とぼけ影
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
先輩はモニュメントって、これまでどれくらい見たことありますか?
記念碑。なんとも不思議な感じがします。実際にその瞬間を目の当たりにした人には確かな現実なのですけれど、後から生まれた人にとってはその瞬間を知らないものの存在をたたえるもの……これ、信じられますか?
歴史をひもとき、科学的に分析し、どれほど信頼できる情報を提示されようとも。この目で確かめていないことは、腑に落ちきるのは難しい。違いますか?
世界中のみんなが、よってたかって私一人をつるし上げようとしている。誇大妄想がすぎると思われるかもですが、生きている限り可能性はゼロじゃない。
どのようにして、そのほころびに気づけるか? いえ、気づかないまま流されたほうが幸せなのでしょうか? 答えは結果をもってしか知りようがない、というのが人間の限界なのかもですね。
ちょっと前に父から聞いた話なんですけれど、耳に入れてみませんか?
父の小さいころに住んでいたところは、とある戦国武将が治めていたんですよ。
う~ん、歴史的に見たらかなりマイナーよりじゃないですかね? でも、地元の人にとっては善政を敷いてくれた人として、偉大な人物扱いみたいですよ。
その人なんですが、父が幼いころには駅前に銅像が存在していたらしいんです。馬に乗って太刀を振り上げた鎧姿という、なかなかかっこよいサマだったとか。
今は駅が新築されるのに合わせて取り除かれてしまい、ロータリーとなっているみたいですけどね。
――え? 普通、そういうモニュメントをうまいこと避けたり、囲ったりすることで、保存していくものじゃないか?
私もそう思うんですけれどね。父の話だと、どうもその人は戦で暴れすぎたとかで、相当に恨みを買っている一面もあるそうでして。
長く同じ場所にあり続けると、まさに積年の恨みってやつがたまって、よくないことが起こる恐れがある。駅の新築は撤去によい機会といったところでしてね。
……とまあ、建前はこのようなところです。
父も生まれたときに聞かされたことなのですが、それがどれほどまことのことなのか、ちょっと疑わしく思うできごとがあったらしくって。
当時の父の家は、かの駅のすぐ近くだったようで。二階にあがると、例の銅像を見下ろすことができる立地にありました。
父の部屋は二階にありまして、夜中に目が覚めてしまって眠気がなかなか湧いてこなかったりすると、窓を開けて外の空気を吸いながら景色を眺めることがしばしばあったそうです。
ただ、その日は銅像まわりに三人ほどの人影が取り巻いていたそうなんです。夜中で明かりもない角度でしたから背の高さくらいしかわかりませんが、大人に小さく、子供にでかく……中肉中背がそろっていたようですね。
――なにやってるんだ?
興味が湧きつつも、父は息を殺すようつとめます。この夜中にこっそり活動している連中なんて、どうせろくなものじゃないですからね。かぎつけられたら面倒です。
三人はちょこちょこと像のまわりをうろついていましたが、ほどなくそろってぴんと背中を伸ばして止まりました。
するとどうでしょう。かの銅像がたちまち炎に包まれてしまったんです。
いえ、あれは炎と呼んでよいものかどうか。確かに下から上へ、輪郭をゆらめかせながら盛んにのぼらせていく様は、火のそれとうり二つだったらしいのですが。
全身が緑色なんです。当時の父としてもだいだい色の炎は酸素が少なく、青色の炎は酸素が多いというくらいは知っていましたが、緑の火といったら花火くらいしか思いつきません。
――もしや、あの連中は花火師か何かで、あれも練習のうち? いやいや、いくらなんでも罰当たりすぎないか?
そうは思ってもやっかいものに絡みにいく度胸など、とうていなく。
父は逃げるように布団の中へ。やはり眠れないまま、朝までもぞもぞしていたそうです。
翌朝。通学路にもなっているので駅前を寄っていきましたが、銅像は変わりなくたたずんでいました。表面には焦げや、薬物などが塗られた痕跡などはちっともありません。
彼らがきれいに始末をした、という線もなきにしもあらずですが、あの光景はなんとも父には印象的すぎて。つい学校でみんなにいろいろ話してしまったのだそうです。
しかし、どうしたことか。みんなが口をそろえていうのです「見間違いじゃないのか」と。
たいていのことは、拒む意見ばかりじゃないじゃないですか。「なになに?」と尋ねてくることもあれば「〇〇なんじゃね~の」と自分の見解を示すこと。あるいは、無視してくることも考えられるでしょう。
しかし、この問いに関してはみんなが反応してくれたうえで、判を押したように見間違い説を押してくるのです。
子供ゆえの直感といいますか、父は「裏になにかあるだろ、これ」と感じまして、学校から帰るや親である祖父母に相談したんです。
やはり祖父母もはじめは「見間違いだろ」と返しましたが、ひとつ屋根の下で暮らす家族ですから、適当にけむに巻いておしまいとはいきません。父はぐいぐい食い下がって祖父母からようやく別の反応を引き出すことはできましたが、あまり良いことではなさそうでした。
「できるなら、お前の言葉を妄言にさせときたがったが、もう無理らしい」
そう手鏡を渡して、自分の顔を見るように促してくる祖父。実際に父が見てみると、つい先ほどまではなかった大きな青タンが、おでこにできているのを確認できたようです。
しかも、鏡に映しているうちに青タンは少しずつ色を変え、緑色へ変じていきました。ちょうど、あのときに銅像を包んでいた炎と同じ色合いに。
「お前の話す連中に、目をつけられた。今宵、お前もあれと同じように、緑の炎に焼かれるだろう。人も結局は血と肉の水袋、火にあぶられればどうなるか、お前も分かるだろう?」
父は目をぱちくりさせた、とのことです。
告げられる内容が、突拍子もなさすぎてすぐには理解できなかったのです。でも祖父母はその間に近くの棚の中からお守りを取り出すと、父へ渡してくれます。
「今日以降、奴らが来るまでの間、夜にはずっとそいつを身に着けておけ。さもないと、お前がほんとに燃えるぞ。そのときになったら、俺たちはお前に何もしてやれんからな」
父は愚直に言いつけを守り、祖父母も一緒の部屋で寝てくれるようになりましたが、警告の通りになってしまいます。
数日後。
寝ていた父ははっきりと、体中が金縛りにとらわれるのを感じました。
まぶただけは開けます。見ると、明かりを消した部屋の中で、あの三つの人影が自分のまわりをぐるぐる回っているのがわかりました。
部屋の中は、普段よりもいっとう暗い。自分をはさむように祖父母が眠っているにもかかわらず、その布団の形すら見ることができません。
まるで自分と影たちしか、世界にはいないかのようだったと父は語っていました。指一本動かせず、声もろくに出せないまま、やがてふところが熱くなってきました。
お守りを入れていたところです。お風呂の湯がじょじょに温まっていくように、お守りの帯びる熱も高まっていきました。ただし青天井で。
間をおかず、父は暴れずにはいられないほどの熱にあえがざるを得なくなりました。しかし、いずれも実現しません。いまだ続く金縛りが、父にいっさいのわがままを許さないのです。
どれほど泣き、叫び、もがいたかわからず、これが続くのならいっそ死んだほうがまし……とさえ思えるほどの時間が過ぎるや、ふっと三つの影とともに、ふところの熱が消えました。
景色も戻ってきます。いつもの部屋の中、自分をはさむように眠る両親の姿がそこにはありました。必死に二人を起こしたうえで胸を見ると、お守りはすっかり焼き焦げていたそうです。生地の一部が、皮膚にこびりついてしまうくらいに。
そのお守りの中から出てきたのは、銅のかたまり。あの駅前の像と同じ材料と思しき一片が入っていたとのことです。
無関係をよそおわねば、縁あるものとみなし害してくるもの。
ここ数十年はあらわれていないようですし、像とは別の対策もとるようになったそうですが、父の胸には当時の焦げ痕がまだ残っているんですよね。




