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月蝕  作者: 檸檬
1章 幼年期編
16/67

月の導きと加護の宿命16

 Never let your memories be greater than your dreams.

 過去よりも夢を大きく。


 眠ると血が見える。

 ずりずり、ずりずりと這い出てくる死体が血にまみれて手を伸ばす。

 なぜ、殺したのだ、と呪詛を吐きながらゆっくりゆっくりと近づいてくる。


 手が、手が手が手が手が手が手手手手ててててててててて――


 がばり、を体を起こして目を覚ます。


 震える手を押さえつけ、強く強く目を瞑る。


 ヒトを殺すという行為は罪だという。

 だがそれは何故罪なのだろうか。


 自分がされたく無いからか?

 共食い、絶滅の危機感からか?

 悲しむ者が居るからか?

 その行為そのものが悪だからか?

 

 そう言う一方でヒトはヒトを殺す。

 傭兵という家業が存在している様に。

 戦争というモノが無くならない様に。

 自身の強欲の為に。

 己が信念を守る為に。


 母を奪った。父の手を目を奪った。

 俺に生きている価値があるのだろうか。


 ――己の信念と己の正義の為に剣を取れ。そして前に進め、立ち止まる資格は無い、殺した分まで背負うと言うならば立ち止まる権利等無いのだ。


「あぁ、厳しいなぁスオウは……」


 親父とともに来たスオウの言葉は胸にまだ響いている。


「コンフェデルス、か……」


 俺も変われるのだろうか、俺の正義が、見つかるのだろうか。


 選べ、決められたレールを自分の意志で歩くのか、決められたレールを人形の如く歩くのかを。


 ○


(先日はずいぶんと偉そうな発言だったのぅスオウ?)

(自覚してる。というかアレは本来俺に向けた言葉の様なものだしな)

(まぁ、7位も覚悟が出来ていた様じゃし、コンフェデルス行きは決まった様なものかの)

(あぁ、――これで魔工学技術に触れる事が出来る)


 魔工学、それはコンフェデルスで盛んに開発されている魔法と科学の融合技術。

 とはいえ科学技術は拙いものに過ぎず、むしろ斜め上に発展している感は否めないのだが。


(そして魔術学院にも違和感無く入れそうじゃの、禁書の類いを見れれば良いがのぅ)

(そうだな、お前達を作った基礎理論くらいは掴めれば……。本命までは期待していないからな)

(……そうじゃの)

(あとは、魂について……)


 ぎちり、と握る。その願い。


 カナディルでも最大の蔵書を誇る魔術学院の魔術図書館。魔術に関する最大規模の蔵書を誇る。

 とはいえ当然それ以外の薬学、医学、その他諸々の知識の海では有るのだが。あるいはそこにあるかもしれない、と。


(しかしのぅ、今回女王陛下発言はまずかったのではないかの?)

(結果上手くいったんだから問題は無いだろう)

(行き当たりばったりは嫌う手段と言うておったろうに)

(確かに行き当たりばったりはあまり好きじゃないが、生憎とRed or Blackよりは一点賭けの方が好きなものでね)

(良く言うわ)

(時と場合によって、ってやつさ)


 そんな会話をしながら歩く。

 傍にはアリイア、フィリスとシュバリスには他の仕事を与えている。


(後ろ盾は得た、力もまだ僅かながら持った、そして財力も……)


 門の前に立つ、そしてノブに手を置きがちゃりと開く。

 同時に近くに居たメイドが声をかけて来た。


「これは、フォールス家のおぼっちゃま。どういったご用件で……?」


 30と少し、美人とは言いがたいが穏やかな顔をした女性が応対をする。

 それに対して一通の封筒を渡し、そして告げる。


「カリヴァ・メディチ様への言づてを預かってきました。至急お取り次ぎを願えますでしょうか? お忙しい所とは思いますが、スオウ・フォールスが訪ねて来た、とお伝え頂ければ問題ないかと思います」


 そして軽く会釈をする。怪訝な顔をして受け取る相手の女性、会釈をしたスオウのその横顔はどこかあくどい笑みが浮かんでいた。


 ○


「これはこれは、また急にどうされましたか?」

 

 数分後、直にカリヴァのいる執務室へと通されたスオウは大げさに驚いた仕草をするカリヴァに胡乱気な視線を向けた。

 それもそうだろう、執務室で仕事中だとここに通される間に聞いていたのだが、目の前のカリヴァは書類を机の隅に押しやり、ケーキを食べていた。


 イメージが崩壊するだろう、と思いながらもため息を吐いてスオウは部屋に置いてあるソファーへと座り、アリイアはその後ろに立つ。

 その様相を見てカリヴァは笑みを浮かべた。


「スオウ様も食べられますか? 中々にイケますよ」

「試食で十分に食べた、しばらくはいらない……」


 はぁ、とため息をつくスオウ。


「では後ろの……、アリイア嬢はどうかな?」

「知っていて平然と対応するお前に尊敬の念すら覚えるよ」

「私としてはどうやって懐に抱き込んだのか、尊敬どころか畏怖すら覚えますが」

「そこは男としての魅力じゃないか?」

「10歳の子供が何を言っているんですか?」

「あぁ、俺も自分で言ってなんだがそう思った」


 互いに笑みを浮かべる。

 ここにフィリスでもいれば互いのやり取りに眉を顰めた所だろうが、生憎とここに居るのは無感情の代名詞とも言える様な女一人だった。

 ただ、そのアリイアも次に言われた言葉には流石に僅かに眉が動いた。


「じゃあ折角だ、アリイアの分を用意してくれ」

「……スオウ様?」

 

 ぴくぴくとこめかみを動かしながら前に座るスオウを睨み告げる、が。


「え、2個欲しい? そうか、じゃあカリヴァ2個頼む」


 更に冷たくなったアリイアの目をカリヴァは横目で見ながら、スオウ様はどんな状況でも変わらないなぁ、と思っていたりするのだが。そも、元殺し屋で自分の命を脅かした相手を懐に抱え込んだあげくおちょくっているのだ、むしろ馬鹿なのだろうか。


 だが――


「ええ、わかりました。良い機会ですから新作を全部食べて頂きましょう。やはり女性の意見とは大事ですからね」


 そう言って使用人を呼ぶカリヴァも相当であった。

 アリイアの冷たい目に今度は殺意が混じった様な気がしたのは気のせいではないだろう。


 数刻、渋々ソファーへと座らされたアリイアの前に並ぶ10個程のケーキ。

 片手にフォークを持つ、まず最初にアリイアはそれを睨みつけ、そしてスオウに底冷えする殺意を届け、悪のりしたカリヴァの事を脳内で数回殺した後、取り敢えず一つ目を倒す為にケーキにフォークを突き刺した所でようやくカリヴァとスオウの真面目な話が始まった。


「取り敢えずまずは礼だ、アンナの事礼を言う」


 そして軽く頭を下げるスオウ。

 それに片眉を上げて答えたのはカリヴァだ。


「護衛の事ですか? それでしたらまぁ当然かと、領主から狙われていましたし」

「そうだな、お前が煽ったとしても危機感を植え付けるには丁度良かったし、な」


 加護持ちの傍には力が集まる、それが幸か不幸かはわからないが――


 ルナリアの言葉。

 その言葉の示す通り、領主がアンナを如何用いようとしたのかは予想が付く。だがしかしアンナである必要性が絶対であった訳ではない。故に、カリヴァはわかりやすい様に標的を提供したに過ぎない、守る相手が少なければ少ない程動きやすい為に。


「気づかれていましたか、それでしたら病室であんなに詰め寄らなくても良かったのでは無いですか、少々心が痛みましたよ」

「笑わせるな、あれとこれとは別問題だ」


 そもあの時はその事に気が付いていなかった。

 知ったのはオロソルの記憶を覗いた時に過ぎない。


「まぁ、あれはあれで思う所は有るがな」

「私としては鮮血、っと失礼しました。アリイア嬢がこの街に居るという情報だけで貴方が家に閉じこもってくれるだけで良かったのですが。撒き餌にするにしては高級すぎるのですよ貴方は」


 肩を竦め、手を広げ、困ったものですと告げるカリヴァ。


「その割には随分と救助が遅かったな」

「勘弁してください、アリイア嬢との戦闘に割り込める様な腕利き、あの時点で使うわけにはいかないでしょうに」

 

 あの時点では領主軍と事を構える可能性もあった。

 正確に言えば、アリイアとスオウの戦闘に割り込める腕利きが居なかったとも言うが。


 割り込める腕利きの一人は酒に潰れてフォールス邸で寝ていたという事もある。


「随分と秘薬を出してくれたから文句は無いけどな」

「流石に焦りましたからねぇ」


 金づるが無くなるとお前も困るからな、とはスオウは口にしなかった。

 確かにその点も大きいが、互いにそれだけで繋がっている訳ではない事は理解している。


「それで、もう私の庇護は不要ですかね?」


 目を細め告げるカリヴァ。

 顎のしたで手を組み、口を隠し、こちらを見る。

 非公式では有るが、ルナリア王女の庇護を得たスオウ、もはやカリヴァと組む必要性が無いとも思えるが。


「愚問だな、お前が裏切らない限り、と言っただろう」

「私としては結構裏切っている時が有るので少々心配だったのですよ」

「心配するな、その分だけ働けばそれでいい」

「まいりましたね、過労死したら責任を取って欲しいものです」


 隣のアリイアが3個目のケーキへとフォークをのばす。僅かに顔色が悪い様な気がしなくも無い。


「蒸気船の方は予定通りフォールス家主導は変わらない、ついでにコンフェデルスで6家に繋がる伝手でも探してくる」

「それは期待しないで待っていますよ、クラウシュベルグ“領”としては王家経由でも構いませんし」

「そうだな、まぁ、コンフェデルスに行っている間は頼んだぞ。流通の整備、インフラの発展、仕事は多い」

「中央都市ヴァンデルファールへの街道も一応計画していますよ、銀山次第では有りますが、最悪万年筆も出しますし」

「羅針盤も構わないだろう、うまくいけば西部海岸沿いを上手くこちら側に付けれる」

「そうですね、今回の件でクラウシュベルグもだいぶ風通りが良くなりましたし」


 くつり、と笑うカリヴァ。

 メディチ家の傘下じゃない連中は一気に力を削がれた。

 加護持ちを売ろうとした、とされ、そして自分達だけが金を得ようとした、と言われ。

 あながち間違いでも何でも無い、ただ隠蔽する暇もなく一部の情報が広まっただけに過ぎない。


「お陰で職にあぶれたものも多く、こちらで拾っているのですが。メディチ家憎し、とそれだけで反感している連中も居るので困ったものですよ」

「自業自得だな、まぁ、同情出来る点が無い訳ではない、が。有名になるのも考えものだなカリヴァ」

「ヒトを隠れ蓑にして良く言いますね、ま、そちらはそのうち鎮圧します、やむを得ぬ場合は強引に」

「……程々にな」


 助命を願うつもりは無い、おそらく数十人、下手をすれば百という死者が出る可能性をスオウは黙認した。

 同情の余地が全くない訳ではないが、逆恨みで他者に迷惑をかける以上何らかの罰則は必要だ。

 日本人的感覚で言えば逮捕、あるいは拘束、裁判だろうか。だがここは日本ではない、そして“記録した”アリイアの記憶がスオウの死に対する忌避感を薄めていた。


「それで、スオウ様がコンフェデルスへ行っている間とっても大変な私に何かご褒美はありませんか?」


 柔らかな笑み、だが態度は尊大。


「資金が必要でな、コンフェデルスで欲しいものが有る」


 それに答えるのも笑み、ソファーにゆっくりと体重をかける。

 ちなみにアリイアは5個目のケーキの残り半分を死にそうな顔で睨みつけている。


「私としては勝手に銀山を売られてしまったのですが……」

「おや、あれはお前のだったのか? では再度ルナリアと交渉しないといけないな、白紙に戻して」


 むぐ、と押し黙るカリヴァ。

 もし再度交渉となれば今度はルナリアに金を払わなければならないかもしれない。それこそ他貴族から守るためとして。

 場合によっては辺境伯に取られる可能性もある。いまだここは自治都市であるが故に、流石にこの状況で無理は言わないとは思うが。

 はぁ、と一つため息をついてカリヴァは聞いた。


「いくらご必要ですか」


 ――と。


「コレをやる」


 それの回答はスオウの懐から出された冊子。

 そしてポン、と机の上にそれを放るスオウ。


「これは……?」

「蒸気船と同様のシステムを利用している、機関車というやつだ。蒸気機関車と言うべきかな。製鉄技術の向上が必要かもしれんが、まぁ3年でなんとか形にすれば金になる」

「ほぅ、なるほど……、こんな隠し球をお持ちとは」

「だがそいつは劇薬だ、ルナリア王女との交渉にも使うと良い」

「これはこれは、過分な報酬ですね……。これは期待に応えないといけませんねぇ」


 ぱらぱらと冊子をめくりながらカリヴァは思案する。書かれている内容を全て理解する事は出来ないが、抱えの技術者ならば可能だろう。スオウとてその知識レベルを理解出来るレベルに落として書くくらいの配慮はしてくれている筈だ。


 だがコレに書いている事が事実であれば、中央都市ヴァンデルファールとの連携も勿論、北にある辺境伯とのつながりも強固に出来る。これならば、西部同盟の夢も実現可能な領域に近づく。


 西部同盟、これは前々からカリヴァが考えていた事の一つ。

 貴族間の領地に置ける関税を撤廃し、物流を促進し、活性化を図る。

 カナディル連合王国は土壌豊な土地が多い、特に西部にはその傾向が強いのだ。

 食料の流通を増やし、貧富の差を減らし、労働力を確保する。


 そして富国強兵を、帝国の侵略に恐れる必要の無い場所を確保する。それこそ西部同盟の真意。


 北に存在するグリュエル辺境伯との伝手は手に入れている、そしてその益と利を述べれば撥ね除けられる事は無い。

 グリュエル辺境伯とてヒト、他の二人の辺境伯と差を付けたいと思っていても不思議ではない。

 

 特に、王家に対して不信とも思われる行為をしたガウェイン辺境伯に対するカウンターとしても、だ。


「あまり急くなよ、内乱になれば問題だ」

「わかっています」


 スオウがカリヴァの様子を見て告げる。

 片一方だけに対する露骨な肩入れは不信感を呼ぶ。それは今回のクラウシュベルグ内で十分に理解出来る事だ。

 街一つでも起るのだ、それが領土同士となればその規模は計り知れない。


 そして何より、そうなればルナリアが黙っていないだろう。いや、国益となるならば黙認する可能性もあるが。


「取り敢えず用意してもらいたいものは魔術刻印の刻まれた宝石を数個、アリイアに例の試作品のシャムシール。それと現金は勿論だが、コンフェデルスにも間者を数人入れておけ」

「わかりました、直ぐにご用意します。コンフェデルスの間者はルナリア王女には?」

「連絡は不要だろう、王家の諜報機関は杜撰だが、ルナリア王女が個人で持つのは別の様だしな。知らない、という方が互いの為になる」

「現金の方はどれほど?」

「必要に応じて、が望ましいがとりあえず3000、新金貨でな。持ち運ぶのも危険だから分けて間者に向こうで渡す様にしてくれ。最初に持って行くのは30程度で良い」

「わかりました。もしそれ以上必要であれば言ってください」


 新金貨、金貨一枚で5人家族の食費が3ヶ月程度なら持つ。現代日本に換算すれば10万と言った所か。

 故にスオウは持参で300万、そして総計で3億寄越せと言ったのである。


 それに対して文句も言わず用意するカリヴァもカリヴァだが。

 今後貴族になるにあたって金はあってもあっても困らないものではある、だがしかしコンフェデルスの6家とコネクションが出来る可能性に加え、コレまでのスオウの成果から考えるに3億程度であれば最悪結果が何も無くても問題ない、と思える程にはカリヴァはスオウをある意味信用していた。


 ちなみにアリイアは6個目のケーキを吐きそうな顔で食べるのを拒否した。

 スオウがさり気なく紅茶をアリイアの前に置いた。


「後は……、両親には上手く言っておいてくれ」

「……それはスオウ様のお仕事かと思いますが」

「一応理解してもらったと思うんだが、最後までいまいち信用してなかったんだよな」

「状況が状況ですので当然かと思いますが……」

「リーテラにも泣かれたしなぁ」

「それこそ自業自得です」

「流石に3年帰れないというのは酷だったか」


 ふぅ、とため息をつくスオウ。

 思い出すのは泣きじゃくり離れてくれなかったリーテラだ。

 場合によっては3年間帰れないのだから、まぁわからないでも無いのだが。


 別にアルフロッドと二人でいく訳でもない、故に他の人間が信用出来るのならば別にスオウだけ帰っても良いのだが。

 アルフロッドは帰れないのだ、そう簡単には。だからこそ一応は帰れないというスタンスを取る必要が有る。


 当然グランも同行するので、スオウとは立場が違うのだが。

 しかし、グランの同席はあっさり決まった。こういう時元国最強の名は便利である。


「スオウ様もさすがにサラ様とリーテラ様には頭が上がりませんか」

「まぁ、な……」


 それが罪悪感から来るものだというのは誰も知らない、いや、クラウシュラだけが知っている。


「フォローは頼むよ、それも仕事の内とした方が良いか?」

「いえ、仕事でなくても構いませんよ。優秀な部下ですから、上手くやらしてもらいます」


 カリヴァの答えに僅かに安堵の色を見せるスオウ。

 それに気が付くのは中にいるクラウシュラ、そして不思議な事にアリイアもそれに気が付いていた。

 

 残念ながらケーキの恨みでその瞳には慈愛ではなく殺意しか篭っていないが。


「じゃあ、頼んだ」

「ええ、スオウ様も吉報をお待ちしております」


 互いの会談はこうして終わった。


 残ったケーキは使用人が美味しく頂きました。


 ○


 カナディル連合王国 首都ヘーゲル


「ひ、姫様、お待ちくださいっ! どういう事ですか!」


 どたどたと走りながら前方を闊歩する金髪の姫君、ルナリア・アルナス・リ・カナディルへと声をかけるのはこの国の外務大臣、オロード。だがルナリアは止まらない、風を切り裂くかの様に王城の中を闊歩し、前へ進む。


 止まる気配のない姫君にオロードは再度力を振り絞り走り、ルナリアの前へと出て抗議の声を上げる。


「姫様! どういう事かご説明ください! なぜナンナ様の婚儀にグラン・ロイルと、そして、その、か、いえ、例の存在が同行するのですか!」


 加護持ち、と告げようとした所でルナリアのギン、とした視線に睨まれ口ごもるオロード、しかしながら言わない訳にも行かず、その勢いのまま告げる。


 対するルナリアの回答は明白だ。


「別に表立ってではないのだから良いでしょう? その分余分に金を出せとは言わないわ、元国家最強よ? 問題でもあるのかしら」

「そう言う訳にも行きませぬ、これは以前より動いていた話です、そう簡単に人員を変更出来る訳が有りません!」

「そうね、簡単には行かないわね。じゃあ頑張って頂戴」

「は、いえ、ですから姫様!」

「簡単ではないという事は難しいという事でしょう? ではより一層頑張って仕事をして下さい、貴方の仕事はそう言う仕事でしょう?」


 そんな訳あるか! とオロードは叫びたかったが生憎と目の前に立つ王女殿下にそんなことを言えばどんな目に会うか。

 数ヶ月前の財務大臣がルナリア王女に姫様は大人しく座っていれば宜しい、貴方は象徴なのだから、と。余計な事をして場を乱すな的な毒を吐き、その数日後部下の不正書類を顔面に叩き付けられているのを見たばかりである。ちなみに財務大臣は鼻から血を流していた。

 さらに管理不行き届きをねちねちねちねちと笑いながら攻めていた。ちなみに財務大臣は鼻から流れる血を止める事すら許されなかった。


 あれは完全なサドだ、生憎とオロードはマゾではなかった。


「で、ですが姫様……」

「何とかするのが貴方の仕事、何か問題が有るのかしら? それとも他国に出すのを嫌がった辺境伯あたりから圧力がかかったかしら?」


 その言葉にぐ、と詰まるオロード。

 明確に表立って圧力がかかっている訳ではない、だがしかし無い訳ではない。

 オロードは脂汗を垂らしながら、そして……、目の前に立つルナリア王女の雰囲気が凍り付いて行く事に気が付いた。


「ねぇ、オロード。私、父上を説得するのがとっても大変だったのよ」

「は、はぁ」

「そして今回の件は父上からの命令でもあったかと思うのだけど」

「ま、間違い有りません」

「ただの王女ごときが口を出すな、と言われるのもよくわかっているつもりよ?」

「そ、そんな滅相も御座いません」

「でもねオロード、私は私の大切な妹が安全にコンフェデルスで過ごせる事を望んでいるのよ?」

「え、ええ、勿論でございます」

「そんな私の気持ちを無視して、さらに国王の指示を蔑ろにして、何を言うのかしら?」

「い、いえそんなつもりは、ですが、そのですね」

「だったらやれ、わかったかしら?」

「は、はい……」


 気の毒そうな視線がオロードに集まっているのをオロードは自覚していた。

 ここ数日ナンナ様の結婚において色々と問題が発生した、それは例の加護持ちの件も含まれており、相当に紛糾したのだ。

 そしてその紛糾の中心に居るルナリア王女、彼女とのやり合いは王城のあちらこちらで見受けられていた。

 

 主に目立つのはガウェイン派とも言えるガウェイン辺境伯側だ、彼はコンフェデルス連盟との国境に面した領土を所持している、故に思う所は有るのだろう。セレスタン辺境伯は傍観を示し、そしてグリュエル辺境伯はルナリア王女を援護していた。


 国王の立場は微妙だが、結論、ナンナ王女が無事結婚出来、コンフェデルス連盟との同盟に問題が生じなければ良し、とした。

 ふぅ、とため息をつきそうになるルナリアではあったが、ここは王城、一気に気を引き締めて私室へと戻ろうとした所。するり、と違和感無くルナリアの隣に並び歩く男性が視界の端に映った。


「敵を作りますよ姫様、あのやり方は関心できませんねぇ」


 くつくつと笑いながらも嫌らしく無い程度に表現し、ルナリアに声をかける男、ニールロッド。

 ぼろぼろになっていた腕は表面上は既に治癒されているが、動きは未だ不完全、今は以前の様に動かせる様鍛錬中らしい。

 そのニールロッドの言葉に眉を顰めてルナリアは返事を返す。


「あら、財務大臣の横領を黙認し、外務大臣の女漁りを見逃しているのに自分の仕事くらいやって貰わなくては困るわ。あれで能力だけはそこそこあるのだし、あれ以上のが居れば直ぐに罷免してやれるのだけれども」

「罷免と言いますか、物理的に首が飛びそうですねぇ、その時は私に仕事が回って来るのでしょうか?」

「あら、そんな訳無いわ、あの二人の証拠程度ならすぐ揃うし表でも十分ね」

「それは何よりですねぇ」


 へらへらと笑う男、それにふん、と鼻を鳴らし自室の扉を開けてニールロッドも中へ招く。


「おや、これは美女と二人きり、まずいですねぇー、変な噂でも立てば問題です」

「そうね、噂が立てば貴方の仕事が増えるものね」

「冗談ですよ、暫く腕の治療に専念させて欲しいものですから」

「で、掴んだのかしら?」

「正直芳しく無いですね、と言いたい所ですがまぁー、大変でしたよ。久々に死んだかなーと思いましたわ」

「そう、かの有名な鮮血が傍に居るのだからまぁある程度は大変でしたでしょうね」


 ぐったりとした顔を見せたニールロッドではあったが、それに対するルナリアの返事は冷たい。

 これはもうやさぐれても問題ない程かもしれない、はぁ、と一つため息をついたニールロッドは報告をあげる。


「スオウ・フォールスの素性ですが、年齢は10歳、クラウシュベルグ生まれのクラウシュベルグ育ち。親はダールトン・フォールスとサラ・フォールス、妹と弟がそれぞれ一人、名はリーテラ・フォールスとロイド・フォールス、共に8歳」

「へぇ、双子かしら珍しいわね」

「まぁ、そうですねぇ。続けますが、例の加護持ち、アルフロッド・ロイルとは幼馴染みらしいです、親、グラン・ロイルと故人であるリベリア・ロイルがスオウ・フォールスの親と懇意にしていたみたいですねぇ」

「なるほどね、だからグランはあそこに逃げた訳、か。それで?」

「えぇ、まぁルナリア王女の予想通りと言いますか、その数年後にカリヴァ・メディチが台頭して有名になってますね。一番なのは塩ですかね、あとはまぁコンクリートですか」

「あの時の会談の様子からカリヴァ・メディチとスオウ・フォールスは対等あるいはスオウ・フォールスの方が上、ね。信じられない事だけど」

「まぁ、あんだけやる餓鬼ですから今更何が出て来てもおどろきゃしませんが」


 そう言いながら自分の手を見る。

 あの動き、あの覚悟、そして迷いも無く毒を用いるその姿勢、10歳だと? 冗談も程々にして欲しい。


「それで、カリヴァ・メディチとの関係は掴めたのかしら?」

「まぁ、そのなんですか。協力者と庇護者、いや後ろ盾、というべきでしょうかね。そんな関係らしいです」

「らしい、とはどういう事かしら?」

「生憎と鮮血が片時も離れないもんであまり詳しくは突っ込めなかったんですよ、アルフロッドの件もありますし一応協力関係なんですから刺激するのは本意では無いでしょう?」

「まぁ、そうね」


 ニールロッドの言葉に頷くルナリア。

 しかし、思った以上にあの少年の謎だけが溜まる結果になった、仕方が無い、とも言える。


 だからルナリアは一枚カードを切る事にした。


「今回の加護持ちとスオウの“留学”の件」


 え、いつから留学になったんですかい? というニールロッドの表情を一睨みで黙らせそして続ける。


「コンフェデルス側で助けてくれるヒトが居ると良いわね」

「んー、できればうちの色が入ってない方が良いんですよねぇ?」

「勿論よ」

「まーしょーがありませんねぇー。何点かあたってみまさぁ」


 ひらひらと手を振るニールロッド、そして彼は気だるげな表情でルナリアの私室から出て行った。

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