第26話
翌朝、俺は柔らかな日差しと小鳥のさえずりで目を覚ました。
窓から差し込む朝の光が、部屋を明るく照らしている。
ぐっと大きく伸びをすると、体の節々が気持ちよく音を立てた。
昨夜は、本当にぐっすりと眠れたようだ。
心も体も、すっかり軽くなっているのを感じる。
俺がリビングに降りていくと、そこにはすでにバルガスとルナが起きていた。
バルガスは、案の定あの素晴らしいキッチンに立っている。
どうやら、早速朝食を作ってくれているらしい。
「ようミナト、おはようさん。昨日は、ぐっすり眠れたか。」
「おはようバルガス、ああ最高の気分だよ。」
「はっはっハ、そりゃあ結構なことだ。さあ、もうすぐ世界一の朝飯ができるぞ。」
バルガスは、心底ご機嫌な様子で大きなフライパンを振っている。
ルナは、テーブルの椅子にちょこんと座って絵本を読んでいた。
この家の書斎には、子供向けの物語の本もたくさんあったのだ。
俺の姿を見つけると、彼女は嬉しそうに顔を上げた。
「ミナト、おはよう。」
「おはようルナ、何を読んでるんだ。」
「うん、空飛ぶお魚さんが出てくる、とっても面白いお話だよ。」
彼女は、目を輝かせながら絵本の内容を俺に教えてくれた。
やがて、バルガスが作った豪華な朝食がテーブルの上に並べられる。
こんがりと焼かれたパンに、ふわふわのスクランブルエッグがあった。
肉汁あふれる厚切りのベーコンと、野菜たっぷりの温かいスープもある。
どれも、最高の食材を使って作られた、まさに絶品だ。
俺たちは、三人でゆっくりと朝食の時間を楽しんだ。
まるで、昔からずっと一緒に暮らしている本当の家族のような穏やかな食卓だった。
食事を終えた後、俺はこれからの予定を二人に話すことにした。
「今日は、一度リバーサイド号に戻ろうと思う。これから売る商品の準備を、本格的に始めないといけないからな。」
「おお、いよいよこの都市で俺たちの商売が始まるってわけだな。」
バルガスが、腕を組んで楽しそうに言った。
「わたしも行く、船のお魚さんたちに早く挨拶したいもん。」
ルナも、元気よく小さな手を挙げた。
「よし、決まりだな。それじゃあ、それぞれ準備ができたら出発しよう。」
俺たちは、自分の部屋に戻って外出のための身支度を整えた。
そして、三人で新しい我が家である豪華な別宅を後にする。
目指すは、俺たちの本当の家であるリバーサイド号が待つ港だ。
朝の都市は、昨日見た夜の姿とはまた違う活気のある顔を見せていた。
どこもかしこも、これから始まる一日の熱気に満ち溢れている。
石畳の道は、仕事へ向かう人々でごった返していた。
荷物を満載した馬車が、大きな車輪の音を立ててすぐ横を通り過ぎていく。
道の両脇にある店も、すでに開店準備を万端に整えているようだった。
パン屋からは、焼きたてのパンの香ばしい匂いが俺たちの食欲をそそる。
鍛冶屋からは、朝の澄んだ空気を破るリズミカルな槌の音が聞こえてきた。
そのすべてが、この巨大な都市が生きている証のように感じられた。
俺たちは、その活気ある人混みをかき分けながら港へと続く道を歩いた。
ルナが、大きな人の波に流されてしまわないように俺は彼女の小さな手をずっとしっかりと握る。
「ミナト、あっちのお店、可愛いぬいぐるみがたくさんあるよ。」
ルナが、一軒の雑貨屋を指差した。
店の軒先には、様々な動物のぬいぐるみや綺麗なガラス細工が飾られている。
「そうだな、帰りにでも寄ってみるか。何か一つ、買ってやろう。」
「本当、やったあ。」
ルナは、嬉しそうにこくんと頷いた。
このきらびやかな都市には、彼女の心を惹きつけるものがたくさんあるようだ。
しばらく歩くと、見覚えのある港の景色が俺たちの目の前に広がってきた。
潮の香りと、船乗りたちの威勢のいい声が俺たちを優しく迎えてくれる。
俺たちのリバーサイド号は、昨日停泊した場所に落ち着いた姿で浮かんでいた。
そのなめらかで美しい船体は、周りのどの船よりも輝いて見える。
俺は、自分の船の堂々とした姿を見て少しだけ誇らしい気持ちになった。
俺たちは、船着き場からリバーサイド号へと軽快に乗り込む。
船の上は、俺たちが出かけた時と何も変わっていなかった。
とても、落ち着いた空気が流れている。
「よし、ただいま。リバーサイド号。」
俺は、船に向かって小さな声で優しく挨拶した。
まるで、船が「おかえりなさい」と答えてくれたような気がした。
「さてと、早速仕事に取り掛かるか。」
俺は、気合を入れ直して腕の袖をまくった。
まずは、ダリウス商会に納品する商品の準備をしなければならない。
俺は、先日ロックベルで手に入れた星鉄で作った最新鋭の加工室へと向かう。
バルガスも、興味津々といった様子で俺の後ろをついてきた。
「ミナト、その新しい機械とやらを俺にもじっくり見せてくれ。」
「ああ、いいぞ。だが、あまりのすごさに腰を抜かすなよ。」
俺は、加工室の扉をゆっくりと開けた。
そこには、銀色に鈍く輝く機械たちが整然と並んでいる。
星鉄で作られたそれらは、まるで未来の工場のような不思議な光景だった。
俺は、まず船内の生け簀から新鮮で活きの良い魚を数匹持ってきた。
そして、一番手前にある魚の自動解体機にそれを素早く投入する。
スイッチを入れると、機械はなめらかな駆動音を立てて滑らかに動き出した。
魚はベルトコンベアで運ばれ、あっという間に頭と内臓が綺麗に取り除かれる。
そして三枚におろされ、骨と身が見事に分けられていった。
その一連の作業は、人間の目では追えないほどの速さで終わってしまった。
「な、なんだこりゃあ。俺が、苦労して時間をかけてやっていた作業が一瞬じゃねえか。」
バルガスは、目の前で起きた信じられない光景に目を丸くしている。
「だろ、これが星鉄の力だ。軽くて頑丈だから、機械をこれだけ高速で動かせるんだ。」
俺は、少しだけ得意げに説明した。
次に、俺は綺麗になった切り身を隣の機械へと移す。
これは、魚のすり身を作るための、特別な機械だ。
高速で回転する特殊な刃が、魚の身をあっという間に滑らかなペースト状にしていく。
「ほう、こいつは面白いな。このどろどろしたやつで、何を作るつもりなんだ。」
「まあ、見てろって。きっと、驚くぞ。」
俺は、できあがったすり身に塩やこの世界にはない調味料を加えてよく練り上げた。
そして、それを木の板の上に綺麗に伸ばして特別な蒸し器で蒸し上げる。
しばらくすると、白くてぷりぷりした弾力のある塊ができあがった。
かまぼこの、見事な完成である。
俺は、それを薄く切ってバルガスに味見をさせてみた。
「うめえ、なんだこのぷりぷりした不思議な食感は。魚の旨味が、ぎゅっと詰まってるぜ。」
バルガスは、人生で初めての食感にいたく感動しているようだった。
「だろ。こいつは、このまま食べても美味いし煮物に入れてもいい。色々な料理に応用できるんだ。」
俺は、続けてちくわやさつま揚げも手際よく作ってみせた。
どれも、料理にうるさいバルガスを唸らせるには十分すぎるほどの出来栄えだった。
「ミナト、あんたは本当に天才だな。こんなもん、どうやったら思いつくんだ。」
「ははは、俺の故郷じゃあ、ごく普通のありふれた食べ物だったんだがな。」
俺は、いつものように笑ってごまかした。
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第27話(修正版)
俺たちは、その後も夢中で新しい商品の開発に没頭した。
リバーサイド号の最新鋭の加工室は、まさに魔法の工場だ。
俺の頭の中にあるアイデアを、次々と形にしてくれる。
燻製も、新しいハーブやこの都市で手に入れた珍しいスパイスを試してみた。
魚醤も、熟成期間の違うものをいくつか用意して味比べをする。
俺の持つ前の世界の知識と、バルガスの持つ料理人としての鋭い感覚。
その二つが合わさることで、俺たちの商品はどんどん完成度を高めていった。
リバーサイド号の加工室は、まさに新しい食文化を生み出すための最高の実験室となったのだ。
その間、ルナは船内に作った大きな生け簀の魚たちと楽しい時間を過ごしていた。
彼女は、ガラス窓に小さな顔をくっつけて魚たちと何かを話している。
時々、くすくすと楽しそうに笑い声を上げていた。
魚たちも、彼女の周りにたくさん集まってきて嬉しそうにひれを振っている。
その光景は、とても平和で俺の心を和ませるものだった。
「ミナト、お魚さんたちがね。このお部屋、すごく快適だって言ってるよ。」
しばらくして、ルナが俺のところに報告に来てくれた。
「そうか、それは良かったな。みんな、元気にしているか。」
「うん。だから、お礼にミナトの何か手伝いをしたいんだって。」
「手伝い、だって。」
俺が不思議に思って聞き返すと、ルナはこくんと力強く頷いた。
「この川にはね、食べるとすごく元気になる特別な水草が生えてる場所があるんだって。そこまで、船を案内してくれるって言ってるよ。」
食べると元気になる、特別な水草か。
それは、またずいぶん面白そうな話だった。
もしかしたら、新しい商品のための素晴らしい材料になるかもしれない。
「分かった、ルナ。今度、その場所に詳しく連れて行ってもらおう。」
「うん、任せて。」
ルナは、嬉しそうににこりと微笑んだ。
彼女の持つこの不思議な力は、俺の商売の大きな助けになってくれそうだ。
昼過ぎになり、俺たちは完成した商品の試作品をいくつか抱えて船を降りた。
これから、ダリウス商会へ最初の納品をしに行くのだ。
俺の、この巨大な都市での商売がいよいよ本格的に始まる。
俺は、期待と少しばかりの緊張を胸にダリウス商会の立派な建物を見上げた。
建物の前では、昨日と同じ警備兵が背筋を伸ばして立っていた。
だが、今日の彼らの態度は昨日とはまるで違っている。
俺たちの姿を見つけると、慌てて駆け寄ってきた。
そして、深々と頭を下げて丁寧な敬礼をする。
「ミナト様、お待ちしておりました。さあ、どうぞ中へお進みください。」
そのあまりの変わり身の速さに、俺は思わず苦笑してしまった。
どうやらダリウスさんから、よほど厳しく言いつけられたらしい。
俺たちは、警備兵の丁寧すぎる案内に従って建物の中へと入っていった。
中では、エリアーナさんが俺たちを待っていてくれた。
「ミナト様、お待ちしておりました。ダリウス様が、執務室でお待ちです。」
彼女の表情も、昨日よりずっと柔らかくなっているように見える。
どうやら、俺たちのことを完全に認めてくれたようだ。
俺たちは、エリアーナさんに案内されて再びあの豪華な執務室へと通された。
ダリウスさんは、昨日と同じように大きな机の向こうで俺たちを待っていた。
その顔には、商売人としての鋭い笑みが浮かんでいる。
「ミナト殿、お待ちしておりましたぞ。して、素晴らしい品々ができたようですな。」
どうやら俺が船で新しい商品を作っていたことは、すでに彼の耳にしっかり入っているらしい。
この都市の、恐るべき情報網の速さには本当に驚かされる。
「ええ。最高のものが、できましたよ。ぜひ、ご賞味ください。」
俺は、自信を持って言った。
そして、持ってきたたくさんの試作品を大きなテーブルの上に並べていく。
新しい味付けの燻製に、熟成期間の違う魚醤、そして数種類の練り物だ。
それらを見たダリウスさんの目が、商売人として獲物を見つけたかのようにきらきらと輝いた。
「ほう、これはまた。昨日見せていただいたものよりも、さらに種類が増えておりますな。」
彼は、一つ一つの商品を興味深そうに手に取って眺めている。
「まずは、こちらの燻製からどうぞ。この都市で手に入れた、珍しい香草を使ってみました。」
俺は、一番自信のある品を彼に勧めた。
ダリウスさんは、うなずくとそれをゆっくりと口に運ぶ。
その瞬間、彼の顔が驚きでぱっと明るくなった。
「うむ、美味い。これは、素晴らしい。魚の旨味と、香草の爽やかな香りが絶妙に合わさっておる。」
彼は、心の底から感心しているようだった。
隣に立つエリアーナさんも、少しだけ試食している。
彼女も、その味に満足したのか声には出さず何度も頷いていた。
「次に、こちらの練り物も試してみてください。魚のすり身から作った、新しい食べ物です。」
俺は、かまぼことちくわを美しい皿に盛り付けて差し出した。
二人は、初めて見るその食べ物に少しだけ戸惑っている。
だが、一口食べるとその表情は再び驚きに変わった。
「な、なんだこの食感は。ぷりぷりとして、とても面白い。そして、噛めば噛むほど魚の味が口の中に広がる。」
「こちらの、筒状のものは少しだけ焼いてあるのですな。香ばしくて、これもまた格別です。」
二人の賞賛の言葉に、俺は満足して笑みを浮かべた。
俺の故郷の味が、この世界の人々にも受け入れられたのだ。
「ミナト殿、あなたという方は、本当に我々を驚かせてくれる。」
ダリウスさんは、興奮した様子で立ち上がった。
そして、テーブルに並べられた俺の商品を力強く指差す。
「これらの商品は、必ずやこの都市で大評判になるでしょう。いや、この国中の人々が、その味の虜になるに違いありませんぞ。」
彼は、商売人として確かな成功を予感しているようだった。
その目には、野心と期待の炎が燃え盛っている。




