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第10話

「この辺り一帯を治めておられるのは、バルトス辺境伯様でございます」

ゴンゾウは、ぱちぱちと爆ぜる囲炉裏の火を見つめながら語り始めた。

「先代の辺境伯様は、それはもう慈悲深いお方でした。我々のような貧しい村にも目をかけてくださり、年貢も軽く暮らしは決して楽ではございませんでしたが、皆が笑って暮らせる幸せな日々でございました」

しかし、その先代が病で亡くなり、たった一人の息子が後を継いでから全てが変わってしまったらしい。

「今の若様……いや、バルトス様は金にしか興味がない冷酷なお方でしてな。我々が川で捕る魚に、途方もない重い税をかけ始めたのです」

その驚くべき額、なんと収穫の八割。

これでは、どう頑張っても暮らしていけるはずがない。

「もし逆らえば、村を焼き払い皆殺しにすると脅され、我々にはどうすることもできず……。それで、ギルたちは村の子供たちを飢えさせないために、やむにやまれず水賊などという真似を……」

ゴンゾウは、悔しそうに皺だらけの拳を握りしめた。

話を聞いていたバルガスが、呆れたように大きなため息をつく。

「収穫の八割だあ?そいつは、税金じゃなくてただの強盗だな」

「ええ。まさに、その通りでございます。おかげで、村の若い者はほとんどが村を出て行ってしまいました。今残っているのは、わしらのような年寄りとまだ幼い子供たちばかり……。このままでは、この村もそう長くはありますまい」

ゴンゾウの顔には、深い絶望の色が影のように浮かんでいた。

「そのバルトスってのは、どこに住んでるんだ?」

俺が尋ねると、ギルが待ってましたとばかりに答えた。

「この村から、さらに半日ほど川を上った場所に砦を兼ねた屋敷を構えてやす。川沿いの崖の上に建ってる、いかにも悪趣味なやつが」

「兵隊の数は?」

「さあ……。ちゃんとした兵士は、そんなにいねえはずです。ほとんどは、金で雇った素行の悪い傭兵どもだと聞いてやす」

なるほど。

典型的な、三流の悪徳領主のようだ。

自分の私腹を肥やすことしか考えていない、救いようのない小物である。

こういう手合いは、自分より圧倒的に強い相手には滅法弱い。

「……分かった。話は、だいたい見えた」

俺はゆっくりと立ち上がった。

「ゴンゾウさん。あんたたちの苦しみは、俺が必ず終わらせてみせる」

「……ミナト様。ですが、相手は領主様です。あなた様にご迷惑をかけるわけには……」

「迷惑だなんて思うなよ、じいさん」

ゴンゾウの言葉を遮ったのは、腕を組んで聞いていたバルガスだった。

彼は、自信に満ちた不敵な笑みを浮かべている。

「俺たちの旦那はな、口だけじゃねえんだ。なあ、そうだろミナト?」

「ああ。任せておけ」

俺の力強い返事に、ゴンゾウとギルの目に確かな希望の光が宿った。

「さてと。それじゃあ、早速だが作戦会議を始めようか」

俺は、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

スキルで作った、この辺りの簡易的な地図だ。

ギルから聞いた情報を元に、バルトス辺境伯の屋敷の位置とその周辺の地形を詳しく書き込んでいく。

「敵の戦力は、おそらく五十人前後。ほとんどが、規律も何もないただの傭兵。それに対して、こっちの戦力は……」

俺は、バルガスとギルたち屈強な漁師たちの顔をぐるりと見回した。

「バルガスが一人で、三十人は相手にできるとして……。ギルたちも、漁師の喧嘩には慣れてるだろ?」

「へい!相手が武器を持ってなけりゃあ、負ける気はしやせん!」

ギルは、自慢の力こぶを作って見せた。

「よし。だが、正面から乗り込むのはあまり得策じゃないな。無駄な血は、一滴も流したくない」

俺が考えていたのは、もっと賢くて面白いやり方だ。

相手を、戦う前に完全に屈服させる。

そのための、とっておきの策があった。

「俺に、いい考えがある。みんな、よく聞いてくれ」

俺は、地図を指差しながら俺の考えた作戦を説明し始めた。

それは、リバーサイド号の機能を最大限に活用した、誰も思いつかないような奇想天外な作戦だった。

俺の説明を聞き終えたバルガスとギルは、最初はきょとんとしていた。

だが、やがてその内容を理解すると、子供のように目を輝かせる。

「はっはっは!なるほどな!そいつは面白い!まるで、英雄譚の芝居みてえな作戦だ!」

バルガスが、腹を抱えて大声で笑った。

「旦那……あんた、本当にすげえや。そんなこと、普通は思いつきもしねえ」

ギルも、心の底から感心しているようだ。

「この作戦の成功には、あんたたちの協力が必要不可欠だ。やってくれるか?」

「「おうよ!」」

バルガスとギルは、声を揃えて力強く頷いた。

作戦は決まった。

決行は、明日の夜。

それまでに、必要な準備を完璧に整えなければならない。

「よし。それじゃあ、早速準備に取り掛かろう。俺は、船の改造をする。バルガスとギルは、村の男たちを集めて作戦内容を伝えてくれ」

俺の指示に、二人はすぐに行動を開始した。

俺はルナを連れて、リバーサイド号に戻る。

「ミナト、何をするの?」

ルナが、不思議そうに小首を傾げて聞いてきた。

「ふふふ。見ててごらんルナ。この船が、今からすごいものに変身するから」

俺は甲板に立つと、再び【万能造船】のスキルを発動させた。

今回の改造は、これまでで最大規模のものになるだろう。

俺は、頭の中にこの作戦のためのあるものの設計図を思い浮かべた。

それは、前世の知識を元にしたこの世界には存在しない、とある特殊な装置。

【木材:100】【鉄:50】【ガラス:30】【魔石:10】

必要な素材が、頭の中に表示される。

ガラスと魔石は、アクア・ポートの町で念のために買っておいたものだ。

まさか、こんなに早く使うことになるとはな。

「いくぞ、リバーサイド号!」

俺が船体に手を触れると、船全体がこれまで以上の強い光を放ち始めた。

ギシギシと、船がきしむ音が周囲に響き渡る。

船のあちこちで、見たこともない新しい部品が組み上がっていくのが見えた。

甲板の上には、巨大な筒のようなものが何本も設置されていく。

船首には、龍の頭をかたどった非常に威圧的な装飾が取り付けられた。

そして、マストのてっぺんには大きな水晶玉のようなものがはめ込まれる。

ルナは、口をあんぐりと開けてその光景をただ見つめていた。

やがて、まばゆい光が収まる。

目の前には、以前の面影をほとんど残していない、異様な姿のリバーサイド号がその威容を誇示していた。

船というよりは、もはや移動要塞と呼んだ方がしっくりくるかもしれない。

「どうだルナ。すごいだろ?」

「……うん。なんだか、悪い竜みたいで格好良い」

ルナの素直な感想に、俺は思わず苦笑した。

まあ、今回の作戦の目的を考えればその感想はあながち間違いではない。

俺は、新しく設置された装置の一つに触れた。

これこそが、俺の作戦の切り札だ。

その名も、【幻影投影装置】。

魔石の力を使って、光と音で巨大な幻を作り出すことができる特別な装置だ。

これを、複数組み合わせることであたかも本物の怪物がそこにいるかのように見せかけることができるのだ。

「さてと、役者は揃った。あとは、舞台の幕が上がるのを待つだけだな」

俺は、崖の上にそびえ立つという悪徳領主の屋敷を睨みつけた。

夜になり、村では俺たちのためのささやかな宴が開かれた。

ギルたちが、川で獲れたばかりの新鮮な魚をたくさん振る舞ってくれたのだ。

焚き火を囲み、村人たちと一緒に食事をする。

昼間は不安そうな顔をしていた子供たちも、今は満面の笑顔で走り回っていた。

バルガスは、村の男たちとすっかり打ち解け、酒を酌み交わしながら豪快に笑っている。

ルナは、村の子供たちに囲まれて魚と話す能力を披露して大人気だった。

どこにでもある、平和で穏やかな村の光景だ。

この笑顔を、俺が必ず守ってみせる。

宴もたけなわになった頃、俺は一人で船に戻った。

甲板に立ち、静かな夜の川を眺める。

明日になれば、全てが終わる。

いや、ここから全てが始まるのだ。

「ミナト」

背後からの声に、俺はゆっくりと振り返る。

ルナが、そこに静かに立っていた。

「どうしたルナ。眠れないのか?」

「うん。なんだか、胸がドキドキして」

ルナは、俺の隣にやってくると小さな手で俺の服の袖をぎゅっと握った。

「ミナト、無理しないでね。危ないことは、絶対にしないで」

「大丈夫だよ。今回の作戦は、戦うためのものじゃない。派手に脅かすためのものだからな」

俺は、ルナの頭を優しく撫でた。

「俺たちは、伝説の怪物を演じる役者なんだ。派手に登場して、悪役を懲らしめて格好良く去っていく。そんな、楽しいお芝居みたいなものさ」

「……お芝居?」

「ああ。だから、心配するな。きっと、うまくいく」

俺の言葉に、ルナは少しだけ安心したような顔になった。

俺たちは、しばらくの間二人で穏やかな川面を眺めていた。

川の向こう岸では、時折、獣の遠吠えが聞こえる。

空には、決戦の夜を照らす満月が煌々と輝いていた。

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