『昨日の私も、私ではなかった ~六つの人生を夢に見た男の話~』
ちょっと、そこのあなた。
もしお時間があるのなら、私の妄想話でも聞いていただけないだろうか。
「妄想なんて聞く価値はない」?
まあ、それはそうなんだけどね。
それなら、「前世の記憶」という言葉は知っているかな。
その言葉自体は、多くの人が知っているだろう。けれど、生まれ変わる前の記憶なんてものを持っている人は、そうそういないはずだ。
格好いいと思う?
それとも、煩わしいと思う?
そんな記憶を持つ人にでも聞かない限り、その答えは分からないだろう。
え?
そんな話をするということは、お前はどうなんだって?
そうだな……。
もし、この記憶が本当に前世の記憶なのだとしたら、私は今世を含めて六人分の記憶を持っていることになる。
とはいえ、その人が生まれてから死ぬまでの人生を、すべて覚えているわけじゃない。
例えるなら、子どもの頃の記憶のようなものかな。
細かいことは忘れてしまっているのに、不思議と強く印象に残っている出来事だけは覚えている。
旅行先で見た美しい景色だったり。
初めて遊園地へ行って、ジェットコースターに乗った時の恐怖だったり。
そんな風に、人生の中で特に心に刻まれた場面だけが残っていると言えば、少しは共感してもらえるだろうか。
私が持っている前世の記憶も、そんなものなんだ。
だから、先に伝えておく。
ここから先に語る話には、ドラマチックな出来事もなければ、胸が躍るような冒険活劇もない。
どこにでもいる、ごく普通の人が、ごく普通の人生を送り、その生涯を終えた。
ただ、それだけの話だ。
ああ、それともう一つ付け加えておこう。
私の持つ記憶は、すべて夢の中で見たものだ。
それらは歯抜けだらけの本。
あるいは、一枚の絵画のような印象だけが残った記憶でしかない。
だから、その人物たちの歴史や文化的背景について語る部分があったとしても、それは私が断片を無理やり補完した結果に過ぎない。
もし歴史や文化に詳しい人が読んで、「いや、それは違う」と思うところがあったとしても、私としては「そうなんですか」としか言いようがないので、そのあたりはご容赦願いたい。
さて、ずいぶんと前置きが長くなってしまったね。
そろそろ本題に入ろうか。
本当なら、一番最初に思い出した記憶から語るべきなんだろう。
けれど、あれはあまりにも荒唐無稽すぎる。
だからまずは、二番目に思い出した記憶から話すことにしよう。
それじゃあ、私が夢で見た二番目の記憶を語ろうか。
あなたは海外へ行ったことがある?
私は残念ながら、今世でも一度も海外へ行ったことがない。
だから断言はできないんだけど、あれはたしかパルテノン神殿だったと思う。
山だったか崖だったか、その高い場所に建てられた神殿さ。
今の私は日本に住んでいるから、あれを見た時は神社やお寺に近い印象を受けたんだ。
その時代の私は、どうやら熱心な信徒だったらしい。
神殿の柱の隙間から中へ向かって、静かに祈りを捧げていた。
夢を見ている私は、「中に入って祈ればいいのに」と思っていたけれど、そんな疑問に答えてくれる人はいないし、夢の中の私も何も答えてはくれなかった。
しばらく祈りを捧げたあと、夢の私は神殿を後にする。
けれど、何を思ったのか、ふと立ち止まり、もう一度だけ祈ろうと振り返ったんだ。
うん。
ここからが、この夢で一番印象に残っている場面だ。
振り返った瞬間、夢の私は足を滑らせた。
視界がぐるりと反転し、次に見えたのは空だった。
雲ひとつない真っ青な青空。
そして、燦々と輝く太陽。
その光景を見上げながら、夢の私はこう思ったんだ。
「……ああ、私は今、神に抱かれている」
って。
……うん。
それを見ていた私は、別のことを思ったけどね。
「君、頭は痛くないの?」
後頭部から真っ逆さまに落ちたよね?
普通なら、あまりの痛さに転げ回っていてもおかしくないと思うんだけど。
もしかして、痛みを感じる間もなく昇天してしまったのかな、なんて。
まあ、そんな感じで。
私が思い出した最初の前世の記憶――もっと正確に言えば、二番目に見た記憶は、そこで終わる。
ね?
大した面白味もない、ただの妄想話みたいなものだったでしょう。
……それでも、あと四つ。
聞いてくれるかい?
そうか。
ありがとう。
それじゃあ、次の記憶を語ることにしよう。
二つ目の記憶は、たぶんヨーロッパだと思う。
夢の私は、一軒の建物の中にいた。
木造の建物で、小さなステンドグラスがはめ込まれていたのが印象に残っている。
それから、外では激しい雨が降っていた。
いや、雨というより、雷鳴と暴風が吹き荒れる嵐だったと言った方が近いかな。
そんな薄暗い建物の中で、夢の私は何をしていたと思う?
……女性の服を着ていたんだ。
ああ、ちょっと待ってほしい。
言っておくけれど、今世の私にそんな趣味はない。
もちろん、夢の中の私にもない。
これは断片的な記憶をつなぎ合わせた結果なんだけれど、どうやらちゃんと意味があるらしい。
何の意味かって?
うん。
収穫祭……とでも言えばいいのかな。
どうやら祭りの準備をしている最中だったようなんだ。
じゃあ、どうして男が女装しているのか。
それには、その土地に古くから伝わる風習が関係していたらしい。
昔、その地方の領主は税として食べ物だけでは満足せず、村の女性まで連れ去ってしまうことがあったそうなんだ。
そこで村の知恵者が考えた。
女性は男装し、男性は女装する。
そうして相手の目を欺き、やり過ごそうとしたらしい。
夢の私が生きていた頃には、もう本来の意味は薄れていたようだけれど、お祭りというのは楽しければそれでいいものなんだろうね。
そんなわけで、嵐の夜。
大の男たちが集まって、薄暗い建物の中で女装しているという、なんとも不思議な光景になっていた。
こうなると、もう雰囲気は男子高校生の集まりと大差ない。
ここから先は私の感覚で補完した部分もあるから、そのつもりで聞いてほしい。
男たちは、「村の誰それが可愛い」だの、「胸が大きい」だの、そんな話で盛り上がっていた。
私はそれを見ながら、「どんな時代でも男って変わらないんだなあ」と思っていたよ。
やがて話題は怪談話へ移っていく。
君たちはエロ話と怪談しか話題がないのかい、と心の中で突っ込んだけれど、夢に干渉できるわけじゃない。
私は黙って見ているしかなかった。
すると、夢の私はものすごく怖がり始めた。
どうやら悪魔だとか、お化けだとか、そんな類いの話だったらしい。
あまりに怖がるものだから、周りの男たちは面白がって夢の私をからかう。
夢の私は耐えきれなくなったのか、今度はステンドグラスへ向かって熱心に祈り始めた。
……前世の私は、どうしてこうもすぐ祈るんだろうね。
祈りなんて最後の手段だと、私は思うんだけど。
まあ、これは個人の感想だ。
そうして夢の私が一心に祈っていると、不意に地響きが起きた。
建物の中は騒然となる。
そして、なぜか全員が祈り始めるんだ。
いやいや。
地震なら、まず安全確認をしようよ。
私はそう突っ込んでいた。
けれど夢の中の彼らには、祈ることしかできなかったんだろう。
建物全体が家鳴りのような音を立てて軋み始める。
夢の私がステンドグラスへ顔を上げた、その瞬間だった。
建物が砕けるような轟音とともに破裂した。
次の瞬間、土砂が雪崩れ込んでくる。
夢の私は、その土砂を見て叫んだ。
「悪魔だ……!?」
恐怖に震える、その姿だけが今でも強く残っている。
その先の記憶はない。
だから、おそらく土砂に巻き込まれて、そのまま命を落としたんだろう。
これが、私の二つ目の記憶だ。
どうだったかな。
……まだ聞いてくれる?
そうか。
ありがとう。
それじゃあ、三つ目の記憶を語ることにしよう。
それじゃあ、三つ目の記憶を語ろうか。
今度は、日本だったことだけは間違いないと思う。
夢の中の私は、どうやら武士の家に生まれた子供だったらしい。
……とはいっても、生活は農民と大して変わらなかった。
畑を耕し、作物を育て、食べ物を確保する。
そんな毎日だった。
私は今世でテレビの時代劇くらいしか知らないけれど、武士の家系というものは、もっと裕福な暮らしをしているものだと思っていたんだ。
けれど、夢の中の私の家は違った。
節制に次ぐ節制。
爪に灯をともすような生活。
それを見ていると、「苦労しているんだな」と、夢の中の私に少し同情してしまったよ。
そんなある日のことだったと思う。
家に知らせが届いた。
その知らせを聞いた家の中は、上を下への大騒ぎになった。
何が起きたのか。
……戦だ。
どこの誰が、どこの軍と戦っているのか。
詳しいことは分からない。
ただ、どこかの誰かが戦を始めた。
そして、その戦に出るよう、夢の中の私の家にも命令が届いたらしい。
家族は涙を見せなかった。
ただ静かに、私を送り出してくれた。
夢の中の私は、黒い甲冑を身につけていた。
甲冑の色で所属が分かったりするのだろうか?
そこまでは私には分からない。
ただ、兜に大きな飾りをつけたような華美なものではなく、とても質素な甲冑だった。
馬も用意されていた。
……もっとも、私の知っている「馬」とは少し違ったけれどね。
私が馬と聞いて思い浮かべるのは、競馬で走るような大きなサラブレッドだ。
けれど夢の中のそれは、小さくて、寸胴で、足の太い馬だった。
むしろロバと言われた方が納得してしまいそうな姿だったよ。
昔の日本の馬というのは、こういう姿だったのかもしれないね。
そうして夢の中の私は出陣し、他の兵たちと合流した。
その後の戦の記憶は、残念ながら途切れている。
ただ、たぶん……負け戦だったんだと思う。
次に私が見た記憶では、夢の中の私は再び馬に乗り、どこかへ向かっていた。
何かに焦っていた。
何かを伝えなければならない。
ただ、それだけを考えているようだった。
そして、目的地まであと少しというところで――突然、馬から落ちた。
夢の中の私が操作を誤ったわけではない。
どうやら敵軍だったのだろう。
そこには、夢の中の私とは違い、さらに粗末な鎧を身につけ、細い槍を持った集団が現れた。
農民兵だったのかもしれない。
私は体勢を立て直そうとした。
けれど、倒れた馬の体に足を挟まれ、すぐには動けなかった。
それを彼らは見逃さなかった。
集団で、私へ向かって槍を突き出してくる。
その時の彼らの表情は、ほとんど無表情だった。
憎しみでも、怒りでもない。
ただ目の前にいる存在を、作業のように消す。
そうすることで、自分たちの心を守っている。
そんな風に、私は感じた。
夢の中の私は、彼らを罵ることはなかった。
ただ一言。
「……お逃げください」
そう呟いた。
曇天の空。
その下に佇む城を見つめながら。
そして、夢の中の私はそこで命を終えた。
ちなみに、夢の中の私はまだ少年と言っていい年齢だったと思う。
……どうだったかな。
次の記憶も聞いてくれる?
そうか。
ありがとう。
次の記憶は、特に覚えている部分が少ないけれど……それでも語ることにしよう。
四つ目の記憶を語る前に、ひとつ言っておこう。
この記憶が、どの時代のものなのかは分からない。
ただ、分かっていることはいくつかある。
夢の中の私は、幼い子供だった。
おそらく、五歳か六歳くらいだったと思う。
そして、目の前には崩れ落ちた町並みが広がっていた。
まるで、大きな災害の後のようだった。
建物は壊れ、そこにはかつて人々の暮らしがあったはずなのに、今は何も残っていない。
夢の中の私は、ただそれを眺めていた。
呆然と。
心というものが、すべて空っぽになってしまったかのように。
その時の夢の中の私から、感情らしいものは何も伝わってこなかった。
悲しい。
苦しい。
怖い。
そういったものですらない。
ただ、そこにあったのは――
「虚無」
だった。
何もかも失い、生きる気力すらなくなってしまった者。
そんな姿に見えた。
夢の中の私は、いつからそこにいたのか分からない。
ただ、赤く染まった夕陽を眺めていた。
そして、ゆっくりと。
まるで力が抜け落ちるように、その場へ横たわった。
そのまま、夢の中の私は静かに意識を失っていった。
それだけだった。
これが、私が見た四つ目の記憶だ。
……どうだったかな。
まだ、聞いてくれるかい?
では、五つ目の記憶を語ろうか。
これは、私が一番最初に見た記憶だ。
本来なら、一番初めに語るべき話なのかもしれない。
けれど……この記憶を最初に話していたら、きっとあなたはここまで私の話を聞いてくれなかったと思う。
それほどまでに、荒唐無稽な話だからだ。
……いや。
素直に言おう。
この記憶は、これまで語ったような地球のどこかの時代の話ではない。
完全なファンタジーの世界の話なんだ。
もしかすると、遥かな未来の話なのかもしれない。
そう思わなければ説明できないほど、不思議で、現実離れした記憶だ。
そして、この記憶が他のものと大きく違うところがある。
それは、あまりにも鮮明に残っている部分が多いことだ。
だからこそ、私自身もこの記憶には特別な感情を抱いている。
さて……心の準備はできただろうか?
もちろん、語る私も準備はしたよ。
なにせ、この記憶を語ると、自分自身に対してひどく嫌な気分を抱くことになるからね。
それでは語ろう。
私が最初に見た記憶を。
この世界は、五つの世界に分かれていた。
正確な名称があったのかは分からない。
だから、これは私が感じ取った印象から付けた仮の名前だ。
ひとつ。
大きな力を持たず、知恵と技術によって文化を発展させた世界。
私はそこを「知人界」と呼ぶことにする。
ひとつ。
自然の力が形となり、巨大な樹木の世界で暮らす者たちがいる世界。
「精人界」。
ひとつ。
太陽の光が届かない暗闇の世界。
そこには、人の姿と異形の姿、その二つの姿を持つ者たちが暮らしていた。
「魔人界」。
ひとつ。
雲海の中に大小様々な浮島が存在し、翼を持つ者たちが暮らす世界。
「天人界」。
そして最後のひとつ。
かつて五つの世界が争い、覇権を奪い合っていた時代。
圧倒的な力によって争いを止め、世界に平和をもたらした者たちが最初に降り立った場所。
「新人界」。
五つの世界はそれぞれ独立して存在していた。
しかし、どうやら彼らは世界を越えて行き来する方法を持っていたようだ。
残念ながら、その方法までは私には分からない。
聞かれても答えようがないので、その点は許してほしい。
そして、この世界で生きていたのが、夢の中の私だった。
私は五つの世界のひとつ、天人界に住む人間だった。
夢の中の私が暮らしていた場所は……城、と呼べばいいのだろうか。
石で造られた巨大な建物だった。
天井は異様なほど高く、廊下は広い。
少なくとも、一般家庭の住居ではなかった。
そこには家族がいた。
父が一人。
母が二人。
一夫多妻という形だったのだと思う。
父は、まるでトランプのキングの絵柄から抜け出してきたような姿をしていた。
そして母の一人は、太陽のような女性だった。
金色の髪を持ち、朗らかで、温かな雰囲気をまとった人。
もう一人の母は、夜の静寂をそのまま人にしたような女性だった。
夢の中の私の母親は、後者だった。
彼女は天人族ではなく、魔人族の出身だったようだ。
そして夢の中の私には、腹違いの姉と、双子の妹がいた。
姉は母親に似ているように感じた。
妹は、最初から病弱という印象が強かった。
銀色にも白色にも見える髪。
鬼灯のような赤い瞳。
今の私なら、アルビノという状態だったのかもしれないと思う。
そして夢の中の私自身も、どうやら母方の特徴を強く受け継いでいたらしい。
父親に似た者は、家族の中に誰もいなかった。
正直に言えば、「本当にあなたの子供たちですか?」と聞くのがためらわれるほどだったよ。
ここから先は、時間の流れが飛んでいるのか。
それとも、私が覚えている順番が間違っているのか分からない。
ただ、私が見た順番で語ろう。
まず印象に残っているのは、妹の姿だった。
夢の中の私は、よく妹の眠る部屋を訪れていた。
ベッドの上で静かに眠る妹。
その姿を、私は何度も見ていた。
そして、もうひとつ。
新人界と思われる場所の光景がある。
そこには、天へ届くのではないかと思うほど巨大な塔が建っていた。
まるでバベルの塔のような姿だった。
その塔の周囲には、四角いブロックのようなものが浮かび、DNAの螺旋構造のように上から下へ、そして下から上へ移動していた。
私の感覚では、それはエレベーターのような役割を持つものだった。
そこで、何らかの儀式が行われた。
そして夢の中の私は、何かに選ばれた。
その後、私と姉は家族の中で、それぞれ役割を与えられることになった。
その後、私と姉が与えられた役割を果たすことになった。
その祝いだったのだろうか。
夢の中の私は、魔人界を訪れていた。
そこには、母方の親族と思われる人物がいた。
母の叔父だったのかもしれない。
赤銅色の肌。
束ねられた髪。
どこか若き頃の織田信長と言われても納得してしまいそうな、そんな雰囲気を持った男性だった。
彼は私を祝福してくれた。
そして、その場所がまた印象的だった。
谷底だった。
ただの谷ではない。
大地が巨大な亀裂を起こしたような、深い深い谷。
その切り立った岩壁からは、黒水晶のようなものがいくつも突き出していた。
暗く、静かで、それでいてどこか神秘的な場所。
そんな場所で、多くの魔人族の人々が私を迎え、祝ってくれていた。
それは、夢の中の私にとって大切な時間だったのだと思う。
けれど、その後の記憶はまた途切れる。
次に覚えているのは、妹のことだ。
妹は、治らない病を抱えていた。
少なくとも、その時代の技術では治療する方法が存在しなかった。
そんな印象が、夢の中の私には伝わってきた。
家族が選んだ方法は、未来へ託すことだった。
いつか発展した技術が、その病を治してくれることを願って。
けれど……。
夢の中の私が感じていたものは、少し違った。
それは治療ではなく。
永遠に治すことのできないものを、ただ眠らせ続ける。
そんな永久封印にも近い処置のように感じられた。
もちろん、それが本当にそうだったのかは分からない。
あくまで、夢の中の私から伝わってきた感覚だ。
けれど、その時の私は、それを受け入れることができなかった。
そして、また記憶が飛ぶ。
次に見たのは、必死になって何かを探し続ける夢の中の私だった。
妹を救う方法。
その可能性を求めて、私は動き続けていた。
そして、ひとつの可能性を知る。
その方法を知ることができるもの。
それは、姉が与えられた役割に関係するものだった。
夢の中の私は、姉に頼み込んだ。
結果として、私はその方法を知ったようだった。
ただ、その内容だけは分からない。
まるで、そこだけ意図的に記憶から抜き取られているようだった。
そして夢の中の私は、その方法を実行する。
妹を救うために。
しかし――結果は失敗だった。
そこから先の夢の中の私は、もう以前の私ではなかった。
理性を失った獣。
そう表現するしかない姿になっていた。
気がつけば、町は炎に包まれていた。
そこに暮らしていた人々を、私は意味もなく襲っていた。
その時の記憶は、今でも強く残っている。
ただ、これ以上細かく語るつもりはない。
夢の中で感じたもの。
恐怖。
嫌悪。
そして、自分自身に対する拒絶感。
目が覚めても残るほどの感覚だった。
軽く語っているように聞こえるかもしれないけれど、本当はもっと重く、もっと生々しいものだった。
だから、そこまでの話にしておこう。
そして、そんな私の前に、一人の人物が現れる。
蝶のような羽を持った女性。
姉だった。
彼女は、夢の中の私を止めるために来たのだと感じた。
それから、どれほど時間が経ったのか。
あるいは、一瞬の出来事だったのか。
それは分からない。
ただ、結果だけは覚えている。
夢の中の私は、姉に敗れた。
姉は最後に、私へ何かを施した。
それが何だったのかは分からない。
そして、その直後。
夢の中の私は、意識を失った。
……ここまでなら、五つ目の記憶は終わりだった。
けれど、この記憶には少しだけ続きがある。
それは、夢の中の私ではなく。
今の私自身としての記憶なのかもしれない。
……ここから先は、夢の中の私ではない。
そう思っている。
これは、前世の私の記憶なのか。
それとも、今の私自身が見た別の夢なのか。
私には判断できない。
ただ、確かに覚えている光景がある。
私は、どこかを歩いていた。
そこには天井も壁もなかった。
ただ、足元には長く続く廊下のようなものだけが存在していた。
どこまで続いているのか分からない。
前にも後ろにも、終わりが見えない。
そんな場所を、私は一人で歩いていた。
そして、いつの間にか私は、木造校舎の階段に立っていた。
そこから外の景色を眺めていた。
見える景色は、とても懐かしいものだった。
なぜ懐かしいと思ったのかは分からない。
行ったことがある場所なのか。
それとも、ただそう感じただけなのか。
けれど、そこには確かに郷愁のようなものがあった。
私はしばらく、その景色を眺めていた。
そして、そこから離れるように階段を下り始めた。
最初は、ただの木造校舎の階段だった。
けれど、下へ進むにつれて、少しずつ様子が変わっていった。
木の階段は、いつしか石で作られたようなものへ変わっていた。
周囲は薄暗くなり、壁には汚れが目立つようになった。
まるで、時間から取り残された場所を進んでいるようだった。
そして、階段の終わり。
そこには、大きな扉があった。
それは、とても大きな扉だった。
私の前に立ちはだかるように、そこに存在していた。
閉ざされた扉。
私は手を伸ばした。
触れてみた。
けれど、どれだけ力を込めても動くことはなかった。
開く気配すらなかった。
私は諦めるしかなかった。
そして、来た道を戻った。
再び、木造校舎の階段へ。
今度は、上へ向かって歩き始めた。
すると、今度は違う変化が起きた。
階段は徐々に狭くなっていった。
周囲は、金や銀のような輝きを持つものへ変化していった。
宝石のような光。
美しく、価値あるものに囲まれているはずなのに。
進むほどに、足場は失われていった。
やがて階段はなくなった。
残ったのは、一本の線のような道だけだった。
手すりのようなものには、まるで茨の棘のようなものが絡みついていた。
私は、それを進もうとした。
けれど、無理だった。
痛みに耐えられず、私はそこから降りた。
そして結局。
私はまた、木造校舎の階段へ戻った。
私はそこで、ただ景色を眺めていた。
それだけだった。
これが、私が七歳の時に初めて見た記憶。
そして、その後も時折、思い出したように夢を見ることはあった。
けれど、二十歳を過ぎた頃から、それらを見ることはなくなった。
そこに何か意味があったのかもしれない。
けれど、それを私には知る術がない。
もしかすると、あなたなら答えを見つけられるのかもしれない。
だが……。
もし答えが出たとしても、私には教えないでほしい。
それは、あなたが出した答えだからだ。
この記憶の話を、誰かに語ったことはない。
なぜなら、私自身、この話を「前世の記憶」ではなく、「夢で見た記憶」として受け止めているからだ。
では、なぜ今こうして語ったのか。
……分からない。
ただの気まぐれなのかもしれない。
あるいは、自分という人生が終わりへ向かっていると感じたからなのかもしれない。
誰かに、この話を残しておきたかったのかもしれない。
それでも、ひとつだけ言えることがある。
もし来世というものがあるのなら。
次の私は、きっと彼らのように記憶を残すことはないだろう。
なぜなら、私の人生は。
彼らのような特別なものではなかったからだ。
ただ平凡な人生。
どこにでもあるような人生だった。
……そういえば、あなたは聞いたね。
彼らの人生から、何か影響を受けたのか、と。
そうだな。
影響は、あったのかもしれない。
七歳の時にこの記憶を見る前の私は、かなりのやんちゃ坊主だったらしい。
いたずらでは済まされないようなことも、いくつもしたと両親から聞いている。
他人事のように聞こえるかい?
そうだね。
私自身も、どこか他人事のようにしか感じられないんだ。
あなたは、自分の記憶を「自分のもの」だと言えるのは、いつ頃からだと思う?
物心がつくのは、早ければ三歳頃だと言われる。
けれど私は。
昨日の自分ですら、「私」という登場人物の記憶としてしか見ることができない。
過去を、自分自身の物語として眺めることしかできない。
そして未来に、心から期待することもできない。
そんな私が、今の私を作ったのだと思う。
……もしかすると。
あの階段の記憶は。
今だけを生きるように、姉が私に施したものだったのかもしれない。
過去にも。
未来にも縛られず。
ただ現在だけを歩くために。
まあ、これは私の勝手な想像だけどね。
さて。
私の話は、これで終わりだ。
もう語るべきことは残っていない。
もし、またいつか。
私のように前世の記憶を持つ人に出会うことがあったなら。
その時は、どうかその人の話を聞いてあげてほしい。
それでは。
長い話に付き合ってくれて、ありがとう。
また、どこかで。




