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第22話

警備兵の言葉は、とても冷たくて威圧的だった。

俺たちの身なりを見て、完全に馬鹿にしているのが分かる。

もし俺が一人だったら、少しはこわくなってしまったかもしれない。

だが、今の俺の隣には頼もしい仲間がいた。

バルガスが、一歩前に進み出た。

その大きな体が、警備兵の前に立ちはだかる。

「おい、てめえ。客に対する、その口の利き方はなんだ」

バルガスの低い声には、怒りがこもっていた。

そのはくりょくに、警備兵は少しだけたじろいだようだった。

だが、すぐに強がって言い返す。

「なんだと、てめえ。我々は、ダリウス様の建物を守っているのだ。怪しい者を、通すわけにはいかん」

「誰が怪しい者だ、俺たちはダリウスさんと約束があってここに来たんだ」

バルガスと警備兵が、にらみ合いを始めた。

一触即発の、危険な雰囲気がただよう。

俺は、慌てて二人の間に割って入った。

「まあまあ、二人とも落ち着いてください」

俺は、できるだけおだやかな声で言った。

ここで騒ぎを起こすのは、良いことではない。

俺は、警備兵に向かって丁寧に頭を下げた。

「突然の訪問、申し訳ありません。俺はミナトと申します、ダリウス様とは先日霧の渓谷でお会いする約束をしました」

俺がそう言うと、警備兵の顔つきが少しだけ変わった。

どうやらダリウスさんから、話は伝わっているらしい。

「ミナト殿だと、確か旦那様からそのような名前を伺っている。船で旅をしている、腕の立つ商人だと」

警備兵は、俺の全身を改めて値ぶみするように見た。

その目には、まだうたがいの色が浮かんでいる。

「本当に、そのミナト殿本人なのか。何か、証拠はあるのか」

証拠と、言われても困ってしまう。

ダリウスさんからもらった、羊皮紙はもう手元にないのだ。

どうしたものかと、俺が考えていると。

「証拠なら、ここに最高のがあるぜ」

バルガスが、にやりと笑って言った。

そして、ふところから布に包まれた何かを取り出す。

それは、俺が作った魚のくんせいだった。

バルガスは、それを警備兵の鼻先に突きつける。

香ばしいくんせいの匂いが、あたりに広がった。

「なんだ、このいい匂いは」

警備兵は、思わずごくりと喉を鳴らした。

「こいつが、俺たちの旦那が作る幻のくんせいだ。ダリウスさんは、こいつの味にほれ込んで俺たちと契約を結んだんだぜ」

バルガスの言葉に、警備兵は半信半疑の顔をしていた。

だが、その目はくんせいに釘付けになっていた。

食欲には、あらがえないらしい。

ちょうどその時だった。

「何を騒いでいるのですか」

建物の内側から、りんとした女性の声がした。

重い扉が、ゆっくりと開かれる。

そこに立っていたのは、秘書らしい服装をした知的な雰囲気の女性だった。

年のころは、俺と同じくらいだろうか。

きりりとした眉と、涼しげな目元が印象的だ。

「ああ、エリアーナ様。いえ、これは」

警備兵は、女性の姿を見ると慌てて背筋を伸ばした。

エリアーナと呼ばれた女性は、俺たちに視線を移す。

そしてバルガスが持つくんせいを見て、わずかに眉をひそめた。

「あなた方は、どなたでしょうか。ここは神聖な商いの場なので、食べ物の持ち込みはご遠慮ください」

その口調は、丁寧だがどこか冷たい。

いかにも、仕事ができそうな女性という感じだった。

「申し訳ありません、俺たちはダリウス様と約束がありまして」

俺が、改めて説明しようとすると。

エリアーナさんは、俺の言葉を手でさえぎった。

「ダリウス様は、今お忙しいのです。予約のない方は、お引き取りください」

彼女は、まったく話を聞いてくれないという態度だった。

これは、困ったことになった。

俺がどうしようかと考えていると、ルナが俺の前にちょこんと立った。

そして、エリアーナさんをじっと見上げる。

「あのねお姉さん、わたしたちダリウスさんとお友達なの」

ルナの、けがれのない純粋な言葉だった。

その言葉に、エリアーナさんの表情がほんの少しだけゆらいだように見えた。

彼女は、ルナのまっすぐな瞳をしばらく見つめている。

そして、小さくため息をついた。

「……分かりました、ダリウス様に一度おつなぎしてみましょう。こちらへ、どうぞ」

どうやらルナの言葉が、彼女の心を動かしたらしい。

俺たちは、エリアーナさんに案内されて建物の中へと入った。

建物の中は、外見以上に豪華けんらんだった。

床は、磨き上げられた大理石でできている。

天井からは、巨大なシャンデリアがつるされていた。

壁には、有名な画家が描いたであろう絵画が飾られている。

多くの職員たちが、忙しそうに働いていた。

誰もが、高価で品の良い服を着ている。

その光景に、俺たちは完全に気圧されてしまった。

「すげえ、王宮でもここまでじゃねえぞ」

バルガスが、小声でつぶやく。

俺も、全く同感だった。

俺たちは、エリアーナさんに従って長い廊下を歩いていく。

そして一番奥にある、ひときわ豪華な扉の前で足を止めた。

「ここが、ダリウス様の執務室です。あなた方は、ここでお待ちください」

エリアーナさんは、そう言うと扉を軽くノックした。

「ダリウス様、エリアーナです。お客様が、お見えです」

「うむ、入れ」

中から、聞き覚えのあるダリウスさんの声がした。

エリアーナさんは、俺たちをちらっと見ると部屋の中へと入っていく。

そして、すぐに戻ってきた。

「ダリウス様が、お会いになるそうです。どうぞ、中へ」

俺たちは、少し緊張しながら部屋の中へと足を踏み入れた。

部屋の中は、信じられないほど広かった。

壁一面が、本棚でうめつくされている。

床には、ふかふかのじゅうたんが敷かれていた。

部屋の奥には、大きな仕事机がある。

その向こう側で、ダリウスさんが葉巻をくゆらせていた。

俺たちの姿を見ると、彼は満面の笑みを浮かべた。

「おおミナト殿、よくぞ来てくださいましたな。お待ちしておりましたぞ」

ダリウスさんは、椅子から立ち上がると俺たちに近づいてきた。

そして、俺の手を力強くにぎりしめる。

「長旅、ご苦労だったでしょう。ささ、どうぞお座りください」

彼は、俺たちを革張りの豪華なソファへと案内した。

すぐに、メイドがお茶を運んでくる。

その手厚い歓迎ぶりに、俺たちは少し戸惑ってしまった。

「ダリウスさん、お元気そうで何よりです」

「はっはっは、あなた方と再会できる日を指折り数えて待っておりましたからな」

ダリウスさんは、心の底から嬉しそうだった。

その時、部屋の隅にひかえていたエリアーナさんが口を開いた。

「ダリウス様、この方々が例の」

「うむ、そうだ。紹介しようエリアーナ、彼こそが私が話していたミナト殿だ」

ダリウスさんが、俺を紹介する。

エリアーナさんは、改めて俺の方を見た。

その目には、まだ少しだけうたがいの色が残っているようだった。

「この度は、私の部下が失礼をいたしました。ダリウス様のお客様とは、存じ上げず」

彼女は、そう言って丁寧に頭を下げた。

だが、その表情はどこか固い。

どうやら、まだ俺たちのことを完全には信用していないらしい。

「いや、こちらこそ突然おしかけて申し訳ありません」

俺も、頭を下げた。

「してミナト殿、例の品はお持ちですかな」

ダリウスさんが、期待に満ちた目で聞いてくる。

「ええ、もちろん。最高の出来のものを、お持ちしました」

俺は、ふところから布に包んだくんせいをいくつか取り出した。

そして、テーブルの上に並べて見せる。

香ばしいくんせいの匂いが、部屋いっぱいに広がった。

その匂いをかいだ瞬間、エリアーナさんの鼻がぴくりと動いたのを俺は見逃さなかった。

彼女も、このくんせいの魅力にはあらがえないようだ。

「おお、これですこれです。この香り、忘れられませんぞ」

ダリウスさんは、子供のように目を輝かせた。

そして、くんせいを一本手に取る。

「エリアーナ、君も食べてみるといい。ミナト殿の作るこのくんせいは、まさに神の食べ物だ。一度食べたら、もう忘れられなくなるぞ」

ダリウスさんに勧められて、エリアーナさんは少し戸惑ったような顔をした。

だが、主人の命令にはさからえないらしい。

彼女は、おそるおそるくんせいを一口かじった。

その瞬間だった。

彼女の涼しげな目が、驚きで大きく見開かれた。

そして、その頬がほんのりと赤くそまる。

「な、なんですのこれ。こんな、美味しいもの……」

彼女は、信じられないというようにつぶやいた。

そして、あっという間に一本を平らげてしまう。

その食べっぷりは、彼女の知的な雰囲気とは少し違っていた。

「どうだ、私の言った通りだろう」

ダリウスさんは、満足そうにうなずいた。

エリアーナさんは、しばらくぼうぜんとしていた。

そしてはっと我に返ると、顔を真っ赤にして俺に向き直る。

「み、ミナト様。先ほどは大変失礼な態度をとり、誠に申し訳ございませんでした」

彼女は、今度は心の底から深く頭を下げた。

どうやらこのくんせいの味は、彼女の固い心もとかしてしまったらしい。

俺は、思わず苦笑してしまった。

「いえ、お気になさらず。気に入っていただけたようで、何よりです」

こうして俺たちは、ダリウス商会のナンバーツーであるエリアーナさんにも認められることになった。

俺の商売の、大きな一歩だった。

「さてミナト殿、早速ですが商売の話を始めましょうか」

ダリウスさんは、葉巻を灰皿に置くと商人の顔になった。

ここからが、本番だ。

俺は、背筋を伸ばして彼と向き合った。

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