④ヒロシ、絶叫!
暗い夜道を歩く、三人の影。
風に転がる落ち葉を踏みしめながら、祐介は街灯の光に近寄らないよう、注意して進んだ。
途中、何度もアツシが暴れたが、その度に祐介と凛が、蹴って殴って強制的に進ませた。
おかげで、肌寒かった身体が温まった。
畑は、すぐに見えてきた。
約五メートル四方の、狭い土地だ。
周りには他人の畑があり、近くに家はない。
ここまで来るのに、人ともすれ違っていない。
それはとても幸運だったが、ここにきて、祐介の具合が悪くなる。
「……なあ凛、このマスク変じゃないか? ずっと思ってたんだけど、煙草とニンニクの匂いがするぞ」
「あ、それ玄関に落ちてたマスク。あのおじさんが着けてたやつだよ」
「おぶぉええ……!」
祐介は、嘔吐しそうになった。
急いでマスクを取ると、地面に叩きつける。
「お前、ふざけんなっ! おっさんが着けてたマスクを渡してくるか、普通!」
「だって、マスク二枚しかなかったんだから、しょうがないよ。誰かが、あのマスクをしないと」
「だったら、ヒロシでいいだろ! ゾンビなんだから、気にしないだろ!」
「あ、言われてみれば、そうだねー」
「……ふざけんなよ、まったく!」
ペッペッと、何度も唾を吐く祐介。
その時、遠くで車の走る音がした。
続けて、犬の遠吠えも聴こえると、祐介は焦りを覚えた。
いつまでも、気持ち悪がってはいられないのだ。
誰かに目撃される前に、事を済まさなければ。
祐介は気を取り直し、少し離れた茂みの中にある大きな木に、ヒロシを縛り付けた。
ヒロシに着せていたロングコートを脱がし、それを使って動けないようにしたのだ。
ヒロシの見張りは、凛に任せる事にして、祐介は土を掘るためのスコップを探した。
街灯の弱い明かりが、それらしき農具を照らしている。
「お、スコップ発見!」
祐介は、誰かの畑に放置されていた、長さ一メートル程の鉄製のスコップを見つけた。
ヒヤリと冷たいスコップを両手で持ち上げると、枝豆を植えている畑へと戻った。
畑の枝豆は、辺り一面、乱雑に生えていた。
ちゃんと畝にしていないからだ。
ヒロシらしい、いい加減な植え方だが、それがかえって好都合。
人一人なら、隠せるだろう。
祐介は力を込めて、中央付近をスコップで掘り始めた。
一方、木に縛ったヒロシを監視している凛は、とても暇だった。
鼻歌を歌ったり、木の枝を振り回して時間を潰していると、性懲りも無くまたヒロシが暴れだした。
「もうっ! ヒロシ、しつこいよ!」
怒り顔で凛が近づくと……ゴツンッ!
ヒロシが凛に、頭突きをした。
それは大きな石と石が、ぶつかるような音だった。
突然の衝撃に、凛は膝の力が抜け、大の字で倒れる。
ほどなくして、頭を押さえ半身を起こす凛。
「いたたた……」
パラパラと、土や枯れ葉を落としながら立ち上がると、ヒロシを睨みつけた。
「いったぁい……もうっ、何すんの! ヒロシのバカ! ハゲ! デブ! エロオヤジ!」
「おい凛、助けてくれよぉ!」
なんと、突然ヒロシが喋り出した。
凛は驚きのあまり、思考が停止する。
口を縛るタオルが外れたヒロシは、次々に言葉を発した。
「凛、聴いてるのか? 早く縛ってるこれを取ってくれよ! 俺はゾンビじゃないって! ずっと演技してたんだよぉぉ!」
ぽかんと、口を開けたままの凛。
言葉が出てこない。
まるで静止画のように、ピタリと動きを止め、立ち尽くした。
「お前、俺に精力増強のドリンク、飲ませただろ? あの時に目が覚めたんだよ! それでムカつくから、ゾンビのふりして、お前に襲いかかったんだよ! 懲らしめてやろうと思ってな! だって、こっちは階段から落ちて死にかけたんだからな!」
何度も瞬きを繰り返した後、凛は恐る恐る、ヒロシに問いかけた。
「……呼吸してなかったって……お兄ちゃん言ってたよ」
「それ、たぶん睡眠時無呼吸症候群だよ! 今月から病院に通い出したって、言っただろう?」
そういえば最近、ヒロシが無呼吸がなんとか言っていたような気がする。
そんな事を思い出しながら、凛は再び問いかけた。
「……じゃあ、ずっと演技してたの? 人が訪ねて来ても?」
「仲西のオヤジの事か? あいつ、金の催促に来たのが分かってたからな。ああやって、追い払ったんだよ」
凛は頭を抱えて、顔を左右に振った。
「嘘よ、そんな訳ない。これは夢よ。私、頭を強く打って幻覚を見てるんだ……絶対にそうよ。だって、ゾンビが喋るわけないもん……」
「だから、ゾンビじゃないって! 祐介にも言ってくれよ! このままだと、あいつに頭をカチ割られて、埋められちゃうよぉぉぉ!」
頭が混乱していた凛だが、ふと昨日読んだ少女漫画を思い出した。
その内容は、今の状況に酷似している。
頭を打った少女が、不気味な男の幻覚に操られる話だった。
……私は、この少女のようにはならない。
……操られてなるものか。
凛は、ヒロシを鋭く睨んだ。
何かを決意した目だった。
ヒロシに近づくと、緩んだタオルを再び口に押し付け、きつく結ぶ。
ヒロシは、またフガフガと唸り、喋れなくなった。
「私、騙されないからね!」
そこへ、穴を掘ったばかりの祐介が、スコップを肩に担いでやってきた。
薄っすらと、汗をかいている。
穴を掘る作業は、かなりの肉体労働なのだ。
息を整えながら、凛に問う。
「どうした、凛?」
「早く、ヒロシを……幻覚を見せてくる、このゾンビをやっつけて!」
「幻覚?」
「とにかく早く!」
「ああ、分かったよ」
祐介はヨイショと、重い鉄製のスコップを高く持ち上げた。
それを見上げて、ヒロシは顔を激しく左右に振った。
「フガーッ! フガーッ!」
助けてくれと訴えるように、ジタバタしている。
それは、まるで生きた人間のようだった。
「悪く思うなよ、ヒロシ。いや、生きた屍、ゾンビ!」
殺意に満ちたスコップが、ギラリと光る。
次の瞬間、それは勢いよく振り下ろされた。
「オラーッ!」と叫ぶ祐介。
「行けぇぇ!」と叫ぶ凛。
「フンガーッ!」と叫ぶヒロシ。
——任務完了。
祐介が、土をかぶせる。
その上に、寄せてあった枝豆の蔓を元どおりに置いた。
「これでよし! まさか育てている農作物の真下に、ゾンビが眠っているとは、誰も思わないだろう」
「やったね、お兄ちゃん。まさに、木を隠すなら森の中っていうやつだね!」
「いや、ちょっと違う。とにかく、もう帰ろうぜ。腹が減ったよ」
「そうだね。冷蔵庫にローストビーフがあるから、あれ食べようよ」
「いや、ちょっと肉はいいや……」
そんな会話をしながら、祐介は、ふと空を見上げた。
秋の夜空には、満天の星が輝いていた。
……ウゥゥゥ……。
どこかで、地獄からの呻き声がする。
そして、モソモソと土が動き出した——
おわり




