第17話
「条件ですか、ミナト殿。ええ、もちろんですとも。何なりとお申し付けください」
ダリウスさんは、真剣な顔で俺を見た。
その目には、商売人としての鋭い光が宿っていた。
俺は彼の目を、はっきりと見つめ返して告げた。
「条件は、三つあります」
「ほう、三つですな。ぜひ、お聞かせいただきたい」
「一つ目です。俺が作る商品の価値を、ダリウス商会には正当に評価してもらいたい」
俺は、指を一本立てて見せた。
「もちろん、不当に高い値段で売りつけるつもりはありません。ですが買い叩かれるような真似は、絶対に許さないつもりです」
これは、一番大事なことだった。
俺の作る商品には、前の世界の知識という価値があるのだ。
その価値を理解してくれる相手とでなければ、取引はできない。
俺の言葉に、ダリウスさんは大きくうなずいた。
「それは、もちろんですとも。これほどの品を前にして、値を偽るような真似は商人の誇りが許しません」
彼の言葉に、嘘はなさそうだった。
「では、二つ目です。ダリウス商会の持つ、交易路の情報を俺と共有してください」
「交易路の、情報ですか」
ダリウスさんは、少しだけ意外そうな顔つきだった。
金や品物を、要求されると思っていたのかもしれない。
「ええ。どの町で何が特産品で、どのくらいの価格で取引されているか。そういった、生きた情報が欲しいんです」
俺の目的は、ただ商品を売ることだけではない。
この世界の物の流れを、自分の目で見て肌で感じたいのだ。
そのためには、ダリGGF-8ダリウス商会のような、大きな組織が持つ情報網こそが魅力的だった。
「なるほど、ミナト殿はただの職人ではない。真の商人でもある、ということなのですね」
ダリウスさんは、感心したようにうなった。
「ええ、構いませんとも。我々の持つ情報は、全てあなたと共有しましょう。むしろあなたのような方に、我々の力を使っていただけるのは光栄です」
話が早くて、とても助かる。
これで俺の活動範囲は、一気に広がることになるだろう。
「そして、三つ目です。これが、一番重要なことかもしれません」
俺は少しだけ間を置いて、ゆっくりと言葉を続けた。
「俺とダリウス商会の関係は、あくまで対等な仕事の仲間であること。俺は、あなた方の下に入るつもりはありません」
俺は誰にも縛られず、自由に生きていくと決めたのだ。
どれだけ大きな利益を得られても、その生き方を曲げるつもりはなかった。
俺の言葉を聞いたダリウスさんは、一瞬だけ驚いたような顔をした。
だが彼はすぐに、満面の笑みを浮かべた。
「はっはっは、いや失礼。ミナト殿、あなたというお方は本当に面白い! まさに、自由な方ですな」
彼は、心の底から楽しそうに笑っていた。
「分かりました。その条件、全てこのダリウスが商会の名誉にかけてお受けいたします。我々は対等な仲間として、共にこの世界を驚かせる大きな商売をしていきましょう」
ダリウスさんは、俺に向かって力強く手を差し出した。
俺も、その手を固く握り返した。
「ええ。よろしくお願いします、ダリウスさん」
こうして俺とダリウス商会の間には、固い協力関係が結ばれた。
これは俺の異世界での商売が、大きく進むための一歩になったのだ。
話がまとまった後、俺たちはダリウスさんの船でささやかな宴を開いた。
もちろん、主な料理は俺が提供した燻製である。
船員たちも、初めて食べる燻製の味に感動していた。
「うめえ、なんだこりゃあ」
「酒が、いくらあっても足りねえぜ」
船の上は、あっという間に陽気な笑い声で満たされた。
バルガスも、すっかり彼らと仲良くなっている。
屈強な船乗りたちと酒を酌み交わし、航海の自慢話に花を咲かせた。
ルナは、ダリウスさんの船に乗っていた一匹の猫と遊んでいた。
甲板の隅で、猫じゃらしを振って楽しそうにしている。
俺はそんな光景を眺め、ダリウスさんと今後の話を進めた。
「まずはこの燻製を、いくつかの町で試しに売ってみましょう。おそらく、すぐに爆発的な人気が出るはずです」
「ええ。それで、生産は間に合うのですかな」
ダリウスさんが、心配そうに尋ねてくる。
「問題ありません。俺の船には、特殊な加工室がありますから。それに、最高の腕を持つ漁師たちとも特別な契約を結びました」
俺の言葉に、ダリウスさんはますます感心した様子だった。
「なんと、すでにそこまで手を打たれているとは。ミナト殿、あなた様の商売の才能には全く驚かされます」
俺たちは、夜が更けるのも忘れて商売の話に夢中になった。
それは前の世界で、嫌な上司の機嫌をうかがいながらやっていた仕事とは全く違う。
自分の力で、未来を切り開いていく。
その手応えが、たまらなく楽しかったのだ。
翌朝、俺たちはダリウス商会の船と別れの挨拶を交わした。
「ミナト殿、次は王都でお会いしましょう。それまでに、あなたの商品を売るための最高の舞台を用意しておきますぞ」
ダリウスさんは、船の上から大きく手を振っている。
「ええ、楽しみにしています」
俺も、手を振り返した。
二つの船は、それぞれ別の方向へと進んでいく。
ダリウスさんの船は、川を下って商業都市へ向かった。
俺たちのリバーサイド号は、川を上って鉱山の町ロックベルを目指す。
次に会う時、俺たちはどんな成長を遂げているだろうか。
俺は新しい仲間との再会を思い、再び舵を握った。
霧の渓谷を、完全に抜ける。
目の前が、ぱっと開けた。
空は、どこまでも青く澄み渡っていた。
まるで俺たちの未来を、祝福してくれているかのようだ。
「ふう、なんだかどっと疲れたな」
俺が、大きく伸びをした。
すると隣にいたルナが、くすくすと笑った。
「ミナト、なんだか難しいお顔してたもん」
「そうか、自分では気づかなかったな」
「うん。でも、すごくかっこよかったよ」
ルナの素直な言葉に、俺は少し照れてしまう。
「はっはっは、旦那もすっかり大商会の主の顔になったってことだ」
見張り台から、バルガスの豪快な笑い声が降ってきた。
「からかうなよ、バルガス」
俺は、苦笑しながら答えた。
船は、穏やかな流れに乗ってゆっくりと進む。
両岸の景色は険しい岩壁から、再び緑豊かな森へと姿を変えた。
鳥のさえずりが、どこからか聞こえてくる。
平和で穏やかな時間が、船の上を流れていった。
昼になり、バルガスが腕によりをかけて昼食を作ってくれた。
献立はダリウスさんからもらった、上等な干し肉と野菜をたっぷり煮込んだポトフだ。
肉の旨味が、スープに溶け込んでいて絶品だった。
俺たちは、甲板のテーブルでのんびりと食事を楽しむ。
「それにしてもミナト、あんたは本当に商売の才能があるんだな」
バルガスが、感心したように言った。
「俺にはさっぱり分からねえが、あのダリウスって商人を完全にあやつっていたじゃねえか」
「あやつったなんて、人聞きの悪いこと言うなよ。あれは、対等な交渉の結果だ」
「へえへえ。まあ、どっちでもいいがよ。おかげで俺たちは、また美味い飯にありつけるってわけだ」
バルガスは満足そうに、パンをスープに浸して食べた。
「ミナト、わたし王都ってところに行ってみたいな」
ルナが、期待に満ちた目で俺を見た。
「王都か。ダリウスさんの話だと、すごく大きくて綺麗な町らしいな」
「うん。お姫様とか、いるのかな」
「さあ、どうだろうな。でもきっと、美味しいお菓子はたくさんあるはずだぞ」
俺がそう言うと、ルナはきゃっきゃと声を上げて喜んだ。
その、無邪気な笑顔を見ていると俺の心も自然と温かくなる。
いつか必ず、ルナを王都へ連れて行こう。
そしてこの世界で一番のお菓子を、お腹いっぱい食べさせてやるのだ。
午後の航海も、順調に進んだ。
ルナは船内に作った、生け簀の魚たちと楽しそうに遊んでいる。
ガラス越しに、魚たちと何かを話しているようだった。
時々魚たちが、彼女の動きに合わせて一斉に向きを変えたりする。
その光景はまるで、ルナが楽団を指揮しているようだった。
バルガスは新しく作った加工室で、燻製の新しい料理法を試しているらしい。
中から、時々香ばしい匂いが漂ってきた。
どうやら燻すチップに、香りの良いハーブを混ぜているらしい。
彼の、料理への情熱はとどまるところを知らない。
俺は頼もしい仲間たちの様子を、微笑ましく思いながら舵を握る。
リバーサイド号は、俺たちにとってただの船ではない。
最高の仲間たちと日常を過ごす、かけがえのない我が家なのだ。
夕方になり、川の流れが少しだけ速くなってきた。
川底の石が、ごつごつと大きくなってくる。
川岸の木々も、背の低い針葉樹へと変わっていった。
少しずつ、山岳地帯に近づいているのが分かる。
「ミナト、前方に町らしきものが見えてきたぜ」
見張り台から、バルガスの声がした。
俺は、前方に視線を集中させる。
確かに川が、大きく右に曲がった先だ。
山の斜面にへばりつくように作られた、石造りの町並みが見えた。
あちこちから、黒い煙が立ち上っている。
あれは、鍛冶場の煙だろう。
間違いない。
あれが俺たちの目的地、鉱山の町ロックベルだ。
「よし、着いたな」
俺は、思わずつぶやいた。
アクア・ポートを出航してから、四日経つ。
色々なことがあったが、ついに最初の目的地に到着したのだ。
町に近づくにつれて、その活気が伝わってくる。
カーンカーンという、リズミカルな金属音が響く。
屈強な鉱夫たちの、威勢のいい掛け声も聞こえた。
川には俺たちの船よりもずっと大きな、鉱石を運ぶための輸送船が何艘も行き交っていた。
俺は町の入り口にある、大きな港に船を寄せる。
港の管理人に、停泊料を支払った。
そしてリバーサイド号を、頑丈な桟橋に固定した。
「さて、と。それじゃあ、早速町に出かけますか」
俺の言葉に、バルガスとルナは大きくうなずいた。
俺たちはわくわくした気持ちを胸に、三人でリバーサイド号を降りた。
ロックベルの町は、これまで見てきた町とは全く違う雰囲気を持っていた。




