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月蝕  作者: 檸檬
1章 幼年期編
15/67

月の導きと加護の宿命15

 Hope for the best, be ready for the worst.

 最善を願い、最悪に備えろ。


 朱色の閃光、魔術によって最大まで強化された脚力と無駄のない体捌き。

 体全てを刺穿とする、その一撃は標的を突抜け血の膜を張り、奥へと抜ける。

 だが――、同時に放たれたその技はその技の精密さと精巧さが仇となった。


「なぜ……」

「あ?」

「なぜ、殺さなかったの……?」


 キリング・マリオネットを使用したスオウの僅かに上回った反射神経。

 それだけが結果を示す。

 衝撃によって片腕の骨が折れ露出し、歪な形に曲がっている自分の腕を見ながらスオウは告げる。


「知らないのか? 親は子を殺さないのさ。ま、例外も有るがね」

「……? 何を分けのわからない事、を……」

「何をって、名付け“親”だろう俺は」


 く、と笑うスオウは年相応であった。


 ○


 ごろり、と風呂敷から出て来た首。

 それは紛う事無きクラウシュベルグの領主、オロソルの首。

 血の気が引き青白く、目の輝きは消え、舌はだらしなく伸び切り、切断面は僅かに血に濡れている。


 その状況に硬直したのはグランだ、なぜ、と。

 何より持って来たヒトが問題だった。


 彼は親友の息子であり、息子の親友であり、そして大事な者の一人だ。

 なぜ、そんな彼が、オロソルの首を持って、ここにいる?


 そんなグランの葛藤を他所に、首に剣を付けられているカリヴァとルナリアは状況を把握するのに気をやつした。

 首元には揺れる事無い剣、それは意思と揺らぎ無きその力を意味する。


 無駄な抵抗は逆効果だ、と直ぐに思い立ったルナリアは僅かに微笑み侵入して来たかわいい子供に声をかけた。


「これは可愛いお客さんね、それで、何か用かしら?」


 この時点でルナリアは追い出す事も、この所行について問いただす事も何もしなかった。

 そんな事は時間の無駄だからだ。

 ルナリアは目を見るだけでそれを理解した。そこに居るのは子供ではない、と。

 

 僅かな沈黙、その後に告げられた言葉にルナリアは更にこの男に興味を覚えた。


「おはよう御座いますグランさん、済みませんが大人しくしていてください。隣にいるカリヴァの首と胴が泣き別れしてしまうかもしれませんので」

 

 ぺこり、と軽く頭を下げてグランへと願い出た後。


 ――さて、と続け。


「カリヴァ、お前は何が欲しい?」


 ぎしり、と空気が軋む音が聞こえた。

 その言葉の意味が本当に分かる者がここに居るだろうか、だがしかしカリヴァは理解した、それだけで全てを理解した。

 ふぅ、と小さくため息をついたかと思うと両手を上げて、こう答えた。


「男爵の地位を」


 その言葉に目を見開いたのはグランだ。意味が分からない、対面に座るルナリアは微笑みながら少年、スオウを見つめている。


「子爵はいいのか?」

「これでも身の程を知っていますので、引き際は弁えているつもりです」

「そうか、ではそう言う事にしておこう」


 そう言ってつぃ、と今度はルナリアへと視線を向ける。

 微笑んだままのルナリア、だがその目は楽しい者を見つけたかの様に僅かに歪んでいた。


「ルナリア王女、領主邸でなかなか面白いヒトに会いましたよ。最後の最後で逃げられましたが、ね」

「あら、それは大変だったわね」


 にこりと笑い問いに返す。

 意味等理解している、なんせ目の前でカリヴァに突きつけられている短剣、それは自身もよく見た事が有る短剣。

 自身の部下の一人が好んで使う短剣、そして今現在与えている任務を考えるに予想が付く。


「それで、その面白いヒトは何か言っていたかしら?」

「いえ、なにも。尻尾を巻いて逃げて行きましたよ」


 オロソルを殺して、とは伝えない。オロソルが喋ったのだろうという懸念を残す為に。

 そしてただ――、と続ける。


「意味深な事を話していましたよ。たとえば、貴族様が金を出して加護持ちを飼おうとする、とか、ね」

「あら、おかしなことを言うのね、お金で取引しようとしていたのはこの街の領主ではなくて?」

「それこそおかしな話だ、取引とは相手が居て成り立つ話では有りませんか?」

「確かに、ですがそんな事をする相手とは、もしかしたら帝国が手を伸ばしていた可能性もありますし」


 淡々と答えるルナリアにスオウは思わず口角をあげて笑う。

 だが別に今ここで彼女を問いつめた所で何も意味が無く証拠も無い、故に次のカードを切る。


「ははは、では、今回襲撃を受けた傭兵団はガウェイン辺境伯の指示を受けたとか言うのは如何でしょうか」

「何を言っているのかしら……? まさかそんな真似ガウェイン辺境伯がされるはずもないでしょう」


 首を傾げ、答えるルナリア。だがしかし内心ではなぜ、と問うていた。そして気が付く、片腕の無い女性、そして後ろに居る赤髪の男性。よく見ると傷がまだ完全に癒えていない、まさか……。


「生き証人は大事だと思いませんかルナリア王女、あぁ、心配しなくても大丈夫ですよ。貴方の都合でアルフロッドが利用され味方ごと皆殺しにされた為仲間の敵を取りたくてしょうがない様ですが、“一応”まだ私の話を聞いてくれますので。

 ガウェイン辺境伯の暴走としても構いませんが、随分と国王の影響力が落ちていますね。辺境伯に勝手を許すとは、この国の将来が不安です」


 所詮はブラフ、だが……。

 そう言って憂鬱げな視線をルナリアへと向け。


「いや、本当に、そんな所にアルフロッドを預けるなんて不安でしょうがありませんね。セレスタン辺境伯がお聞きになられたらどうされますかね」


 そして揺さぶり毒を吐く。


 セレスタン辺境伯。3強の一人、彼は深遠の森、と呼ばれる魔獣の住処に対する盾として存在している。

 言わずもがな、彼とて加護持ちの戦力は喉から手が出る程欲しいだろう。


 それが他の辺境伯が王家を差し置いて手を出していた事を知れば、それを理由に王に取り入る、あるいは利用して場を乱される事は間違いない。


「王家を脅すつもりかしら?」

「まさか、ただ事実を述べたに過ぎません。ただそうですねちょっとお願いを聞いて頂ければ助かりますが」

「……へぇ、言って見なさい。貴方の命を賭ける意味があるのでしょう」


 カリヴァもグランもただ黙って事の成り行きを眺めている。

 カリヴァの後ろに立つフィリスが唯一心配気にスオウを見ているが、生憎とこの場の者は全てスオウへと視線がむいているためそれに気が付く事は無いのだが。


「アルフロッドの件ですが、中央都市ヴァンデルファールの魔術学院へ入学でお願い出来ますか? 勿論裏工作無しの全うな試験を経て。実技は問題ないでしょうし、筆記は私が教えます」


 ぴくり、と、グラン、カリヴァの眉が動く。

 それではクラウシュベルグから離す事になるのでは、と。

 だがしかしルナリアはどこか神妙な顔で悩みだした。


「成る程、ね……。でもあそこの魔術学院は13歳からよ、3年間クラウシュベルグで隠すというの?」


 カナディル国立魔術学院、あそこはあらゆる政治的要素から逸脱した陸の孤島。

 中央都市ヴァンファールより僅かにそれた場所に存在しているが、そこはあらゆる影響を受けない場所。


 他国からの留学生も多く、そしてその学院長がカナディル連合国でも有数の魔術師であるからという理由も大きい。

 故に、加護持ちであるアルフロッドを囲うには丁度良かったと考えられる。


 だがしかし、それでも3年、3年間もクラウシュベルグに置くわけにはいかない。

 正確に言えばこれ以上自治都市に居させるわけにはいかないのだ。


 そう思ったルナリアであったが、それに対する答えは予想以上のものだった。


「いいえ、3年間はコンフェデルスで過ごします」

「――ふぅん?」

「第2王女であるナンナ様がコンフェデルスへと嫁がれるそうですね。それの護衛兼国外研修として共に行けば良い。まぁ、理由は別の物でも良いですが、両国の関係も強化出来るし、隠蔽していた訳ではないと誠意を見せる事も出来る。そして国内からの不要な接触も避けられる」


 その間に所有権を明白にしろ、と。


 同盟国であるコンフェデルス連盟、かの国の不審を抱く事もまた問題。

 故に、アルフロッドを3年間とはいえ、コンフェデルスへと預ける。

 如何考えても強硬策とも取れる方法、場合によってはコンフェデルスが難癖付けて返さない可能性がある。

 国と国同士に完璧な同盟等存在しない、だが……。


「あり、と言えばありね。滞在期間の厳密化と同行者を人選すれば、その間国内の鎮静に動けば良い。辺境伯も下手に手を出す事は無いでしょうし、ナンナの婚姻を駄目にする事はないでしょう」


 そして何より、コンフェデルスに恩も売れる。

 ただ帝国の問題も有る為、その間コンフェデルスから何らかの対価をもらう必要が有る。

 勿論表立ってではないが。

 

「まぁその辺りは明確に文章で提示し、なおかつ洗脳されない様に誰かが付く必要が有りますが、その心配は少ないと思います」

「何故かしら……?」

「簡単ですよ。俺も共に行くからです」

 

 その言葉に驚いたのは果たして誰か。

 目を細め、スオウを睨む様に見るルナリア、その本意はどこに有るのかそれを探る様に。


「絶対とは言いませんので、まぁ他にも数人欲しい所ですが、後はアルフロッドの意思ですね。あいつが望まないなら意味が無い」

「何を言っているの? いえ、アルフロッドの意思など今は問題ではないでしょう」

「選択肢は与えるべきです、それが偽善に過ぎなくても自分で選ぶかそうでないか、たとえ選択肢が限られていたとしてもその意味は違う」

「へぇ……」

「それに、加護持ちを魔術学院に入学させるという前例はルナリア王女、貴方にとっても損は無い筈だ」

「……」


 告げられた言葉に押し黙るルナリア。

 ルナリアはここに来てこの目の前に居る男の面白さに更に一つ上の評価を付けた。恐らく、この場に居る誰よりも。


 交渉事において黙ってしまうというのは必ずしも駄目な事ではない、不明瞭な回答をする事よりも場合によっては良しとされる。

 そしてこの場に置いてルナリアの沈黙は肯定の意思を示した。


 思いも寄らない事に対しての沈黙ではなく、その問いに対しての肯定として。


「そう、いいわ。グランさん、問題は有るかしら?」

 

 そうしてルナリアは問いかける。

 目を白黒させて状況を把握し切れていないグランは曖昧に頷き、そしてスオウへと視線を向ける。

 そこには困惑と、そして僅かながら謝意も含まれていた。


 そこに恐怖や拒絶が現れない辺りさすがアルフの父親だな、とスオウは思っていたりするのだが。


「ふふ、では坊や、次の交渉だけれど」

「銀山を一つ」


 首に添えられた曲刀をつぃと見ながらルナリアはスオウへと問うた瞬間にスオウは返事を返した。

 現在の行為はもはや国家叛逆罪、皇族に刃を向ける等死罪を言い渡されても仕方が無い程だ、だが故にルナリアはそれをネタにもう一つ交渉を行おうと思ったがどうやらスオウはそこまで予想していた。


「価値は?」

「無ければこの首を」

「ふふふ、そう、そう言う事、成る程、いいわね貴方。そういえば名前を聞いていなかったわ」

「スオウと申します」


 楽しくて仕方が無い、と笑うルナリア。対面に座るカリヴァもくつり、と笑い何も言わない。

 疑問の顔をしているのはグラン、そしてフィリスにシュバリス。アリイアは正直表情が変わらないのでわからないのだが。


 今回の銀山、ルナリアに渡す事によって他の貴族の介入を防ぐ意味が有る。

 それに加え、ルナリアが銀山を手に入れたとしてもそれを採掘するのは現場の人間だ。

 スオウは銀山を謝意の代わりとして出しながらも、銀山の確保を堅牢なものとし、クラウシュベルグの職も確保したのだ。


 ここでルナリアがムキになって自分の子飼の者を送る事は容易い、だがしかしそれがいかに無駄な事かはわかっていた。

 そうしてゆっくりとルナリアの首から曲刀が離れると同時にルナリアは立ち上がった。

 

 金の髪、片房は意匠を凝らした髪留めで止められており、もう片方は自然に下へと流れている。

 窓から入る木漏れ日によって僅かに光るその髪はさらさらと流れ、その少女と女性の中間に位置する彼女ではあるがしかしその纏う雰囲気と仕草がその色香を醸し出す。

 ゆっくりと引き抜いたサーベル、それもまた日の光を反射して光る。


 異質とも幻想的とも思える状況の中、スオウは片膝を付き、頭を垂れる。

 ルナリアはその仕草に僅かに目を見開き、そしてさらに喜悦が浮かぶその表情。

 手に持っていたサーベルをゆっくりとスオウの肩へと当てた。


 ――そして告げる。


「我が剣として、我が国の礎となるかスオウ」

「御意に“女王陛下”」


 告げられた言葉それの解はルナリアだけに届いた。


 ○


 がたがたと音が鳴る。

 端から見れば一般的な馬車、だがよく見ればその帆は防矢性の高級品であり、基礎には魔術刻印が刻まれている。

 当然ながら周りを走る馬の上に乗る者も相当の練度、いや、メディチ家の一件でより一層警戒しているとも言えるのだが。


「姫様、宜しかったのですか……」


 その問いは二重の意味、アルフロッドの件と、ルナリア王女に対する狼藉の件だ。

 殺されてもおかしく無いその行為、だがその後不問とされた。何よりそれが納得いかなかったのは護衛に就いていた部下達だ。

 しかし、ルナリアが良い、と言っている以上何も言えない、故に殺意の篭った視線だけ送りメディチ家の屋敷から出て来たのだ。


 あの子供はどこ吹く風、と飄々としていたが。


「構わないわ、それが国益に繋がるのなら別に私の命の危機なんてどうでも良いのよ、結果死んでいないのだしね」


 そう言って笑う。

 あの瞬間スオウにこちらを害する意志がないのはわかっていた、だが脅すという行為を取っている以上、建前は必要だ。

 ルナリアは無事だったとしても部下が数名死ぬ可能性が無かった訳ではない。


 銀山一つと部下一人の命、考えるまでもなく前者に天秤は傾く。

 感情的な問題を度外視にすれば、の話だが。


 どちらにせよ成果は有った、自治都市を爵位持ちとして組み込むとなると所々問題は有るが、あれだけの発展速度、税収も考慮すれば塩の件での貢献度と含めどうとでもなるだろう。


 それよりもあの少年――


「くっ、ふふ、うふふふ」


 あの目は深い闇を持っていた。

 自身の罪を自覚して、自身の立場を得たい貪欲な獣の目。


 怪訝な顔で見てくる部下に何でも無いと手を振る。

 彼に会えただけで十分に価値があった、やはり現場は自分の足で歩いてこそ意味が有る、と思っていた所で、周りの部下が騒がしくなった事に気が付いた。


「なんだ?」

「どうやら夜盗の、いえ……、あれは領主軍の旗ですね」


 幌の影から外を見ると20人そこそこの人数を持った領主軍の兵士達が居た。

 僅かに汚れ、疲労困憊の様相から恐らく逃げ出して来たのだろう。


「これはこれは、カリヴァさんも詰めが甘い、いいえ、スオウの詰めが甘いというべきかしら」


 後者の言葉はぼそりと呟かれ回りには聞こえない。

 とはいえ相手に対する警戒の為槍を構え、臨戦態勢であることも原因では有ろうが。


「姫様、中に」


 手を翳し、守護対象を幌の中に押し込もうとしていた所で相手側に動きが有った。

 前に立ち剣を構えていたその奥、薄汚れて見る影もない男、憔悴した顔ではあるが、目的の者を見つけたかの様な喜悦の色を持ち声を張り上げる。


「王女殿下! どうか、どうかお取り次ぎを! クラウシュベルグ領が領主オロソルが息子、クロイスと申します!」

 

 その男はそう述べた。

 片膝を付き、頭を足れてそう告げる。

 その声にルナリアはく、と笑った、そうして僅かに幌をあけ、顔を半分覗かせる。


「姫様!」


 声を荒げる部下に手を翳し止め、クロイスと名乗った男に先を促す。


「ありがとう御座います。王女殿下に至急ご連絡をと思いご無礼と思いましたが馳せ参じた所存でございます。現在クラウシュベルグにて加護持ちを用いて叛乱を行う兆しが御座います!」


 思わず笑うルナリア。

 頭を足れて声を上げる男にむしろ哀れにすら思う。


「早急に国軍の出動を――!」


 そう言って更に頭を深く深く下げる。

 その仕草、先の会席に同席していた部下が数名僅かに眉を顰める。

 それもそうだろうもはや茶番以下の喜劇ですらない。


 抑え切れぬ笑いを必死に抑え、怪訝な表情を向けるクロイスにルナリアは告げた。


「ニールロッド、いるのでしょう? 始末して良いわ」


 ひらり、と手を振り幌の影からそう告げる。

 それと同時に30をやや過ぎたであろう屈強な男が森の影から現れ、そして瞬間。

 短剣が飛ぶ、寸分狂い無く飛ぶ短剣はクロイスの周りに立っていた兵士の頭部へと突き刺さり命を奪う。

 その短剣は見る者が見れば先日の夜スオウと打ち合った剣であり、フィリスが持っていた剣であり、そしてその顔はアルフロッドを誘導した男でもあった。


「え――?」


 瞬く間に数を減らす兵士、慌ててそちらへと剣を向けるが今度はルナリアの護衛として付いていた兵士が残りを切り捨てる。


「ひっ、あっ――」


 ざり、と地面へと転がるクロイス。

 ここに来てようやくクロイスは自身の危機的状況に気が付いた。

 死にたく無い、と逃げて、そして藁をも縋る思いで縋った藁は毒薬に過ぎなかった。

 一瞬にして血の気を失い、青ざめるクロイス。だがその脳はこれ以上無い程動いていた。


 死にたく無い、というその思いだけで。


 散々ヒトの死をもてあそび尊厳を踏みにじって来た男が滑稽な話である、そしてクロイスは切っては行けないカードを切った。


「や、やめろ! そ、そうだ僕は知ってるんだぞ! 傭兵と我々の領主軍をぶつけて茶番劇をしたのを! 国は加護持ちを金で買おうとしたのも知ってるんだぞ! 父上が多額の謝礼を受ける事も聞いていたんだ!」


 恫喝、とも言えるだろうか。

 ずりずりと引き下がりながらそう叫ぶ。

 その声を聞いたルナリアは僅かに開いていた幌を完全に開き、馬車を降りた。

 

 周りの静止の声も聞かず、ただ微笑みを浮かべてクロイスの元へ行く。


 その美貌に僅かながら色の入った目で見るクロイスはある意味剛胆とも言える。

 状況に苦笑を浮かべ一歩下がるニールロッド。手に持つ短剣を器用に片手でくるくると回し遊ぶ。


「クロイス、と言ったかしら?」

「はっ、ははぁっ」


 花を手折る様に、穏やかに優しく問いかけるルナリア。

 だがその手はサーベルの柄へと向かう。


「脅しというのはね、圧倒的強者がやってこそ意味が有るのよ。弱者がやった所でそれはただの雑音よ」


 やるならば私の首元に剣を突きつけるくらいするのね、そう告げてピン、と右目にサーベルが突き刺さり、脳を突く。

 かひゅ、という肺から漏れた声にならぬ声、そして――


「まぁ、来世では教訓としなさいな」


 そして残る残心、サーベルを抜き、ゆっくりと振り返り馬車へと戻るルナリア。

 崩れ落ちるクロイスに目も向けず。


「ニールロッド、貴方も乗りなさい、報告を聞くわよ。もう知らなかった、という立場で居る必要も無いわ」

「おー、構いませんがねぇ、この腕この様なんですが、無礼にならんですかねー?」


 そう言ってあげるのはぐるぐると包帯で巻かれた腕。

 乱暴に巻いたのだろう僅かに見える肌は肌の色をしておらず、真っ赤に塗れてまるで皮膚がはがれ肉が直接見えているかの様だ。


「……どうしたのかしらその腕」

「手持ちの秘薬で色々やったんですがねー、まぁ最初は炭化してたんでそれよりゃマシっちゃマシっすね」

「奥の手を使ったのかしら、貴方を追い込むなんてやはり面白いわ」

「こちとらそれどころじゃなかったんですがね」


 はぁ、とため息をつくニールロッド。

 ぷらぷらと包帯だらけの腕を振るが、正直激痛が走るのであまり動かしたくは無い。

 意地で何事も無い様にしてはいるのだが。


「良いから入りなさい、その腕で馬車の速度について来るのも一苦労でしょうし。それにそこのゴミを利用して上手く私を足止めし、追い付いたのだから無駄にしたくは無いでしょう?」

「いやいや、まいりやした」


 ひらり、と両手を上げて苦笑するニールロッド。

 周りの護衛の殺意の篭った視線にまた再度苦笑を浮かべ、ニールロッドは馬車の中へと入って行った。


 正直今回一番不幸だったのはルナリア王女の護衛だったのかもしれない。

 

 ○


 時間は僅かに遡る。


 ルナリア王女が退席した後、それより前に失礼する、と退室したスオウ。

 そのスオウが居る場所へとグランは足を向けていた。


 メディチ家は広い、ルナリア王女と会った客間以外にも当然部屋があり、そのうちの一つにスオウは居た。


「スオウ……」


 30畳も無い程度、だがそこそこに広いその部屋、半分書庫となっているのだろうか、入った場所から側面が全て本棚となっており、所狭しと本が詰められている。


 部屋に居たのは4人、まずスオウの傍にひっそりと立つのは褐色の肌の女。言うまでもない鮮血だ。

 その立ち位置に僅かにグランは身構えるが、状況が読めない程愚かでもない。おそらく、何らかの理由で今はスオウの傍に付いている様。


 そして窓際には片腕の女性、ぼぅ、と外を見ていた様だがグランが入って来た事にこちらへと視線を向けて軽く笑みを浮かべ会釈をする。いや、本当にこの女性が一番まともなんじゃないだろうかと思う自分がどこかに居る。

 その僅かにそれた先、ソファーにだらしなく寝転ぶ赤髪の男、ルナリス王女を飛び越え、不敬中の不敬を働いた張本人だ。

 いや、首を放り投げたスオウも相当だが。


 そしてその当人、スオウは部屋のやや中心からそれた場所にある椅子の上に座り本を読んでいた。


 ただ黙っていれば年相応のスオウではあるが、先ほどの所行を見てからも同様に見れる訳でもなしに……。


「スオウお前は――」


 そう問いかけた。

 だがしかし問いかけたと同時にその問いに果たして意味が有るのかと思う。

 だがスオウは読んでいた本から目を話グランへと視線を向けて返した。


「俺は俺ですよグランさん、それ以上でもそれ以下でもありません」

「それは、答えになってねぇだろうよ」

「結果が全てそれではいけませんか?」

「親友の息子で、息子の親友だ。アブねぇ橋を渡らせる訳には……」

「それこそ愚問ですよグランさん、アルフロッドはそういう立場だ、ルナリア王女が言っていたのではないですか? 力は力を呼ぶ、と。それすらも理解せずに友になった覚えは有りませんし」

「……っ」

「7年……」

「なに?」

「7年の猶予です、グランさん。コンフェデルスで3年、魔術学院で4年、7年間の猶予を得ました、説得は任せますよ。それでアルフが何を見て、何を選ぶのかそこまでは俺もわかりませんが」


 その言葉でグランは理解していた事を再認識した。

 世界は一つだけで動いている訳ではない、多角的な観点からあらゆる思惑が有って動いている。

 そう言う意味ではコンフェデルスへと向かうのは間違いではないのかもしれない、他国から見たカナディル、他国から見たときの正義とは何かを……。もう、自分の手で抱えられる領分ではない事を。


「だが、お前まで行く必要は無いだろう……」

「同年代の助言者は必要かと思いましたが、俺では心配ですか?」

「いや、今更お前のそのずば抜けた知識と度胸はうたがわねぇよ、ただ、な」


 グランが思うのは子供ばかりに頼ってしまう事だ。

 無くなってしまった片腕と見えなくなった目をゆっくりとなぞり、そして思う。

 次にもしアルフロッドが暴走したら、スオウはどうなるのだ、と。


「アルフの暴走はさほど心配していませんよ」


 だがその不安に答えたのはスオウだった。


「あいつは馬鹿だけど、馬鹿じゃない」

「……なんだよそりゃぁ」

「言葉通りの意味ですよ」


 そうして二人は笑った。

 僅かながら続く雑談、平穏を手に入れた安堵か、朗々と続かれる言葉は止まらない。

 合間にフィリスが軽快に返事を返し、そしてアリイアが憮然と問いに答える。シュバリスは――寝てたが。

 

 そして数刻ふいに言葉が途切れる、そしてグランが問うた。


「ダールトンとサラには今回の事は言わない方が良いんだろうな?」

「心配をかけるのは本意では有りませんが、言わない方が良いでしょうね。いらぬ不安をかけるでしょうし、コンフェデルスへの留学、あるいは研修とでも、その辺はカリヴァ“男爵”を上手く使いますよ」

「お前とカリヴァの野郎の関係も気になる所だが、ま、聞かねぇでやるよ」

「……なんと言うかたまにグランさんには無条件で降伏しても良い気がしてきます」

「なんだそりゃ、気持ちが悪りぃ」

「気持ち悪いとは失礼ですね」


 肩を竦めて返すグランにため息を吐く。

 グランはただその仕草に笑うだけだ。 


「……サラさんには言っておいた方が良いと思うぞスオウ」

「む?」

「母は強しって言うだろうよ、リベリアもなんつーか、勘の鋭い所が有ってな」

「浮気でもバレましたか?」

「そうそう、って、んなわけあるか! 俺は今も昔もリベリア一筋だ!」

「男一人の老後は寂しいですよ」

「うるせーぞスオウ! 何時からお前は大人をからかえる程になったんだ!」


 びしり、と突っ込みが入るのをひょい、と椅子から離れて躱すスオウ。

 本気でなかったのも有り、グランもちっと舌を打つだけで納める。


「……ふん、お前だって相手がいねーだろうが、あ、もしかしてアンナちゃん目当てか? 応援するぞ?」


 そんなグランも、ふ、と思い出したかの様にスオウへとやり返す。

 10歳相手にムキになっているのはどうかと思うのだが――


(生憎と妾になると言っている女性は居るし、あげくに名付け親的に言えば娘? まで居るのだが、両方認めるつもりも無いし、でも言ったらそれはそれで面白そうだなぁ)


 なんて事を思っているスオウ。多少天罰が当たってもやむを得ないかもしれない。

 先ほどまでの重苦しい雰囲気はいつの間にか消えてしまっていた。


(とりあえず、父と母への報告は、やはりしておくか……)


 そんな事を思いながらも。

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