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第28話

商品の納品を無事に終え、俺たちはエリアーナさんと一緒に馬車に乗っていた。

これから、試験販売の舞台となる高級食料品店「金の麦の穂」へと向かう。

俺たちの商品が、実際にどのように売られるのか。

この目で、確かめておきたかった。


「エリアーナさん、その店の店主はどんな人なんですか」

馬車に揺られながら、俺は尋ねてみた。

「店主のゲルハルト氏は、この都市でも一番の頑固者として有名ですわ」

エリアーナさんは、少しだけ困ったように微笑んだ。

「彼が認める商品は、すべてが本物の一級品でなければなりません。少しでも、彼の基準に満たない品は店の棚に並べることさえ許されないのです」

なるほど、かなりのこだわりを持つ人物らしい。

だが、それだけの自信と誇りがあるからこそ王家御用達の店を任されているのだろう。

「ですが、ご安心ください。ミナト様の商品であれば、あの頑固なゲルハルト氏も必ず納得するはずですわ」

エリアーナさんは、俺の商品に絶対の信頼を置いてくれているようだった。

その期待に、応えなければならない。


やがて馬車は、ひときわ華やかな通りでゆっくりと止まった。

そこは、貴族やお金持ちが住む高級住宅街の一角だった。

道の両脇には、高級な服飾店や宝石店が並んでいる。

道を行き交う人々も、皆、上品で裕福そうな身なりをしていた。

「ここが、第三地区ですわ。さあ、店はもうすぐそこです」

俺たちは、エリアーナさんの案内に従って馬車を降りた。

そして、数分ほど歩いた場所にその店はあった。


「金の麦の穂」は、俺が想像したよりもずっと落ち着いた雰囲気の店だった。

レンガ造りの、上品で趣のある建物だ。

大きなガラス窓からは、店内に並べられたたくさんの商品が見える。

入り口には、店の名前が刻まれた小さな木の看板がかけられているだけだ。

だがその様子からは、本物だけを扱う店だという静かな自信が感じられた。


俺たちが店の中に入ると、カランという軽やかなベルの音が鳴った。

店の中は、外の騒がしさが嘘のように落ち着いた空間だった。

高い天井には、美しいシャンデリアが輝いている。

壁際の棚には、世界中から集められたであろう珍しい食材が綺麗に並んでいた。

見たこともないような色鮮やかな果物や、大きな肉の塊もある。

様々な種類の香辛料が入った、美しい小瓶もたくさんあった。

まるで、食の博物館のようだ。

俺は、その品揃えのすごさに思わず息を呑んだ。


店の中には、数人の客がいた。

皆、見るからに身分の高そうな貴婦人や紳士ばかりだ。

彼らは、商品を一つ一つ確かめるようにゆっくりと店内を見て回っている。

「エリアーナ様、お待ちしておりました」

店の奥から、白髪の老紳士が姿を現した。

おそらく、この人が店主のゲルハルトさんだろう。

背筋が、ぴんと伸びている。

その目は、長年良いものだけを見続けてきた者の鋭い光を宿していた。


「ゲルハルト氏、お待たせいたしました。こちらが、先日お話しした新しい商品の生産者であるミナト様です」

エリアーナさんが、俺を紹介してくれた。

俺は、ゲルハルトさんに向かって丁寧に頭を下げる。

「初めまして、ミナトと申します。どうぞ、よろしくお願いします」

ゲルハルトさんは、俺の全身を値踏みするようにじろりと見た。

そして、ふんと鼻を鳴らす。

「ほう、あなたが。エリアーナ様が、あれほど絶賛する品を作る方とは思えんほどお若いな」

その言葉には、あからさまに見下した色がにじんでいた。

どうやら、俺のことをまだ信用していないらしい。


「まあよい。商品は、すでに裏に運び込んである。まずは、このわしの舌でその価値を確かめさせてもらおうか」

彼は、そう言うと俺たちを店の裏にある厨房へと案内した。

厨房は、隅々まで磨き上げられていて塵一つ落ちていない。

料理人たちの仕事場に対する、誇りと愛情が感じられた。

テーブルの上には、俺が納品した商品がすでに並べられている。

ゲルハルトさんは、まず燻製を一つ手に取った。

そして、その色と香りを厳しく確かめている。


やがて、彼はそれを小さなナイフで薄く切り分けた。

そして、一切れをゆっくりと口に運ぶ。

しばらくの間、彼は目を閉じてその味を確かめているようだった。

厨房の中は、緊張した空気に包まれた。

俺も、ごくりと唾を飲み込んで彼の評価を待つ。

やがてゲルハルトさんは、ゆっくりと目を開けた。

そして、ぽつりと一言だけつぶやいた。

「……見事だ」

その言葉に、俺はほっと胸をなでおろした。

どうやら、彼の厳しい目にかなったらしい。


「この燻製は、まさに完璧だ。魚の旨味が凝縮され、少しも生臭さがない。そして、この奥深い燻製の香り。文句のつけようがない逸品だ」

彼は、心の底から感心しているようだった。

次に、彼は練り物にも手を伸ばす。

かまぼことちくわを、それぞれ一口ずつ味わった。

その表情は、先ほどよりもさらに大きな驚きに変わっていく。

「な、なんだこの食感は。こんなものは、生まれて初めて食べたぞ。魚を、このような形で味わうことができるとは」

彼は、興奮した様子で俺に詰め寄ってきた。

「ミナト殿、と言ったかな。あなた、一体何者だ。どうすれば、このような画期的な品を考え出せるのだ」

その目は、先ほどまでの侮蔑の色が嘘のように尊敬の念で輝いていた。


俺は、苦笑しながら答える。

「俺は、ただの船乗りですよ。旅をしながら、美味しいものを考えるのが好きなだけです」

俺の言葉に、ゲルハルトさんは深くうなった。

そして、エリアーナさんに向き直る。

「エリアーナ様、失礼いたしました。あなたの言う通り、この商品は本物です。いや、本物以上だ。このゲルハルト、生涯の不覚を恥じるばかりです」

彼は、エリアーナさんに向かって深々と頭を下げた。

「いえ、ゲルハルト氏。あなたにそう言っていただけて、私も嬉しいですわ」

エリアーナさんは、満足そうに微笑んだ。

こうして俺たちの商品は、この都市で一番頑固な店主にも認められたのだ。


「よし、決めた。この素晴らしい商品を、今日からこの店の目玉として大々的に売り出そう」

ゲルハルトさんは、そう高らかに宣言した。

彼の指示で、店の若い衆たちが慌ただしく動き始める。

俺たちの商品は、店の入り口に一番近い特等席に並べられることになった。

美しい皿に盛り付けられた燻製や練り物が、特別な照明に照らされて輝いている。

それは、まるで宝石のようだった。


だが、問題はここからだった。

店の客たちは、見慣れないその商品に興味は示すものの誰も手を出そうとしない。

「あら、これは何かしら。魚の加工品のようですけれど」

「見たこともない食べ物ですわね。美味しいのかしら」

客たちは、遠巻きに商品を眺めてひそひそと話しているだけだ。

このままでは、せっかくの商品が一つも売れずに終わってしまうかもしれない。

「くっ、やはり新しいものが市場に受け入れられるには、時間がかかるか」

ゲルハルトさんが、悔しそうに歯を食いしばった。


その時だった。

「店主さん、一つ提案があるんですが」

俺は、ゲルハルトさんのそばに進み出て言った。

「ここで、試食販売をしてみませんか」

「試食、だと」

ゲルハルトさんは、不思議そうな顔で俺を見た。

この世界には、まだ試食という文化がないらしい。

「ええ。まずは、この美味しさを実際に体験してもらうんです。そうすれば、お客さんたちも安心して商品を買ってくれるはずですよ」

俺の提案に、ゲルハルトさんはしばらく考え込んでいた。

だが、彼はやがて大きくうなずいた。

「面白い、やってみよう。ミナト殿、あなたの言う通りにしてみようではないか」


話は、すぐにまとまった。

俺たちは、店の前に小さなテーブルを用意する。

そして、その場で練り物を軽く焼いて客に振る舞うことにしたのだ。

調理を担当するのは、もちろんこの男だ。

「ようし、任せとけ。俺が、この都市の連中の舌をうならせてやるぜ」

バルガスは、楽しそうに腕をまくった。

彼は、小さな鉄板の上でちくわを香ばしく焼き始める。

醤油と魚醤を混ぜた、特製のたれを塗りながらだ。

じゅうじゅうという音と共に、食欲をそそる匂いがあたりに広がっていった。


その香ばしい匂いに、道行く人々が次々と足を止める。

「なんだ、このいい匂いは」

「あそこの店で、何か美味そうなものを焼いているぞ」

店の前には、あっという間にたくさんの人が集まってしまった。

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。これは、魚のすり身から作った新しい食べ物だよ。一口食べれば、病みつきになること間違いなしだぜ」

バルガスの威勢のいい声が、店先に響き渡る。


最初に、一人の若い紳士が恐る恐る焼き立てのちくわを口にした。

そして、その味に衝撃を受けたように目を見開く。

「う、美味い。なんだこれは、こんなに香ばしくて弾力のある食べ物は初めてだ」

彼のその一言が、周りの人々の好奇心に火をつけた。

「私にも、一つおくれ」

「僕も、食べてみたい」

人々は、我先にと試食のちくわを求め始めた。

そして、それを食べた者すべてがその味を絶賛する。

店の前は、ちょっとした祭りのような騒ぎになっていた。

ゲルハルトさんとエリアーナさんは、その光景を信じられないという顔で、呆然と眺めている。

俺は、その様子に満足して微笑んだ。

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