第21話
商業都市は、俺たちの想像をはるかに超えていた。
地平線の果てまで、巨大な建物がどこまでも続いていた。
これまで見てきたどの町よりも、十倍は大きいかもしれない。
「おいおいなんだありゃあ、町っていうよりもはや国じゃねえか」
見張り台に立つバルガスが、あきれたような声を上げた。
俺も、その言葉に心から同意する。
川の両岸には、石造りの立派な建物がすき間なく並んでいた。
そのどれもが、三階建てや四階建ては当たり前という高さだ。
中には、天をつくような高い塔まで見える。
「ミナト見て、お城みたいなお家がいっぱいあるよ」
俺の隣に立つルナが、目をきらきらと輝かせながら言った。
彼女の言う通り、建物の一つ一つがまるで王族の住む城のようである。
屋根は色とりどりの瓦でふかれ、壁には美しい彫刻がほってあった。
窓にはガラスがはめこまれ、太陽の光を反射して輝いている。
川には、信じられないほど多くの船が行き交っていた。
俺たちのリバーサイド号よりも、ずっと大きな帆船が何そうもいた。
荷物を満載した輸送船が、ゆっくりと川を進んでいく。
その間を、小型の連絡船がすばやく走り抜けていった。
港からは、活気に満ちた人々の声がここまで聞こえてくるようだ。
鐘の音や、船の汽笛の音も混じり合っていた。
まさにこの世界の中心地と、呼ぶにふさわしい光景だった。
「さてと、どこに船を停めるかな」
俺は、気を引き締め直して舵輪をにぎった。
これだけ大きな港だから、停泊する場所を見つけるのも一苦労だろう。
港は、用途によっていくつかの区画に分かれているようだった。
一番大きな区画は、大型の商船が使うためのものらしい。
巨大なクレーンが、いくつも設置されているのが見える。
荷物の積み下ろしで、大勢の男たちが働いていた。
俺たちの船が入るには、少し場違いな雰囲気である。
「ミナトあっちの方、少し空いてる場所があるみたい」
ルナが、川岸の一角を指差した。
彼女の言う通り、そこは比較的小さな船が集まる船着き場のようだ。
俺たちのリバーサイド号には、ちょうどいい大きさかもしれない。
「よし、あそこを目指そう。ルナ、案内を頼む」
「うん、任せて!」
ルナは、得意そうに胸を張った。
彼女は船の先頭に立ち、川の中の様子を注意深く見つめている。
水面の流れや、他の船の動きをしっかりと見ていた。
「ミナト、もう少し左。他の船が、たくさん来るから」
「分かった」
俺は、ルナの指示通りに船をあやつる。
彼女の言う通り、右側から大きな船が追い抜いていった。
もしそのまま進んでいたら、あやうく衝突するところだったかもしれない。
「はっはっは、ルナ嬢ちゃんは最高の航海士だな。お前がいりゃあ、どんな海でも渡れるぜ」
見張り台から、バルガスの楽しそうな声が聞こえる。
ルナは、少し照れくさそうに笑っていた。
俺たちの船は、人々の注目を集めているようだった。
リバーサイド号の、なめらかで美しい船体。
他の船とは明らかに違う、その独特なデザイン。
すれ違う船の船員たちが、驚いたようにこちらを指差している。
中には、俺たちの船の名前を大声でたずねてくる者もいた。
俺は、少しだけ誇らしい気持ちになる。
この船は、俺の知識と技術の結晶なのだ。
やがて俺たちは、目的の船着き場に到着した。
そこは、個人の船や小型の定期船が使うための場所らしい。
幸い、一つだけ空いている停泊場所を見つけることができた。
俺は、慎重に船を岸に寄せていく。
周りの船にぶつけないように、細心の注意を払った。
バルガスが、甲板から太いロープを投げた。
船着き場で待っていた港の作業員が、それを受け取ってくれる。
そして、がんじょうな杭に手ぎわよく結びつけていった。
「よし、着いたな」
俺は、エンジンを止めて大きく息をついた。
長かった船旅が、ようやく一つの区切りを迎えたのだ。
俺たちは、三人で顔を見合わせて笑い合った。
「それじゃあ、さっそく町にくり出しますか」
俺の言葉に、バルガスとルナは力強くうなずいた。
俺たちは、わくわくした気持ちを胸に船を降りる。
そして、商業都市の地に第一歩をふみ出した。
船着き場から一歩外に出ると、そこはけんそうの渦だった。
石畳の道は、大勢の人々でうめつくされている。
見たこともないくらい大勢の人が、せわしなく歩いていた。
裕福そうな商人が、立派な馬車に乗って通り過ぎていく。
荷物を運ぶ労働者たちが、威勢のいいかけ声を上げていた。
美しいドレスを着た貴族の女性が、侍女を連れて歩いている。
そのにぎやかさは、これまで見てきたどの町とも比べ物にならない。
「すげえ、人がゴミのようだぜ」
バルガスが、あきれたようにつぶやいた。
失礼な言い方だが、俺も同じことを思った。
道の両脇には、たくさんの店がならんでいる。
武器屋や防具屋、それに道具屋や宿屋もあった。
レストランからは、食欲をそそる良い匂いがただよってくる。
「ミナト見て、あっちに甘い匂いがするよ」
ルナが、俺の服のそでを引っ張った。
彼女が指差す先には、焼き菓子を売る露店があった。
色とりどりの、かわいらしいお菓子が並べられている。
「よし、少し休憩にしようか。何か、買ってやろう」
「本当!? やったあ!」
ルナは、嬉しそうに飛び跳ねた。
俺たちは、人混みをかき分けて露店へと向かった。
店主は、人の良さそうなおばさんだった。
「いらっしゃい、うちのお菓子は美味しいよ」
「どれがいい、ルナ」
「うーんとね、これにする!」
ルナが選んだのは、はちみつをたっぷりぬった熱々のパンケーキだった。
俺は、銅貨を数枚払ってそれを受け取る。
ルナは、嬉しそうにパンケーキにかじりついた。
「んー、おいしい!」
その幸せそうな顔を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。
バルガスも、串に刺さった大きな焼き肉を買ってごうかいに食べていた。
「うめえ、この肉は最高だぜ。味付けも、絶妙だ」
俺は、果物を発酵させて作ったという微炭酸のジュースを飲む。
さわやかな甘酸っぱさが、旅の疲れをいやしてくれた。
俺たちは、しばらくその場で町の活気を楽しんだ。
見るもの聞くもの全てが、新鮮でしげき的だった。
この町なら、きっと何か面白いことが見つかるだろう。
俺は、そんな予感を胸に抱いていた。
「さてと、腹ごしらえも済んだことだしそろそろ行きますか」
俺は、二人にむかって言った。
「どこへ行くんだ、ミナト」
「まずは、ダリウス商会を探そう。彼らとの約束を、果たさないと」
俺の言葉に、バルガスとルナはうなずいた。
俺たちの、この町での最初の目的はそれだった。
ダリウスさんと再会し、本格的な商売を始めるのだ。
だがこの広大な都市で、どうやって彼の商会を見つければいいのだろうか。
地図も、持っていないのだ。
「とりあえず、人に聞いてみるしかないな」
俺は、近くを通りかかった若い男に声をかけた。
「すみません、少しおたずねしたいのですが」
「ん、なんだい?」
男は、少しだけ面倒くさそうにこちらを見た。
「このあたりで、ダリウス商会というのをご存じありませんか」
俺がそうたずねると、男の態度が少しだけ変わった。
「ダリウス商会だって、あんたたちあの大きな商会に何か用かい」
「ええ、少し。商売の話がありまして」
俺の言葉に、男は感心したように俺たちを見た。
「へえ、そりゃあすごいな。ダリウス商会は、この都市でも五本の指に入る大商会だぜ」
どうやらダリウスさんは、俺が思っていた以上にすごい人物のようだ。
「商会の建物は、ここから少し歩いた商業地区にある。一番立派な建物だから、行けばすぐに分かるはずだ」
男は、親切に道を教えてくれた。
「ありがとうございます、助かりました」
俺は、礼を言って男と別れた。
「よし、行くぞ。商業地区とやらへ」
俺たちは、男に教えられた方角へ向かって歩き始めた。
町の中心部に近づくにつれて、周りの景色はさらに豪華になっていく。
道は、きれいに磨かれた大理石で舗装されていた。
建物は、どれもこれも宮殿のように立派だった。
道を行き交う人々の服装も、明らかに高価なものに変わっていく。
ここが、この都市の中心地なのだろう。
俺たちは、少しだけ気後れしながらも歩みを進めた。
やがて視界の先に、ひときわ大きな建物が見えてくる。
五階建てはあろうかという、巨大な石造りの建物だ。
建物の正面には、ダリウス商会の紋章が大きくかかげられていた。
間違いない、ここが目的地だ。
「でけえな、まるで城じゃねえか」
バルガスが、感嘆の声を漏らした。
俺も、その規模には圧倒されてしまう。
まさか、これほど立派な商会だったとは。
俺は、少しだけ緊張しながら建物の入り口へと向かった。
入り口には、強そうな警備兵が二人立っている。
彼らは、鋭い目で俺たちを見下ろした。
その視線は、明らかに俺たちをあやしんでいる。
無理もないだろう。
俺たちの格好は、こんな高級な場所には全く似合わない。
ただの、田舎から出てきた旅人にしか見えないはずだ。
警備兵の一人が、俺たちの前に進み出てきた。
そして、無感情な声で告げる。
「ここは、ダリウス商会の本部だ。お前たちのような者が、軽々しく立ち入る場所ではない。さっさと立ち去れ」
その言葉は、冷たく俺たちの心を突き刺した。




