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第2話

翌朝、俺は鳥のさえずりで目を覚ました。

船室の小さな窓から差し込む朝日が、俺の顔を照らす。

ぐっと伸びをすると、体の節々が気持ちよく鳴った。

硬い板の上で寝たのに、不思議と体は痛くない。

むしろ、ここ数年で一番の目覚めの良さだった。

「さて、と」

俺は船室から出て、川の水で顔を洗った。

ひんやりとした水が、眠気を覚ましてくれる。

朝食は、昨日捕まえておいた魚の残りを焼いて食べた。

やっぱり、信じられないくらい美味い。

この世界の食材は、とても質が高いようだ。

腹ごしらえを済ませた俺は、リバーサイド号に乗り込み出発した。

今日の目的は、人のいる町を見つけることだ。

俺は川の流れに沿って、下流へと船を進める。

オールを漕ぐ手も、昨日よりずっと軽やかだった。

しばらく進むと、川幅がだんだんと広くなってきた。

流れも、少しだけ速くなった気がする。

そして向こう岸に、ちらほらと人工的なものが見え始めた。

石で積まれた簡単な波止場や、漁に使うための小さな船だ。

「人がいる…!」

俺は期待に胸を膨らませ、さらに船を進めた。

やがて視界の先に、とても大きな町が見えてくる。

石造りの家々が立ち並び、活気のある声がここまで聞こえてきた。

川には俺の船よりもずっと大きな、帆を張った船が何艘も行き交っている。

どうやら、かなり大きな港町らしい。

俺は町の入り口にある、大きな港に船を寄せた。

周りの立派な船に比べると、俺のリバーサイド号はみすぼらしい。

少し恥ずかしさを感じながら、俺は船をロープで桟橋に固定した。

そして、町へと上陸する。

町に一歩足を踏み入れた瞬間、そのにぎやかさに圧倒された。

様々な人種の人々が行き交い、威勢のいい声が響き渡っている。

獣の耳や尻尾を持つ、いわゆる獣人の姿も珍しくない。

本当に、ファンタジーの世界なんだなと改めて実感した。

俺はまず、情報収集のために町の中を歩き回ることにした。

見るもの全てが、とても新鮮で興味深い。

露店には見たこともない果物や、巨大な肉の塊などが並ぶ。

きらびやかな装飾品も、たくさん売られていた。

この世界の通貨は、どうやら「ギール」というらしい。

銅貨や銀貨、金貨などがあるようだ。

もちろん、俺は一ギールも持っていない。

まずは何かを売って、当面の生活費を稼がなければならない。

何を売ろうか。

俺は、腕を組んで考え込んだ。

今の俺に売れるものといえば、自分で捕まえた魚くらいだ。

だが、この港町には新鮮な魚介類が溢れている。

ただの焼き魚を売っても、誰も買ってはくれないだろう。

何か、特別な価値をつけなければならない。

俺は、前の世界の知識を思い返す。

魚を使った、何か特別な加工品。

そうだ、燻製はどうだろうか。

保存も効くし、独特の風味はきっとこの世界の人々にも受けるはずだ。

あるいは、魚醤もいいかもしれない。

魚を発酵させて作る、特別な調味料だ。

この世界に、醤油や味噌のような発酵調味料があるかは分からない。

もしなければ、これは大きな商売の好機になるだろう。

「よし、決めたぞ」

俺は燻製と魚醤、その両方を作ってみることにした。

そのためには、まず専用の道具が必要だ。

燻製を作るための小屋と、魚醤を仕込むための樽がいる。

どちらも、【万能造船】のスキルで作り出せるはずだ。

船の部品というよりは、船の設備に近い。

だけど、きっといけるだろう。

俺は人目を避け、リバーそれに、リバーサイド号へと戻った。

そして、さっそくスキルを発動する。

まずは、燻製小屋からだ。

リバーサイド号の甲板の上に、レンガ造りの小さな燻製室を増設する。

【石材:20】【木材:10】

必要な素材が、頭の中に表示された。

石材は、その辺の石ころを集めれば何とかなりそうだ。

俺は一旦船を降り、町の外れで手頃な石を集めてきた。

そして、再びスキルを発動。

光と共に、リバーサイド号の甲板に立派な燻製室が出現した。

見た目は小さいが、機能は十分だろう。

次に、魚醤を仕込むための樽を作る。

こちらは、木材だけで作れるようだ。

【木材:5】

すぐに素材を集め、スキルで樽を二つ作り出した。

これで、準備は万全だ。

次は、材料の調達だ。

俺は、なけなしの金で魚を買おうと思った。

いや、金はないんだった。

物々交換で、どうにか魚を手に入れよう。

俺は昨日捕まえた魚の残りを数匹持って、港の魚市場へと向かった。

「そこの兄ちゃん、威勢のいい魚だねえ!」

いかつい顔つきの魚屋の親父が、俺に声をかけてきた。

「ああ、今朝釣ったんだ。これを、売れ残りの安い魚と交換してくれないか?」

「なんだって? こんなに上等な魚を、売れ残りと交換するのかい?」

親父は、怪訝そうな顔で俺を見た。

無理もないだろう。

この世界の魚は、どれも信じられないくらい美味いのだ。

俺が持ってきた魚も、きっと高級な魚の仲間に入るはずだ。

「ちょっと、試したいことがあってね。だから種類は何でもいい、とにかく量が欲しいんだ」

俺の言葉に、親父はしばらく考え込んでいた。

そして、にやりと笑う。

「面白いこと言うじゃねえか。いいだろう、その話乗った! その魚三匹で、そこの樽いっぱいの雑魚と交換してやる!」

親父が指さした先には、色々な種類の小魚がごちゃ混ぜになった樽があった。

鮮度が落ちて、売り物にならなくなったものだろう。

だが俺にとっては、これ以上ない最高の材料だ。

「本当かい!? ありがとう、親父さん!」

「おうよ! ところで兄ちゃん、その魚で一体何を作るんだい?」

「ふふふ、それは完成してからのお楽しみだよ。きっと、驚くようなものができるさ」

俺は親父に礼を言うと、樽いっぱいの小魚を船まで運んだ。

かなりの重さだったが、転生した体は頑丈で力持ちだった。

船に戻った俺は、早速作業に取り掛かる。

まずは、燻製作りだ。

魚の内臓を取り出し、塩水に漬け込む。

塩は、これまた物々交換で手に入れた岩塩を使った。

数時間後、塩水から引き上げた魚を風通しの良い場所で乾燥させる。

表面が乾いたら、いよいよ燻製室の出番だ。

前の世界にあった桜の木に似た、香りの良い木材チップを燃やす。

その煙で、魚をじっくりと燻していく。

燻製を作っている間に、魚醤の仕込みも進めた。

こちらは、とても簡単だ。

樽の中に、小魚と塩を交互に敷き詰めていくだけ。

あとは蓋をして、数ヶ月間発酵させるのを待つ。

きっと、極上の調味料になるはずだ。

夕方になり、ついに燻製が完成した。

燻製室の扉を開けると、食欲をそそる香ばしい煙がぶわっと溢れ出す。

中には、美しい飴色になった魚の燻製がずらりと並んでいた。

我ながら、完璧な出来栄えだ。

俺は一本手に取り、味を確かめてみる。

「……美味い!」

凝縮された魚の旨味と、煙の香ばしい香り。

これは、絶対に売れるに違いない。

酒のつまみにも、ご飯のおかずにも最高だろう。

俺は完成した燻製を数十本、布に包んで再び町の広場へと向かった。

露店が立ち並ぶ一角に、小さな場所を見つけて布を広げる。

「さあ、自家製の魚の燻製だよ! とても美味しいよ!」

俺は、大声で客引きを始めた。

だが、誰も見向きもしてくれない。

見たこともない茶色い魚を、みんなが怪しんでいるのだろう。

「どうしたものかな……」

俺が困っていると、一人の屈強な男が店の前で足を止めた。

赤銅色の肌をした、筋骨たくましい大男だ。

腰には、大きな戦斧をぶら下げている。

冒険者か、あるいは傭兵だろうか。

男は、俺の売っている燻製をじろじろと見ている。

そして、鼻をひくつかせた。

「兄ちゃん、これ、すごくいい匂いがするな。何ていう食べ物なんだ?」

「これは魚の燻製さ。煙で燻して、旨味を閉じ込めた保存食だよ。一本どうだい?」

「ふうん、燻製か。聞いたことねえな。よし、試しに一本もらおうか」

男はそう言うと、銅貨を数枚俺の前に置いた。

記念すべき、最初のお客さんだ。

「まいどあり!」

男は受け取った燻製を、豪快にかじった。

その瞬間、男の目がカッと見開かれる。

「な……なんだこりゃあ! めちゃくちゃ美味えじゃねえか!」

男は、驚きの声を上げた。

そしてあっという間に一本平らげると、興奮した様子で俺に詰め寄る。

「兄ちゃん! これ、あと何本あるんだ!? 残りを全部くれ!」

「え、全部かい!?」

「おうよ! こんな美味いもん、初めて食ったぜ! 酒がどんどん進みそうだ!」

男の大声を聞きつけて、周りの人々が何事かと集まってきた。

「おい、バルガスが何か美味いもんを食ってるぞ」

「なんだなんだ? 俺も気になるぜ」

「兄ちゃん、俺にも一本くれ!」

「私にもちょうだい!」

集まってきた野次馬たちが、我先にと燻製を求め始めた。

俺の小さな露店は、あっという間に黒山の人だかりになる。

俺は嬉しい悲鳴を上げながら、次々と燻製を売っていく。

用意していた燻製は、わずか十分ほどで全て売り切れてしまった。

手元には、ずっしりと重い銅貨と銀貨の入った袋が残る。

これが、俺がこの世界で自分の力で稼いだ初めての金だ。

「兄ちゃん、明日もここで売るのか?」

燻製を最初に買ってくれた、バルガスと名乗る男が聞いてきた。

「ああ、そのつもりだよ。もっとたくさん作ってくるから、楽しみにしててくれ」

「おう、期待してるぜ! あんた、名前はなんてんだ?」

「俺はミナト。ただの船乗りさ」

「ミナトか! 俺はバルガスだ! しっかり覚えておけよ!」

バルガスはそう言うと、豪快に笑いながら去っていった。

周りの人々も、「美味かった」「また買いに来る」と言いながら散っていく。

俺は一人になった広場で、まだ温かい金貨を握りしめていた。

この世界に来て、まだ数日しか経っていない。

だが、確かな手応えを感じていた。

この世界でなら、俺はやっていける。

自由に、楽しく、自分の力で生きていける。

俺は、夕焼けの空を見上げた。

明日も、きっと良い日になるだろう。

俺はそんな予感を胸に、リバーサイド号へと続く道を軽い足取りで歩き始めた。

船に戻る途中、川辺が騒がしいのに気がついた。

何人かが川を指差して、何かを叫んでいる。

「おい、誰か! 子供が川に流されているぞ!」

その言葉に、俺ははっとして川面に目を向けた。

濁った流れの中に、小さな人影が浮き沈みしているのが見える。

まだ幼い、少女のようだ。

周りの大人たちは、どうすることもできずにただ叫んでいるだけだ。

この流れの速さでは、泳いで助けに行くのは危険すぎる。

どうする。

考えている暇は、少しもなかった。

俺は迷わず、自分の船に向かって走り出していた。

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