第24話
店の名前は、どうやら「水辺の隠れ家」というらしい。
その名の通り店は、落ち着いた路地裏にあった。
俺たちが馬車を降りると、店の入り口から上品な身なりの主人が出てくる。
そして深々と頭を下げて、俺たちを迎えてくれた。
「ダリウス様、ようこそお越しくださいました。お待ちしておりました。」
「うむ、主。今夜は、私の大事な客人を連れてきた。最高の料理と酒を、頼むぞ。」
「かしこまりました。腕によりをかけて、おもてなしさせていただきます。」
主人の丁寧な案内に従って、俺たちは店の中へと入った。
店の中は、外と同じように落ち着いた雰囲気だった。
薄暗い明かりが、磨かれた木のテーブルを優しく照らしている。
客の数は、それほど多くない。
客は皆、落ち着いて話をしながら食事を楽しんでいた。
俺たちは、一番奥にある個室へと通された。
そこは、川に面した窓のある特別な部屋のようだ。
窓の外には、都市のきらびやかな夜の景色が広がっている。
「ほう、これは素晴らしい眺めですな。」
俺は、思わず感心の声を漏らした。
「でしょう。この景色も、この店の自慢の一つなのですよ。」
ダリウスさんは、満足そうにうなずいた。
俺たちは、テーブルの席に着く。
すぐに、給仕の女性が冷たい飲み物を持ってきた。
俺とバルガスは、エールを頼んだ。
ダリウスさんとエリアーナさんは、葡萄酒だ。
ルナには、甘い果物の水が用意された。
俺たちは、それぞれのグラスを軽く掲げて乾杯した。
「我々の、輝かしい未来に。」
ダリウスさんの言葉を合図に、楽しい宴が始まった。
すぐに、最初の料理が運ばれてきた。
それは、色とりどりの野菜を使った美しい前菜の盛り合わせだった。
一つ一つが、まるで宝石のように輝いている。
「すごい、きれい。」
ルナが、嬉しそうな声を上げた。
俺も、その芸術のような盛り付けに感心する。
味も、もちろん最高だった。
野菜が本来持つ甘みと旨味が、口の中にじゅわっと広がる。
新鮮で、質の良い材料を使っているのがすぐに分かった。
「うめえ、なんだこの野菜は。まるで、果物みたいに甘いぜ。」
バルガスも、目を丸くして驚いていた。
「これは、王家の農園で特別に育てられた野菜です。市場には、めったに出回らない品ですよ。」
エリアーナさんが、静かに説明してくれた。
さすがは、高級店と言うべきだろう。
材料へのこだわりが、普通ではない。
次に運ばれてきたのは、魚や貝のスープだった。
黄金色に輝く、透き通ったスープである。
中には、大ぶりの海老や帆立がたくさん入っていた。
一口飲むと、魚介の濃い旨味が口いっぱいに広がった。
だが後味は、驚くほどさっぱりしている。
「こいつは、すごいな。今まで飲んだどのスープより、美味いかもしれん。」
バルガスが、心の底から感心したように言った。
料理好きの彼に、ここまで言わせるとはたいしたものだ。
「ミナト様、いかがですかな。この店の料理は。」
ダリウスさんが、俺の感想を尋ねてきた。
「ええ、素晴らしいの一言です。ですが。」
俺は、少しだけいたずらっぽく笑って見せた。
「このスープへ俺の魚醤を入れれば、もっと美味しくなるでしょうね。」
俺の言葉に、ダリウスさんは目を輝かせた。
「ほう、それはぜひ試してみたいものですな。主、すまないが少しだけ小皿を借りられるかな。」
ダリウスさんの頼みに、店の主人は喜んで応じてくれた。
俺は、懐から魚醤の小瓶を取り出す。
そして自分のスープに、ほんの数滴だけ垂らしてみた。
途端に、スープの香りががらりと変わる。
魚介の香りに、深い発酵の香りが加わったのだ。
より複雑で、食欲をそそる匂いになった。
俺は、そのスープを一口飲む。
「……うん、やはりな。」
俺の思った通り、味は格段に良くなっていた。
魚醤の旨味が、スープ全体の味を一つにまとめている。
そして後味に、深い余韻を残した。
俺は、その小皿をダリウスさんたちに回す。
三人も、恐る恐るそのスープを味わった。
そして、全員が言葉を失ってしまった。
「こ、これは……。」
ダリウスさんは、驚きのあまり言葉が続かないようだった。
エリアーナさんも、信じられないという顔で自分の舌を確かめている。
「ば、化け物か。ただの調味料で、ここまで味が変わるなんてよ。」
バルガスが、あきれたように言った。
俺は、満足してうなずく。
「これが、俺の商品の力ですよ。」
この小さな実演は、何よりの宣伝になっただろう。
ダリウスさんたちの、俺の商品に対する信頼はさらに高まったはずだ。
その後も、次々と絶品の料理が運ばれてきた。
柔らかく煮込まれた、子羊の肉。
香ばしく焼き上げられた、川魚の料理もあった。
どれも、最高の材料と最高の腕で作られたものばかりだ。
俺たちは、夢中になって料理を味わった。
美味しい料理は、自然と会話を楽しくさせる。
俺たちは、商売の話だけでなく色々なことを話した。
ダリウスさんが、若い頃に経験した失敗の話。
エリアーナさんが甘いものに目がないという、意外な一面も知ることができた。
バルガスは、騎士団時代の自慢話を語って聞かせた。
ルナは、旅の途中で見た美しい景色について話す。
俺も、前の世界のことを少しだけ話した。
もちろん、異世界から来たとは言わなかったが。
故郷には海という、大きな水の塊があったこと。
そこには、見たこともないような不思議な生き物がたくさんいたこと。
俺の話に、皆は興味を持って耳を傾けてくれた。
「ほう、海ですか。私も、一度は見てみたいものですな。」
ダリウスさんが、遠い目をして言った。
この世界では、海は魔物が多く住む危険な場所とされている。
船で、自由に旅するなど夢のような話なのだ。
いつか俺の力で安全な船を作り、皆を海に連れて行ってあげたい。
俺は、そんなことを思った。
宴は、夜遅くまで続いた。
俺たちは、美味しい料理と酒を心ゆくまで楽しんだ。
そして、お互いのことをより深く知ることができた。
仕事の仲間としてだけでなく、友人としての絆が生まれたように思う。
宴がお開きになった後、ダリウスさんが俺たちに一つの提案をしてきた。
「ミナト殿、もしよろしければなのですが。この都市にいる間、私の別宅をお使いになりませんか。」
「別宅、ですか。」
「ええ。船での生活も、気楽で良いでしょうが何かと不便なこともあるでしょう。私の別宅は、この店のすぐ近くにあります。落ち着いていて、過ごしやすい家ですよ。」
願ってもない、申し出だった。
確かに、これだけ大きな都市だ。
船を停めているだけでも、色々と危ないことがあるかもしれない。
安全な場所があるに越したことはないだろう。
「ですが、よろしいのですか。そこまで、ご迷惑をおかけするわけには。」
俺が遠慮すると、ダリウスさんは大きく笑った。
「はっはっは、迷惑だなんてとんでもない。あなたは、私の大事なパートナーなのですから。遠慮なさらず、使ってください。」
その言葉に、俺は甘えることにした。
「分かりました。では、お言葉に甘えさせていただきます。」
こうして俺たちは、この都市にいる間の仮の住まいを手に入れることになった。
ダリウスさんの案内で、俺たちはその別宅へと向かう。
そこは、レストランから歩いて数分の場所にあった。
石造りの、二階建ての立派な家だった。
周りは高い塀で囲まれており、入り口には頑丈な鉄の門がある。
「ここです。さあ、中へどうぞ。」
ダリウスさんが、鍵で門を開けてくれた。
俺たちは、少しだけどきどきしながら敷地の中へと足を踏み入れた。
門から玄関までの短い道には、手入れの行き届いた美しい庭が広がっていた。
色とりどりの花が、夜の闇の中でひっそりと咲いている。
そして、玄関の扉を開けた瞬間。
俺たちは、その光景に息を呑んだ。




