第27話
俺たちはその後も夢中で、新しい商品の開発に打ち込んだ。
リバーサイド号の最新加工室は、まるで魔法の工場のようだ。
俺の頭に浮かんだ考えを、次々と形に変えてくれる。
燻製には新しいハーブを使い、この都市で手に入れた珍しいスパイスも試した。
魚醤は熟成させる期間を変え、いくつかの種類を用意して味を比べる。
俺が持つ前の世界の知識と、バルガスの料理人としての鋭い感覚があった。
その二つが合わさり、俺たちの商品はどんどん完成度を高めていった。
リバーサイド号の加工室は、新しい食文化を生み出すための最高の実験室になったのだ。
その頃ルナは船内に作った、大きな生け簀の魚たちと楽しい時を過ごしていた。
彼女はガラス窓に小さな顔をつけ、魚たちと何かを話している。
時々くすくすと、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
魚たちも彼女の周りに集まり、嬉しそうにひれを振っている。
その光景はとても穏やかで、俺の心を和ませるものだった。
「ミナト、お魚さんたちがね。このお部屋が、すごく快適だって言ってるよ」
しばらくしてルナが、俺の所へ報告に来てくれた。
「そうか、それは良かったな。みんな、元気にしているかい」
「うん。だからお礼に、ミナトの手伝いをしたいんだって」
「手伝い、だって」
俺が不思議に思って聞き返すと、ルナはこくんと力強くうなずいた。
「この川にはね、食べるとすごく元気になる特別な水草が生える場所があるんだって。そこまで、船を案内してくれるそうだよ」
食べると元気になる、特別な水草か。
それはまた、ずいぶんと面白そうな話である。
もしかしたら新しい商品の、素晴らしい材料になるかもしれない。
「分かったよ、ルナ。今度、その場所に詳しく連れて行ってもらおう」
「うん、任せて」
ルナは嬉しそうに、にこりと笑った。
彼女の持つこの不思議な力は、俺の商売の大きな助けになりそうだ。
昼過ぎになり俺たちは、完成した試作品をいくつか抱えて船を降りた。
これからダリウス商会へ、最初の品物を届けに行くのだ。
この巨大な都市での商売が、いよいよ本格的に始まる。
俺は期待と少しの緊張を胸に、ダリウス商会の立派な建物を見上げた。
建物の前には昨日と同じ警備兵が、背筋を伸ばして立っていた。
だが今日の彼らの態度は、昨日とはまるで違っている。
俺たちの姿を見つけると、慌てて駆け寄ってきた。
そして深々と頭を下げ、丁寧な敬礼をする。
「ミナト様、お待ちしておりました。さあ、どうぞ中へお進みください」
その変わり身の速さに、俺は思わず苦笑した。
どうやらダリウスさんから、よほど厳しく言われたらしい。
俺たちは警備兵の丁寧すぎる案内に従い、建物の中へ入った。
中ではエリアーナさんが、俺たちを待ってくれていた。
「ミナト様、お待ちしておりました。ダリウス様が、執務室でお待ちです」
彼女の表情も、昨日よりずっと柔らかく見える。
どうやら俺たちのことを、完全に認めてくれたようだった。
俺たちはエリアーナさんに案内され、再びあの豪華な執務室へ通された。
ダリウスさんは昨日と同じように、大きな机の向こうで俺たちを待っていた。
その顔には商売人としての、鋭い笑みが浮かんでいる。
「ミナト殿、お待ちしておりましたぞ。して、素晴らしい品々ができたご様子ですな」
俺が船で新しい商品を、作っていたことはすでに彼の耳に入っているらしい。
この都市の情報網の速さには、本当に驚かされる。
「ええ、最高のものができました。ぜひ、味わってみてください」
俺は自信を持って、言った。
そして持ってきた試作品を、大きなテーブルの上に並べていく。
新しい味付けの燻製に、熟成期間の違う魚醤、そして数種類の練り物だ。
それらを見たダリウスさんの目が、獲物を見つけたかのように輝いた。
「ほう、これはまた。昨日見せていただいたものより、さらに種類が増えておりますな」
彼は一つ一つの商品を、興味深そうに手に取って眺めている。
「まずは、こちらの燻製からどうぞ。この都市で手に入れた、珍しい香草を使ってみました」
俺は一番自信のある品を、彼に勧めた。
ダリウスさんはうなずき、それをゆっくりと口に運ぶ。
その瞬間彼の顔が、驚きでぱっと明るくなった。
「うむ、美味い。これは、素晴らしい。魚の旨味と、香草の爽やかな香りが絶妙に合わさっておる」
彼は心の底から、感心しているようだった。
隣に立つエリアーナさんも、少しだけ試食している。
彼女もその味に満足したのか、声には出さず何度も頷いていた。
「次に、こちらの練り物もどうぞ。魚のすり身から作った、新しい食べ物です」
俺はかまぼことちくわを、美しい皿に盛り付けて差し出した。
二人は初めて見るその食べ物に、少し戸惑っているようだった。
だが一口食べると、その表情は再び驚きに変わった。
「な、なんだこの食感は。ぷりぷりとして、とても面白い。そして、噛むほどに魚の味が口の中に広がるぞ」
「こちらの筒状のものは、少し焼いてあるのですね。香ばしくて、これもまた格別ですわ」
二人の褒め言葉に、俺は満足して笑みを浮かべた。
俺の故郷の味が、この世界の人々にも受け入れられたのだ。
「ミナト殿、あなたという方は。本当に、我々を驚かせてくれる」
ダリウスさんは、興奮した様子で立ち上がった。
そしてテーブルに並べた俺の商品を、力強く指差す。
「これらの商品は、必ずやこの都市で大評判になるでしょう。いや、この国中の人々が、その味の虜になるに違いありませんぞ」
彼は商売人として、確かな成功を予感しているようだった。
その目には野心と期待の炎が、燃え盛っている。
「ありがとうございます、ダリウスさん。それで、具体的な売り方はどうしましょうか」
俺が尋ねると、ダリウスさんは待ってましたとばかりに頷いた。
「うむ、それについてはすでに考えております。まずは、この都市の一部で試験的に販売を始めてみてはどうでしょうかな」
「試験販売、ですか」
「ええ。いきなり大規模に売り出すより、まずは市場の反応を慎重に見るのです。そうすれば、今後の戦略も立てやすくなりますからな」
さすがは、大商会の主である。
商売の進め方が、とても慎重で確実だ。
俺も、その考えには完全に同意した。
「分かりました、それが良いでしょう。それで、どこで売るのですか」
「それについては、エリアーナに任せてあります。彼女は、この都市の市場については私よりも詳しいですからな」
ダリウスさんが、隣に立つエリアーナさんに視線を送った。
エリアーナさんは、静かに一歩前に出る。
そして、よどみない口調で説明を始めた。
「ミナト様の商品は、これまでにない全く新しいものです。ですので、まずは食に対して意識の高い層に売り込むのが効果的かと存じます」
「食に、意識の高い層」
「はい。つまり、この都市に住む貴族やお金持ちの方々です。彼らは常に、新しい味や珍しい食材を求めておりますからな」
なるほど、まずは影響力のある人々を狙うわけか。
そこから口コミで評判を広げていく、とても賢い戦略だった。
「具体的には、第三地区にある高級食料品店『金の麦の穂』で販売するのがよろしいかと」
「金の麦の穂、ですか」
聞いたことのない店の名前だった。
「その店は、王家にも食材を納めている歴史のある店です。そこで扱われる商品は、すべてが一級品でなければなりません。ミナト様の商品なら、その店の看板商品にさえなれるでしょう」
エリアーナさんは、自信に満ちた表情で言った。
どうやら、彼女の中で販売計画はすでに完璧に出来上がっているらしい。
その仕事の早さと的確さには、俺も感心させられた。
「素晴らしい計画ですね、エリアーナさん。ぜひ、それでお願いします」
俺が言うと、彼女は少し嬉しそうに微笑んだ。
「かしこまりました。では、すぐに『金の麦の穂』の店主と交渉に入ります。おそらく、三日後には最初の納品ができるかと」
「三日後ですか。分かりました、それまでに十分な量の商品を用意しておきます」
話は、驚くほどスムーズに進んだ。
俺の商売の船は、信頼できる案内人を得て順調な航海を始めたのだ。
ダリウス商会を出た後、俺たちは別宅への帰り道を歩いていた。
空は、美しい夕焼け色に染まっている。
「いやあ、ミナト。あんたは、本当にすげえな」
隣を歩くバルガスが、心の底から感心したように言った。
「俺には、商売の難しいことはさっぱり分からねえがよ。あのダリウスって大商人を、完全に手玉に取ってたじゃねえか」
「人聞きの悪いことを言うなよ、バルガス。あれは、対等なビジネスの話だ」
俺は、苦笑しながら答えた。
「でも、ミナトはすごかったよ。ダリウスさんも、エリアーナさんもミナトの話を一生懸命聞いてたもん」
ルナが、俺の手を握りながら嬉しそうに言った。
頼もしい仲間からの言葉が、俺の心を温かくする。
「さて、と。三日後までには、かなりの量の商品を作らないといけないな。明日から、また忙しくなるぞ」
俺が言うと、バルガスは楽しそうに腕をまくった。
「おうよ、任せとけ。最高の燻製と練り物を、山ほど作ってやるぜ」
彼の料理への情熱は、新しい目標ができてさらに燃え上がっているようだった。
別宅に戻った俺たちは、その夜もバルガスが作る絶品の夕食を楽しんだ。
そして、翌日から始まる本格的な生産に向けて気力を養ったのだ。
次の日の朝、俺たちはいつもより早く目を覚ました。
そして、リバーサイド号へと向かう。
いよいよ、ダリウス商会への初納品に向けた本格的な生産が始まるのだ。
船に着くと、俺たちはすぐにそれぞれの持ち場へと向かった。
俺とバルガスは、最新鋭の加工室に入る。
ルナは、生け簀の魚たちと協力して最高の原材料を選び出してくれた。
「ミナト、このお魚さんが一番脂が乗ってて美味しいって」
ルナが選んでくれた魚は、どれも見るからに新鮮で素晴らしいものばかりだった。
俺とバルガスは、その最高の材料を使って次々と商品を生産していく。
星鉄で作られた機械は、休むことなく動き続けた。
その生産能力は、俺の想像をはるかに超えるものだ。
あっという間に、燻製や練り物が山のように出来上がっていく。
工房の中は、食欲をそそる香ばしい匂いと熱気で満ちていた。
俺たちは、食事の時間も忘れるほど作業に夢中になった。
だがそれは、前の世界で経験したような辛い仕事とは全く違う。
自分たちの夢を、自分たちの手で形にしていく。
その喜びが、俺たちの体から疲れを忘れさせてくれたのだ。
作業は、二日間続いた。
そして、納品日の朝が来た。
俺たちの前には、約束の量をはるかに超える商品が完成していた。
木箱に詰められたそれらは、まるで宝の山のようだ。
「よし、できたな。これだけあれば、十分だろう」
俺は、額の汗を拭いながら満足げに言った。
「ああ。俺たちの、魂がこもった逸品だぜ」
バルガスも、誇らしげな顔で腕を組んでいる。
俺たちは、完成した商品をリバーサイド号から運び出した。
ダリウス商会が、荷物を運ぶための大きな馬車を用意してくれていたのだ。
商会の若い職員たちが、俺たちの作った商品の量に驚いている。
「すごい量ですね、これをたった二人で作ったのですか」
その驚きの声に、俺は少しだけ得意な気分になった。
荷物の積み込みを終え、俺たちはダリウス商会の倉庫へと向かう。
そこでは、エリアーナさんがすでに待ち構えていた。
彼女は、俺たちが納品した商品を一つ一つ厳しく確認していく。
その目は、やり手の商人そのものだった。
そして全ての検品を終えると、彼女は満足そうに微笑んだ。
「素晴らしい品質です、ミナト様。これなら、『金の麦の穂』の店主も文句のつけようがないでしょう」
彼女から最高の評価をもらえて、俺もほっと胸をなでおろした。




