ。
「……」
「お? おぉぉぉぉおおおおっほー、これはたまらんッス! フランク見るッス! ソート鳥の焼き鳥ッス! こんな海沿いの街で食べられるなんてすごいッスー。おじちゃんその串10本頂戴ッス。いやーこれはアレッス、蒸気機関車とかいう奴のお陰ッスね! しっかしやっぱりこの街の発展具合は異常ッス。でも美味いので問題ないッス!」
「……」
「エール、スタウト、ポーター、ワイン。こ、こここ、これは話に聞いていた伝説のケルシュ! あっちにはラガーも有るッス。飲み比べッス。仕事しながらお酒が呑めるなんてやっぱりこの仕事は天職ッスー! 前言撤回ッスー、夏も捨てたもんじゃないッスー」
「うっせぇぞ! ツェツィッ、真面目に仕事しやがれ! この馬鹿女!」
ついにキレた。
「馬鹿って言う奴が馬鹿なんスよー。ピリピリしてたら禿げるッスよー。別に適当に報告しておけば良いッスよー。カリヴァ・メディチとかスオウ・フォールスとか新しい加護持ちとかとか? どうでも良いッスよー。美味いものを作ってくれるならなんでも良いッスよー」
「て、ん、めぇ――! そんな報告あげられるかぁぁぁっ!」
そして更にキレた。
「おーよしよし、大丈夫ッスよー。反抗期ッスねー。ツェツィお姉ちゃんがついてるッスよー。そんなにカリカリしなくてもツェツィに任せておけば全部ばっちりおっけーッスよ!」
「だ、れ、が、姉だ、この馬鹿女! いいから仕事するぞ! ってちょっとまてやっ、ヒトの話を聞け! 何食ってやがる、いつ買った、俺はいらねぇっつってんだろうがっ! 口に、いれんなっ、ちょ、まて、もぐ、もごぐっ!」
「だめッスよー。一杯食べないとおっきくなれないッスよー。反抗期の子供には美味しいものがいいんスよー。もぐもぐするッスよー」
「もがもがががもがが――ー!!」
口の中にたくさんの串を詰め込まれた男が叫ぶ、叫ぶがツェツィと呼ばれた女性はどこ吹く風だ。
顎を掴み、ぎちぎちと嫌な音をならしながら無理矢理串を男の口へと押し込む女性、端から見たらある意味ホラーとも言えるその光景だが、女性の視界に別の商店が入り、意識が逸れる。
そしてぽい、と男を放り投げ、商店の前へと小走りで近づき、そこに並べられている酒の種類を見て目を輝かせた。
「おっほー、たまらんッスー、カナディル名産の名酒まで揃ってるッス! 今の職場も捨てたもんじゃ無いッス。これも全部今回の手当で落とすッスー! やっぱり天職ッスー!」
「もががもがもががー! (落とせるかボケー!)」
彼ら二人、女性の方はツェツィーリア、男性の方はフランク。巫山戯た二人では有るが、これでも相当な腕利きであり、その所属は帝国軍情報局。他国の諜報を主とする部隊の者であり、その能力は高い。現在二人はカナディル連合王国で新たに出現したとされる加護持ちの情報収集及び、ここ数年で急速に頭角を現したカリヴァ・メディチ、そしてその影にちらつくスオウ・フォールスを調べる為にやってきた。のだが……。
「これはアレッス。カリヴァさんに結婚を申し込むッス。毎日美味いもの食べるッスー。あ、でも流石に商会の主だからお相手は決まってるッスかねー。じゃあアレッス。スオウ君にお願いするッス」
「もぐもぐ、んぐ、ごっ、むぐっ……、ごくんっ。確かに美味いな……、じゃねーよ……。情報だとスオウ・フォールスは13歳か14歳だぞ……、というか問題はそこじゃねぇ」
「大丈夫ッス、10歳差ならいけるッス! 愛は世界を救うッス! 毎日食っちゃ寝の生活ッスー。この仕事給料の割には危険が多すぎるッス。14歳ッスよねー、暖かな母性で包むッスー。イチコロッス! あ、駄目っすよーこのおっぱいはもうスオウ君の物ッスよーフランクは見ちゃ駄目ッスよー」
「ぐ、ぐぐぐ、こっ、のっ、誰が見るかッ、変態馬鹿女ッ!」
ぶん、と振るわれる拳。だがしかしするりと躱され、胸を抑えながら距離を取るツェツィ、そしてその顔には満面の笑みが浮かぶ。
いやな予感がフランクを包むと同時に。
「いやぁぁぁっ、この野蛮人ツェツィを犯そうとしてるッスー!」
「ちょ、まてやぁぁぁぁっ、違う、違います! 違いますから! この馬鹿女が勝手に!」
慌てて周りに声を張り上げ弁明を計るフランクだが、心配するまでもなく周りの通行人は生暖かい目で見てくるだけだ。
どうやらおかしな2人組が先ほどから騒いでいると気が付いていたのだろう。
その様相にはぁ、と脱力し安堵のため息をつくフランク。そして一寸、騒ぎの張本人は、と探した所、数メートル先の所で女の子に絡んでた。
「てんめぇー! ふざけんなっ、まじふざけんなっ、俺の社会的な立場を殺しかけておいてシカトかこの野郎!」
「元からフランクに社会的立場なんて無いッスよー。それと騒ぐと女の子が怯えるッスよー、デリカシーが無いッス、まじ駄目男ッス、駄目男フランク。最低ッスー! 生きてる価値が無いッスー!」
「お、おぉぉぉ、お前、喧嘩売ってんだろうがっ! 上司を何だと思ってやがる! てめぇ、表でろ!」
「ここは表ッスよー。この暑さで頭までやられたッスね。ごめんねーお嬢ちゃん、かわいそうなヒトなんス。許してッス」
「え、う、うーん? うん、大丈夫だよ。私変なヒトの相手は慣れてるもん」
ぐ、と握りこぶしを作って頷く少女。その解答は果たして正しいのかは別として、取り敢えずその仕草はかわいい。
というかぺろぺろしたいとツェツィが思っていたりするのだが。どちらにせよその力強い答えに僅かに鼻白んだ。
「そ、そッスか。でもアレッスよー、変なヒトに着いて行っちゃ駄目ッスよー、例えばこんな男とか絶対危険ッス、気をつけるッス!」
「うん! 大丈夫、わかってるよお姉ちゃん。こういうヒトに気をつける!」
ツェツィの言葉、その指が指し示す先に立っていたフランクをちらりと見た少女は、うん、と深く頷き、顔は確り覚えた、と言わんばかりにツェツィへと返事を返す。見られたフランクが言葉にならない程のダメージを受けていたりするのだがそれはもはやどうでもいいとばかりにツェツィは少女を抱きしめる。
「いい子ッスー! マジいい子ッスー! お持ち帰りしたいッスー!」
はぐはぐと抱きしめると同時に、その豊満な胸がむにゅむにゅと動き、それはもう周りのヒトの視線を集める訳だが当の本人は知った事かとばかりに抱きしめる。
「お、お姉ちゃん苦しいよ」
「はっ! ごめんッスー! でもかわいいのが悪いッス」
「えへへ、変なの! あっ、ごめんねお姉ちゃんもう行かないと、暫くこの街に居るの?」
「そッスねー、お酒も全部呑んでないし、もう二、三日はいるッスよー」
「ふふ、お酒ばっかり。グランおじさんみたい。じゃあまたどっかで会ったら声かけて。いつでも案内しちゃうから」
「まじいい子ッス! 心が洗われるッス! ペアの相手を変えて欲しいッスー!」
むん、と胸を張り、自慢げに言う少女にむせび泣くツェツィ。
もはや漫才と化してきたその状況にフランクはため息を吐くばかりだ。
小さな手を振って人ごみへとまぎれて行く少女を見送り、にこにこ顔のツェツィへと再度忠告、いや抗議、いいや、説教をしてやろうと近づいた瞬間、ツェツィはするり、とフランクの視界から消る。どこへ行ったと周りを見渡すと露店の前へと近づいてまたビールを買っていた。
「ツェツィ、頼むから真面目に「8人ッスねー」は?」
ごくごく、とビールを呑みながらぼそり、と呟くツェツィ、その言葉にアホ顔を晒すフランクだが、直ぐにその意味を理解して表情を繕い、周囲を警戒する。
「いつからだ? 街に入った時は3人だったはずだが」
「さっきの少女ッスよー。リーテラ・フォールス。スオウ・フォールスの妹ッス。接触したと同時に監視者が増えたッスね。フォールス家は蒸気船の件で有名になったッスからそこのご息女ともなれば何人か付いていてもおかしくは無いッスけど、その辺の雑兵じゃ無いッス。練度がハンパ無いッスね。当りッスかねー」
「……まじか、どの位だ?」
「フランクは瞬殺ッスね。ツェツィなら逃げれるッスけどー」
「……くそっ」
「大丈夫ッス、警戒だけで仕掛けてくる気配は無いッス。しかしいい子だったッス。スオウ君の奥さん、いや愛人になれば毎日あの子を愛でて食っちゃ寝の生活、こ、これは天国ッス! 帝国なんて裏切るッスー! はっ、そんな事よりビールッスー! ビールビール、おビール、エール、ワイン! お酒お酒、仕事の後はお酒ッスー!」
お前、仕事する前から呑んでたじゃん、というかその発言やばいじゃん、というかもうお前、もう、もうっ! どさり、と手を地面に付き項垂れたフランク。可哀想な目で見ていたのは通行人だけでなく、監視者の目もあったとかなかったとか。
どうやらまだ平和は続きそうである。
○
中央都市ヴァンデルファール ストムブリート魔術学院 主賓室前
思わぬ所で落とし穴。
思わぬ所で拾い物。
思わぬ所で婚約してました!
驚愕の事実が発覚、アルフロッド・ロイルです……。
「こ、こんにゃく……」
「婚約よアルフロッド・ロイル」
「あ、あはは。じょ、冗談っすよね、と、あ、じゃなくて冗談ですよねルナリア王女様?」
「あら、私の妹じゃ不満かしら?」
「え、ええーと、いやそうじゃなくて。じゃなくてで御座いましてです。ええと、はい、とても光栄でございましてですね。いや、そのでも、あれ? 婚約者?」
おかしい、何かがおかしい。
微笑みながら見下ろしてくるルナリア王女を見ながらアルフロッドはそう思った。
入学式、まぁ加護持ちが紹介されるのは予想の範囲だとして、なぜ婚約者という話に。
それもカナディル連合王国でもう一人の加護持ちとされる、しかもリリス王女、そう、王女様と何故婚約?
もはや意味が分からない。
混乱に沈む中、ふと、隣のライラを見ると、なぜか不機嫌顔である。なぜだ、俺が何をした。
「まぁ、取り敢えず部屋に行きましょう。こんな所で話をするべきではないわ。私が話したのだけれどね」
くすくす、と笑いながら先ほど出てきた扉を開き、部屋の中へと戻って行く、ルナリア。
それと同時に恐らく部屋の内側で警戒していたのであろう兵士達がぞろり、と見える。
周囲の気配に気が付いていたアルフロッドは兎も角、ライラはその様相に驚いていたが、直に表情を取り繕う。そしてルナリア王女が完全に隠れてからアルフロッドが、そしてライラが立ち上がった。
目の前に居た教師も同様に立ち上がり、僅かに安堵の息を着いた後、こちらへと話しかけてきた。
「あぁ、すまないね。流石にこうなるとは予想していなかった。まぁ、特に気にされていなかった様だし、ルナリア王女はその辺り解ってくれるお方だから心配はしていなかったんだが。そうだな、先に会えた事は僥倖だったな。
ただ、その、だな。リリス王女様には気をつけたまえ。なんだ、うん、なんというかまぁ、アルフロッド君、無事を祈るよ。この扉の先は別の者が案内する。その者の指示に従ってくれ」
……いや、うん、なんだろう。取り敢えず話している通りならば恐らくこの先にもう一人の加護持ち、リリス王女もいるはず。
王女が二人、そりゃぁ厳重な警備にもなるだろう。しかし、それ以上に教師の言った言葉が気になる。
無事を祈るって、一体何だと言うのだ……。
はぁ、とため息をつくアルフロッド、背中には13歳でありながら哀愁が漂っている様にも見える。
実際は加護持ちが二人いて、尚かつカナディル連合王国が誇る魔術学院、基本襲撃などある筈も無いのだが所詮体裁上の警備と言う奴だ。
さらにアルフロッドは知らないが、リリス王女は兎も角、ルナリア王女はお忍びで来ている。
当然教師陣の一部は知っているため大々的に隠蔽している訳ではないが、それでも学生側の騒ぎを懸念した上でお忍びとしているのだ。勿論、他の理由もあるのだが。
「アル君……」
「う、うぇ? な、なんだよ」
「婚約ってなに……?」
「いや、しらねーよ。俺が聞きたいくらいだよ……」
じと目がきつくなった。何だというのだ、俺が何をしたと言うのだ。
いきなり王女に会わされて、そしていきなり王女が婚約者だって? 俺まだ13歳だぞ? おかしくないか?
なんでこんな話に……、ちくしょう、そうだ、断ろう。そうしよう、そうすれば、うん、よし! ちゃんと言えば解ってくれる筈。
「よし、ライラ大丈夫ちゃんとするから」
「……? アル君? 何を言ってるの? なんか嫌な予感しかしないんだけど」
「任せとけって、話せば解る。まずは第一歩さ!」
「……どうしよう、あんなに嫌だったスオウ君に今ものすごく居て欲しいって思う」
なんかライラが言っているが気にしない。大丈夫、よしっ。
意気込んで扉をノックして招き入れられるアルフロッド。
一室を挟みさらにその奥、一際複雑な意匠の施された扉の前に立つ。
先ほどの教師は既に居なく、前室に居た兵士がアルフロッドとライラの武装を念のためのチェックを行い中に居るであろうルナリアへと声をかける。実際、武器が無かろうとアルフロッドが暴走すれば彼ら兵士で止められる訳も無いのだが。生憎と今回はもう一人加護が居るのでそれで十分とされた。
そして、開かれる扉。
色彩豊かに使われ、その大きさは大人数人分は有ると思われる巨大な風景ががまず視界に入る。
その額縁は金の意匠がなされ、そしてその下の木製漆棚の上には恐らく相当な高級品と思われる調度品がいくつか並べられており、その棚は壁一角を全て埋める様に続いており、等間隔に各国のであろう調度品が置いてある。
他国のヒトを招く場合も有る為だろう。カナディル連合王国に有る為、その国のものが多く置いてあるがそれだけと言う訳ではない。
そして部屋の中央、これもまた美しいまでの意匠が凝らされたテーブル、そして椅子が二つ。
周りには数名の女性が立っており、手にはティーポットを持っている事から恐らく侍女であろう事が推測される。そしてその椅子に座っている者こそ先ほど話題に上った女性であろう。
一人は既に先ほど会ったルナリア王女、こちら側へと向き微笑みを浮かべている。
そしてその対面に座る少女。おそらく自分と同い年と思われるその少女はルナリア王女と同じく金色の髪であり、その髪を腰まで長く伸ばしその綺麗なストレートヘアはまるで窓から差し込む光を反射し金の滝の様にも見える。目は碧眼、そしてその顔はルナリア王女と同じく存在感を伴いながらも、絶世の美少女と言える程のもの。ライラやスゥイも美少女ではあるのだが、彼女は素材に加えてかけている時間と金が違う。加護持ちであるが故に鍛錬は当然しているであろうが、それと共に使われる化粧品や美容品のレベルが違うのだ。
アルフロッドとて、男である。ルナリア王女の時はそこそこ年齢が離れているという事と、落ち着いたその雰囲気に、あぁ綺麗なヒトだな、位しか思わなかったのだが、その少女を見た時その美しさに一瞬息が止まるのをアルフロッドは理解した。別に一目惚れとかそう言う訳ではないのだが、同年代の少女でこんな子がいるのか、という事。それと同時に、同じ加護持ちとして、初めて会う自分と同じ加護持ちとして、その衝撃は計り知れないものがあり、それが相乗し、アルフロッドは一瞬息が止まったのだ。
「あら、どうしたのかしらアルフロッド・ロイル。一目惚れかしら? あらあら、夫婦生活は問題なさそうね」
「……っ」
くすくすと笑うルナリアに対して、その端正な顔を歪め、眉間に皺を寄せるリリス。
だがしかし、ルナリアに視線を向けられると同時に、軽く頭を振ったリリスは椅子から立ち上がりアルフロッドに向かって挨拶をした。スカートの裾を持ち上げ、軽く頭を下げて。
「リリス・アルナス・リ・カナディルだ。アルフロッド・ロイル、まずは学院で4年間宜しく頼む」
「リリス、言葉遣いがそれじゃ美しく無いわよ?」
「姉上……、別にいいでしょう。夫となる相手に取り繕っていては心労がたまる」
「んー、まぁそうかしらねぇ。まぁ、彼がそれで良いというのならそれでいいけど。夫婦間を円満にする為には互いを尊重する事が大事よ?」
「……姉上は結婚してないのに」
「あら、何か言ったかしらリリス?」
「……」
ぼそり、と呟いたリリスの言葉にくすくすと笑い返事を返すルナリア。
結婚していない、それは結婚できないのではなく、あらゆる手段を使って結婚を断っているのだ。
それはナンナは兎も角、自分は望んでいないのにそれを強要する姉に対して不満を覚えるのも仕方が無かった。
とはいえ彼女も王女、自国の利益の為ならば、とそれを飲んだ。ルナリア姉様のお願いならば、と。それに自分以外の加護持ち、興味が無かった訳でもない。
「あ、ええと、アルフロッド・ロイルです。宜しくお願い致します。えっと、その」
「なんだ、はっきりしない男だな。言いたい事が有るならさっさと言え」
むぐ、とアルフロッドは言葉に詰まった。
見た目は美少女だが、言葉は辛い。スゥイを思い出すなぁ、と彼は思っていたりするのだが、そも王族相手にずけずけ言える方がおかしい。
「(あ、でもスオウなら言いそう……、否定できないのが辛い)」
はぁ、とため息をつく。
こんな時スオウなら何て言うだろうか、そういう風に思ってしまった自分が嫌だった。
結局頼ってしまっている、これでは意味が無い。
軽く頭を振って、僅かに半目になってしまったリリス王女へと向き直る。そして、アルフロッドはがばり、と頭を下げてこう言った。
「申し訳有りません! 俺、結婚とか考えられないので婚約を無かった事にして下さい!」
……沈黙。
一瞬にして固まった部屋の空気。
あれ? と思いとなりに居るであろうライラを見れば、顔を真っ青にして口に手を当てて震え、そして目の前を見ると笑いを必死に耐えているルナリア王女と、そして――
「……ほぉ、貴様……、何様のつもりだ」
ギロリ、と言う言葉が正しいだろうか。
それと同時にパチパチと彼女の周囲に雷光が走っているのが見える。
迅雷のロルヴェ、雷の担い手にて最上級の使い手。
「え、え? いや、13歳で婚約とか、それはさすがに……。ほ、ほらそれに結婚って好きな相手とするもんだろぁっ」
バチィッ、とアルフロッドの寸分横を雷撃が通る。
同時におそらく壁に当たった為と思われる何かが溶ける音と焼ける匂いが鼻につく。
何が原因かは解らない、だが間違いなく自分は彼女を怒らせたのだ、と理解した。
意味が分からない、なんで、どうして? そんな事を考えた瞬間、ルナリア王女が我慢できないとばかりに笑い出した。
「っぷ、あは、あははははっくははは、あはっ、はぁはぁ、ぶっ、ぶふふ、ぶはははは、はぁーひぃー、お、おなかいたい、こ、これは、ぶっ、あははは、ひぃー、く、くふっ、くふふふ」
「あ、姉上! 何を笑っているのですか! 王族が馬鹿にされたのですよ!」
「いや、うん、そうだけど、ぶっ、くっくくく、あっははは」
「お姉様!」
ひぃー、ひぃー、と先ほどの澄ました態度はどこへやら。勿論腹を抱えて転がり回るなどといった態度を取っている訳ではなく、見た目的には優雅なのだがその笑いの度合いは高い。そしてひとしきり笑い、目にうっすらと涙を浮かべたルナリアは侍女からハンカチを貰い、それを拭ってアルフロッドへと向き直る。
その顔には笑みと同時に、安堵も見て取れた。
その安堵はアルフロッドにしてみれば安心する顔だったのだが、この時ルナリアはこう考えていた。あぁ、使いやすそうな馬鹿でよかった、と。
「アルフロッド・ロイル。そうね、色々と言う所が一杯ありすぎて何処から言って良いのか解らないのだけれど、まずは婚約解消の件ね。まず先に言っておくと貴方、自分の気持ちだけで話をしているわね。私の妹は色々な葛藤を超えて貴方との婚約を了承したの。それを出会い頭に嫌です、というのはあまりにも失礼よ? それも本人の前で、ね」
それはそちらが予め言わなかったのが原因だろう。と突っかかろうと思えば突っかかれるだろうか?
そんな事は絶対無い。
今回の件は王族から申し出て、尚かつリリス王女が先に名乗り、礼を満たした。ここで注意するべきはアルフロッドは加護持ちとはいえど一般市民に過ぎないと言う事だ。加護持ち、というその価値は場合によっては王族を超えるものでは有るが相手は同様の加護持ちであり、王族。それが関係を結ぼうと言っていると言う事は、この国に対して仕えて貰いたい、その対価としてリリス王女との婚姻をお願いしたい、と国が下手に出ているとも言える方法なのだ。一部の貴族がこの話の流れを聞けば烈火の如く怒り、下手をすれば強引な鎖を付ける事は間違いない。それこそ、グラン・ロイルを人質に取る等と言った方法で。
このリリス王女との結婚は互いの関係を尊重した上での良い縁談なのだ。
だが、アルフロッドの態度はお前とは結婚できない、つまり、この国には仕えられないと言っていると同義。敵対意思を示したとも言える。
さらにそれを本人の前で言う。これはリリス王女が完全に馬鹿にされてしまっている。当然怒るだろうし、隣のライラが真っ青になって倒れそうになっているのも当然である。
「さて、アルフロッド・ロイル。私はこの国の王女で、この国の未来を守る必要が有るわ。故に、今後他国の戦力になる可能性を持つ加護持ちの存在を許すわけにはいかない。自国の戦力にならない事は誠に残念だけど、そうでないのならば監禁するか、殺さなければならないわ? わかるかしら。貴方は今、隣に居る彼女、ライラ・ノートランドを殺したのよ」
それは人質として、最低限の貢ぎ物として。
勿論ルナリアにそんなつもりは無い。だがしかし、コンフェデルスのヒトとはいえど、強いバックボーンの持たない彼女一人の命程度であれば、それほど大きな問題ではないのだ。
「な、なんだよそれ! なんでそんな事になるんだよ! お、俺は別にそんなつもりじゃ」
「そんなつもりじゃなくて国を揺らがされては困るのよアルフロッド・ロイル。“誰か”が良く言ってなかったかしら? 自分の力を自覚しなさい、と。まぁいいわ、リリス、婚約の件は延期にしましょう。良いでしょう? 怒りを治めて頂戴」
「……仕方ない、か。姉上に免じて……」
バチバチと鳴っていたその雷光は鳴りを潜め、ルナリアへと向き直り、笑みを浮かべるリリス。だが、ギロリ、とアルフロッドを睨みつけふん、と鼻を鳴らし椅子へと座り直す。
もはや互いの関係は最悪と言っても良かった。
「お、俺は……。別にそんなつもりじゃ、無かったんだ……」
ぼそり、と呟いた声。だがそれはリリスの逆鱗へと触れた。
「〜〜ッ、そんなつもりじゃなかったというのならどんなつもりだと言うかッッ、自分がそんなつもりではなかったと考えていれば相手にも伝わるとでも思っているのか愚か者がっ、自分の言動が全て相手にも理解されていると思っているのならば貴様は愚か者にすら値せん! 自分の言動に責任を持たないか! それでも加護持ちかッッ!」
ビリビリと部屋が震える程の絶叫、その大声に何事か、と部屋の外に待機していた兵士が部屋の外から声をかけてくるが、ルナリアが返事を返して収める。だがしかし、目の前の二人、アルフロッドとリリスは収まる気配が見えない。
「な、なんだよ。俺だって別に責任持ってないつもりはねぇよ! ただ、俺なりに考えて、考えてそれが良いと思ってやったんだよ! それの何が悪いってんだよ!」
「本気で、言っておるのか……っ」
「ッ、そうだよ! いきなり婚約だとか言ってきてそんな事言われても困るんだよっ、だいたい、大体俺はこんな力欲しく無かったのに、どいつもこいつも加護加護加護ッ、俺は一度だってこんな力が欲しいなんて言ってないっ!」
「……愚かな」
冷めた声、それと同時にアルフロッドは一瞬にして熱が冷めるのと同時に状況を理解した。
慌てて跪き頭を足れて、目を瞑る。
隣のライラを見れば、頭を抱えて踞ってしまっている。
どうしよう、なんて事をしてしまった、ルナリア王女に忠告まで受けたのに。なんてことを。
「そう、貴方は加護を欲しては居なかったのね。まぁ、それも解らないではないわ」
「あ、姉上?」
「けれどアルフロッド・ロイル、その事は外では決して言わない方が良いわ。力を欲して力を得られなく、挫折し、夢半ばで折れたヒトなんてこの世の中腐るほど居るのよ」
諭す様な声、それでいて嘆く様な声。
ルナリアが退室を促すまで、アルフロッドは頭を上げる事は出来なかった。
結局は自分の独りよがりに過ぎないのだと、今はまだ気が付く事は出来なかった。




