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第15話

村を後にしてから、最初の朝が来た。

俺は、いつも通りに目を覚ます。

船室の丸い窓から差し込む光は、とても柔らかだった。

外からは、バルガスの機嫌が良さそうな鼻歌が聞こえてくる。

どうやら彼は、もう朝食の準備を始めているらしい。


俺はベッドの上で、一つ大きなあくびをした。

昨日の宴で飲んだ酒が、少しだけ体に残っている。

だが、不思議と嫌な感じはしなかった。

むしろ心地よい余韻が、全身を包んでいた。

俺は寝間着のままリビングへ向かうと、そこは温かい空気で満ちていた。

テーブルの上には、焼きたてのパンと湯気の立つスープが並ぶ。

キッチンでは、バルガスがエプロン姿でフライパンを振っていた。

その手際の良さは、もはや一流の料理人だった。


「ようミナト、おはようさん。昨日は、よく眠れたか」

「おはようバルガス、ここ数年で一番の寝覚めだよ」

「はっはっは、そりゃあ結構なことだ。さあ、席に着けよ」

バルガスは、すぐに料理ができると親指を立てる。

ルナも、もう起きていた。

彼女は、テーブルの椅子にちょこんと座っている。

そして嬉しそうに、足をぱたぱたと揺らしていた。

俺の姿を見つけると、彼女は満面の笑みで手を振ってくる。


「ミナト、おはよう!」

「おはようルナ、今日もご機嫌だな」

「うん、バルガスがパンケーキを焼いてくれるんだもん」

ルナは嬉しいらしく、目をきらきらと輝かせている。

パンケーキは、以前俺が教えたものだった。

小麦粉と卵と牛乳を混ぜた、甘く焼いたお菓子だ。

この世界にはない食べ物だったが、ルナは一口で大好物になった。

「よし、できたぜ。熱いうちに、たんまり食いやがれ」

バルガスが、ほかほかのパンケーキが山と積まれた大皿を置く。

甘くて香ばしい匂いが、ふわりと広がった。

俺たちは三人で、テーブルを囲んで朝食を始める。

「いただきまーす!」

ルナは、元気よくそう言った。

そして小さなナイフとフォークを使い、パンケーキを上手に切り分けていく。

それを口に運ぶと、彼女は幸せそうな顔になった。

「んー、おいしいい!」

「はっはっは、だろ。今日の生地には、昨日村でもらった蜂蜜を少し混ぜてみたんだ」

バルガスは、自慢げに胸を張った。

彼の料理への探求心は、本当にたいしたものだ。

俺も、一枚食べてみる。

蜂蜜の優しい甘さが、口の中に広がってとても美味しい。

外はさっくりとしていて、中は驚くほどふわふわだった。

「すごいなバルガス、本当に店が開けるぞ」

「だろ、俺もまんざらじゃないと思ってるんだ。いつかこの船で、海上レストランを開くのもいいかもしれねえな」

バルガスは、本気とも冗談ともつかない口調で言った。

だが、それも面白いかもしれない。

この船なら、きっと世界一のレストランになるだろう。


食事をしながら、俺たちはこれからの航路について話し合った。

まずは、改めて鉱山の町ロックベルを目指す。

あの村との契約で、魚の仕入れルートは確保できた。

今度はその魚を加工するための、新しい道具が必要になる。

燻製だけでなく、干物や塩漬けも作りたい。

そのためには、質の良い鉄でできた加工用の機械が欲しいのだ。

「ロックベルで鉄を手に入れたら、俺が新しい機械を作ろう」

「燻製機も、もっと大きくて性能の良いやつに改良するよ」

「おお、いいなそれ。そいつは、ますます忙しくなりそうだぜ」

バルガスは、楽しそうに腕を組んだ。

「わたしも、何か手伝う!」

ルナも、小さな手を挙げて言った。

「そうだな、ルナには魚の鮮度を保つための、大きな生け簀の管理をお願いしようかな」

「いけす?」

「ああ、船の中に魚たちが元気に泳げる場所を作るんだ。そうすれば、いつでも新鮮な魚が食べられるし遠くの町まで運ぶこともできる」

俺の提案に、ルナはぱあっと顔を輝かせた。

「ほんと、船の中にお魚さんたちのお部屋ができるの?」

「ああ、任せとけ。スキルで、最高に快適な部屋を作ってやるからな」

「やったあ、わたし頑張る!」

ルナは、やる気に満ち溢れた顔で何度も頷いた。

新しい目標ができたことで、船の中の空気はさらに明るくなる。

俺たちは、夢中で未来の計画を語り合った。


朝食を終えた俺は、早速スキルを発動させる。

まずはルナとの約束である、船内生け簀の製作からだ。

リバーサイド号の船底を、一部改造する。

常に新鮮な川の水が循環する、大きな水槽を作るイメージだ。

水温や水質を、ある程度調整できる機能もつけよう。

魔法的な機能を持つ設備を作るには、魔石という特殊な鉱石が欠かせないらしい。

俺が船体に手を触れると、船全体が淡い光に包まれた。

船底から、ごごごという低い振動が伝わってくる。

やがて光が収まると、そこには設計図通りの立派な生け簀が完成していた。

ガラス窓からは、中の様子を覗くことができる。

川の水が、勢いよく中に流れ込んできていた。

「うわあ、すごい。本当に、お部屋になってる」

ルナは、ガラスに顔をくっつけて大喜びしている。

「ミナト、もうお魚さんたちを呼んでもいい?」

「ああ、いいぞ。この船の新しい住人を、招待してやってくれ」

俺が許可すると、ルナは甲板に出て水面に向かって何かを話し始めた。

するとどこからともなく、たくさんの魚たちが集まってくる。

そして船底に作られた入り口から、次々と生け簀の中へと入っていった。

あっという間に、生け簀は色とりどりの魚たちでいっぱいになる。

まるで船の中に、小さな水族館ができたみたいだ。

「はっはっは、こいつは壮観だな。これだけいりゃあ、食いっぱぐれることはねえな」

バルガスも、満足そうに腕を組んで生け簀を眺めている。

「だめ、この子たちは食べるためじゃないんだから。大事な、お友達なんだからね」

ルナが、ぷうっと頬を膨らませて抗議した。

そのやり取りが、なんだか微笑ましい。

俺は、二人の様子を眺めながら次の改造に取り掛かった。

今度は、魚の加工室だ。

燻製や干物や塩漬けなど、様々な加工品を効率よく大量に生産できる工房を作る。

生け簀の隣に、衛生管理の行き届いた清潔な部屋を増設した。

中には、俺が考案したオリジナルの加工機械が並んでいる。

魚を自動で捌く機械や、塩を均等に振る機械もある。

そして温度と煙を完璧に管理できる、最新式の大型燻製機も設置した。

これさえあれば、俺たちの水産加工品の品質と生産量は飛躍的に向上するだろう。

新しいビジネスの、確かな土台ができた瞬間だった。


全ての改造を終えた頃には、日はすでに高く昇っていた。

俺は、額の汗を手の甲で拭う。

「さてと、それじゃあそろそろ出発するとしようか」

俺の言葉に、バルガスとルナは力強く頷いた。

俺は舵輪を握り、バルガスは錨を上げる。

リバーサイド号は、再びゆっくりと川を上り始めた。

新しい仲間である魚たちを乗せて、俺たちの船は進んでいく。

この先の旅を思うと、俺は期待に胸が膨らんだ。


船旅は、驚くほど順調に進んだ。

ルナの正確な水先案内のおかげで、危険な岩礁や浅瀬を全て事前に回避できている。

彼女は、もはやこの船に欠かせない最高の航海士だった。

時折、生け簀の魚たちと楽しそうに会話している。

その姿は、水の精霊に愛された少女という言葉がぴったりだった。

バルガスは、ほとんどの時間を新しくできた加工室で過ごしている。

彼は、俺が作った機械にすっかり夢中になっているようだった。

どうやら料理だけでなく、こういう機械いじりも好きらしい。

「ミナト、この機械はすげえな。面白いくらい、綺麗に魚が捌けるぜ」

彼は子供のように目を輝かせながら、捕まえたばかりの魚を次々と加工していく。

その手際は、まるで熟練の職人のようだった。

あっという間に、たくさんの切り身や開きができていく。

俺は、そんな二人の様子を微笑ましく思いながら船の操縦に集中した。

穏やかな川の流れがあり、どこまでも青い空が続く。

時折、岸辺の森から珍しい動物が顔を覗かせることもあった。

毛が虹色に輝く鹿の一団を見た時は、三人で声を上げて感動してしまった。

夜になると、空は満点の星で埋め尽くされる。

俺たちは甲板に寝転んで、その美しい星空を飽きることなく眺めた。

流れ星が一つ、すうっと夜空を横切っていく。

「あ、流れ星。お願い事しなくちゃ」

ルナが、慌てて両手を胸の前で組んだ。

「はっはっは、嬢ちゃんはまだまだ可愛いなあ」

バルガスが、豪快に笑う。

俺も、つられて笑ってしまった。

こんなに穏やかで満ち足りた時間は、かつての俺の人生にあっただろうか。

いや、全くなかった。

毎日仕事に追われ、時間に追われ心をすり減らすだけの日々だった。

あの頃の俺に、この光景を見せてやりたい。

必死に耐え抜いた先には、こんなにも素晴らしい世界が待っているのだと。

俺は、星空に向かってそっと心の中で感謝した。

この世界での、かけがえのない仲間との偶然の出会いに感謝した。


旅は、三日目に入った。

川幅が、少しずつ狭くなってくる。

両岸には切り立った岩壁が迫り、空が急に狭くなったように感じられた。

見覚えのある、景色だ。

「ミナト、そろそろだぜ」

マストの見張り台から、バルガスの少しだけ緊張した声が響く。

「ああ、分かってる」

地図によれば、この先があの『霧の渓谷』だ。

以前、俺たちが水賊と名乗る者たちと戦った場所である。

今はもう、彼らはいない。

真面目な漁師として、村で元気に暮らしているはずだ。

だが、この場所に染みついた不気味な雰囲気はそう簡単には消えないらしい。

その言葉通り、俺たちの船はいつの間にか深い霧に包まれていた。

視界は、十メートル先も見えないほど悪い。

俺は、船のスピードをゆっくりと落とした。

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