表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月蝕  作者: 檸檬
1章 幼年期編
13/67

月の導きと加護の宿命13

 The man who goes the farthest is generaly the one who is willing to do and dare.

 成功する人間とは、たいていの場合、自ら果敢に挑む物だ。


「シュバ! お願い止めて、子供を殺しあいに巻き込むなんてどうかしてる!」

「いや、でもよ……。俺らがいかねぇとこいつ一人でいっちまうぞ」

「――っ、じゃあ拘束してよっ! おかしいよ、なんで、なんでよ! こういう事が、こういうことが起きない様にって、なんでよっ!」

「フィリス……」

「スオウ君! やめて、やめてよお願いだから。自分の命は貴方だけの物じゃないの、この家に居てよくわかる、貴方がどれだけ愛されているか、だからお願いやめて、お願いだから!」

「フィリス、もうよせ。俺達がソレを言う資格はねぇ」

「なんでよ、どうしてよ、ルナさん、ルナさんに言えばきっと!」


 軽く振られた首、そして強い意志を持つ瞳。


「別に殺人を肯定する訳でもないし、かといって否定する訳でもない。殺せばヒトとして大事な物を失うんだろう。きっとそれは最大の裏切りなのかもしれない。けれど、守りたい物の為に力を振るう事が間違っているとは思えない。たとえその手段が間違っていたとしても迷いはヒトを殺すよフィリス。傭兵である君がそれを一番理解しているだろう?」


 ○


「はぁぁぁっ」


 銀線、舞い降りる死の舞踏。

 この日初めて彼女は、鮮血と呼ばれた女性は驚愕に目を見開いていた。

 いや、初めてというのは語弊が有る。事実彼女は数日前のスオウにも驚いていたのだから。

 だが今回もまた驚いた、この目の前の少年はどれだけの事を私に見せてくれるのかとどこか狂気にも似た笑みを浮かべながら。


「ふ、ふふふ、あははははは」


 思わず口から漏れるのは笑い声、急に笑い出したアリイアを訝しげに見ながらもスオウの剣線は止まらない。

 止まればそこで死が待ち受けている事を理解しているからだ。


 とん、と木の枝を器用に使いながらひらひらと舞踊るアリイアを銀線で追う。

 一拍の後にぶれて霞む腕と剣。そして流れる様に走る銀線が空を切る。


(スオウ、トレースの回数は残り少ないぞ。体が持たん)

(ちぃ、やはり体格差を補正しないと厳しいかっ)


 ぎちぎち、と筋肉が悲鳴を上げる。それを無視しながらスオウは剣を振るう。

 先に使用したグランの技よりは圧倒的にこちらの方が負担は少ないが、それでも負担が無い訳ではない。


(くそ、やはり見切られるか)

(初撃は意表をつけたが、のっ。スオウ下がれ、2歩半、そして右に体をっ!)


 ギュン、と風を切って振り下ろされる足、そして同時に円を書く様に剣が舞う。

 それをクラウシュラの導き通り動き、間一髪で避ける。


「ふ、ふふふふふ。あぁ、貴方はいびつだ、とてもいびつだ、まるで私の様で美しくて美しくて殺して(愛して)しまいそう」

「ナルシストか? 生憎と顔とスタイルは満足出来るんでもう少し世間一般的な常識を学んでくれれば考えても良いぞ」


 高速で景色が後方へと流れる中、剣を振るう。しかしそれは標的には当たらない。

 当然相手の剣もこちらには当たらないのだが向こうは軽々と躱すのに比べ、こちらは必死だ。クラウシュラの声が少しでも遅れれば腕、足、どこかが吹き飛んでいてもおかしくは無い。現にスオウの体はあちらこちらが傷だらけであり、対するアリイアはスオウの血で赤く塗れている。まさに鮮血、名の由来はここからなのだろうか。


 忌々しげにアリイアを見るスオウだが、アリイアは話を続ける。


「貴方は自身が守りたい物が有るというのにも関わらず危険な場所へと関わろうとする。それは何故でしょうか」

「出来る事はやろうと思ってね」


 回し蹴り、額の数センチ先を暴風の如く通り過ぎて行く。


「それでも限度が有るでしょう。そして余計な事に首を出し、守りたい物も守れない、何より貴方の命が無い。何故ですか? 貴方はどこか自分の命を何よりも大事としている割にはどこか軽く扱っている。他人は所詮他人に過ぎない、少しだけ目を瞑り、少しだけ耳を閉じ、少しだけ忘れるだけで自分の幸せはそこにあるのではないですか?」

「さて、な!」


 同時に霞む、二人の手。同時に放つ銀線は僅かにスオウが押し負けて吹き飛ばされる。


「貴方の持つ力にも興味は有りますが、何より貴方の生き方がとてもいびつでとても興味を引かれます。まるでそう、誰かに認めてもらいたいと、誰かに見てもらいたいと、その力をどこかで誇示したい様な、そんな印象を受けます。カリヴァ・メディチに取り入ったのもそれが理由なのではないですか?」


 数メートルの距離を吹き飛ばされたスオウは数回地面をバウンドした後一際太い幹を持った木にぶつかりそこで停止する。

 衝撃の瞬間後ろへと飛びダメージを軽減したが、それでも全身を襲う痛みが消える訳ではない。


「あるいは、何か目的が有る、と? 年齢に見合わず貴方はとても早熟である事は理解しています。あるいはソレがあっても不思議では有りませんが」

「今日は良く喋るじゃないかアリイア」


 ゆらりと立ち上がる、ぽたり、ぽたりと額から垂れる血を気にもせずに目の前に立つ褐色の美少女を睨む。


「目的か、そうだな一つだけあるぞ」

「おや、それは何でしょうか?」


 僅かに笑みを浮かべたアリイアに同様に笑みを浮かべるスオウ。アリイアの笑みはよく見なければわからないだろうが、スオウの笑みは明確だ。


 くつり、と漏れ出る笑い声、そしてスオウは告げた。


「決まってる、お前を叩きのめす事だ」


 ぐん、と一際大きく体を捻り、そして相手へと駆け出――さなかった。

 弓を振り絞る様な姿勢のままスオウは止まる、そして動いたのは口。


「良い事を教えてやるアリイア」

「おや、それは何でしょうか?」

「先に君が言っていた探索魔法だが、あれはな、俺の血を媒体に使っているんだよ」

「――!」


 ――キリング・マリオネット


 一瞬の硬直、そして全身に付いた血を見た瞬間彼女の目の前にはスオウが居た。


「くっ!」


 剣を振るう、だがしかしスオウは動かない。一瞬の刹那、スオウはアリイアの剣を肩口で押さえ込んだ。

 剣は振り下ろす等と言った遠心力とその剣自体の重さ、そして持ち主の力で物を切る。

 だがアリイアは見る限り細身の女性故に最後の持ち主の力はあまり関係ない、となると剣そのものの重さと遠心力と体捌きによってあれほどの威力を出している事は予想できる。


 前回彼女の剣を防いだ様に体へと密着し、そして剣の根元、一番切れ味が悪い所を受ける。

 ざくり、と剣が体に刺さる感触を延ばされた時間の中で感じながらスオウはアリイアの褐色の肌、その見開かれた目の上、額の上に自身の額を叩き付ける。同時に逃げられない様に両手で、いや、片手はもはやあがらない為片手で彼女の後頭部を抑え、そして――


「悪いな、お前を貰うぞ」


 ぎしり、と世界が歪んだ。

 流れ出る魔素、世界を揺るがす国家に相当する力。加護の力が溢れ出す。


「写せ、クラウシュラ」

 

 がくん、と全身から何かを吸い取られる様な錯覚にアリイアは感じた、そしてその瞬間彼女の意識は闇へと飲まれた。


 ○


 ギシギシ、ギシギシ、と音がする。

 目の前に居るのは男だ、男が息を荒くさせながら裸で腰を振っている。

 全身を覆う倦怠感と体の中に出たり入ったりする異物感を感じながら、ぼぅ、と外を見る。


「はっ、はっ、うっ」


 どくどくと何かが入って来るのを感じながらまた外を見る。

 終わったのだろうか? 今度は顔を舐めてくる男に僅かに眉を顰めながら応対する。

 ぼぅ、と見つめる目が気に入らなかったのだろうかまた殴られた。痛みは感じない、ただ倦怠感が覆うだけ。


 疲れた。


 これで5人目だろうか、飽きもせずよくもまぁ毎回来るものだ。

 窓から見える唯一の世界を見ながら彼女はぼぅ、と考える。


 5つ、いや6つになろうかというその少女は服を纏う事も無くいつもぼろぼろの小屋に一人住んでいた。

 いや、纏うものは有るのだがどうせ脱がされるので途中から諦めたのだ。


 彼女は親の居ない孤児だった。


 不幸なのは顔が整っていた事と、少しだけ成長が早かった事だろうか。

 どこからとも無く来たその少女を村人は避けて過ごしていた。

 村は丁度飢餓に見舞われ、自分達が食べる分だけで一杯一杯だったのだ。

 だからこそ知らぬ子供に世話を焼く程の余裕等あるはずもなかった。


 だからきっと本来なら彼女はそこで餓死して終わる筈だった、あるいは彼女にとってもそれが幸せだったのかもしれない。


 だが不幸にもその容姿が村の若者に見初められた。いや、見初められた等という言葉では済む話ではないだろう。

 男達は話し合った、彼女は保護者も居ない、そして助けてくれるヒトも居ない。そして、5人か6人も集まれば子供一人くらいなら何とか養えるのではないだろうか、と。


 養う、それは違う。これは飼うだろう。


 そしてその日から少女の地獄が始まった。

 あるいは少なくとも食べさせてくれるのだから地獄ではないのだろうか? 本当の地獄を知らない少女にとっては体を売るのはある意味対価でもあった。死にたく無かった少女は途中で諦めた、そして男達の言う事を聞いた。


 毎日の様に何度も何度も何度も何度も犯されながらも、彼女は外を見た。いつか自由になる日を夢見て。


 ――ヤメロ。


 数年の後、彼女が8歳になった時。さすがに村も立ち直り、男達もまともな対応をしてくれるだろうと思ったのだが残念ながらそうではなかった。むしろ増えた。もはや村ぐるみでの性処理道具とでも言える扱いだった。

 女共には汚物扱いされ、男にはもの扱いされ、もはや彼女に人権等無かった。そして、自分より一つか二つ上の男の子の筆降ろしとばかりに抱かれた時、彼女は壊れた。元から壊れていたのだろうか、それともそうではなかったのかはわからないが、そこで彼女は壊れてしまった。


 それが、その相手の男の子が唯一村の中で優しくしてくれた子だったためだろうか。

 それともその男の子が真実を知った時に下卑た笑みを浮かべた事が原因だったのだろうか。


 ぶつり、と自分の上で腰を必死に振る男の脇に刃物が刺さった。

 それは農作業に使われる鎌、刃も研がれていないぼろぼろの鎌。女達に仕事をしろと押し付けられ寝る暇も惜しんで雑草狩りをしていたときの道具。それがぶつり、と腹の中へと刺さって行く。


 必死で腰を振っていた男は目を見開いてこちらを見る。乱暴に体を離そうとするがずぶずぶと鎌は腹の中へと刺さり、そして一気に手前へと引く。ごぼごぼと流れ出る血と臓物は真っ赤で真っ赤でとても美しくてそして暖かかった。


「あぁ……」


 彼女は久しぶりに喋った。


「あったかい……」


 ぬくもりがここに有った。


 ――ヤメテクレ。


 彼女はその後村人を全員殺した。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して回った。

 ただ小屋で待っているだけで男は一人でここへ来る。ただそれを一人ずつ殺して行くだけ。

 不審に思って来た頃にはもはや力となる若い男は誰もいない。


 不幸にも、あるいは幸運にも彼女はヒト殺しの才能が有った。


 淡々と、淡々と殺して行った。


 自分の恋人が私の所へと通うのが気に入らないといつも殴って来た女は目に包丁を突き刺して死んだ。


 自分の息子の教育のため、と言って毎日私を犯す所を見に来ていた40程の男は首に鎌を刺して死んだ。


 ――ミルナ。

 

 日に2回は来て私の首を絞めながら犯す男は腹を捌いて臓物をばらまきながら死んだ。


 ただ殴って殴って殴ってぴくりとも動けなくなった私を楽しげに見て笑う男は両腕を切り落として出血死した。


 犬と交尾させようと笑いながら私を拘束し乱暴した女共は全員井戸の中へと突き落として溺死した。


 そして、いつも私の体を拭いてごめんね、と謝る少しだけ年上の女の子は――


「お、お兄ちゃん、おねぇちゃん、なんで、どうして、なんでっ! 貴方が、どうして、貴方がどうして! なんで殺しでぁ――」


 その辺に転がっていた石の塊で頭を砕いて殺した。


 ――ミルナ!


「なんで? なんで? なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで――――


 ○


「ぐぁっ――」


 ばちん、と世界が切り替わる。


 今度は戦場だろうか。血潮が舞う中で一人の少女が戦場を走っていた。

 齢は12と少し、振るわれる剣が敵を、いや的を切り裂く。

 子供だと思い油断していた者はその異様な技に恐れ戦き、そして逃げて行く。


 先ほどの子供が育ったら恐らくこのような姿をしているのだろうと予想出来る。


 血に浴びて、血に濡れて、死に潜み、死の中で生きる少女。


「鮮血、鮮血がでたぞおおおお!」


 それは戦場の美しき死神。


 揺れ動く剣は陽炎の様で命を刈り取って行く。

 彼女とて別に無敵ではない、最強ではない。ただ死の際を読む嗅覚にヒト一番優れているだけだ。


 悲鳴が上がる中、彼女の優れた嗅覚で引き際を間違えない。


 数十人の命を刈り取った後彼女は消えて行く。

 殺し屋、戦場の死神、鮮血が名を知らしめたのはおよそ半年程前から。


 12歳程の幼き子供、その姿と容姿からは予想出来ない程の剣の技量。

 そして冷たく凍った様な目。


 まるでヒトをヒトと見ず、ただの的と、材木を刈っているかのごときその仕草は敵も当然ながら味方からも恐怖された。


 ――ヨセ。


 転機は小さな女の子だった。

 黒髪の女の子、右目の下に小さな泣きぼくろがあった将来美女になるであろう少女。


 戦場には良くある話。本来は良く有っては行けないのだろうが、戦争はヒトを狂わせる。

 ヒトがヒトを襲い、ヒトがヒトを狂わせ、ヒトがヒトを食らう。


 彼女は鎖に繋がれ、その体中に付いた白濁とその匂いで自身の過去の記憶が呼び覚まされる。


 これはまさに奴隷だ、戦場の戦いの戦果などと言っていたがどこからの村からさらって来た少女だろう。


「あ……」


 焦点の定まらぬ目でこちらを見る少女。そして立つ私に気が付いたのかその口を開いた。


「た、たすけ……て……」


 それは救いを求める声。助けを求める声、だが不幸にも彼女は鮮血の“味方”が得た戦果だった。

 だからこそ彼女は笑った、くつり、と。

 滑稽だと、本当に滑稽だと。

 助けを求めて何が変わるのだろうかと、少なくとも私は変わらなかっただから自分で変えた、世界を自分で変えてみせた。

 ゆっくりと足を進める、その仕草に助けてもらえると思ったのだろう、絶望に濡れていた目に色がさす。

 そして鮮血は腰に吊るされた剣を持ち、そして――


 ――彼女の首を刎ねた。


「あは、あはははは、あははははははははははははははははははははははははははははははははは」


 そうだ、私は殺すもの、殺すもの、誰かを助けるなんてそんな事が出来る訳も無い。さぁ、殺そう、さぁ殺そう、全て殺そうみんな殺そう、全部全部全部殺してしまえ。


「な、なにやってやがぁゅっ」


 ぽん、と首が飛ぶ。殺せ殺せ、全て殺せ、この世に生きる化け物を全て殺せ。誰も彼も殺してまわれ、犯す奴も犯される奴も生きてる奴も死んでる奴も皆みんな殺してしまえ、さぁ、死ね死ね死ね死ね、死んでしまえ。


 剣が舞う、首が舞う、腕が舞う、血が舞う、鮮血が舞う。


 あぁ、そうだこうして私は殺して行った。

 全て全て全て殺した。そうして私は鮮血の名を世界に知らしめた、別に有名になりたかった訳ではない、誰かに認めてもらいたかった訳でもない、ただ私にはソレしかなかったのだ。


 ――ソウ、ダカラ。


 ○


 ぽつん、と暗闇の中に立つ。

 そしてまた時間が経つ、名が知れた事それは裏の仕事をやる上でもとても重要だ。


 いくヒトも殺した、殺して殺して殺し尽くした。

 そうして次に出会ったのは一人の男だった。


 それは仕事中ではなく、ただ立ち寄った街に居た病弱な男だった。


 死を待ちながらも死を恐れず、そして死を受け入れていた男だった。


「君はいつも悲しげな目をしているね」


 悲しげな目とは何だろうか、そもそも私は悲しいと感じた事が無い。だから悲しいという事の意味が分からなかった。

 そう言うと男は僅かに顔を顰め、そしてごめん、と謝った。


 謝る理由がわからなかったがその謝った姿が幼き頃の少し上の女の子を思い出し思わず殺してしまいそうになったがここは町中。流石にそこで目立つ行為をする程私は愚かでもなく、その程度は学習していた。


 放っておけばこの男は死ぬ、それだけこの男からは死臭がしていたのだから。


 仕事が入るまでは暇だった、特に趣味も持っている訳でもなくただ一日部屋に居る事も有った。

 15も過ぎた女性の身、たまに勘違いした男共が寄って来る事も有ったが、睨めば大抵は散るし、場合に寄っては実力行使して来る場合も有ったがひっくり返ってもその辺のごろつきに負ける筈も無く、数日、数週間とその街で過ごす。


 その期間、先ほどの男と何度か出会う事になった。

 謝る事に酷く不機嫌になる事を覚えたのか、その男は2回目からその言葉を発する事は無かった。

 理解力が高く察しの良い人間は嫌いではない、男という時点で多少嫌悪感はあるが、その男は一定以上自分に近づいて来る事は無かった。そして喋る事を強要する訳でもなく、ただ黙っている事も有った。


 ――ヌクモリヲカンジタ。


 世間一般的な常識や女性としての嗜みなんかを色々と彼から教わる事になった。

 聞く所によると彼には妹が居たそうだ。お陰で色々詳しくなったんだよ、と笑いながら言っていた。


 数年前に攫われてしまってそれっきりらしい。


 ただぽつぽつと話す彼はどれだけ妹を愛していたのかよくわかった。

 あるいは私もそう言う人間に出会えれば変わったのだろうかと思うが、直ぐに自嘲した。これだけ血に濡れた人間が何を言うのかと。


 そして数日後ようやく仕事が入って来た。

 ある意味自分も助かったと思った、このままでは平和ボケして駄目になってしまう所だったと。


 そして向かった依頼先、そこには床に伏せた男が一人居た。

 その男はいつも良く話していた男だった。


 ○


「あぁ、やっぱり君が鮮血だったのか。まいったなぁ、正直ぎりぎりまで外れていればと思ったんだけど、さ」


 顔を顰めながらベットから起き上がった男は困った顔をしながらも僅かに笑っていた。

 ただ扉の前で立ち尽くす私を見ながら再度彼は笑った。


「感情も何も無い冷徹な殺し屋って聞いてたけどそんな事は無いみたいだね? あぁ、怒らせるつもりは無いんだ、大丈夫依頼は本当だし君に払う報酬もそこにある」


 つい、と示された指先。古ぼけた丸いテーブルの上には小さな布袋が置かれていた。

 中を見るといくつかの宝石と金貨が入っていた。

 仕事の報酬にしてみれば相当高い、いや相場ではどうか知らないが、少なくとも自分の仕事の金額には合わない。

 そんな事を思っていたのが顔に出ていたのか、男は告げる。


「それはもう使う事が無いだろうからね。僕の全財産さ、薬代を払わなくて良くなるからって思ったら結構お金になってね」


 その言葉に眉をひそめる、何を言っているのか。と。

 確か聞いた話では確かに死期は近いがそれでも薬を飲み続ければあと数ヶ月は持つと聞いていた。

 別にそれに哀愁を覚える訳ではないが、別にそこまでして私に金を渡す意味が分からなかった。


「3年前、あの戦争で攫われた僕の妹の話を覚えてるかな?」

「……あぁ」

「容姿はさ、黒髪で、年は9歳、右目の下に泣きぼくろがある、ね」


 ぴしり、と何かが固まった様な音が聞こえた。


「最初は攫われた先で殺されたと聞いていた、乱暴されて殺されたと。でもね、暫くしてから殺したのは別のヒトだって知った。首を刎ねて殺した鮮血と呼ばれた殺し屋がやったんだって、さ」


 そよそよと僅かに開かれた窓から風が入ってくる。ゆっくりと手を剣の柄へと伸ばし周囲の警戒をする。

 そんな様子の鮮血を見ながら男は笑った。


「大丈夫だよ君を害するつもりは無い、言っただろう? 君に依頼がある、と」

「……何をさせるつもり?」

「そんなに難しい仕事じゃないさ、僕も協力出来る事はするからね」


 また笑いながら言う男、その言葉を鵜呑みにするつもりも無いが、自身の鍛え上げた直感は現在危機にないことを示していた。

 剣の柄から手を離すつもりは無いが、それでも警戒心は僅かに緩め男の言葉を待った。

 だが――


「僕の依頼は簡単」


 その依頼は――


「僕を殺してくれればソレで良い」


 ○


 君には感謝しているんだ。

 確かに妹を殺したのは君だけど、妹を乱暴した連中を皆殺しにしたのも君だ。

 いや、君に恨みが無いと言えば嘘になるけどね、でも最初に君に会って考えを変えた。

 もし君が鮮血じゃなかったらきっと僕はその犯人に復讐したんだろうけど、ね。

 でもね、僕は君を恨んでいない訳じゃないんだ、でも君をどこか許して、そして感謝している。


 じゃあ僕には何が出来るか考えたんだ。


 僕は君には絶対に勝てないし、君に勝てる程の戦力を整える程の財力も権力も無い。

 それにそれじゃ前提を覆しちゃう、僕は君を恨んでいるけど感謝もしてるってね。

 だから君には死んで欲しく無いんだ。


 だから僕は考えた、君に覚えてもらおうと。


 変かな? 変だよね、正直僕も変だと思う。

 でももう僕を知っている家族は居ないし、愛してる者も特別居る訳じゃない。こんな体だしね相手を不幸にする事は明確だったし、さ。


 まぁ、この部屋の周り数人とか、薬を貰う医者とは知り合いでは有るけど、知り合いって程度で別段それ以上のものは無いよ。

 

 だから、さ。


 僕は君に覚えてもらいたい、そして僕を刻んで欲しい。

 これが愛かなぁ、とか思ったりもするんだけど、なんかこんな愛もはた迷惑だよね。


 君を恨んでいる者が君に殺して欲しいと言われ、そして君は僕を殺す。

 その僕は君と過ごしたこの時間を抱いて死んで行くよ。


 君にとっても有意義だったと思ってる。だから君は僕の事をしっかり覚えてくれると思ってる。

 あぁ、別にその為に過ごした数日間じゃないよ、最初はそんなつもりもなかったし、さ。


 死期が近づいて思ったんだ、もうこうしようか、って。

 謝らないよ、君は謝られるのが嫌いだろう? だから僕は謝らない、そして依頼を伝えるよ。


「さぁ、僕を殺してくれ」


 泣いたのはきっとコレが初めてでそして最後。


 初めてヒトを殺したんだと思った。

 ずぶり、といつもの通り刺したのに、ただの仕事と思って割り切って刺したのに。

 ただ、涙がこぼれた。


 私が泣けるなんて思ってなかった。


 ヒトを殺すだけに産まれた私が泣けるなんて思わなかった。

 でもきっとその時の私は笑っていた、ただただ笑って、そして泣いていた。


「あぁ……、そうだ……、君の本当の名前……、聞くの忘れた、なぁ……」


 ごとり、と落ちる手。

 ゆっくりと光が抜けて行く目。


 最後の言葉でそれは無いんじゃないかと思いながらも、そういえば自分に名前などなかったなと思い直す。


 名前、名前……。名前は……。


 ――名前はね、自分で付けるんじゃないんだ、誰かに付けてもらうものなんだよ。僕の名前も――


 そうか、そうだな、あぁ、わかってるよ。

 君の言う世間一般常識とやらはきちんと守るさ、大丈夫、それじゃおやすみ。


 パタン、とドアが閉められる。

 そこには静かに横たわり満足げに目を瞑る青年が一人。

 机の上に置いてあった小袋は姿を消し、そして一つ血の跡が付いていた。


 ○


 そして月日は流れ……。


 風に舞う黒髪、ただ徹底的に痛めつければ良いと言われた標的。

 くつりと笑みを浮かべ不適に笑う少年。


「そういや、アンタ名前は?」

「……名は無い」

「ふぅん、じゃあアリイアね」

「……は?」


 まさかこんな所で名前を与えられるとは思っても居なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ