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月蝕  作者: 檸檬
1章 幼年期編
18/67

幕間 舞台の上で踊る道化とその身に宿す業と宿命1

 The greater the obstacle the more glory in overcoming it.

 困難の大きさは、克服した時の歓びに比例する。


 剣とは即ち結局の所鉄の塊である。

 その形状を変え、鋭く、そして鋭利に変えているとはいえ、元を辿れば鉄の塊である。

 

 鉄の塊で直接叩き付けるより、斬ったり、刺したりした方が相手に致命傷を与える。という点で形状を変更したに過ぎない。


 だがしかし、剣の鋭利さは切れば切る程それが鈍くなる。

 ヒトにせよ、魔獣にせよ、その脂によって、肉片によって、血によって切れば切る程その切れ味はどんどんと落ちて行く。

 

 また、剣を扱うには技が必要だ。

 鋭利な形状をしているため、どうしても剣は薄く、そして扱いやすい様に細くされる。

 よっぽどの事が無い限り折れる事も曲がる事も無いだろう剣だが、それはあくまで一般的な観点から見た場合の話。

 今目の前で魔獣を退治している一人の少年、アルフロッド・ロイル。

 彼の身体強化によって生み出される腕力に付いてこられる剣は相当な業物だ。あるいは担い手の技を高めれば良いのかもしれないが、彼は未だ若干12歳、期待するには少々酷だろう。


 故に今アルフロッドは剣ではない武器で魔獣を退治していた。


 それはまさに鉄の棒、棍棒の様であるが、手に持つところが僅かに細くなっていて通常剣であれば刃のある部分が丸く鞭の様になっている。知るヒトが見ればこう答えるだろう、あれは鉄鞭だ、と。


「うおっ、すげーぶっ飛んだぞ今。ありゃ、植物系の魔獣だなぁ、あんなに飛ぶとはさすが加護持ち」


 ひゅぅ、と口笛の鳴らしながら赤い髪を風に揺らして遠目で見るアルフロッドの様相にコメントを述べるシュバリス。

 現に数百メートル先の草原で空高く舞い上がる魔獣らしき物体が存在している。


 いやはや参ったね、と呟くシュバリスの傍、そこには遠目で暴れているアルフロッドと同年代の少年が座っていた。


 草むらにごろり、と転がり数枚綴られている紙面へと目を這わし、なにやら難しい顔をしている。

 その黒髪の少年、スオウ・フォールスはシュバリスの独り言の様な呟きに返事を返した。


「もはや手に負えないな、訓練相手になりやしない」


 ため息とともに呟かれたその言葉。 

 それはレベルの差が酷すぎて、という意味である。

 しかしながら今はアルフロッドと鍛錬をする必要性は無い、その代わりになる存在の内の一人が今目の前に立っているし、そもそもスオウ自身が加護持ちと渡り合える程に強くなるというのは現実的ではないからだ。


「あのペースなら今日のノルマは午前中に終わりそうだな」

「いいねぇ、んじゃこの後は酒場に直行で、冷え冷えのをきゅーっと」

「何を言ってる、お前はお前で午後別の仕事をくれてやる。給料分は働け」

「おいおいまじかよ、こんなど田舎で女日照りが続いてるんだ、酒くらい良いだろうよ」

「アリイア、フィリスと揃ってるじゃないか」

「スオウ……、お前は俺に死ねと言っているのか」


 じと、と見てくるシュバリスに思わず笑うスオウ。

 確かに癖のある二人ではある。だが二人ともシュバリスには言われたくは無いだろう。

 無言で冷たい視線を送るアリイアとねちねちと詰め寄るであろうフィリスが簡単に思い浮かぶ。

 それにまた笑みを浮かべ、だが軽く頭を振って空気を切り替え、スオウはシュバリスへと告げる。


「どちらにせよ夕方からの連携訓練は変わらず有るんだ。酒なんか飲んでてミスったらアリイアに何て言われるかな。大人しく終わってからの晩酌を楽しめ」

「あー、へいへい、わーってますよ」


 ひらり、と手を振って了承の意を示すシュバリス。

 遠目にまた魔獣が空を舞っているのが見える。


「まったく、どいつもこいつも」


 スオウの手元の書類、そこにはコンフェデルス首都への加護持ち移動許可証。

 そしてもう一枚、アリイアからの報告が入っていた。

 

 ○


 コンフェデルス連盟首都コンフェデルス


「カナディル連合王国が国家主導による魔工機関車の実験、か……」


 ふぅん、と呟きながら紙面を眺める男。

 カナディル連合王国から入って来た情報、その中でも重要度の高い物を優先して見ていてふと目についた一点だ。

 

 国家主導となってはいるが、技術提供をしたのはクラウシュベルグ領、男爵家のカリヴァ・メディチ・クラウシュベルグだ。

 元々、塩の関係で王家とのパイプは有っただろうが、ここに来て更に強固になったと思われる。恐らく今回のコレの功績で子爵家に格上げでは、という噂も有る程だ。


 裏話的なことを言えば、スオウに潜入、叛逆、無礼を許したという事で屋敷の主であったカリヴァが相当な責任を問われ、ほぼ全面的にカリヴァが出費し協力したのだが。その時のカリヴァは私の命の為にコレを置いてってくれたのですかねぇ、と黄昏れて居たとか居ないとか。まぁそんな事は置いといて。


「ち、胸くそ悪い。まぁ、いい、それよりも、だ」


 ふん、と手に持っていた紙面を机の上に放り投げて男は窓の外を見る。

 整えられている街道は美しく、中央にそびえ立つ堅牢な建物はコンフェデルス首都に相応しく、コンフェデルスの技術力を内外に示している。

 凡そ2年と少し前はカナディル連合王国のナンナ王女が嫁入りする、と大騒ぎになった街道も存在するこの首都ではあるが、今はもう過去の話であり、それなりに落ち着き、いつも通りの町並みを見せている。


「失礼いたします、ルイド様。情報通り加護持ちが首都に入った様です、勿論他の子供達も共に居る様です。情報通り鮮血の姿も見えません」

「そうかい、よぉし、んじゃ予定通りするとしようか」


 部下の報告を聞いて笑みを浮かべ窓から視線を外し、部下へと向き直る男。

 彼の名はルイド、所謂強硬派とも呼ばれる立場に所属している男。


 強硬派、それはヒトの身に収まらぬ力を持ったバケモノを排斥しようとする一部のヒト達である。

 魔工技術の盛んなコンフェデルスではその技術力が売りであり、それを過信し加護持ちの存在を忌避するヒトが出て来ていた。


 単体で個人の感情だけで国を動かせるだけの力、それを野放しにしていていいのか。いや、むしろ存在を許していいのか、と。


 故に彼らは実力行使に時偶出る事が有った。

 コンフェデルスには事実加護持ちが一人居る。


 それに対してのテロ行為、批判行為、抗議活動と過激な物から小規模な物まで様々と有るのだが一応はそれほど大きく表面化せずにコンフェデルスは上手く統治をしていた。6家の力も大きいが、やはり加護とは神聖なモノとしての認識がやはり根強いのだ。


 だがこのルイドという男にとっては加護持ちこそ排斥すべき存在と信じて疑わなかった。

 そして命令は下される。


「目標はスゥイ・エルメロイ、ライラ・ノートランド、そしてスオウ・フォールスこの3人だ。今回はとびっきりのチャンスだ。あのバケモノ女がいやしねぇからな! いいか、最悪一人くらいはその場でぶっ殺してかまわねぇ。餓鬼だからって遠慮する事はねぇぞ、あいつらはバケモノと仲良く出来る様なイカレタ連中だ。遠慮はいらねぇ!」


 そうして部下へ指示を出す。

 指示とともに勢い良く叩かれたテーブルは悲鳴をあげ、置かれていた置物が床へと落ちるが、落ちた置物には気もくれず、前へと進む。


 歪み無き真っ当なヒトだけが住む世界の為に。


 ○


 コンフェデルスの首都は安全安心、治安機構が真っ当でありこの世界の技術レベルでは十分に満足できるレベルと言えるだろう。

 カナディルも首都こそはそれなりではあるが、少し離れた都市、街、統治の下手な子爵領等は、夜出歩く事が死に直結すると言っても過言ではない様な場所もある。世界的に見れば安全度は言うまでもないだろう。


 ――余談では有るがクラウシュベルグの治安機構も相当なレベルである。


 とはいえ、世界的に見れば、の話では有るためそれで油断をしていたらただの愚か者に過ぎないのだが。


 そんな中でアルフロッド・ロイルは久々に来たコンフェデルスの首都に感慨深く目を細めて見ていた。

 動きやすい様にベージュのズボンに上着はシャツ一枚だ。気候が温暖であるこのコンフェデルスの首都ではこの時期薄着のヒトが多い。当然冬は別であろうが。

 以前来たのは半年程前、ライラにせがまれて来た時以来。その時は丁度冬時期、雪こそ振らなかったが、それなりに寒かったのを覚えている。当然魔獣討伐として滞在している村では雪が降り、カナディルでは、というよりはクラウシュベルグでは見れるのが珍しく、積もる事も無かった為、ライラと二人はしゃいでいたのを覚えている。


 このコンフェデルスの首都はそれ以外にもアルフロッドにとってはクラウシュベルグしか知らぬ事から、この街の大きく、そして近代的な部分で、こう、色々と刺激される部分が有った。


 一番最初に来た時は親父から離れなかった。

 次に外に出たときはスオウに蹴り起こされて引き摺り出された時だ。

 その二回目の時に目の前を走る彼女、ライラ・ノートランド、そして後ろの方でスオウと話をしているスゥイ・エルメロイと出会った。


 そういえば当時、途中スオウが居なくなってフィリスさんと二人で待ってた事が有ったなー、と過去を思い出しながら街を歩く。


 アルフロッドは今コンフェデルス首都から離れ、北、深遠の森に近い街に住んでいる。

 名目は深遠の森の魔獣退治、周辺の警戒である。

 態の良い番犬扱いでは有るが、アルフに不満は無かった。暴走してしまった自分の力のコントロールを覚えるという意味では最適であったからだ。


 幸運にもその街のヒトは快く歓迎してくれ、スオウが自分の汚さがよくわかるなぁ、と空を見上げてフィリスさんに慰められていたりしたなんて事も有った。


「あ、これ出たんだー」


 あっちへふらふら、こっちへふらふら、自慢のサイドポニーをふらふらと揺らしながらあちらこちらへと店舗を冷やかしていたライラが急に足を止め、露店商の前で並べられている商品を見ている。通路の一角を利用した露店、敷物を地面へと敷き、その上にいくつかの商品が置かれている。

 中央に座るのは店主だろう、ヒトの良い笑顔を浮かべた30過ぎの男が胡座をかいて座っている。

 それぞれの商品には一つ一つ数字が振っており、おそらくそれが値段だろう。

 その中の一つ、ライラの視線の先にあったのはふにゃり、と潰れた所謂魔獣のデフォルメ人形である。

 

 べちゃん、と潰れて気怠げなビックピグや、ごろんと転がりあくびをしているサンダーウルフやら、本来の魔獣に対する危機感を薄めて問題ではないのか、と偉い剣幕で抗議を受けたとか受けないとか一悶着有った商品らしいが、結局の所商品化できたらしい。


 自分達にも金が入る事を伝えたら急に抗議が減ったとか、ヒトって嫌だねぇ、はっはっは、と黒い笑いをしていたスオウ。うん、これは記憶から消しておこう。

 

 これ出たんだー、という発言は当然、ライラやスゥイにスオウが試作品として渡していたからだ。

 ちなみにフィリスさんも1個持ってたりする。


「買おうか?」

「んー、大丈夫。欲しいのが無いし、というかスオウ君に言えば手に入るんじゃない?」

「まぁそうかもしれねぇけど、なんかそれってずるくねぇか?」

「使える物は親でも使え、だよアル君」

「お前もスオウに毒されてんなぁ……」


 はぁ、とため息をつくアルフ。

 その年でその哀愁を漂わせるのはいかがな物か、割とライラからの無茶ぶりを振られるアルフ、最近は諦めが先に来ている、というより無駄な努力をしない事にしたらしい。


 くすくすと笑いながら白い羽をぱたぱたと動かしながらくるり、とその場で回った蒼髪の少女はアルフに向かって笑う。


「ふふーん、スゥちゃん程じゃないよーだ」


 僅かに膨らんで来た胸を張り、告げるライラ。

 その言葉にアルフも異論なく頷いた。

 

 一方その頃アルフとライラがそんな会話を交わしているとき、その後ろでは同様にスゥイがスオウへと声をかけていた。


「珍しいですね」

「何がだ?」

「貴方が出てくる事です。共に来たとしても大抵宿に居て魔工学の本を読んでいるのが常だと思っていたのですが」

「失礼だな、たまには外に出て日を浴びないと腐るだろう?」


 スゥイの問いに対して肩を竦めて答えるスオウ。

 僅かに癖の入っている黒髪にどこかヒトを食った様な笑顔を貼付けているその男は飄々とスゥイの追求を逃れて行く。

 出会った時からこの調子の男は本心を悟らせないというべきか。

 幸か不幸か、無難な報告を続けても特に連絡役のヒトから叱責はこないので良しとしている部分も有るのだが。


 しかしながら12歳にもなったこの身、まぁ、ライラ程ではないが出る所は出て来ている訳で……。

 父に言われた事を行使するつもりは無い、だが、全くと言っていい程興味が無いというのも――


(それはそれでムカつきますね)


 むす、と急に不機嫌顔になるスゥイ。

 だが、女性の精神的成熟に比べ、男性の精神的成熟は遅いと言われている。

 故に世間一般的な男性はまだ女性に興味が有るとは言えないだろう。


 妙に大人びているスオウだからこそスゥイは微妙な不満を持っていた。


(大体気が付いたらいつの間にか居ない、気が付いたら訳の分からない物を持ってくる、目を離すと意味の分からない物を部屋に置く)


 命令、という事から始まったスオウの監視、もといスパイ行為では有るが、スゥイは何の成果もあげられていなかった。

 いや、アルフロッド、加護持ちと違和感なく共に居られるという点はとても重要な点では有るのだが、当の本人はまだそこに気が付いていなかった。


「どうした? 不機嫌そうな顔をして、折角の美人が台無しだぞ」

「アリイアさんにもいつも言っている事ですね。別に無理して言う必要は有りません」

「そりゃぁアリイアは美人だからな、当然だろう」

「えぇ、えぇ、そうでしょうね」

「ちなみにフィリスもタイプは違うが美人だぞ」

「えぇ、そうでしょうね。美人に囲まれてお幸せですね」

「あぁ、不満など無いな」


 スゥイの目が僅かに細くなり、冷たい色を宿した所でスオウも口を閉じた。

 からかわれている事に気が付いたのだ、胡乱気な表情で目を半目にしてスオウを見る、いや睨むスゥイ。

 ちょっと微妙に怖い。


「怒るな怒るな」

「怒ってなど居ません」

「じゃあそう言う事にしておいてやろう」

「怒ってなど居ないと言っています」


 駄目だ、とスゥイは思った。

 この男に口で勝てる筈も無く、そんな事はこの2年でよく学んでいた筈だ。

 ペースに乗せられてはいけない。


 そう思ったスゥイは口を閉じる。

 くっく、と笑うスオウも意地で無視した。

 そんな事をしている間にライラとも距離が離れてしまっている。

 当然共に居るアルフロッドも、少し急いで追わないと、そう思うスゥイ。ひねくれたスオウに構っている場合ではないのだ。


「まぁ、なんだ」


 僅かな沈黙が流れたと思った後、スオウがぽつりと呟く。


「楽しめ、折角の首都での買い物だろう?」

「スオウが茶々を入れるからでしょう……」

「失礼だな、愛情表現だと思ってくれよ」

「そんなものは要りません」

「残念、じゃあこいつはいるか?」


 ふい、とスオウから顔を逸らして拒絶の意思を示したスゥイだったが、直ぐに帰って来たスオウの返事。

 手には恐らくそこの屋台で買ったであろう串が2本、持たされていた。


「……今、何をされました?」


 ――だが、スゥイはそれよりもスオウの手の動きに目を動かした。

 すぅ、と細まる目。半目だったそれが今度は釣り上がり、問いつめる様な表情へと変わる。


「さぁ、何の事かな」

「誤魔化さないで下さい、串を出して来た手と別の手で何かされていたでしょう」

「ほぉー、良く気が付いたな」

「アリイアさんの訓練です。ヒトの動きは常に俯瞰的に見ろ、と。動いていない所にこそ気を配り、動いている所は全体を把握する様に見ろ、と」

「成る程、ね。まぁ、なんというか子供に教える技術じゃないよなぁ」


 そして同時に、それを実践できるスゥイも相当だなぁ、とスオウは思っていたりする。


「私が必要だと思い、欲した技能です。アリイアさんはそれに答えてくれたに過ぎません。それでスオウ、答えを教えて下さい」

「なに、ただの合図さ。ネズミ狩りの、ね」

「……ねずみ? 何を?」


 眉を顰め、問いかけるスゥイ。その答えはただ笑うだけのスオウだった。


 ○


「おー、おー、随分と集めたもんで」

「雑魚ばっかりじゃない? どうせそこらのチンピラ程度。さっさと蹴散らして私たちも気晴らしに街に行きましょ」


 そこは一つの家屋の屋根の上、レンガ作りの屋根のその上に男女2人組が立っていた。

 一人は赤髪の男、燃える様な赤と鍛えられたその体は歴戦の傭兵で有る事が理解できる。腰に吊るされた剣は装飾などは質素な物でありながら、その柄や鞘の様相から、相当使い込まれている物だと想像できる。それからもその持ち主の腕を予想する事は容易い。

 隣に立つのは黒髪の女性、ショートカットのその女性はくせ毛なのだろうか、僅かに外に刎ねている髪と仕草からどこか猫の様な印象を受ける。その女性には片腕が無かったが、それを微塵にも感じさせない程に立ち振る舞いには違和感が無い。そして隣に立つ赤髪の男に対してため息をつきながら声をかけた。


 赤髪の男をシュバリス、黒髪の女性をフィリスと言った。


 フィリスの言葉にシュバリスは目に当てていた長筒の道具を離す。

 特殊な形状のレンズを幾重にも重ねて遠くを見る道具、魔法の要らない便利なアイテム。スオウの発明品の一つ、望遠鏡。

 元々原型が有った為、然程手間はかからなかった、とはスオウの談である。


「つってもあの人数は手間がかかるぜ? 一応隠密に越した事はねぇだろう?」

「アリイアが戻ってるし問題ないでしょ。ログとアインも現地入りしているし」


 ふふ、と笑うフィリス。

 スオウはこの世界、この時代にしてみれば過剰とも言える程、情報の統制を行っていた。

 それは情報の伝達の早さであったり、正確さであったり、そして敵勢力の撹乱であったり。


 居ないとされていたアリイア、しかし彼女は既にこの街に潜伏していた。


「どいつもこいつも暇だねぇ」

「これが終われば臨時ボーナス、そして連休! 皆気合いが入って当然よ」

「上手く行けばの話だろうよ、ま、上手く行くんだろうけどよ」


 自分で言って苦笑いを浮かべるシュバリス。

 そしてまた望遠鏡を目に当てて、スオウを見る。

 まるで獲物に群れるハイエナの様に、ぞろぞろと集まりつつ有る連中を望遠鏡の中で見ながら、スオウだけを見る。

 隣に並んで歩いているのはスゥイ嬢、アリイアにどこか似ていながら彼女は決定的に違うと言っていた少女。


 無感情具合なんかそっくりだと思ったのだがどうやらアリイアが言うには彼女は隣に立てる資格を持つかもしれない、と言っていた。

 正直意味が分からん、まぁ、アリイアの言う事にいちいち意味を求めていたら体が持たないのだが。


 あのスオウ絶対第一主義者の事は兎に角として――


「フィリス、合図だ。作戦開始、いくぞ」

「了解」


 振られたスオウの指、そして兵は動く。


 ○


「愚かだな」


 1年前、牢の中に居る一人の男に声をかけた少年が居た。

 牢の中に居た男は所謂エルフ、と呼ばれる種族の男。その種族の特徴として線が細く、そして耳が特徴的な形をしている。生憎とこの世界では長い寿命を持っている訳ではなかったが、森の民、という認識にあまり差異はなかった。


 声をかけた少年、スオウと後ほど名乗ったその少年に声をかけられた男は怪訝な表情で少年を見る。


 愚かだな、と言われた事に対してか、それともこんな牢屋の前に子供一人で何故立っているのかという事の疑問に対してか、兎に角男はその少年を睨みつけた。


「何だお前は」

「地下組織の奴隷商から奴隷を助ける為に単身潜入して捕まるとは馬鹿にも程が有るだろう」


 問いかけた問いに返さず、肩を竦めてため息を吐いたその少年に男は自身の頭に血が上るのを感じた。

 当然だろう、自分の半分も歳を取っていないであろう少年に馬鹿にされたのだ、なぜこんな所に居るのか、という事よりも先んじて男は怒鳴り散らす。


「黙れ! 貴様もあいつらの仲間か、ならばその喉笛噛み千切ってくれる、外道が!」


 じゃらり、と音が鳴る。男の両手、両足に繋がれた鎖。それを鳴らして男が吠える。

 動いた事によって暗い牢の中から僅かに男の顔が明かりに当り、その顔を映し出す。

 薄汚れて、乾いたであろう血が顔の至る所に付いており、腫れた頬と痣の付いた目は見るに耐えなかったが、それでもその暗闇の中で映えるエメラルドグリーンの髪が存在感を示し、そしてその目には闘志が見えた。


 鬼気迫る様相のその男に対して少年はただ高々と笑う。


「く、くくははは。威勢だけは一人前だな、その様で何が出来るという?

一人で無謀にも奴隷を救おうと思ったか?

自分の腕に自信が有ったのか?

それとも勝算でもあったのか?

他に策は?

捕まった場合の対策案は?

救出の際のルートは? 

助けた後は?


確かにお前は強い、その弓の腕は超一流と言っても良い、だがしかしそれを生かす場所はそこじゃない。自分が強ければ何でも出来ると思っているのか、救えれば全てがハッピーエンドで終わると思っているのか、ここに捕われている奴隷を全てお前が養えるのか、その金はどこからくる、どこから出てくる。


働くか? 一人で? 一体いくら稼げるというのだ?

そしてまた次の奴隷を見つけたらどうする?

選別するのか? 救う者を、誰を救って誰を見捨てるかお前はそれを選ぶ覚悟が有るのか?

あるいはお前にとって許せぬ悪が居たらどうする?

誰かを助けてその後どうする?


助けるだけならそれは所詮自己満足だ、お前に助けられた奴隷はその後飢え死にするだろう、あるいは結局自分を売るだろう、救われた誰かはまた誰かに騙されるだろう、また同じ過ちを繰り返さないと誰が言える。

国へ訴えるか? 奴隷を忌避しながらもそれが存在している国に頼ると? 孤児院へと預けるか? ではその孤児院が全うな経営をしているかお前は調べたのか? 結局お前がやった事は、世間的に見れば無駄だと言う事だ。そうなる可能性、それをお前は自覚しているのか、エーヴェログ」


 ぎろり、と見下ろすかの様な目、その目はまるで心の底を見透かす様な目。



 風が舞う。

 丁度昼時、真下には大勢のヒトが歩き、そして歓談している。

 キリキリと弦が引かれて行く、身体強化を用い、強靭な弦を引く。

 視線の先には自身が主と認める一人の少年。



「お前を買い取った、奴隷商からな、お前は今から奴隷だ。そしてまず最初の仕事は自己紹介だ。お前に仕事仲間を紹介しよう」

「外道が、貴様も一緒だ。何を言おうが結局ヒトを金で買う糞野郎だ!」


 貼付けた様な笑みを浮かべる少年に罵声を浴びせる、が、しかし堪える事も無く少年、スオウは淡々と返事を返す。


「俺が糞野郎の外道なのは今更だな。だがなエーヴェログ、良く覚えておけ。お前は金で買われたから今ここで生きている、金がなければ死んでいた、お前の命は今金貨10枚の価値だ。お前の行為も、お前の正義も、お前の意思も、金がなければ全て潰えていた、そしてそれらは全て金貨10枚の価値と言う事だ。その意味が何を指すのかそれを良く考えろ。……さて、紹介しよう――」


 がちゃり、と開けられた先。

 部屋に入った瞬間初撃で叩き付けられ、舐める事になった床の味。

 冷たい視線で床へと叩き付け見下ろす褐色の肌の女性、僅かに捻った顔から見える視界、そこには顔に手を置いてあきれた様にため息をつく黒髪の片腕の女性、そしてにやにやと笑みを浮かべ椅子の上にふんぞり返っている赤髪の男。合計で3人、その部屋には居た。


「さぁ、仕事のメンバーだ、頭に叩き込め。そして次の仕事をお前にくれてやろう。これが成功すればお前は晴れて自由の身。選択の時だ金貨10枚のエーヴェログ、選べ!」

「――仕事の、内容を教えろ……!」

「確かに、それを教えなければ始まらないな」


 ふむ、と一つ頷き、そして少年は嗤い告げた。


 ――この街の奴隷商の殲滅だよエーヴェログ、と。



 僅かに思い出していた過去の記憶。

 心が冷える、芯の底まで。


「僕も喜んで糞野郎になるよスオウ」


 ヒュン、と弦が指から離れ、矢が風を裂いて標的を穿つ。

 

 ○


 ルイドを中心として出来上がっている反加護組織とでも言える彼らは流石に常にコンフェデルスの首都を縄張りとしている訳ではない。

 当然だろう、加護を国の防衛力の一つとして大々的に打ち出しているのにも関わらず、首都に反加護組織が居る様では話にならない。


 だから彼らはこの首都について完全に知り尽くしている訳ではない。

 当然事前準備はした、当たり前の話だ。

 だがしかし、アルフロッドがここに来る事、そしてアリイアが居ない事によって決行を決意してからの期間を考えれば、完璧にはほど遠い結果にしか過ぎなかった。


 だがしかし、彼らはかの有名な鮮血が居ない、という事だけでそれを決行した。

 彼らを責めるのは酷とも言えるだろう、魔獣退治をしている村では“アルフロッド”や”その他”のヒトには知られぬ様に厳重な監視が国から付いている。その上アルフロッド以外の3人の傍にかの鮮血が付いて離れない。あげくにヒトが少ないため知らないヒトが混ざればすぐわかる、と不利な点が多かった。


 そんな状況で燻っていていざ巡って来たこの機会。多少不確定要素があろうと実行せざるを得なかった。

 餌に引き寄せられた事に気が付かずに。


「……黙って付いてこい、殺されたく無ければな」


 不運。その男にとっては間違いなく不幸。

 ぼそり、と呟かれた言葉とぎらり、と銀に光る短剣を突きつけられたのは黒髪の少年、スオウだった。


 後ろから接近の後、首元に剣が添えられる。

 直にスゥイは異常に気が付くが、スオウの首に添えられている剣とその言葉が耳に届き硬直する。

 どうする、とスゥイは周囲を睨む、が……。


 スオウの顔が凶悪な笑みを浮かべたのを視界の端に納めた所で――


「さぁ、死の境界線を越えたぞ」


 呟く声。


 ヒュン、と風を切る音が耳に届く。

 スオウの呟きが早かったか、それともその風切り音が早かったか。

 

 ゴ、とスオウの後ろに立っていた男の側頭に矢が刺さる。

 大凡半場まで頭蓋へと突き刺さる矢、そしてかひゅ、という声にならぬ声。

 直に2射目が放たれたのだろう、スゥイの後ろ、僅かに離れた場所に居た男にも矢が刺さる。

 崩れ落ちる男の手には抜き放たれた剣、矢が首を突き抜け、血を吐く男が視界の端に映る。


「――な」


 ぐるり、と刺さっている方向から矢の射出場所を推測し、後ろを振り返るスゥイ。

 まさに神業か、逆光で見えにくいその方向を見ると、500m程遠くの家屋の屋根に弓を構えた男が僅かに見える。

 あの姿は――


「ひゅーぅ、さすがログ。あの距離でヘッドショットとは、弓も馬鹿に出来ないな」

「――っ! どういう事ですか!」

 

 一気に騒然となる広場の中でスゥイはスオウへと怒鳴る。


「楽しめ、と言ったのにこんな状況になってしまった事は謝るよ」

「いい加減にして下さいっ、一体何が起きているんですか!」


 怒り、困惑、目の前には崩れ落ちる死体。

 12歳の少女にはショッキングすぎる状況、だがそんな状況にも関わらずスゥイは説明を求めた。


 十分に狂っていると言えるのか、それとも十分に適応しているというのか、強いと言い換えれば良いのだろうか。

 

 ヒトを殺す事はいけない事です。

 それは悪です。

 罪悪であり、悪党であり、非道な所行です。


 その通りだ、別に否定もしない、スオウ個人としてはそれが間違っているなど思っていない。

 

 だが、殺さなければ死ぬだけで、スオウは死ぬ気はなかった。

 そしてスゥイはそれを理解できる少女であった。


(最低かな俺は)


 子供を巻き込む事を責めておいて自身は子供を巻き込んでいる。利用している。


(彼女達が望んだ事じゃろうて)


 呟かれるクラウシュラの言葉。

 それに自嘲を浮かべるスオウではあるが、それにスゥイは気が付かない。 


 ただ温和に笑う様にしか映っていない。


 その仕草にその表情に、苛立を募らせるスゥイ。

 すぅ、と更に細まる目はスオウの目を睨み、その思惑を見透かそうとする。

 ぐるぐると回る思考の中、喧噪が遠くなる。

 目の前に立つスオウだけが今スゥイの立つ世界に居る。


「……目的は私たち、ですか」

「その心は?」

「……アルフロッドの脛となる部分だからでしょう。でも何故ですか、彼らはスオウを殺そうとしていた様に見える」


 身代金、加護持ちの行動抑制、加護持ちの個人所有。

 力を、膨大な力を利用しようとするヒトは数え切れない程存在している。

 故に、管理するヒトが必要だ、その所持者が子供でも。

 管理の方法が人質だとしても、だがそれにしては彼らの動きには違和感が有った、まるで死んでも良いかの様に。

 二人いるから、だろうか? いや、それにしては……。


「良いね、考える、思考するというのは大事な事だ。ここからは歩きながら話そうか、そろそろ警備兵が来る」


 内心で葛藤し、問いかけたスゥイの問いには答えず、スオウは歩き出す。

 スゥイの横を抜けて路地へと、騒然となっている街道、何人かの民衆がスオウとスゥイを指差して何かを叫んでいる。


「待って下さいスオウ。ライラとアルフロッドはどうするのですか……!」

「問題ない、あっちにはアインが付いている。念のためアリイアもな」

「……やはり、最初からこうなる事を知っていたという事ですかっ」

「そうでもない、半々と言った所だった。事件が起きなければ強制的に起こす予定だったけれども、ね」


 路地裏、まるで迷路の様になっている道をまるで自分の庭の様にするすると歩いて行くスオウ。

 怪訝な表情をしながらもスゥイはそれに付いて行く。


「っと、昼間だと微妙に見た目が違うな。こっちか」

「……スオウ、説明を。彼らは何者ですか」

「そうだな、言うなれば革命家、かな?」

「革命家? 子供を誘拐しようとしてですか、笑わせます。大体私たちを誘拐した所でアルフロッドが彼らの言う通りに動くのですか? いいえ、それ以前に国際問題としてコンフェデルスが意地でもこの事態を捻り潰すでしょう。それこそ騎兵隊か、魔工兵器部隊。あるいは6家の私兵を用いて徹底的に」


 そのスゥイの言葉に、まぁ、そうだろうな。と答えるスオウ、だがしかし、その次に告げる言葉でスゥイは思考を停止する。


「彼らがアルフを利用しようとしているならば、それも有るかもしれない。だが、彼らがアルフを殺そうとしていたら、どうする?」

「――は?」

「そうすればカナディル連合王国からの徹底的な抗議は間違いないだろうし、コンフェデルスも犯人をそれこそ国の威信をかけて探すだろう。だが、そんな事はどうでも良くて、彼らは加護を一人でも殺せればそれで満足だ、と思っていたらどうする?」

「……なに、を?」


 そして続ける、スゥイ、と。

 君は、アルフロッド・ロイルが怖くは無いのか、と。


 ○


 走る。


 スオウがスゥイへと問いを掛けているその時。横に並走するライラの手を握りしめてアルフロッドはコンフェデルスの町中を走っていた。

 アルフロッド一人であればそれこそ全てを振り切って逃げ切る程の速度を出せたであろう、だがしかし、今の彼にとってライラは足手纏いだった。


 数ある種族の中でも飛行能力を魔法を用いずに有している翼人ではあるが、地面での移動速度は獣人には及ばない。

 アルフロッドは獣人では無いが、今回はその比較対象が加護。その速度に追い付けなくても当然だろう。


 僅かな逡巡、アルフロッドは横を走るライラへと一言詫びを入れた後、彼女を両手で担いだ。


「ふぇっ」

「ライラ。ちと我慢しててくれ」


 膝の下と脇の下に手を入れて抱き上げる、所謂お姫様だっこ状態にしたアルフロッド。

 真っ赤になるライラを他所に、周囲を包囲しつつ有るナニカに気を配らせ、そして一足。


「――ふっ」


 ドン、と地面が鳴る。


 ただ飛び上がっただけに過ぎないそれでは有るが、加護持ちのその身体強化魔法における強化具合は並の比ではない。

 一瞬で空中へと舞い上がったアルフロッドはその刹那の瞬間でこちらへと敵意を見せる相手を判断し――


「はっ――」


 そして空中で再度跳躍。

 最高高度に達したそのコンマ数秒、自重がゼロになるその瞬間に空を蹴る。

 まさにヒトの理を外れたその技にライラは目を丸くし――、て居なかった、真っ赤になってアルフにしがみ付いていた。


 空を住処とする翼人が何をやっているのだろうか、と。


 兎にも角にも、一瞬にして包囲網から抜け出し、数百メートル離れた家屋の屋根へと着地したアルフロッド。


「スオウは……」


 目を細め、スオウが居るであろう方向を睨むがどうやら向こうも何か有った模様でヒトがごった返しており、判別できない。


「くそ、あいつの事だ、そう簡単にはくたばらねぇとは思うけど」

「え、えっとー」

「なんだってんだ一体、俺なんかしたか……?」

「ア、アルくーん」


 おずおずと手を上げるライラ、ぶつぶつと喋るアルフロッドの前で手を振るライラに漸く気が付いたアルフロッドは怪訝な表情で彼女を見るが。


「えーっと、そろそろ降ろしてくれるかなー、って、ね?」

「……あっ、えっ、わ、わりぃっ!」


 わたわたとライラを抱えていた手を抜いて彼女を地面、もとい屋根の上へと降ろすアルフロッド。

 だが、その手は僅かに震えていた。


 震える手、その仕草に降ろされる時、ライラはそれに気が付いていた。

 けれどそれに気が付かないフリをした。

 

(くそ……、くそっ、くそっ)


 2年前、たとえ敵対し、暴虐の限りを尽くし、そして正当防衛だったとはいえど、アルフロッドは数え切れない程のヒトを殺した事が有る。意識しての事ではない、だがしかし、その行為はアルフロッドの心に大きく傷を作っていた。


 魔獣退治、それはアルフロッドにとって都合が良かったのは何も力のコントロールだけではない。

 トラウマを克服する為の一歩であり、そして現状から現実から逃げる為の理由でもあったのだ。


 葛藤、アルフロッド自身も気が付かぬうちに握り締められて行く掌、その掌をそっとライラは自分の手で包んだ。

 

「大丈夫だよアルくん」


 びくり、と震える。自分が手を握りしめていた事に気が付く。

 少しだけ恥ずかしげな表情をしたアルフロッドだったが直ぐにその表情も消し、ライラの手を解こうとする――、が。


「だーめだってばー」

「ちょ、離せよ!」

「えー、なんでー?」

「いいから離してくれって、こんな状態で襲われたらどーすんだよ」


 乱暴に振りほどこうと思えば可能であろう繋がれた手、だがアルフロッドはそれが出来なかった。

 だんだんと楽しげになって来たライラの顔と反比例して行く様にアルフロッドの顔は疲弊して行く。


 はぁ……、と一つアルフロッドがため息をついてようやく互いの不毛な悶着に終わりが来た。

 

 ○


「暢気な物だ」


 30に届くか届かないか位の男。聞こえる声は低く、しかし威圧感は感じなく、不機嫌という訳でもなく顔は僅かに苦笑が浮かんでいる。

 アッシュブロンドの短髪、左目の上には深い傷が有るが、体つきはシュバリスやエーヴェログ程鍛え上げられている訳ではない。

 当然そこらの一般人に比べれば、十二分に鍛えられた体であるのだが。


 その男の手には大きな杖、頭の部分がねじれており、手の部分が僅かに細くなって、そして根元は鋭く針の様な特殊な杖。

 その杖をふらふらと揺らすアッシュブロンドの男、アイン。アインツヴァルは風を纏う。


『A地点へ到着、処理開始。スオウ様に連絡を』


 声が彼の耳へと届く。

 その声はこの場に居ない女性の声、凛とした中にどこか芯を感じさせる強き声。アリイアだ。


「了解、スオウへ直ぐに飛ばそう」

『アルフロッド少年とライラ嬢はどうされていますか』

「問題ない、甘酸っぱい青春とやらを謳歌している所だろうよ」

『そうですか』


 途切れる声、同時に剣戟の音と血飛沫がいくつも重なる様な独特の音がアインの耳に届く。

 どうやら会話中に襲撃を受けたのだろう、とはいえ相手が悪かったな、とアインは思う。


 シュバリスとフィリスから受けた報告では現状出て来ている連中でアリイアに太刀打ちできる者は居ない。

 ただ死体が積上るだけに過ぎず、ニーヴェログは兎も角として、シュバリスは仕事が減って楽が出来ると喜んでいる事だろう。


 特に心配する事もなくアインはアリイアとの回路を切り、スオウへと風を繋いだ。


「スオウ、アインだ。アルフロッドとライラは確保した。警備兵はまだ出て来ていない」

『暫く本格的には出てこないだろうさ、どうせ上の連中は椅子に座って利益不利益の計算中だろうからな』


 その言葉にアインは薄く笑う。


「それをフィリスが聞けば何と言うかな」

『説教が始まりそうだから言うのは止めておいた方が良いな』

「ふ……、確かに」

『フィリスからの定時連絡を受けるのを忘れるなよ、こちらも合流地点へと向かう』


 そしてぶつり、と回路が切れた。

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