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第12話

太陽が完全に山の稜線の向こうへと姿を消した。

空には、一番星がまるで宝石のように美しい光を放ち始めている。

辺りを支配するのは、深い藍色の闇と不気味なほどの川のせせらぎの音だけだ。

「よし、時間だな」

俺は、静かにそう告げた。

その短い一言が、この作戦の開始を告げる合図だった。

「お前ら行くぞ、絶対に物音一つ立てるんじゃねえぞ!」

ギルが、潜めた低い声で部下たちに最後の指示を出す。

彼らは無言で頷くと、まるで忍者のように音もなく漁船から数艘の小舟に乗り移った。

そして闇に溶け込むように、ゆっくりと対岸の崖へと向かっていく。

彼らの重要な役目は、砦の真下の切り立った崖に取り付くことだ。

俺からの合図があるまで、息を潜めてそこでじっと待つ。

漁師として長年鍛えられた彼らの船を操る技術は、本当に見事なものだった。

小舟は、ほとんど水音を立てることなく漆黒の闇の中へと消えていった。

「さてと、それじゃあ俺たちも華々しく始めるとしようか」

俺は振り返り、覚悟を決めた顔のバルガスとルナに言った。

二人は、こくりと力強く頷き返す。

俺は、操舵室のコンソールパネルを迷うことなく素早く操作した。

まず、スキルを発動させてこの辺り一帯に濃い川霧を発生させる。

リバーサイド号の周囲が、あっという間に視界の悪い乳白色の霧に包まれた。

これで砦からこちらの姿を正確に捉えることは、さらに難しくなったはずだ。

「いよいよ、この作戦の主役の登場だぜ」

俺は、ニヤリと不敵に笑うと作戦の要である幻影投影装置のスイッチを入れた。

船体に埋め込まれた複数の装置が、低い駆動音を立てて起動する。

リバーサイド号の周囲に立ち込めた濃霧が、巨大なスクリーンになった。

そこに、俺が作り出したこの世のものとは思えない巨大な幻影が映し出される。

俺が頭の中にイメージしたのは、神話や伝説に出てくる巨大な水竜リヴァイアサンだ。

長くしなやかな体には、全てを切り裂く鋭い牙と爪が備わっている。

そしてその背中には、天を突くような巨大なヒレがいくつも並んでいる。

その体は、ぬらりとした不気味な光を放つ黒い鱗に覆われていた。

両目は、地獄の業火のごとく赤い光を爛々と放っている。

リバーサイド号そのものが、伝説の巨大な怪物の姿へと変貌を遂げたのだ。

「す、すげえ、こいつは俺の想像を遥かに超えてるぜ」

隣にいるバルガスが、呆然としながら感嘆の声を漏らした。

彼でさえ、この現実離れした光景には度肝を抜かれているようだ。

ルナは、さすがに少しだけ怖がっているのか俺の服の裾をぎゅっと握りしめている。

「大丈夫だルナ、これはただの絵だから何も心配ないぞ」

俺が優しく言うと、ルナはこくんと頷いた。

次に、音響装置のボリュームをためらうことなく最大にまで引き上げる。

船首に取り付けられた禍々しい龍の頭の装飾から、低い咆哮が放たれた。

それは、腹の底に響くような凄まじい地鳴りのような音だ。

グオオオオオオ、とその恐ろしい音は深い霧に反響した。

何倍にも増幅されて、渓谷全体にビリビリと響き渡る。

「よし役者は揃った、いよいよ舞台に上がるとしよう」

俺は舵輪を握り、ゆっくりと船を隠していた岩陰から出した。

深い霧の中から、巨大な水竜がぬうっとそのおぞましい姿を現す。

その圧倒的な威容は、我ながら完璧な出来だった。

これを見て、正気を保ったまま驚かない者がいるだろうか。

案の定、すぐに崖の上からけたたましい絶叫が聞こえてきた。

「な、なんだ、ありゃあ!?」

「おい、霧の中から何かとんでもないものが出てきたぞ!」

砦の見張り台が、蜂の巣をつついたように急に騒がしくなる。

ついさっきまで酒を飲んでだらけていた傭兵たちが、慌てて武器を手に取るのが見えた。

「川に、見たこともない化け物がいるぞ!」

「うそだろ、あんなでけえ生き物がこの世にいるわけが!」

彼らの声は、恐怖でかすれて明らかに震えていた。

無理もない、目の前に現れたのは神話に出てくる伝説上の怪物なのだから。

その全長は、五十メートルはあろうかという信じがたい大きさだ。

「よしよし、実にいい反応だ」

俺は、さらに彼らの恐怖心を徹底的に煽ることにした。

再び、音響装置で咆哮を轟かせる。

今度は、先ほどよりもさらに大きく長く威圧的に。

同時に、幻影の竜の目を一層強く禍々しく赤く光らせた。

その怪しい光が、恐怖に歪む傭兵たちの顔を不気味に照らし出す。

「ひいっ、こっちを見てるぞ!」

「目が合った、俺はもう殺される!」

傭兵たちは、完全にパニック状態に陥っていた。

その混乱は、あっという間に砦の内部にも伝わったようだ。

砦のあちこちで、窓に明かりが灯り始める。

怒鳴り声や、女性のものらしい甲高い悲鳴が聞こえてきた。

その頃砦の主であるバルトス辺境伯は、豪華絢爛な自室にいた。

上等な葡萄酒を片手に、一人ご満悦の様子だった。

「ふん、今日もあの愚民どもからたんまりと税を搾り取ってやったわ」

「この調子で金を貯めて、いずれは中央で大臣の席に」

そんな下らない野望に浸っていた、まさにその時だった。

部屋の扉が、壊れんばかりに乱暴に開けられる。

「へ、辺境伯様! 大変でございます!」

血相を変えて飛び込んできたのは、信頼している傭兵隊長だった。

「なんだ騒々しい、わらわの優雅な時間を邪魔するでない!」

バルトスは、気分を害され不機嫌そうに眉をひそめる。

「そ、それが、川に化け物が!」

「とんでもなく巨大な化け物が、現れたのでございます!」

「化け物だと、何を馬鹿なことを言っている」

「貴様、さては酔っているのか?」

バルトスは、隊長の報告を鼻で笑った。

しかし、その直後だった。

砦全体が、ビリビリと震えるほどのものすごい咆哮が響き渡った。

バルトスが持っていた葡萄酒のグラスが、その振動で床に落ちて赤い染みを作る。

「な、なんだ今の音は一体全体!?」

さすがのバルトスも、顔色を変えた。

彼は、慌てて窓辺に駆け寄り外の様子を窺う。

そして、見た。

濃い霧の中、ぬらりと光る巨大な体を。

天を衝くほどの、信じられないほどの巨体だ。

そして自分を睨みつけている、二つの地獄の炎のような赤い光を見た。

「ひ、いっ!?」

バルトスは、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。

その顔は、恐怖で真っ青になっている。

「ば、化け物、本物だ」

彼の頭の中では、忘れかけていた古い伝承が蘇っていた。

幼い頃に、祖母から聞かされた話だ。

この川には、古より川の主である巨大な水竜が棲んでいる。

そして欲深い人間を、容赦なく喰らうと。

「で、伝承は本当だったというのか!」

「へ、辺境伯様! いかがいたしますか!?」

「いかがもなにもあるか、すぐに攻撃だ!」

「総員で攻撃しろ、あの化け物を追い払うのだ!」

バルトスは、恐怖のあまり甲高い声で叫んだ。

その命令を受け、傭兵たちは弓に矢をつがえ一斉に放つ。

無数の矢が、ヒュンヒュンと音を立てて幻影の竜に向かって飛んでいった。

だが当然、矢は全て幻影をすり抜けていくだけだ。

何の手応えも、そこにはない。

「なっ、どうして矢が効かないんだ!」

「魔法か、いやそもそも実体がないというのか!?」

傭兵たちの混乱は、さらに深まっていった。

攻撃が効かないとなれば、彼らにできることはもう何もない。

「だめだ、もう逃げろ!」

「こんな化け物を、相手にできるわけがない!」

恐怖に駆られた傭兵の一人が、武器を捨てて逃げ出した。

それをきっかけに、他の者たちも我先にと逃げ惑い始める。

城壁の上は、まるで地獄のようなありさまになっていた。

「よし、これで仕上げだ」

俺は、バリスタの照準を砦の城門に合わせた。

もちろん、人を狙うつもりはない。

これは、最後の威嚇射撃だ。

「くらえ!」

放たれた巨大な矢は、唸りを上げて夜の闇を飛んでいく。

そして、城門のすぐ脇の壁に深々と突き刺さった。

ズドンという轟音と共に、頑丈な石壁が砕け散る。

その圧倒的な破壊力を目の当たりにして、傭兵たちの戦う気力は完全に消え去った。

そしてそのタイミングに合わせるように、崖の下から鬨の声が上がった。

「「「うおおおおおっ!!」」」

崖下で待機していたギルたちが、一斉に声を張り上げたのだ。

彼らは、その手に持った松明を力いっぱい振り回す。

あたかも大軍勢が、松明を掲げて崖をよじ登ってきているかのように見せかける。

闇と霧の中で、無数の炎が揺らめいていた。

それは、砦の中にいる者たちにさらなる恐怖と混乱をもたらした。

「て、敵襲だ! 化け物だけじゃないぞ!」

「下からも、敵の大群が攻めてくる!」

「もうおしまいだあ!」

砦は、内側から完全に崩壊していた。

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