月の導きと加護の宿命12
Life is either a daring adventure or nothing.
人生とは、果敢なる冒険か、つまらぬもののどちらかだ。
「領主軍は一部を残し壊滅、クロイス、あぁ、領主の息子ですが一応生きているみたいですね。部屋にこもっている様ですが。
アルフロッド・ロイルはグラン・ロイルと共に監禁しております。
あぁ、そんなに睨まないでください、これは必要な処置ですよ。ご理解頂けますか? 親と一緒にして治癒もしているのですから。えぇ、はい、勿論ですよ。当然引き渡すつもりも危害を与えるつもりも有りません、市民への配慮ですから。
メディチ家の私設兵の被害は領主軍程では有りませんね、とはいっても死者が居ないだけで負傷者は随分といますが。
出来ればスオウ様にも治癒の手伝いをお願いしたいくらいで、対価ですか? 困りましたね、ヒトを助けるのに対価を求め……、これは失礼しました、では言い値で構いませんので。
しかし困りましたね、領主に今回の事件の真相がバレますとアルフロッド少年の居場所が無くなりかねません、どうしたものか。
大量殺人鬼ですからねぇ、1人殺せばヒト殺し、10人殺せば殺人鬼、100人殺せば猟奇異常者、1000人殺せば、英雄でしたか? あと900人くらいですかねぇ、ですから本気で殺意を向けないでくださいよスオウ様、ほんの冗談ですよ。
私としてもアルフロッド少年にはクラウシュベルグに残って欲しいものですから、えぇ、はい? ははは、いやぁ、まぁそうですけどね。でもやっぱり言葉にしない方が良いじゃないですか、親切というか思いやりですかねぇ?」
○
3日、平穏な日々とは言いがたい緊迫した日々が続いた。一部の人間は全く何も知らず、ただ町から少し離れた死霊の森で火事が有った程度の情報。火事の関係で魔獣がこちら側へくるのでは、という警戒も有ったが、カリヴァ・メディチの動きによってそれも事無きを得た。私財をなげうって街の防衛にいそしむ、まさに英雄、とまでは行かないが尊敬されるであろう事は間違いない。
そんな中でスオウ・フォールスはため息をつきながら床に寝込む一人の女性へ食事を渡していた。
「むぐ、そんなに嫌な顔をしなくても良いじゃないか……」
渡された食事を受け取りながらしょんぼりとした顔で声を上げる女性。フィリス。
治癒された腕はその後の処置が適切であった為か既に血は止まっており、戦闘行為こそ多少問題だろうが、軽く運動するくらいならもう問題ない程度まで収まっていた。本当に西洋医学に真っ正面から喧嘩を売っている技術である。魔法万歳。
「嫌な顔をした、というか、子供相手とはいえその格好はどうかと思うが……」
「あら? 色気付いちゃった? いいわよー、スオウ君なら筆降ろししてあげても」
さっきの神妙な顔はどこへやら、にんまりと笑みを浮かべて片手に持った食器を机に一旦置いてスオウへと手を伸ばす。
その格好は欲情的、というべきか。腕こそ包帯で巻かれていたが羽織っているのは前で止めるタイプの上掛け一枚。その前のボタンを全て外し、その隙間から乳房が見えている。先こそ見えていないがその姿は大人の色香も混じって今ここに居ないシュバリスがこの光景を見たら何をするか予想出来る。
はぁ、とため息をついて伸ばされた手をするりと躱し――
「あまり巫山戯てると食事抜きにしますよ」
「あぁっ、ごめんごめんってば、おねーさんのお茶目な冗談よー。あ、でもスオウ君が望むならいつでもおっけーよ!」
「ルナに言いましょうか?」
「うげっ、もー、お固いなぁ。まー後3年もすればきっとわかるから、その時になったらいつでも相手してあげるよん」
よよよ、と嘘くさく泣いたかと思えば、ルナの名前を出した途端顔を引きつらせ。そして直に笑みを浮かべてちらちらと前をはだけさせる。傭兵とはこういう者なのだろうかと一瞬思うが、メディチ家経由で知り合ったヒトはこんなんじゃなかったよな、と思い、失礼な考えを隅へと送る。シュバリスといいフィリスといい、子供の教育に悪そうな奴ばかり集まってしまった、頭が痛い。
「そう言う事は好きなヒトとしてください。妾や風俗、性行為における忌避感は強制的でなければ別に持ってはいませんが誰彼構わず誰でも良いという考えは持ってはいませんので。何より、恩を返したいと思うならそういう手段は止めて欲しいのですが」
「うっ……」
そう言うとフィリスは一気に押し黙った。今はここに居ないシュバリスもそうだが、傭兵にしてはやけに義理堅い部類だ。こういうものが居ないとは言わないが、珍しい部類だろう。シュバリスはもう一人の女性、リナと言った女性の傍に付いている様だが、一時錯乱し、押さえつけた後また昏睡している。その時に聞いた話で随分と胸くそ悪い気持ちになったのだが……。
「その、ね。なーんていいうかさ、私もう腕ないしさぁー。こんな腕無しじゃ結婚も難しいだろうしー、傭兵としてやってくのは無理が有るのよね。自慢じゃないけど顔はそこそこいいしさ、スタイルも鍛えた所も有って、結構いい感じだと思うのよ、だから食ってくには体を売るのが一番かなーって。頭使うのは苦手だし、今更表に出られる訳でもないしー」
ははっ、と笑って告げるフィリス。リナの事で思案していた所でそんな重い話をされても、と思う。
確かに領主軍と事を構えてしまった以上この自治都市では生きて行くのは難しいだろうし、中央都市ヴァンデルファールに戻れるかもわからない、戻っても仕事が有るとは思えない。
どうにもこうにもこの世界はこれがまかり通る世界なのだ、以前居た日本がどれだけ平和かよくわかる、だがそんな事はもう数年前に身を以て理解していた筈だ。
「それでそのー、なんていうか、ね、そのーなんだろ、うーん……。いや、そのー、ほら、うーん」
「なんですか……?」
「えーっと、その、ね? 私、実は、なんていうかー、えーと、んー……、は、はじめて、で……」
「はぁ……?」
急に真っ赤になってぼそぼそと喋りだしたフィリスに怪訝な顔を向けるスオウ。
あ、ちょっとかわいいかも、とか思っていたりするのだが、それは置いといて。
「は、はじめてなの! 悪い!? だ、だから最初くらいはほら! 恩人にあげようとおもって、悪い!?」
ついに逆ギレした。
いや、貴方初めてなのに10歳の子供相手にしようと思ったの? 馬鹿なの? ちょっと、アンタ、ちょっと……!
「いや、ちょっとまって、別に悪く無いから落ち着いて、というか俺も経験無いし」
この体では、と付くのだがそれもまた置いといて。
なんとなくこちらまで混乱して来た状況、だがしかし年の功というべきか一つゆっくりと息を吐き落ち着く。
「とりあえず色々言いたい事は有るが、いや、ごめん言いたい事はあるけど言わないでこの部屋から大人しく出て行く方が良い気がして来た」
「まって、ちょっとまって、ごめん! ごめんってば! スオウ君ごめんまってぇぇ!」
必死になって片手で掴んでくるフィリス。抵抗すれば解ける気もするが流石にソレは酷だろうと大人しく捕まる。
「気休めではありませんが、片腕が無くても愛してくれるヒトは居るでしょう」
「え、じゃあスオウ君お嫁にもらってくれる?」
「いくつ離れていると思っているんですか……」
「んー、8個か7個? ありじゃない?」
「ありと言えばありですが、そういう妥協的な要素で選ばないでください」
「うぐっ、ちゃ、ちゃんと尽くすし、頑張るよ? め、妾でもいいし?」
「フィリスさん……。はぁ……、心配しないでも職は与えます。――個人的に動かせる戦力は欲しかったので」
「え……?」
ぴくり、と眉を動かすフィリス。
一瞬で傭兵の目になる。それは自身の発言による所だろう。巫山戯ていてもやはり根は傭兵なのだろう。
10歳の子供が個人的に動かせる戦力を必要とする等、如何考えても真っ当な状況ではない。
「ごめん、やっぱり迷惑かけてる……?」
「ルナの事か? まぁ、それは我慢してくれ彼女も立場が有る。父と母は……、うーん」
クラウシュベルグでも大きな方の商家とはいえ、所詮大きな方でありメディチ家やサヴァン家の様な力は持っていない。トップを独走しているメディチ家の傘下故に発言権もそれなりにあるが、領主に楯突ける程ではない。故に厄介事の塊であろうフィリスとシュバリスが屋敷に留まる事に一番難色を示したのはルナであった。状況が状況なので渋々といった形でなし崩し的に住まわせているが。
父と母も同様だが、ルナほど難色は示していない。だが俺の部屋に入り込み賊のごとき所行には少々お冠だった様だが。とりあえずリーテラとロイドにはあまり関わらせない方向で話を進めた。これはどちらかというと俺の意思であり、厄介事に関わらせる可能性を減らす為というのと、言い方は悪いが足手まといを減らす為でもあった。
「難儀な物だな」
守るべき相手が増えれば増える程抱えられる限界が見えてくる。故に取捨選択をしなくてはならない、何を優先し、何を捨てるのかを。
「ごめん……」
「謝る必要は無い、しかし、シュバリスから聞いていた印象と随分違うな」
「う”、あの馬鹿なんて言ってたの……。というか傭兵家業なんてやってると舐められると問題だから色々と大変なのよ……」
「成る程」
くすり、と笑う。年齢にそぐわず可愛い部分もあるようで何よりだ。というより性欲的な点はないが、やはり精神的な年齢も有って年上が好みなんだろうか。精神年齢でいえばそろそろ34歳、フィリスは20と言っていたからまぁ愛情を抱いてもおかしくは無いが。どうにも体の欲求と精神的な欲求がちぐはぐで安定しない。保護欲求的な物は有るが、支配欲や恋愛感情がうまくいかない。
これも年を取っていけば上手く行く事だろうか。
そうやって自身を見つめ直す。とりあえず跡取りとしてはロイドが居るため積極的に子供を残さなければ行けない訳でもないし、自身の恋愛感情に付いては後回しでも良いだろうと楽観的に考えた所でフィリスから声がかかった。
「それで、個人的に必要な戦力で私に出来る事はあるの?」
真面目な声。
たった3日の付き合いだがスオウ・フォールスというヒトを通常の物差しで計るべきではない事等フィリスは良く理解している。
だからこそ問うた、この状況で、このタイミングでそれを言うにはそれだけの意味が有り、そして自分にも出来る事が有るからこそ言ったのだと。でなければスオウはそんな事を言わないだろう。だからこそフィリスは問うた、スオウに問われる前に。
スオウに問われる時はそれはスオウが必要とし、どうしてもお願いしなければならない状況の可能性が高い。
ならばそうなる前に願い出る。スオウの負担を少しでも軽くする為に、それがせめてのもの恩返しと思い。
その問いかけにスオウは僅かに目を細め、そしてフィリスの思惑を理解して笑みを浮かべた。
感謝の笑みだろう。贖罪の笑みか、あるいは自嘲の笑みかもしれないが、フィリスは感謝の笑みだと思いたかった。
「あぁ」
答えは簡潔、肯定であり、そして決意と決断の意思が見える。
「今日の夜、領主邸を襲撃する」
すぅ、と細められた目そして告げられた言葉はフィリスを持ってしても予想だにしなかった答えだった。
○
力が欲しい、と。そう願う事は誰しもが有る事ではないだろうか?
その力は知力であったり、武力であったり、権力であったり、色々有るだろう。だが心の底から本当にソレが欲しいと思ったヒトは果たしてどれだけ居るだろうか。
絶望的な状況や、あるいは身を引き裂かれる様な絶望の底か、己の全てを投げ打ってでも欲しい物が出来たときか。
スオウ・フォールスは別に最初から力が欲しかった訳ではない。
適度に力を晒し、程々に幸せを享受出来れば良いと思っていた。
日本人らしいなんとも受け身で受動的な考えだ。
だがしかしこの世界に日本程の治安機構が無い事に気が付いたスオウは直ぐに自身の危険性に気が付いた。
この世界の保証は曖昧なのだ、封建制度とはいえ隅々にまで目が届く訳ではない、そして届いた目が正当な判断をしてくれる保証が何も無いのだ。元居た日本でも確実に正当性があるかと言われると絶対ではなかったが、それでも比較にならないほど正当性に満ちていた。
故にスオウは力を求めた、自身の身の安全と家族の身の安全の為にこれが最初。
そして次にアルフロッド・ロイルに出会った。世界の犠牲とされた加護持ち、自身と同じ加護持ち、彼を守りたい。これが二つ目。
そして三つ目、領主邸に送られる、売られる少女。何をされているのか予想がつかない程スオウは馬鹿では無かった。
全うなメイドか? 笑わせる。ならばなぜ彼女達は外に出てこない? ならばなぜ彼女達に良く似た顔の死体が年に数回川に浮かぶ?
なぜ誰も言わない? 何故誰も止めない? おかしいだろう? 証拠が無い? おかしいだろう、おかしいだろうこれは。
だがスオウは領主にたてつく程正義感に満ちていた訳でもなく、同時に楯突ける訳も無い事を理解していた。
故に力を求めた、これが三つ目。
そして誓った。今まで死んで行った子の為に、機会は絶対に逃さないと。
「今日が命日だ、オロソル」
(愚か者が、だが、もはや聞く耳は持たぬのじゃろう)
ナカで響くクラウシュラの声に苦笑を浮かべ剣を抜く、正眼ではなく横に振る様に独特の構え。それは豪腕グラン・ロイルの構えにも似ていた。
「ふぅ……」
現状、領主軍は壊滅的なダメージを受けており、護衛に回すヒトで精一杯である事。
そして、自分で自由に動かせる腕利きが二人。一人は置いて行く予定だったが、片腕でありながらもそれなりの腕利きである彼女の助力を望んだ。彼女の性格につけ込んだやり方は個人的に好きではなかったが、彼女はソレに乗って来た。だから甘えた、利用した。
カリヴァ・メディチは“信用”出来ない。だが彼の望みはオロソルの排除と同様、故にフォローはするだろう。
「シュバリスが陽動、フィリスが救出、そして俺が首を刎ねる」
きりきりと絞られて行く全身の筋肉。細めた目の先、そこには風に靡くブロンドの髪。
「私に話して良かったのですか?」
褐色の肌、両手に持つはシャムシール。
「君を倒せば済む話だ、アリイア」
数日前の戦闘と同様の剣線が闇夜に走る。
○
「はぁっ――」
全身の筋肉を活動させて駒の様に動き腕と剣を一体化させるようにした一撃。
空気を切り裂くが如くその一撃がアリイアへと突き進む。
見るヒトが見れば一瞬目を疑ったで有ろう、その仕草はまさにグラン・ロイルに酷似していたのだから。
「――ふっ」
だがしかし相手はソレの上を行く。
ひらり、と舞う様に剣の先から逃げると同時に片手に持つシャムシールが朧の如く揺らぎ、そして線が、銀の線が闇に走る。
舞踊るその仕草は美しく、見ほれる程であるが生憎とスオウにそんな余裕は無い、躱されるのが当然とばかりに身構えていた事も有りその銀線から体を逸らす。
僅かに逃遅れた髪が線へと触れて宙へ舞う。闇の中に溶ける様に消えて行く髪が完全に消える前に再度剣と剣が火花を散らす。
「面白いですね、私の動きを読んでいる様ですが? それにその技、グラン・ロイルの技に良く似ています。今度はどんな手品なのでしょうか?」
「種を明かしたら引いてくれるなら考えてやるさ」
「いいえ、その必要は有りません。種は自分で解いてこそ、ですから」
「へえ、そいつは楽しみだ」
二、と笑うと同時に空いた手から火炎下級魔法が放たれる。
それを苦もなく躱すアリイア、同時に流れる様に剣が肩を擦り傷を作る。
魔法攻撃の隙を付いて攻撃してくる等どんな技量だと言いたいが生憎と自身の技量が劣っている点も大きいのだろう。
シュバリスとフィリスにアリイアの事を話さないで良かったと内心で安堵する。
あの二人ならこれを話したら絶対にこの場所は譲らなかっただろう。
ただでさえ一悶着有ったのだから。
傭兵の割にはどこか甘い二人に苦笑しながら血が吹き出る肩に治癒魔法をかけ、牽制とばかりに火炎魔法をばらまく。
一瞬だけ昼間の様に明るくなる景色の中で、舞踊るアリイアへ視線を向ける。
僅かに全身を覆う水の膜、水系統の魔法だろう。恐らくあれで火系統の魔法の防御、そしておそらくアレのネタも割れてる可能性が高い。
ち、と舌打ちをした後場所を変える。開けた場所では現状不利、あれだけ高速で動く対象を捉える為には障害物が多い所へと誘い込む必要が有る。予定通りとは言えないが、予想の範疇の結果。僅かに剣撃を逸らしながら対象を上手く森へと誘い込んで行く。
「ふふ、なるほど。森の中ですか、いいでしょう付き合ってあげます」
ギチリ、と剣と剣ががかみ合った瞬間数センチまで顔を近づけたアリイアが楽しげに笑い、そして鳩尾を蹴り上げた。
「ぐっ――」
身体強化した居た為それほど大きなダメージではないが衝撃はくる。だがそのお陰で森の中へと飛び込める。
確実に誘い込まれたのはこちらだが仕方が無い、開けた場所で戦うよりはまだマシだ。
「先日の技? は使わないのですか?」
暗闇の中声が聞こえる。その声はどこか嘲笑を含んでいる。
「使ったら一瞬で勝ってしまうだろう? 楽しみは後に取っておかないとな」
「そうですか? 対象の補足魔法と剣状にした事による概念的補助効果。そして貴方の体を動かした技術は少々予想ですが行動を一律化したと言った所でしょうか? 補足魔法の維持と全身行動の維持の魔法、まさかその年でダブルを会得しているとは、そしてその魔法一つとってもかなり高度、いやはや素晴らしいです」
ぎち、と自分の歯が噛み合う事に気が付いた。
まさかあの一回で気が付くとはどれだけぶっ飛んでいるんだと聞きたい。
ダブル、それは二つの魔法を同時に使用出来る技術の事だ。
通常魔法は一つずつしか唱えられない。魔法とは大きく分けて持続系、名前の通り一度発動すれば一定時間効果が持続する魔法と即時系、詠唱ないしは無詠唱にてその詠唱後に発動する魔法があり、前者を唱えた後、後者を唱えれば二つの魔法を使用しているとも言えるのだがこれが厳密には違う。ダブル、これは即時にせよ持続にせよ“違う魔法”を同時に二つ“発動”させる技術の事を指す。
これが出来なければ宮廷魔術師に成れないとも言われているが、逆に言うとコレが出来ると国の魔法使いの最高エリートとも言われている宮廷魔術師の道が開けるのだ。だがしかしスオウはその上を行く、明確には違うがスオウが用いている魔法はトリプル、伝説の一歩手前クラウシュラの力を借りて三つの魔法を同時行使しているのだから。
アリイアの言葉、この状況で誤魔化せるなど甘い考えは持っていないが、かといって肯定するつもりも無い。トリプルまでは気が付いていないだろうが、つらつらと珍しく今日は良く喋るアリイアを視界の端に納めながら剣を構える。
「最初に作られた剣はあれは補足魔法の塊だったのですね。あれを対象に付着させ標的とする。あの速度で動く以上目で補足等できませんから。剣の形状にしたのは概念的補助効果で多少なりとも攻撃力をあげる為でしょうか? いえ、それよりも秀逸なのはその体を動かしていた魔法です、こればかりは謎ですね。予想は出来ますが……」
ふむ、と形の良い顎に手を当てて思案するアリイア、どこか隙だらけに見えながらも攻撃に移る事が出来ない。
それはナカにいるクラウシュラによる警戒によるものもあるが、自分も嫌な予測しか見えないからだ。
「まぁ、いいでしょう。命まで取れとは命令を受けていませんが、生憎と私も雇われ先の命を守る必要が有りますので無力化させて頂きます。片腕、片足程度はご容赦を」
ボゥ、と全身が光る。それは身体強化魔法の発動を意味する。
先ほどまではただの準備運動と言う事だろう。同様にスオウも全身を淡く光らせる。
(……キリングマリオネットを使うかの?)
(珍しいな、お前からそんな提案がくるとは思わなかったよ)
(状況が読めていない訳ではないわ、お主が言う事を聞いてくれるのならばこのまま逃げ帰って欲しいのだがの)
(それは駄目だ、それは俺が俺を許せない。この数年俺は見捨てて来た、川に浮かぶ死体を見て、痣だらけで浮かぶ女性の死体を見て。見る影も無く、酷い有様の……。正義の味方を気取るつもりも無い、そしてスオウ・フォールスを捨てるつもりも無い。だが、誓ったんだ、彼女達に、君の死を無駄にはしないと、そして巡って来たチャンスを無駄にはしないと。名も知らない、顔も知らない、だが、それでも――)
キリングマリオネットは使えない、彼女を覆う身体強化の魔法の外、そこには僅かに薄く水の膜が漂っている。
全身ではないが、だがそれは何らかの持続系の魔法。おそらく俺が発動と同時に放つ剣の枷をあれをもって払うだろう。
あるいは風魔法でその行き先を散らすだけでも十分に効果があるのだ。
「俺が気に入らない、あぁ、それだけで十分だ!」
ぎちり、と足を地につける、そして木々の間を縫う様に対象へと近づく。
剣を横に、そしてぶらりと垂らし、目線は前にそして笑う。対象に向けて。
「――っ! それは!」
ぶらり、と振られたスオウの片腕、それが朧の様に消えて、そして銀線が舞った。
それは紛う事無き先ほど自分が、そして数日前も放っていた技に酷似していた。
○
「がぁっ――」
ガキ、と言う鈍い音と同時に一人の男が崩れ落ちる。男は鎧を身にまとい槍を持つ警備兵である。
領主邸を巡回している一人では有るが、この一人は巡回してこの場所に来た訳ではなく、異常を察知して来た一人だった。
崩れ落ちた男をよっこらせ、と担ぎ物陰へと隠すのは赤髪の男。
シュバリス・ウェイが其所に居た。
物陰には数人の兵士が手足を縛られて寝かされており、今担いでいるのも仲間入りと言った所だ。
「思ったより楽な仕事で何よりだ。しっかしまぁ、子供に使われるとはねぇ、恩も有るし、俺としても思う所が有るから別に構いやしねぇが……」
贅沢を言うならフィリスは巻き込みたく無かった。しかし、人手が足りない状況では仕方が無いのはよくわかる。
個人的には仲間を殺してくれた領主の糞野郎はこの手でぶち殺してやりたかったし、その息子のクロイスは思いつく限りの方法で痛みを味あわせて殺してやりたかったが私情で物事を破綻させる程シュバリスは愚かでもなかった。
とどめを刺すのがあの子供だというのが心配では有ったが、裏の世界では子供で暗殺をやっている者もいる。なぜあの様な家庭であの様な子供が育ったのかは謎だが腕は確かに立つ。負傷していたとはいえ自分を組み伏せたのだ、そこらの大人相手なら上手くやるだろう。
放り投げた兵士を縛り上げた後次の標的を狙う。そろそろ騒ぎになる頃だろう、スオウからの合図がまだこないが最悪の場合は救出だけ済ませて逃げろと言われている。だがその場合はシュバリスは目的を変えるつもりだった、つまり自分が領主を殺す役になる事。
「元々子供が殺しをする事を傍観する事は納得いってなかったんだ、どうせ行き場所もねぇ仲間の敵は取らせてもらうぜ」
ギチリ、と腰に吊るした剣を握る。
「とはいえフィリスがリナの妹を助け出さない事にはそれも出来ない、か」
あの戦場で襲いかかって来たリナという娘。領主邸に監禁され、クロイスに暴行され、あげくに捨てられた女性。その妹。
錯乱状態で明確ではないが、妹を人質に取られている様な事を話していた。
それが真実であるのならばもっと早くに動きたかったという気持ちはある。
だがこの状況、騒ぎが起っている現状で更に死人を出す様な真似はしないだろう、という事。
そして言い方は悪いが、もはや死んでいる可能性がある相手の為に動くのはリスクが高すぎるというのが判断だ。
だがしかし、今は傷もある程度癒え、動けない程ではない。フィリスは無茶をすれば傷口が開くため心配では有るが戦闘は避ける様に言っている。
しかし彼女以外にも捕われているヒトが居る可能性も含めるとあまり楽観視も出来ない。
「とりあえずもう少し減らすか……」
ち、と舌打ちをしながらもシュバリスは次の標的が来るのを待つ。
僅かに離れた森の中で死闘を始めたスオウには露も気が付かずに。




