表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化決定】悪役令嬢の取り巻きAですが、断罪イベントの段取りを完璧にこなしたら、なぜか俺様王子に引き抜かれました  作者: 天地サユウ
第七章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/98

第七十九話 素顔が見えない集団

 10月31日。

 空は高く澄み渡る秋晴れだったが、王都の空気は重く、灰色に淀んでいた。

 

 王太子執務室。

 私は窓の下を見下ろし、淹れたてのコーヒーに口をつける気にもなれず、ソーサーにカップを戻した。

 カチャンという陶器の音が、室内の沈黙を際立たせる。

 

 眼下のメインストリートは、異様な集団によって埋め尽くされていた。

 

「リリアナよ、あの薄気味悪いパレードは何だ……?」

 

 殿下が、私の感想を代弁するように低く呟いた。

 頭に麻袋を被り、目の部分に穴を開けた者。

 薄汚れたシーツを全身に巻きつけ、亡霊を真似る者。

 カボチャをくり抜き、頭から被っている者。

 

 彼らは無言で、あるいは低い唸り声を上げながら、街を行進している。

 無機質な『素顔が見えない集団』。

 それが白昼堂々と王都を練り歩いている。

 

「『収穫感謝祭』――通称ハロウィン。本来は秋の実りを祝い、冬と共に来る悪霊を追い払うための古い土着信仰だったはずですが」

「今となっては、ただの集団示威行為と化したか」

 

 殿下が忌々しげに書類をデスクに放り出す。

 今年、王都の貧困層や若者の間で広まった新興思想団体『ジャック・オ・ランタン』。

 

 彼らが提唱したのは、「祭りの日は無礼講である」「仮面を被れば王も乞食も等しく精霊となる」という思想だった。

 その甘い言葉に誘われ、日頃の不満を抱えた市民たちが、手作りの安っぽい仮面で顔を隠し、通りへ繰り出したのだ。

 

 彼らが掲げるプラカードには、赤いペンキで殴り書きされた文字が踊っている。

 

『トリック・オア・トリート(平等か、破壊か)』。

 

「お菓子をねだる子供の遊び言葉を、よくもここまで醜悪なスローガンに変えたものです」

「リリアナ、衛兵を動かすか? 商店街からは、ショーウィンドウを叩かれたり、ゴミを撒かれたりといった苦情が入っているそうだな」

「難しいですね。彼らは武器を持っていませんし、明確な傷害事件も起こしていません。ただ、練り歩いているだけですから。祭りの行列を公権力で取り締まれば、それこそ『王家の横暴』、『表現の自由への弾圧』と批判されかねません」

 

 こめかみを抑える殿下の苦悩は深い。

 法的にグレーな領域で、彼らは大衆という名の圧力をかけてきている。

 

 素顔を隠し、集団に埋没することで責任の所在を曖昧にする。それは、これまで私たちが戦ってきた明確な悪役とは違う、掴みどころのない敵とも言える。

 そんな新たな敵を前にして、悩んでいた時、執務室の鉄扉が乱暴に開かれた。

 

「リリアナ! あなた! 不愉快ですわ!」

 

 もはや見るまでもなく分かる、イザベラ様だ。

 今日の装いは、この日のためにあつらえた『吸血の女帝』スタイル。

 漆黒のベルベットドレスが血のように赤いルビーで縁取られ、背中にはコウモリの翼を模したマントを着用している。

 首元には牙を剥いた狼の剥製があしらわれ、手にした扇子は、鋭利な黒鳥の羽根で作られている。

 

 完璧に計算された美しさは、外の粗雑な集団とは対極にある。

 

「イザベラ、外の様子はどうだ?」

「最悪ですわ。私の馬車が通りたくても、通れませんの」

 

 イザベラ様は扇子で肩についた埃を優雅に払いながら、吐き捨てるように言った。

 

「あの薄汚い麻袋を被った民衆が、私の馬車の前に立ちはだかると、何と仰ったと思います? 『トリック・オア・トリート。富を分配しろ!』ですのよ?」

「……通行料の要求か。それは脅迫ではないか」

「ええ。さらに泥まで投げてきましたのよ? ローゼンバーグ公爵家の紋章に向かってですのよ!?」

 

 イザベラ様の瞳に怒りの炎が灯る、と思いきや、ふふんと鼻を鳴らし、呆れたように続ける。

 

「全くなんて不器用で、いじらしい求愛行動なのかしら」

「……はい?」

「あら、分からないの、リリアナ? 『お菓子(愛)をくれなきゃ、悪戯(破壊)するぞ』。つまり、『貴女の愛が欲しくてたまらないけれど、素直になれないから意地悪をして気を引くしかない』という、極めて幼稚なアプローチですわ!」

「暴徒による恐喝かと思いますが」

「違いますわ! 泥を投げたのは、私という高貴な存在に触れたい。けれど届かないからと、大地を通じて間接的にコミュニケートしようとしたのですわ! なんて健気な、そして不器用な愛情表現だこと!」

 

 出た。イザベラ様メソッド超解釈。

 彼女の目には、暴徒の悪意すらも自分への歪んだ愛に変換されている。

 

「ですが、美しくありませんわ! 好きな子のスカートをめくる男子のような精神性! 顔を隠してコソコソするなんて、恥ずかしがり屋にも程があるわ! 公爵令嬢への愛の告白なら、堂々と目を見て跪くのがマナーでしてよ!」

 

 イザベラ様が「再教育が必要だわ」と、扇子をバチンッと閉じた時、窓の外から大きな歓声が上がった。

 

 私たちがバルコニーへ出ると、広場の中央に、木箱を積み上げた演壇の上に、一人の男が立っていた。

 

 頭には巨大なカボチャの仮面。

 体にはボロボロのマント。

 「ジャック」と名乗る集団の扇動者だ。

 

「聞け! 名も無き同胞たちよ! 我々は普段から名前や身分、そして借金や労働に縛られている! だが今日、この仮面の下では貴族も平民もない! あるのは数という力だけだ!」

「「「そうだ! そうだ!」」」

 

 地鳴りのような歓声。

 個を捨てた集団の熱狂は、見ていて寒気がするほどだ。

 

「見ろ! あそこで優雅に茶を飲もうとしている特権階級がいるぞ! 我々が泥水を啜っているというのに、のうのうとな!」

 

 ジャックが指差した先――広場の西側。

 そこには異様な空間があった。

 青白い魔導照明を浮かべた、豪奢な『幽霊船』を模した山車。その甲板で、優雅にティーカップを傾けているカトレア様がいた。

 

 今日の彼女は『深海の亡霊』をモチーフにした薄青のシルクドレス。

 まるで海水に濡れているかのように肌に吸い付き、美しいドレープを描いている。そして彼女の頭上には、真珠と海藻の細工があしらわれた、豪奢で巨大な海賊帽キャプテンハットが誇らしげに乗っていた。顔色は白粉で蒼白に仕上げているが、その表情は毅然としており、生気に満ち溢れている。

 

 その傍らでは、カトレア陣営の参謀役であるエステナが、片手で眼鏡を押さえながら手元のクリップボードに目を落としていた。

 

「カトレア様。暴徒の数は推定三百。現時点で明確な武器は確認できませんが、これ以上の挑発は物理的な被害リスクを伴う確率が八十二パーセントを超えます。直ちに山車を後退させ、一時避難を推奨します」

「あら、騒々しいですわね。私の静寂な海を邪魔しないでくださる?」

 

 エステナの冷静な進言をよそに、カトレア様は扇子代わりのバチで払う仕草をする。

 その瞬間、背後に控えていた『太鼓持ち軍団』(全員、ゾンビメイクを施したメイド服姿だ)が一斉にさえずり始めた。

 

「その通りですわ、カトレア様!」(太鼓持ちB・C・D)

「幽霊船の船長たるカトレア様の風格、まさに海の支配者ですわ!」(太鼓持ちE・F・G)

「海賊帽の傾き具合が芸術的ですの!」(太鼓持ちH・I・J・K)

「皆様方、少しは危機感というものを持ってください……」

 

 呆れ果てたエステナのツッコミは、太鼓持ち軍団の圧倒的な賛美の声にかき消された。

 さらに、仮面を被った群衆は止まらない。

 

「贅沢だ! 俺たちにもよこせ!」

「平等に分けろ!」

 

 群衆の中から、誰かが石を投げた。

 カトレア様のテーブルのティーポットが割れ、熱い紅茶がテーブルクロスを汚す。

 

「なっ!? なんということを……!」

 

 カトレア様が怒りに任せて立ち上がる。

 彼女は巨大な海賊帽の下から、鋭い視線を群衆に向けた。

 

「誰ですの!? 名乗り出なさい!」

 

 だが、誰も名乗り出ない。

 仮面を被った者たちは、互いに顔を見合わせ、ニヤニヤと笑い、口々に叫ぶ。

 

「俺たちは大衆であり、個人ではない」

 

 無数の責任転嫁の声。

 誰が投げたのか分からない。

 だからこそ誰も謝らない。

 カトレア様は拳を握りしめ、震えていた。

 暴力そのものよりも、不気味な悪意にプライドを傷つけられているのだ。

 

「嘆かわしいですわね……」

 

 私の隣で、イザベラ様が低く呟いた。

 

「あれも求愛行動の一種かしら? カトレアの気を引きたいあまり、物を壊して騒ぐ……まるで玩具売場で駄々をこねる幼児ですわ」

「……イザベラ様には、そう見えますか?」

「ええ、カトレアという絶対的な個に憧れ、自分も見てほしいけれど、自分には中身がないから『数』で埋め合わせようとしている。……空っぽですわね」

 

 イザベラ様が手すりにかけた手に力が入る。

 

「リリアナ、行くわよ。あのような不器用で美しくないアプローチは、私が添削してやりますわ」

「イザベラ様、危険です」

「おい、イザベラ、待つのだ」


 イザベラ様はドレスの裾を翻し、部屋を出て行った。

 私はバインダーを抱え、殿下も急足で後を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ