第18話
町全体が、巨大な鉱山と一体化しているようだった。
家々の壁には、黒い煤がこびりついていた。
道を行き交う人々は、屈強な体の鉱夫や鍛冶職人がほとんどだ。
誰もがその顔に、誇りと活気をみなぎらせている。
「すげえな、この町。活気が半端じゃねえぜ」
バルガスが、感心したようにあたりを見回した。
「うん。なんだか、みんなすごく力持ちそう」
ルナも、少しだけ圧倒されているようだった。
町の空気は、鉄の匂いと石炭の燃える匂いが混じり合っている。
だがそれは、決して不快な匂いではなかった。
むしろこの町を作り上げている、人々の熱気そのもののように感じられる。
俺たちはまず、情報収集のために町の中心にある広場へと向かった。
広場には、たくさんの露店が並んでいる。
売られているのは、この町で採れたばかりの鉱石だ。
それらを加工して作られた、武具や日用品もあった。
きらきらと輝く、宝石の原石。
ずっしりと重そうな、鉄の塊もあった。
職人の技が光る、鋭い切れ味のナイフや剣だ。
見ているだけで、わくわくしてくるような品物ばかりである。
「ミナト、見て! きれい!」
ルナが、一つの露店を指差した。
そこには鉱石を加工して作られた、綺麗な装飾品が並べられている。
猫の形をした、水晶の首飾り。
花の形に彫られた、瑪瑙の髪飾りもあった。
どれも、繊細で美しい細工がされていた。
「欲しいのか、ルナ」
俺が、尋ねてみた。
するとルナは、ぶんぶんと首を横に振った。
「ううん、大丈夫。見てるだけで、幸せだもん」
その優しい言葉に、俺は胸が熱くなった。
いつかこの世界のどんな宝石よりも、綺麗なものを彼女に贈ろう。
俺は、そう決意した。
俺たちは広場を、一通り見て回った後に一軒の酒場に入った。
酒場は、こういう町の情報交換の場として最適だからだ。
店の中は、昼間だというのにたくさんの鉱夫たちでごった返している。
誰もが大きなジョッキを片手に、仕事の疲れを癒しているようだった。
俺たちが店に入ると、一瞬だけ視線がこちらに集まった。
見慣れない顔ぶれに、警戒しているのかもしれない。
だが俺たちの隣にバルガスがいると分かると、その視線はすぐに逸らされた。
彼の威圧感は、こういう場所で大きな効果を発揮する。
俺たちは、カウンターの隅の席に座った。
そして、エールとルナのための果実水を注文する。
「さて、と。どうやって、鉄を手に入れるかだな」
俺はカウンターに、肘をつきながらつぶやいた。
「普通に、店で買うのが一番手っ取り早いんじゃねえか」
バルガスが、エールを一口飲んでから言った。
「それもそうなんだが、俺が欲しいのはただの鉄じゃない。質の良い、純度の高い鉄鉱石なんだ」
俺がこれから作ろうとする機械は、非常に精密な作りをしているのだ。
不純物が多い質の悪い鉄では、すぐに壊れてしまうだろう。
最高の機械を作るためには、最高の素材が必要なのである。
「それにどうせなら、安定して鉄を供給してくれる取引先を見つけたい」
あの村で、漁師たちと契約を結んだように。
この町でも、信頼できるパートナーを見つけたいのだ。
「なるほどな。旦那は、いつでも商売のことを考えてるんだな」
バルガスは、感心したように言った。
「当たり前だろ。俺は、商人なんだから」
俺は、にやりと笑って見せた。
その時だった。
「へっくしゅん」
カウンターの隣の席で、一人の小柄な老人が大きなくしゃみをした。
その拍子に、老人が飲んでいた酒のグラスが倒れた。
酒が、俺のズボンにかかってしまう。
「おっと、すまんこった。わしとしたことが」
老人は慌てて、布で俺のズボンを拭こうとする。
その手は、真っ黒に汚れていた。
どうやらこの老人も、鍛冶職人の一人らしい。
「いえ、大丈夫ですよ。気にしないでください」
俺は、笑顔で答えた。
これくらい、どうということはない。
だが老人は、ひどく申し訳なく思っているようだった。
「いやいや、そうはいかん。これは、わしのおごりだ。店の親父、この若い衆に一番高い酒を持ってきてくれ」
老人は、大きな声でそう言った。
そして改めて、俺の方を向き直る。
「わしは、ギデオン。この町で、しがない鍛冶屋をやっておるもんじゃ」
ギデオンと名乗る老人は、しわくちゃの顔でにこりと笑った。
その目は長い間炎を見つめ続けてきた、職人特有の鋭い光を宿している。
「俺はミナト。船で、旅をしている者です」
俺も、自己紹介をした。
これがこの町で俺の運命を、大きく変える出会いになるとは。
この時の俺は、まだ知る由もなかった。
ギデオンさんは、かなりの話し好きのようだった。
おごってくれた高い酒を飲みながら、この町のことを色々教えてくれた。
ロックベルが、どれだけ素晴らしい鉱山であるか。
この町の職人たちが、どれだけ腕が良いか。
その話は、どれも興味深いものばかりだった。
「それで、ミナト殿はこの町に何用で来られたんじゃな」
ギデオンさんが、尋ねてきた。
「ええ。実は、質の良い鉄鉱石を探しているんです。船で使う、特殊な機械を作るために」
俺がそう答えると、ギデオンさんの目がきらりと光った。
「ほう、機械とな。それは、また面白そうな話じゃな。して、どんな機械をお作りになるんじゃ」
職人としての好奇心を、くすぐられたようだった。
俺は魚の加工機械の、簡単な設計図を羊皮紙に描いて見せた。
自動で魚をさばき、骨と身を分ける装置だ。
塩を霧状にして、均等に吹き付ける装置もある。
燻製の煙を循環させて、無駄なく味を染み込ませる装置も描いた。
俺が説明するたびに、ギデオンさんの目は輝きを増した。
「すごい。なんという、独創的な発想じゃ。こんな機械、見たことも聞いたこともないわい」
彼は俺が描いた簡単な設計図を、食い入るように見つめている。
「もし、こんなものが本当に作れたなら。漁師たちの仕事は、どれだけ楽になることか」
「ええ。だからこそ、俺は最高の鉄を探しているんです」
俺の言葉に、ギデオンさんは腕を組んで深くうなった。
そして何かを決心したように、顔を上げる。
「分かった、ミナト殿。もしよろしければ、一度わしの工房に来てはくださらんか」
「あなたの工房に、ですか」
「うむ。わしの、自慢の品々を見せてしんぜよう。きっと、ミナト殿のお眼鏡にかなう鉄が見つかるはずじゃ」
ギデオンさんは、自信に満ちた顔でそう言った。
願ってもない、申し出だった。
この町のベテラン職人が、自ら案内してくれるというのだ。
これ以上の、好機はないだろう。
「ぜひ、お願いします」
俺は、すぐに答えた。
話は、とんとん拍子に進んでいく。
俺たちは、ギデオンさんに案内されて酒場を出た。
彼の工房は、町の中心から少しだけ外れた場所にあるらしい。
「しかし、驚いたわい。ミナト殿は、本当に面白いことを考えるお方じゃな」
道を歩きながら、ギデオンさんは何度も感心したように言った。
「いやいや、俺なんてただの素人ですよ」
「謙遜なさるな。その若さで、あれだけのものを考え出せる。あんたには、生まれつきの才能があるんじゃよ」
ギデオンさんは、心の底からそう思っているようだった。
なんだか、少しだけくすぐったい気分になる。
やがて俺たちは、一軒の古びた工房の前に着いた。
石造りの、頑丈そうな建物だ。
中からは、規則正しい槌の音が聞こえてくる。
「さあ、着いたぞ。ここが、わしの城じゃ」
ギデオンさんは、誇らしげにそう言った。
そして重そうな木の扉を、ぎいと音を立てて開ける。
その瞬間、むわりとした熱気が俺たちの体を包み込んだ。
工房の中は、薄暗く鉄の匂いが充満している。
中央には巨大な炉があり、真っ赤な炎がごうごうと燃え盛っていた。
その前で、若い男が汗だくでハンマーを振るっていた。
ギデオンさんの、弟子だろうか。
工房の壁には、あらゆる種類の工具が整然と並んでいた。
そして床には、完成したばかりらしい剣や鎧が置かれていた。
どれも素人の俺が見ても、見事な出来栄えだと分かった。
「すごい……」
俺は、思わずつぶやいた。
ここには、本物の職人の魂が宿っている。
そんな、おごそかな雰囲気さえ感じられた。
「さあ、こっちじゃ。わしの、宝物庫に案内しよう」
ギデオンさんは、俺たちを工房の奥へと手招きした。
そして頑丈そうな鉄の扉を、鍵で開ける。
その先には、俺の想像を超える光景が広がっていた。
部屋の壁一面には、様々な種類の鉱石が並んでいたのだ。
赤く輝く、鉄鉱石。
青く美しい、銅鉱石もあった。
中には俺が見たこともない、虹色に輝く鉱石まであった。
「これは……」
「わしが長年かけて、集めてきたコレクションじゃよ。このロックベルの鉱山で採れる、ありとあらゆる鉱石がここにはあるのだ」
ギデオンさんは、満足そうに言った。
「さあ、ミナト殿。この中から、好きなものを選ぶといい。あんたの素晴らしい機械にふさわしい、最高の鉄をな」
その言葉は、俺の創作意欲を激しくかき立てるものだった。




