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双子神使

作者: 星野月江
掲載日:2026/10/10

──伝承によれば、世界が滅亡の危機に瀕した時、光と闇の対立する力を司る双子が現れ、その犠牲を以て世界を救うという。

「だがな、世界が滅びるその瞬間が訪れたというのに、そんな双子は現れなかった。お前たち、なぜだと思う?」

顔を醜く歪ませ、全身から不吉な気配を放つ男が、獰猛な笑みを浮かべながら床に跪く二人の少女を見下ろしていた。

ここは地表から三十キロメートルも深い地下。前代文明の遺跡であるその岩壁には、二つの全く異なる光景の壁画が刻まれていた。

右側の壁画には、白と黒の衣をまとった二人の女性が手を伸ばし、名状しがたき闇の存在を食い止めている姿。彼女たちの背後には、百花繚乱の楽園の景色が広がっている。

対する左側の壁画には、凄まじい凶炎をまとう悪魔が、配下の悪魔大軍を率い、世界の最期の瞬間に二人の少女をある『大いなる門』の向こうへと突き落とす光景が描かれていた。


「そしてお前たちこそが、あの時代から現代へと送り込まれた……あの忌々しい光と闇の双子なんだよ!!」

「なぜだ、なぜお前たち二人は死ななかった! お前たち二人のせいで、すべての人間が死んだんだ! 生き残ったのは俺一人だけだ! 永劫の怨念だけを頼りに、俺はようやくこの時代でお前たちを待ち伏せることができた! お前たち二人だけに優しかったあの『大きな手』は、この時代には存在しない。だからな、お前たちを過去へと送り返し、あの場所で死なせてやる! 俺の世界を救うためにな!」

男は隠そうともしない悪意を剥き出しにして、二人の少女に向かって怒鳴り散らした。


男の手は、とっくに人間の形を失っていた。紫黒色の血肉、鋭く伸びた血赤色の爪が、少女たちの雪のように白い首筋を掴んで宙へと吊り上げる。男の背後では、左側の壁画と同じ『門』が開きつつあった。

「時空を超える門は開かれた。さあ、すべてを正常な軌道へと戻そう。お前たち二人さえ死ねば、世界は救わ……れ……がはっ!?」

突如として背後から貫かれた剣の切っ先。男の得意げな笑みは、一瞬にして驚愕へと凍りついた。

「……実に不愉快な奴らだ。以前も言ったはずだぞ。もし女の犠牲なしには救えないような世界なら、そんな救いようのない世界など、とっとと滅びてしまえばいいとな」

「ば、馬鹿な……。お、俺たちは検知したはずだ、お前はこの時空には存在しないと……っ」

男は、自分たちが最も憎み、そして恐れた男の顔を見ようと、苦しげに首を巡らせた。

「あ? これのことか?」

男が手元で無造作に放り投げたのは、かつて男の世界が最期の瞬間に総力を挙げて作り出した、時空を超えて高次元の存在を探索するための探知器だった。男はそれを、実にあっけなく片手で粉砕した。

「こんな低俗なエネルギー波形の探知器など、欺く方法などいくらでもある。お前たちの技術や力の階層(レベル)では、我らとの差が大きすぎるのだよ」

「違う……嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ! 俺は死ねない! 俺は世界の希望なんだ、すべての民が俺があいつら二人を連れ帰るのを待っているんだ……俺が死ぬわけにはいかない!」

「……騒々しい」

男が淡々と剣を引き抜くと、歪んだ男はまるで一掴みの黒い灰のように、跡形もなく消滅した。

「愚かなことだ。お前たちの世界が本当に滅びていたのなら、なぜ未来にこのような分岐点の壁画が存在しているというのだ」

男は温かみのある微笑みを浮かべ、二人の少女の頭に優しく両手を置いた。

「すべては終わった。行こう、我が娘たちよ」

そうして、彼女たちを連れてゆっくりと遺跡を後にした。


──過去の記憶の再生は、ここで幕を閉じた。

記憶の光影の中にいた姿よりも、随分と大人びた二人の少女が佇んでいた。彼女たちは、自らの記憶の奥底に埋もれていた映像を、静かに見届けていた。

「先生。あの深淵に侵食されていた男は、間違っていたのでしょうか?」

純白の少女が問いかけた。


「彼と、深淵に呑まれたあの世界の人間にとっては、彼は確かに最後の希望だった。だが……それらはすべて、私を怒らせないという前提があってこその話だ」

「自動化された世界システム(統括管理AI)を騙し続けようとした彼らの行為は、遅かれ早かれ、システム自身では処理しきれない致命的なバグ(エラー)を蓄積させる。そしてその時こそ、我ら『管理者』が出張る番なのだよ」


「先生。それでも私たちは、あの世界へ戻って皆を救いたいのです」

「……止めるつもりはないさ。実際のところ、神が最終的な滅びを執行する際、その文明には必ず一度だけ新生のチャンス(試練)が与えられる。彼らがそれを突破できれば、システムはその文明に再びポテンシャルがあると判定するのだ。――お前たちを輪回の消耗品として使い潰すなど、最も効率の悪いやり方だからな」

最も効率の良い方法、それは――。

「神の観察対象(サンプル)となり、自らの手で一族を率いて難関を突破すること」

漆黒の少女が言葉を引き継いだ。

「その通りだ。例え九十九・九九パーセントの人間が堕落していようとも、神に観察されるサンプルである数人が試練を突破すれば、文明は新生を迎える。――我らは人類を信用してはいないが、人類の持つ『可能性』だけは信じているのだ」


男は微笑んだ。

「私が一度お前たちをこの世界へ連れてきたのは、試練を突破する方法を学ばせるため。そして、お前たち自身の意志で、自分と世界の未来を決断させるためだ。もし戻りたくないと言うのなら、この世界で普通の双子として生きていけばいい。だが、今は……」

「この壁画が、すべてを物語っていますね」


二人の少女は互いに頷き合うと、時空の門へと足を踏み入れた。

門に入る直前、二人は歌詞のない静かな歌を口ずさんだ。まるで、これからどこか美しい花畑へ遊びにでも行くかのような足取りで。次の瞬間、眩い光の点滅と共に、少女たちの姿と歌声は風の中に溶けるように消え去った。


「ふっ、かつて私の心を動かしたのは、まさにあの清らかな歌声だった。ルールを破ってまでお前たちの生き残る道を模索したものだが……まさかこれほどまでに成長するとはな」

男はゆっくりと消滅していく時空の門を見つめ、感慨深さに浸っていた。


少女たちが門の向こうへと旅立った後、右側の壁画が生き物のようにゆっくりと延伸を始めた。そこに新しく刻まれたのは、光と闇の双子が世界を救う歩み。彼女たちは見渡す限りの黄砂を歩み、極地の氷床を越え、煮え滾る溶岩を渡り、底知れぬ深海へと潜っていった。淡い歌声と共に、彼女たちは神の厳酷なる試練を見事に突破し、誰一人として犠牲を出すことなく世界を救い上げてみせたのだ。後世、彼女たちは『双子神使(ふたごしんし)』と称えられた。


そして、その壁画の中には、常に神使の傍らに寄り添い、堕落した人々から彼女たちを守り続けた一人の男の姿があった。彼の名は――。


「デウカリオン。どうだ? 私の約束通り、彼女たちは見事に使命を果たしただろう」


「……はい。我らに、そして我らの世界にチャンスをくださったこと、心より感謝いたします」

かつて斬り捨てられたあの歪んだ男と瓜二つの青年が、傍らで深く頭を下げた。

青年の顔から醜い歪みは消え去り、その両手にも不吉な黒い塊は一切付着していない。知的で、しかしどこか意志の強さを感じさせる、端正な顔立ちの青年だった。


運命とは奇妙なものだ。かつての時間線では、男はすべてを犠牲にして怪物の姿に成り果ててまで双子を殺そうとした。しかし、新しく書き換えられた時間線において、彼は自分のすべてを捧げて双子を守り抜いたのだ。――その名は、聖徒デウカリオン。


「後悔はないかね? お前は本来なら、世界の王になれたはずだが」


青年は静かに首を横に振った。

「滅び去った世界の王など、一体何の意味があるというのです。少なくとも……私が命を落とすその瞬間、私のために泣いてくれる人がいた。それだけで、私は十分に満たされています」


よく見ると、青年の身体には実体がなく、その輪郭の向こうにうっすらと石壁が透けて見えていた。


その時、中年の男が突然、真剣な表情になって青年の両肩をガシッと掴んだ。

「時に、デウカリオンよ」

「は、はい……? 一体どうされたのですか、父神(ふしん)様?」

「お前のその『死』についてなんだがね、今からちょっと相談をしないか。何しろお前の背後にだな、私でも逆らえないような、ものすごーーく怒り狂った二人組が立っているもんでね」

さっきまで威厳たっぷりに神聖な雰囲気を醸し出していた管理者の中年男が、いつの間にか滝のような冷や汗を流しながらガタガタと震えている。

「……え?」


青年は久しぶりに、自分の心臓がドクンと跳ね上がるような錯覚を覚えた。彼は困惑しながら、ゆっくりと後ろを振り返った。

「よ、よお……。ヴェロニカ、ヴァイオレット。久しいな……」

そこには、門の向こうへ旅立ったあの双子よりも、遥かに洗練され、神聖な色気をまとった二人の美女が立っていた。しかしその全身からは、近づく者すべてを塵に帰すかのような、凄まじい絶対零度のオーラが放たれている。

光と闇という本来正反対の属性を持つはずの二人は、今のこの瞬間、完璧なまでに同調(シンクロ)し、漆黒の重力場のようなプレッシャーを周囲に撒き散らしながら歩み寄ってきた。

二人は一糸乱れぬ完璧な連係の『瞬歩(しゅんぽ)』で距離を詰めると、青年の顔面の左右から、それぞれ容赦のない全力の一撃を叩き込んだ。

ゴガァァァン!!!

青年がまるでスローモーションのように空中で三万六千度ほど回転し、地面に激しく叩きつけられる。すると二人の女神は、それぞれ左右の襟元を掴んでがくがくと揺さぶりながら、一斉に不満をぶちまけた。


「なぜ! なぜあの時、避けなかったのよ!!」

「あ、いや……だって、僕のすぐ後ろに君たちがいたんだ。避けたくても避けられるわけがないだろう……っ」

「この大馬鹿野郎!! 私たち二人の方が、あんたなんかより遥かに強いってこと、忘れたの!? あんな攻撃、私たちの防御力を貫通すらできないわよ!!」


そう。時空の門を潜り直した双子は、生命の位階においてすでに『従神(じゅうしん)』へと至っていたのだ。例え試練の制約上、神としての直接的な神威を行使できなかったとしても、その生命力や防御力は桁違い。凡俗の武器がどれほどの威力を誇ろうとも、神の肉体を傷つけることなど根本的に不可能なのだ。なぜなら、双方の情報次元(存在の次元)が根本から異なっているからである。


「そんなことを言われても……あの時の君たちは試練の真っ最中で、神としての力を一切見せていなかったじゃないか。誰が見たって、徒歩で巡礼の旅をしている可憐で非力な少女たちにしか見えなかったよ……」


「当然でしょう! 観察対象はあくまで『凡人』でなければならないし、凡人のやり方で試練を突破してこそ、初めて貴重な文明の再生データが手に入るんだから!」

「お姉様、この分からず屋(大馬鹿)にこれ以上説明しても無駄よ。私たちをこれほど長い間悲しませた罪、相応の方法で償ってもらいましょう」

「そうね、妹よ」

直後、青年に向かって人間道(惨無人道)に反するレベルの猛烈なタコ殴りが始まった。一拳一拳が深々と肉に食い込み、青年の顔は瞬く間に腫れ上がり、まるでパンパンに膨らんだ豚の頭のようになっていく。


「ま、待て! やめてくれ! 僕を殴り殺す気か!? 生き返ったばかりなんだぞ!!」

「安心しなさい。あんたも今は『従神』の一柱よ。その程度じゃ、絶対に死なないわ」

青年は涙目で、先ほどからずーーっと傍観を決め込んでいるあの中年男(父神)へと助けを求める視線を送った。

しかし男は、これ以上ないほど白々しい様子で口笛を吹きながら、いつの間にかどこからか引っ張ってきたビーチチェアに腰掛け、ポップコーンを口に放り込みながらコーラを飲んでいた。


(死者の蘇生と従神の位階の付与を、ただの肩ポン(拍肩)一発で済ませただと!? そんな雑な権能の使い方が許されていいのか!?)

青年は絶望に満ちた眼差しでメッセージを送った。

中年男は彼の絶望的な視線を瞬時に察知すると、親指をグッと立てて見せた。

『問題ない。なんせルールを作ったのはこの私だ。ルールの抜け穴の潜り方なら、私より詳しい奴は宇宙に誰もいないからな!』

そして再びポップコーンをひと掴み口に放り込み、極上のエンターテインメントの観賞を続けた。


「あああああ! クソ野郎どもめ!! こんな世界、もう滅びちまええええええ!!!」

青年の絶望に満ちた咆哮が、深き地下の遺跡の中に、どこまでも、どこまでも響き渡っていった……。

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