第九話 想定外は、いつも上司から
本日17時も投稿します(予定)
また、後書きも見ていただければ嬉しいです。
「お待ちなさい! 聞き捨てなりませんわね、狸親父!」
最前列にいた孔雀――もとい、イザベラ様が優雅に羽を広げた。
私が止める間もなく、イザベラ様は扇子を畳み、公爵の前に立ちはだかる。
「殿下が『奇妙だ』と評したのなら、つまり……それは醜いということですわ! 貴方のその姿は、美への冒涜! 何より、殿下が指摘したその胴回り! 紳士の服にあるべき自然なラインが崩れておりますわよ! 公爵家の品位を疑われる、最悪のコーディネートですの!」
「……美への冒涜? コーディ…き、貴様はいったい何を言っているのだ……!?」
「お黙りなさい! 耳障りな音まで立てて。その外套の中に、いったい何を隠していらっしゃるの?」
その声に合わせ、『取り巻き軍団』が一斉に畳み掛ける。
「その通りですわ!」(取り巻きB・C)
「隠し事なんて許されません!」(取り巻きD・E・F)
「イザベラ様の審美眼こそ正義でしてよ!」(取り巻きG・H・I)
「剥いじゃってくださいまし!」(取り巻きJ・K)
取り巻きたちの援護射撃を受け、イザベラ様はヒールをカツカツ鳴らし、公爵へ一気に迫った。
「その見苦しい胴回りを、私が矯正して差し上げます!」
「なっ、何をする!? 私に触るんじゃない……!」
公爵が後ずさるが、イザベラ様の手が先に届く。
公爵の乱れた上着の合わせ目に手を伸ばすと、腰帯をあるべき位置へ強く引き締める。
「じっとなさい! 帯が緩んでいるからシルエットが崩れるのですわよ!」
「は、離せと言っているだろう……!?」
公爵は顔を引きつらせ、彼女の手を振り払おうと体を捻った。
その拍子に――ブチッ。
何かが切れた音と同時に、一本の短い巻物が床を転がった。
「あっ……」
公爵が小さく声を漏らした。
さらに、コトン、コトン。
何本も続けて落ち、床を転がる。
「……あら、外套の下に、こんなものを仕込んでいらしたの? 道理で胴回りが不自然に膨らむはずですわ。……それで、この巻物はいったい何ですの?」
足元の羊皮紙の巻物を、イザベラ様が拾い上げた。
「返せ……!」と、公爵が蒼白になって手を伸ばす。
だが、その指先が触れるより早く、彼女が扇子で「パチンッ」と手を叩き払った。
「お手を引きなさいませ」
「くっ……」
イザベラ様は巻物をほどき、紙面へ視線を落とす。
「……『署名者一覧』? まあ。血の指印までびっしりと。ノールドハイン伯爵。レーマン子爵……」
イザベラ様が、さらりと二つ三つ名を口にした瞬間だった。
「ひ、ひいっ……!」と最前列の貴族が顔色を変えて叫んだ。
イザベラ様は顔を上げ、玉座へ視線を向けた。
「陛下、殿下。こちら、ご覧になってくださる?」
イザベラ様が玉座の段の手前まで進み出る。
「ほう……」
玉座の間が静まり返る中、陛下が低く呟き、身を乗り出す。
殿下もまた、目を細めて羊皮紙へ視線を落とした。
「父上、署名の列に見覚えのある名がいくつもございます」
殿下の声は低く、冷たかった。
陛下の瞳には弟への情けなど微塵もない。ただ王としての冷徹な怒りだけが宿っていた。
その視線に射抜かれ、公爵は足を震わせる。
共犯者の貴族たちも青ざめ、椅子の上で固まった。
その中の誰かが、静かに声を漏らす。
「あ、あれは、私の名……」
「馬鹿な……あれほど厳重に保管すると言ってたではないか……」
公爵は陛下の氷のような視線と、足元に広がった動かぬ証拠を見つめ、膝から崩れ落ちた。
そこへ、イザベラ様が勝ち誇ったように見下ろす。
「このような『薄汚い陰謀』を隠すために、美しいラインを犠牲にするなんてありえないわ! 心まで着太りしてらっしゃったのね! やはり公爵家の恥ですわ!」
呼応するように、再び取り巻きたちが叫んでいるが、私は呆気にとられていた。
カフェで私が適当に吹き込んだ『貴女が殿下を救い、殿下が見直す』という約束。
あの段階では『カオスになるから不要だ』と判断し、中止しようとした矢先のこと。
(私の完璧なシナリオが、まさか物理でねじ伏せられるとは……)
予定外だったが、損失はゼロ。
いや、むしろ私の斜め上を行く大成功だ。
その時、殿下の唇の端が愉しげに吊り上がった。
「見事だ、イザベラ。百の証言より一つの現物とは言ったものだ。まさか、ファッションチェックで叔父上の大罪を暴くとはな」
予想外の働きをした、イザベラ様に対する称賛だった。
「……そ、そうでしょう!? 褒めてくださいますか、殿下?」
「ああ、『最高』だな。お前のその予測不能なところは、私は『嫌いではない』ぞ」
「最高……嫌いではない……嫌いではない……」
その言葉は、彼女の脳内で劇的な化学反応を起こした。
カフェで私が適当に吹き込んだ『殿下が貴女を見直し、熱い眼差しで見上げる』というシナリオ。
そして彼女が妄想した『涙ながらの求婚』。
それらが今、目の前の殿下の不敵な笑みと言葉で合致したのだ。
イザベラ様は両手を頬に添え、身悶えている。
「最高だな。嫌いではない(最高に愛している)ですって……!」
殿下は、くねくねと動くイザベラ様を見て、「やれやれ」と肩をすくめた。
「褒められたのがそんなに嬉しいか。まあいい。だが浮かれるのは後にしろ」
殿下は、彼女が「プロポーズされた」と思って喜んでいるとは夢にも思わず、「褒美を与えた部下が喜んでいる」と解釈して踵を返した。
(この二人の会話は、永遠に噛み合わない気がするが……まあいい。カフェでの約束は、これで果たしたことにしておこう)
会場は騒然としている。
もはや、言い逃れは不可能な状況だが、公爵は、なおも往生際悪く叫ぶ。
「ち、違う! これは陰謀だ! 誰かがすり替えたのだ!」
「すり替えた? いったい誰がです?」
「き、貴様の手の者に決まっている! 私の書斎に忍び込み、この『裏帳簿』を盗み出したに違いない!」
決定的な自白だった。
『裏帳簿』が存在すること、それを書斎に隠していたことを自ら認めてしまっていた。
「なるほど。つまり叔父上は領地の金を横領し、愛人に貢ぎ、クーデターを画策していた事実をお認めになるわけですね?」
殿下の詰問に、公爵はハッとした。
「しまっ……いや、違う! こ、これは罠だ! 私は王子の不正を暴こうとしただけだ! その証拠は……証拠はここにある!」
公爵が鞄をひっくり返すが、中から出てきたのは、私がすり替えておいた『イザベラ様のブロマイド(以前、取り巻きから没収したもの)』だけだった。
「お探しのものは、これですか?」
殿下が懐から、一冊の黒革の帳簿を取り出す。
「叔父上、貴方がプロの偽造屋に作らせた、私の『架空の不正帳簿』です」
殿下は帳簿を掲げる。
「実によく出来ています。私の筆跡、王家の印章、完璧なコピーです。ですが、一つだけ致命的なミスがあります」
殿下はページを開き、陛下に見せる。
「父上、叔父上は私の筆跡を渡し、プロに写させたのでしょう。だが、詰めが甘い。私は決裁番号を抜かない。しかし、この帳簿にはそれが一つもない。つまり、これは私の仕事ではありません」
陛下は深く頷き、失望と軽蔑を込めて弟を見下ろした。
「……グランビル、お前は私を失望させる天才だな。そもそも、その腹に巻いていた汚らわしい巻物が、何よりの証拠だ」
「……ち、違うのです、兄上。こ、これは出来心で……」
その時、公爵の視線が、殿下の背後の陰に控える私を捉えた。
地味な事務官の制服を着て、黒縁眼鏡をかけた私。
あの騒ぎの直後、警備隊長が公爵へ耳打ちしたのだろう。
『黒縁眼鏡の迷子の侍女がいた』、と。
「お、お前が、あの安物の黒縁眼鏡か……!?」
公爵が震える指で私を指差す。
私は無表情のまま、眼鏡を中指で押し上げた。
そして、誰にも気付かれないように、口の形だけで告げる。
『残念でした』
「き、貴様ぁぁぁーっ!!」
公爵が絶叫し、私に掴みかかろうとした時、近衛兵たちが彼を取り押さえた。
「連れて行け。リストにある者も全員捕らえよ。我が国に溜まった膿を全て出し切るのだ」
陛下が威厳を持って命じると、近衛騎士たちが一斉に動き出す。
こうしてグランビル公爵と、共犯者たちは根こそぎ捕縛されたのである。
「おのれ……眼鏡女と孔雀女! この恨みは必ず晴らしてやるぞー!」と、虚しい叫びを残して。
◇
騒動が収束し、再び静寂が戻った玉座の間。
しかし、その空気は先ほどまでの重苦しいものではなく、晴れやかなものに変わっていた。
「アレクセイ・フォン・グラン・カイゼル。汝を次代の王たる資格を持つ者と認める」
陛下が署名を終え、王冠を殿下の頭上に授ける。
列席者一同から、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
その中で、イザベラ様が一際大きな拍手を送っていた。
「オーッホッホ! 見ましたか!? あの狸親父の間抜けな腹回り! 私の言った通りでしょう!?」
周囲の貴族たち――特に取り巻きたちが「さすがイザベラ様ね」「彼女が真実を暴いたのだわ!」と、熱狂的に称賛しているのが聞こえる。
今回は彼女が正真正銘の『断罪の立役者』となった。
全ては計算通り……と言いたいところだが、イザベラ様だけは例外だった。
それでも結果は、私の想定を軽々と上回った。
ただ一つ、真の想定外はその後だ。
儀式を終え、控え室に戻った殿下が、私に妙な契約書を突きつけてきた。
「殿下、これは……?」
「『終身雇用契約書』だ。今回の働きで確信した。お前を他国や他家に引き抜かれるのは、国家最大の損失だ。だから死ぬまで私の側で働け。お前に拒否権はない」
「……労働基準法を無視するおつもりですか?」
「これは王命だ。その代わり、給与はさらに倍にしてやる。不満はないだろう」
給与倍増…… カシャン、カシャン、チーン!
私の脳内で凄まじい勢いで計算を弾き出した。
「謹んで、お受けいたします」
こうして、私は名実ともに『俺様王子の社畜』となったのである。
それからほどなくして、殿下に解放され、契約書を胸に抱えたまま控え室を出た。
廊下へ出ると、待ち伏せしていたかのように、鮮やかな香水の気配が迫る。
「ねえ、リリアナ。聞いた!? 殿下、私のこと愛していると仰ってたわ!」
「いえ、それは仰ってませんが……」
「いいえ、あれはプロポーズで間違いないわ! 殿下、貴方の隣に立つ王妃は、このイザベラしかいなくてよ! オーッホッホ!」
王宮の廊下で高笑いする、イザベラ様。
そして、「リリアナ、次の仕事だ」と、私を独占しようとする俺様王子。
元主君(孔雀)と、現上司(俺様王子)。
この二人の間で、私が平穏無事に生きられる未来が……どうしても見えないのである。
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます!
ひとまずの区切りとして、この話までを第一章とさせていただきます。
次話から第二章を迎え、少しテンポを上げる次第でございます(たぶん……)
次回更新は現在校正中ですが、間に合えば17時にもう一本投稿予定。
明日も12時投稿です(間に合えば17時も)
また、多くの感想や応援のお言葉に、何度も励まされました。
来年も変わらず更新していきますので、引き続き、お付き合いいただけたら嬉しいです。
どうぞ、良いお年をお迎えくださいませ(作者:上下サユウ)
「お待ちなさい! 腰巾着、私たちのご挨拶がまだですわよ!」
「いつの間に!? ど、どうぞ、ご自由に……」
イザベラ様が扇子を、パチンと閉じて胸を張る。
「皆さま! 今年もお読みいただき、ありがとうございますの! どうぞ良いお年をお迎えくださいませ! そして!!」
「そして?」と私、リリアナが止める前に――
「明けましておめでとうございますわ!!」
どこからか現れた『取り巻き軍団』が、一斉に声を上げる。
「おめでとうございますわ!」(取り巻きB・C)
「暦は大事です!」(取り巻きD・E・F)
「イザベラ様の挨拶はいつも全力!」(取り巻きG・H・I)
「今年もよろしくですの!」(取り巻きJ・K)
「まだ年内だぞ」と、殿下が正論を突きつけた。
「殿下、先取りですわ!」
「先取りは禁止だ。やり直せ」
私は小さく咳払いして、淡々とまとめる。
「改めまして、今年もありがとうございました。来年もお付き合いいただけますと幸いです」
殿下は腕を組み、短く言った。
「良い年にしろ。以上」
「殿下の冷たいところも最高ですわ!」
イザベラ様が身悶えている隣で、私が締めくくろうとした、その時だ。
殿下が懐から、小さな封筒を差し出してきた。
「殿下、これは何ですか?」
「お前には、先に渡しておく。OTOSHIDAMAだ」
「OTOSHIDAMA?」
「見れば分かる」
私は封を切った。
中に入っていたのは、一枚の小切手だった。
(一、十、百、千、万……)
カシャン、カシャン、チーン!
私の脳内にある巨大なレジスターが、凄まじい勢いで計算を弾き出した。
「殿下、来年もよろしくお願いします!」
忙しい日々は続きそうだが、悪くない。
さあ、年末年始も仕事の時間だ。




