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第9話

俺の言葉に、バルガスは腕を組んで唸った。

ルナは、心配そうに俺の顔をじっと見上げている。

目の前の頭目は、ただ俺たちの裁定を待つだけである。


俺は椅子から立ち上がると、縄で縛られた男の前に立った。

「あんたの名前は?」

「……ギルだ」

男は、消え入りそうなか細い声で答えた。

「そうかギル。あんたたちの事情は理解した。だが、それでもあんたたちがやったことは、紛れもない犯罪行為だ」

「……ああ。それは分かってる。どんな罰でも、受けるつもりだ」

ギルは、全てを覚悟したように固く目を閉じた。

俺は、そんな彼に思いもよらない提案をしてみせる。

「罰、ね。あんたたちをギルドに突き出せば、俺には金貨百枚の報奨金が入ることになる。だが、そんな金は別にいらない」

「……それは、どういう意味だ?」

ギルの目に、ほんのわずかに光が宿る。

「単刀直入に言う。俺は、あんたたちを雇おうと思う」

「……は?」

俺の言葉に、ギルだけではない。

バルガスもルナも、信じられないという顔で目を丸くして固まっていた。

「ミナト、お前は本気で言ってるのか?こいつらは、川を荒らしていた水賊なんだぞ」

バルガスが、我に返って慌てたように言った。

「ああ本気だ。元は、腕のいい漁師だったんだろう?その川での経験と腕を、俺のために使って欲しいんだ」

俺は、ギルの目を見てにやりと笑ってみせる。

「俺はこれからこの川を使って、色々な商売をしようと考えている。そのためには、どうしても人手が必要なんだ。特に、この川のことを知り尽くした、あんたたちのような人材がな」

俺の頭の中には、すでに新しいビジネスの構想がいくつも浮かんでいた。

燻製や魚醤の製造販売だけではない。

この世界のまだ知られていない豊富な水産資源を使えば、まだまだ稼げるネタはたくさんあるはずだ。

魚の干物や、すり身を使った練り物、それに海産物の塩漬け。

そのためには、安定して魚を供給してくれる信頼できる漁師が、何としても必要不可欠だったのだ。

「もちろん、ただ働きさせるつもりはない。あんたたちの村があの悪徳領主のせいで苦しんでるって話も、俺が解決してやる」

「……本当に、あの領主様をどうにかしてくれるってのか?」

ギルの声が、希望と不安で震えている。

「ああ。俺に、とっておきのいい考えがある」

俺は自信満々に頷いてみせた。

これこそ、まさに一石二鳥の名案だ。

厄介な水賊問題を穏便に解決し、同時に優秀な人材を確保する。

さらには、新しいビジネスの足掛かりまで作れるのだ。

これだけの大きな見返りがあるなら、金貨百枚なんていう報奨金は、はした金でしかない。

ギルは、しばらく呆然と俺の顔を見ていた。

やがて、その乾いた目から大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。

彼は、椅子に縛られたままの体勢で、深々と頭を下げた。

「……ありがてえ。ミナト様、いや旦那。俺たちの命、あんたに預ける。これからは、何でも言ってくれ。俺たち、あんたのためならどんな仕事でもする覚悟だ」

どうやら、俺の提案は受け入れられたらしい。

俺はギルの縄を、短剣で切ってやった。

「よし、話は決まりだな。バルガス、文句はないな?」

俺が聞くと、バルガスは呆れたように、やれやれと首を振った。

「お前さんがそう決めたのなら、俺は何も言わねえよ。まったく、本当に面白い雇い主に仕えちまったもんだぜ」

彼はそう言いながらも、その口元は確かに笑っていた。

「ルナも、それでいいか?」

「うん!ミナトは、すごい!とっても優しい!」

ルナは、満面の笑みで俺に抱きついてきた。

どうやら、大切な仲間たちからの賛成は得られたようだ。

「さて、と。それじゃあ、まずはあんたたちのあのボロ船をどうにかしないとな」

俺たちは甲板に出た。

半ば沈みかけた水賊船は、見るも無残な姿で川に浮かんでいる。

船員たちは、川の中から不安そうにこちらの様子を伺っていた。

俺はギルに、仲間たちを船に呼ぶように言った。

ギルが声をかけると、元水賊たちは恐る恐るリバーサイド号に上がってきた。

誰もが、俺たちの顔をまともに見ることができずに俯いている。

ギルが、彼らにこれまでの経緯を丁寧に説明した。

俺が彼らを罰するのではなく、新たな仲間として雇うこと。

そして、彼らの村を苦しめる領主の問題を解決すると約束したこと。

それを聞いた男たちは、最初は信じられないといった顔をしていた。

だが、やがてその表情は確かな安堵と、そして深い喜びに変わっていく。

そして、全員が俺に向かって雪崩を打つように深々と頭を下げた。

「旦那!本当に、ありがとうごぜえます!」

「この御恩は、一生忘れません!」

男たちの感謝の言葉を背中に受けながら、俺は彼らの船へと移った。

「この船も、ずいぶん古そうだな」

「ああ。親父の代から使ってる、古い漁船でな。もう、あちこちガタがきてるんだ」

ギルが、本当に申し訳なさそうに言った。

「よし分かった。この船、俺が修理してやる。ついでに、少しだけ使いやすく改造もしてやろう」

「本当かい、旦那!」

俺は【万能造船】のスキルを発動させた。

まずは、船の目に見える破損箇所を修復していく。

大きく穴の空いた船底や、無残に折れたマスト、そして壊れた舵。

それらが、まばゆい光と共にみるみるうちに元の姿に戻っていく。

だが、修復はそれだけじゃない。

俺は、船全体をより頑丈で水に強い木材で補強してやった。

さらに、漁に使うための最新式の頑丈な網と、獲った魚の鮮度を保つための大きな生け簀も新しく設置する。

「す、すげえ……」

「おい、船が光ってるぞ……」

ギルたち漁師は、目の前で起こる奇跡のような光景に、ただただ唖然としていた。

やがて強い光が収まった時、そこには以前とは比べ物にならないほど立派になった漁船が浮かんでいた。

「どうだ?これなら、漁の効率も格段に上がるはずだ」

「……旦那。あんた、一体何者なんだ?」

ギルが、畏怖の念のこもった目で俺を見てくる。

「俺はミナト。ただの船乗りさ」

俺は、いつもの決まり文句で答えておいた。

「さてギル。あんたたちの村は、ここからどれくらいなんだ?」

「ああ。この渓谷を抜けて、半日ほど川を上ったところだ」

「よし。じゃあ、案内してくれ。その悪徳領主とやらに、俺から挨拶しに行こうじゃないか」

俺の言葉に、ギルたちは力強く頷いた。

こうして、俺たちの船団は新たな仲間を加えて再び川を遡り始めた。

先頭を行くのは、もちろん俺のリバーサイド号だ。

その後ろを、生まれ変わった漁船がしっかりとした足取りでついてくる。

霧の渓谷を抜けると、再び明るい視界が開けた。

空は、どこまでも青く澄み渡っている。

まるで、俺たちの新たな門出を祝福しているかのようだった。

船の上では、早速漁師たちが新しい網の使い心地を試している。

彼らの顔には、水賊だった頃の暗い影はもうどこにもなかった。

誰もが、生き生きとした表情で自分の仕事に打ち込んでいる。

その頼もしい姿を見て、俺は自分の判断が間違っていなかったと、改めて確信した。

「ミナト、すごいね。みんな、すごく嬉しそう」

隣に来たルナが、自分のことのように嬉しそうに言った。

「ああ。彼らには、水の上で働くのが一番似合ってるんだ」

「うん!」

しばらく進むと、川のほとりに小さな村が見えてきた。

あれが、ギルたちの村だろう。

簡素な木の家が、十数軒ほど集まっただけの小さな集落だ。

俺たちは、村の小さな船着き場にゆっくりと船を寄せた。

俺たちが船から降りると、村の女子供たちが不安そうな顔で遠巻きにこちらを見ている。

ギルが、故郷の空気を吸い込んでから大声で叫んだ。

「みんな、ただいま!心配かけたな!」

その声に、村人たちは一斉に駆け寄ってきた。

ギルや他の男たちの無事な姿を見て、泣きながら抱きつく者もいる。

それは、本当に感動的な再会の場面だ。

俺たちは、その邪魔にならないように少し離れた場所で様子を見守っていた。

やがて、ギルが俺たちを手招きする。

「みんな、紹介する!こちらが、俺たちの命の恩人であり新しい雇い主のミナトの旦那だ!」

ギルに紹介され、俺は村人たちの前に進み出た。

村人たちは、俺とその後ろに控えるバルガスの巨体を見て、少しだけ身を固くする。

「ミナトだ。これからよろしく頼む」

俺が簡潔に挨拶すると、村人たちの中から一番年嵩の老人がおずおずと前に出てきた。

この人が村長だろうか。

「……わしは、この村の長をしておりますゴンゾウと申します。この度は、息子たちが大変ご迷惑をおかけしました。そして、助けていただいたこと、心より感謝いたします」

ゴンゾウと名乗る老人は、腰を深く曲げて頭を下げた。

その額には、村での苦労を物語る深い皺が刻まれている。

「顔を上げてください。俺は、彼らを助けただけじゃない。彼らを雇い、この村をこの苦境から救うと約束したんです」

俺の言葉に、ゴンゾウは驚いたように顔を上げた。

「……それは、本当ですかな?」

「ああ。そのために、まずは話を聞かせて欲しい。この村を苦しめているという、領主のことを詳しくな」

俺たちは、ゴンゾウの家に招かれた。

質素だが、隅々まで綺麗に掃除された家だ。

囲炉裏を囲んで、俺、バルガス、ルナ、そしてギルとゴンゾウが車座になって座る。

ゴンゾウは、重い口を開きゆっくりと語り始めた。

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