ピンクブロンドとキス四三回の是非は問いませんが、虐められる理由を教育的指導します
『生徒間に身分の貴賎なし』
王立アカデミーの理念であり、校則の一つですね。
まさか王族ともあろう者がこの一行に含まれる真の意味を理解していなかったとは。
少々わたくし驚きだったのです。
――――――――――王立アカデミーの教室にて。
「パトリシア! どういうことなのだっ!」
わたくしの婚約者ネラリア王国第一王子ジャーメイン殿下が、登校するなり怒鳴り込んできました。
あらあら、せっかくの端正なお顔なのに青筋を立てて。
次期王に相応しくない振舞いだとは考えないのですかね?
「これはこれは、ジャーメイン殿下ではございませんか。御機嫌よう」
「機嫌よく見えるのか? 不愉快だ!」
殿下が何に対して不満を募らせているか、わたくしは理解しているつもりです。
しかしこれ、わたくしが殿下に言い聞かせねばならないのですか?
ジャーメイン殿下の教育係は何をしていたのか。
怠慢を指摘したいですね。
とりあえず殿下の言い分を伺いましょうか。
クラスメイトも怒れるジャーメイン殿下に注目しているようですし。
「どうされたのですか?」
「どうもこうもあるか! スーザンのことだっ!」
「スーザン様、ですか? 女性名かとは思いますけれど、わたくしの知り合いにはいない名前です」
「しらばっくれるな!」
いえ、名前を存じ上げないのは本当です。
報告書には書いてあったと思いますけれど、知る必要がありませんのであえて覚えていませんでした。
「スーザン・ロス男爵令嬢だ! 僕が友好を深めている!」
「殿下がキスを四三回、ハグを二一回、お姫様抱っこを一回した、下級生の令嬢ですか? ピンクブロンドの」
「……えっ?」
「『王家の影』から報告書が来ております」
眉毛を下げて口をパクパクして。
バツが悪いのですかね?
表情から意思を読み取られるのは王子としてどうでしょうか?
「知ってるんじゃないか!」
「申し訳ありません。名前は本当に存じませんでした。覚える必要性を感じておりませんでしたので」
「必要性を感じない? どういうことだ?」
「わたくしの人生に関わらない令嬢、ということです」
アカデミー校庭のガゼボで、ジャーメイン殿下とピンクブロンドがお喋りしているのをチラッと見ただけ。
本当にそれだけの関係です。
「関わらないとは限らないだろうが! 僕の側妃となることだってあり得るのだから!」
本気で仰っているのですかね?
思わずため息を吐きたくなりますが、ぐっと我慢します。
「ところで殿下がいらした御用件は何でありましたでしょう? スーザン様が何か?」
「そうだった。パトリシア! お前スーザンを虐めたろう!」
「……申し訳ありません。心当たりがありません。どこかで知らぬ内に関わりがあったとも思えません。あの方の髪色は特徴的で目立ちますから」
「スーザンが泣いて訴えるのだっ! パトリシアに嫌がらせを受けていると!」
「はあ……。スーザン様がそう仰っているだけですか?」
「そうだ!」
「ジャーメイン殿下。一方の言い分を全面的に信じるのは間違いの元ですよ? 何らかの行き違いがあるかもしれませんし」
直球で正論を説いてみました。
ぐぬっという声が聞こえたような聞こえないような。
殿下はこういうところが憎めませんね。
わたくしが殿下の教育係のようなことをしなければならないのは、まったくもって納得いきませんが。
「それこそ『王家の影』に調査させてはいかがですか?」
「しかし……スーザンがひどい目に遭っているのは事実なのだ」
「どうしてわかります?」
「ズタズタに破られたノートや、ケガをして泣いているところを実際に見たから……」
「では嫌がらせを受けているのは事実かもしれませんね」
「だろう? それでパトリシアの意を受けた者がスーザンを攻撃したのかと……」
そんなことだろうと思いました。
「ジャーメイン殿下、よろしいですか? 殿下とわたくしは『王家の影』によって守られていると同時に、行動をチェックされております。わたくしがスーザン様を虐めろなどという命令を出したとすると、それは影の知るところとなり、わたくし自身の価値を毀損することになります。それは婚約者であるジャーメイン殿下に迷惑をかけることです。わたくしはそのような愚かなことをいたしません」
「……うむ、そうだな。では全く無関係の者がスーザンにつらく当たっている?」
「その可能性は高かろうと思います」
「では影をスーザンにつけ、犯人を炙り出してくれる!」
単なる犯罪ということならジャーメイン殿下の対応は正しいと思いますが……。
「殿下。『生徒間に身分の貴賎なし』というアカデミーの理念は御存じですか?」
「ん? ああ、もちろん」
「殿下はこの理念をどういうふうに解釈しておられますか?」
「は? ちょっと何を言っているのだかわからないのだが。交流などにおいて、普通に身分差を考えなくていいということとは違うのか?」
字面を見た限りのそうした理解の者がほとんどだろうとは思います。
しかし……。
「わたくしの考えは異なります」
「ふむ? パトリシアの考えを聞こう」
「アカデミー在学中の期間は、子供が成人貴族になる過程でもあります。アカデミーではその間の教育が求められます」
「当然だな」
「とするとおかしいと思われませんか? 卒業していきなり身分差のある貴族社会に放り込まれるというのは」
首をかしげるジャーメイン殿下。
素直なところのある方なのですがね。
「……確かに。アカデミーでは身分差というものを教育すべきに思えるな。身分差をわきまえない行いは身を亡ぼすものなのだから」
「ですよね。ではここで『生徒間に身分の貴賎なし』のスローガンは、身分差を逸脱した行為であっても『アカデミー内では』罪に問わない、という意味だと捉えるといかがですか?」
「……身分差はある。が、少々間違えても罪にならないということか。なるほど、それならアカデミーのあり方として正しいと思える。それがパトリシアの解釈か」
「はい」
少なくとも高位貴族の令息令嬢は、皆そのような意識であったと思いますけれどね。
理念どうこうと深く考えていなかったにせよ、より身分の高い者に対して忖度することは自然ですから。
「殿下。スーザン様には身分の差を超えた振る舞いはありませんでしたか?」
いえ、婚約者のいる王族に近付くたかが男爵家の娘が、貴族のルールに逸脱していないわけがないのです。
殿下に注意喚起するためだけの問いですね。
「……スーザンはロス男爵家の庶子なんだ。アカデミー入学直前に男爵家に迎えられたそうで」
うろ覚えですけれども、わたくしもチラッと報告書で見ましたね。
その美貌を買われて貴族籍に入れられたのだろうと。
「貴族らしくない行動は多々あった。僕の目にはそこが新鮮に映ったのだが」
「その貴族らしくない行動の一つに、わたくしという婚約者がいる殿下に度を越えた接触があったことが挙げられます。口で注意して聞かないのならば、制裁にいたってもおかしくない状況であると御理解くださいませ」
「……そうか。王子たる僕に制裁というわけにはいかないから、スーザンが……」
「スーザン様は高い身分の令息を捕まえれば大成功という思惑だったのでしょう。が、次期王たるジャーメイン殿下を狙おうというのは、誰がどう見ても欲張り過ぎです」
「……」
「仮にスーザン様の存在のせいで殿下とわたくしの関係が悪くなり、婚約が解消されたとするではないですか。どうなると思います?」
「……パトリシアの実家オーモンドレイル侯爵家の忠誠度が低下するわけか」
「もっと問題なのは、みすみすそんな事態を招いたジャーメイン殿下御自身の評価が低下するということですね。殿下の次の婚約者を誰にするかというのは非常に難しい問題になります。場合によっては後継者問題からお家騒動を招きかねません。ネラリア王国の危機です」
「……」
深刻な表情になりましたね。
よく考えてください。
殿下は考えさえすれば正しい答えを導き出せると信じております。
でなければ見捨てます。
「そうなる事態を引き起こした一方の当事者であるスーザン様ならびにロス男爵家が無実とは当然まいりません」
「……スーザンは修道院行きか」
「妥当だと思います」
「……」
「でももうそういう未来はありませんよね? ジャーメイン殿下は過ちに気付かれたのですから」
「うむ、よく理解した」
迷いのない表情になりましたね。
それでこそジャーメイン殿下です。
もう一息です。
「どなたかがスーザン様に嫌がらせをしていたのは事実かもしれません。しかしジャーメイン殿下に過ちを気付かせ、王国の危機を未然に防いだと考えれば、功があったと考えることもできます」
「だから犯人を大目に見ろということか?」
「はい」
「しかし今後もこんなことが続くのであれば見過ごせんぞ?」
「そうはなりませんよ。殿下がネラリア王国第一王子らしい節度をわきまえるのならば」
「……スーザンを虐める根拠がなくなるから、ということか」
「さようです」
再び眉にしわを寄せ、考える表情になりました。
スーザン様が虐められないということは根拠のあることなのですよ。
ジャーメイン殿下とわたくしの会話には、クラスメイト全員が聞き耳を立てていますからね。
どなたがしたことかは知りませんが、今後スーザン様を攻撃するなどという行為はなくなるはずです。
「……わかった。今後スーザンと会うことは控える」
「それがようございます」
「……パトリシアはこんな僕を見捨てないのだな?」
「もちろんでございます。わたくしは死ぬまで殿下の伴侶でございますから」
「ありがとう」
照れたような表情のジャーメイン殿下は可愛げがありますね。
「パトリシアのおかげで僕は道を誤らずにすんだ。本当にありがとう」
「いえいえ。殿下の婚約者として当然のことでございますから」
「どうして僕に忠実であってくれるのだ? 今考えると、スーザンの件に関しては正直愛想を尽かされても仕方なかったと思うのだが」
これはわたくしの甘い部分なのかもしれませんが。
「まだ子供の頃でしたかね。殿下はわたくしに誓ってくださったでしょう? パトリシアを妻にすると」
「うむ、言った」
「今日もスーザン様を側妃どうこうという話は出ましたが、わたくしとの婚約を破棄しようとは仰らなかったではありませんか」
「言われてみれば……」
「わたくしを信頼してくださっているのだなあと思いまして」
いい加減なところのある殿下ですが、わたくしを妻にすると言ったことは覚えていてくださっています。
それだけのことでも嬉しいのです。
今までジャーメイン殿下の妃であるために、自己の研鑽を怠らなかった甲斐がありました。
幼き頃に王子様らしい王子様であったジャーメイン殿下に恋をして。
お互いに素直に成長したとは言えないと思いますけれども、殿下はいつもわたくしのことを意識してくださってはいました。
わたくしはわたくしで、ジャーメイン殿下の妃になることは権力を握ることだと気付き。
純粋でなくてもいいのです。
奇麗事で国は治まらぬのですから。
「……うむ、反省した。パトリシアの覚悟に対して僕は覚悟が足りなかったようだ」
「いえいえ、全然構わないのですよ」
殿下が頼りなければわたくしが王国を統治しますからね。
今日の一件に関しても、スーザン様への虐め行為を目こぼすということでホッとした様子を見せていた令息令嬢が何人かいました。
そうした方達はわたくしのシンパになってくださるでしょう。
大変プラスになりました。
「パトリシアは最高の婚約者だな!」
「ジャーメイン殿下も最高ですよ」
最高に扱いやすいです。
そこがジャーメイン殿下のいいところ。
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