第七十二話 会員権
「や、やめろ! 俺たちの麦がぁぁぁ!」
「今年の税はどうするんだ!?」
農民たちの悲鳴と怒号が響き渡る中、イザベラ様はポンポンのついたニット帽を揺らし、満足げに頷いていた。
「皆様、素晴らしいスイングですわ! これだけ大勢で打ち込めば、王都中のカラスが逃げ出しますわね!」
「……イザベラ様、現実を見てください。彼らは感謝しているわけではありません。私たちに殺意を向けているのです」
「なっ……!? なんですって!?」
「イザベラ様の放った白球と、それに便乗した貴族たちの爆撃によって、一番実りの良い特級区画が全滅しました。今年の収穫はゼロ。莫大な損害賠償と王都の食料高騰で被害は甚大です」
私の冷酷な事実の提示に、イザベラ様の笑顔が固まった。
「……ひょっとして私、とんでもないことをしてしまいましたの!?」
イザベラ様が珍しく青ざめ、わなわなと震え出す。
彼女の動機は常に100%の善意だ。
だからこそ、自らの行動が民を苦しめたという事実は、彼女にとって何よりも耐え難いことだ。
「それに、ランドシャーク子爵との契約はどうなる!? 契約書には『秋の収穫物(麦)での現物返済』って書いてあるんだ! 麦がなけりゃ、俺たちは土地を没収されちまうんだぞ!?」
「……ランドシャーク子爵か。最近、王都で急速にのし上がってきた新興の金融業者だな。高利貸しと強引な手口で悪名高い男だが……まさか、こんな農村の土地まで狙っていたとは」
殿下が忌々しげに顔をしかめる。
元々は天候不順などを狙った罠だったのだろうが、この『麦の全滅』という事態につけ込み、契約書を盾にして、農民たちから不当に土地を巻き上げようと動くのは火を見るより明らかだろう。
「イザベラ、落ち込んでいる暇はないぞ。早急に事態を収拾せねば……リリアナ、何か手はないか?」
殿下がすがるような目を向けてくる。
私は深呼吸をして、荒れ果てた特級区画を見渡す。
麦は全滅。
今から植え直すことは不可能。ならば、この『荒れ地』そのものを利用して、ひとまず金を生み出すしかない。
「あります。逆転の策が」
「ほ、本当ですの、リリアナ!?」
「はい。ただし、イザベラ様と殿下。そして、もうお一方の協力が必要です」
私は貴族と農民たちの間に進み出ると、声を張り上げる。
「皆様、お聞きください! この特級区画は、本日をもって王家直轄の『南東地区ロイヤル・ゴルフ倶楽部』として生まれ変わります!」
「「「な、なんだって!?」」」
ざわめく農民たちを手で制し、私は言葉を続ける。
「貴族の皆様! これより、この神聖なるコースでプレイするためには『ゴルフ会員権』が必要となります! 価格は1口、金貨100枚! 限定50口の発行です!」
「き、金貨100枚だと!? ただの泥だらけの荒れ地に、そんな大金を払えるか!」
先ほどまで楽しそうに麦畑を破壊していた貴族の一人が叫んだ。
予想通りの反応だ。
だが、ここからが付加価値のプレゼンテーションである。
そう、私が口を開きかけた時だった。
「面白そうだね、その『ゴルフ』という新しいスポーツ」
爽やかな声と共に、白馬に乗ったミハイル殿下が農道に現れた。
王都の喧騒を聞きつけ、真っ先に視察に駆けつけたのだろう。
ミハイル殿下は荒れ果てた特級区画と、イザベラ様が握るクラブを見て、目を輝かせた。
「大自然の中で風を読み、己の肉体と精神の限界に挑む……素晴らしいじゃないか! 僕がこのクラブの『会員第一号』になろう。金貨百枚でいいんだね?」
「なっ……!? まさか、ミハイル殿下が……?」
ミハイル殿下の『鶴の一声』に、貴族たちの目の色が変わった。
王族と同じクラブで汗を流し、親交を深めることができるコネクション。
それは、金貨100枚以上の価値がある特権階級のステータスとなる。
「買おう! 私は3口買わせてもらうぞ!」
「ならば、私は5口だ! ミハイル殿下、ご一緒させてください!」
先ほどまでの渋り顔はどこへやら、貴族たちは我先にと会員権の購入を申し出を始めた。
「ま、待ってくだせえ! さっきも言った通り、俺たちの借金は『麦での現物返済』なんだ! 会員権が売れても、麦がなけりゃ土地は奪われちまう!」
代表の農民が悲痛な声を上げる。
『現物返済』の契約。金銭での解決が通じないとなれば、いかに王家といえど法的に介入するのは難しい。
私が顔をしかめた時、顔色を取り戻したイザベラ様が、力強く一歩前に出る。
「安心なさい! 貴方たちの仕事と生活は奪いませんわ! 貴方たちには、今日から『キャディ』という崇高な使命を与えますの!」
「キャ、キャディ……?」
「ええ、この土地の土壌、風向き、天候の変化。それらを熟知しているのは、長年ここで麦を育ててきた貴方たちですわ! プレイヤーに的確な助言を与える自然の専門家として、我がローゼンバーグ公爵家が直接、貴方たちを雇用いたしますわ!」
農民たちが顔を見合わせる。
麦を失い、明日のパンにも困る彼らにとって、それは干天の慈雨だった。
「それと先ほど集まった会員権の収益は、全額貴方たちの当面の給与と、土地の維持費に充てますわ! 借金の件は、後で私たちが必ずなんとかしてみせます! このイザベラ・フォン・ローゼンバーグの名にかけて!」
イザベラ様の堂々たる宣言に、農民たちの間に安堵の空気が広がる。
麦畑破壊事件は、ミハイル殿下の巻き込み(鶴の一声)による限定会員権の発行と、農民たちのキャディとしての再雇用という形で、当面の生活保障という一時的な解決を見せた。
ランドシャーク子爵との厄介な現物返済の契約は残ったままだが、ひとまず目の前の暴動と飢えは回避。
これで時間を稼げる――そう安堵していた。
だが、限定50口のプラチナ・チケットと化した『会員権』が、貴族たちの欲望を刺激し、とてつもない投機対象(バブル経済)へと変貌していくことなど、この時の私たちには、知る由もなかった。
次回は、7日12時投稿です。




